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「有限群の群環のコホモロジー」の構造解明に注力
代数学とは?
高校までの勉強を経て、数学に苦手意識を持つようになった人は少なくない。しかし、数学は“勉強”以前に、ごく身近な日常生活に潜んでいる。
「代数学」を専門とするリベラルアーツ学群の速水孝夫准教授は、数学が苦手な人にもわかりやすい授業を行うことを大切にしていると語る。自身の専門分野について、身近な例を挙げながらこのように説明してくれた。
「代数学とは、数や方程式の代わりに文字を使い、数の性質や計算の法則、方程式の解き方などを研究する分野です。たとえば、多くの人が中学1年生で学ぶ『a=3のときの4aの値を求めるときに4×a=4×3となる』といった文字式の代入も代数学の一例です」
また、代数学は単に「文字と式」を扱うだけでなく、「群」「環」「体」といった代数系にみられる抽象的な構造を研究し、その共通の性質を明らかにする学問でもある。速水准教授は「あみだくじ」を例に挙げて、初学者に向けてわかりやすく説明する。
「実はあみだくじは“運”だけの遊びではなく、数学で表すことができます。上の並び(A・B・C…)が、横棒で隣同士を入れ替えながら下へ進み、最後に別の並びへ変わります。この“並び替え”を数学では『置換』と呼び、置換をまとめて扱う仕組みが『対称群』と呼ばれる『群』の一種です。横棒1本は隣を入れ替える操作で、あみだくじ全体はそれらを順に合成した“ひとつの置換”になります。よって、あみだくじは対称群で表現できるのです」
「有限群の群環のコホモロジー」の構造解明に注力
「群」「環」「体」といった代数系にみられる抽象的な構造を研究する代数学。中でも速水准教授が注力しているのは「有限群の群環のコホモロジー」の構造解明だ。
まずは用語について一つずつ整理していきたい。「有限群」とは元の個数が有限の群のこと、つまり一定のルールにしたがって計算できる集合の一種である。「群環」は、群の情報を、足し算や掛け算ができる形に書き直したもので、群だけを直接扱うよりも計算の自由度が増える。こうした表現を用いることで、「コホモロジー」と呼ばれる方法を使い、構造の中に潜むズレや関係性を調べることができる。コホモロジーとは、複雑な構造を数やデータとして捉え直すための考え方である。
この前提を踏まえて、改めて速水准教授の研究に話を戻したい。群のコホモロジーの研究は「完全系列」と呼ばれる列をベースに考える。
「完全系列は、Mi→Mi₊+1→Mi+2と矢印が並んだ列です。まず大事なのは、MiからMi+1に進み、そのままMi+1からMi+2へ進むと、必ず0になること。つまり『2段階で必ず消える』という約束があります。次に、Mi+1の中でMi+2に送ると{0}になるものをすべて集めたものを『カーネル(Ker)』と呼びます。一方で、Mi+1からMi+2へ実際に届くもの全体を『像(Im)』と呼ぶ。完全系列というのは、この『次で消えるもの(Ker)』と『前から来たもの(Im)』が、Mi+1でぴったり一致している状態です。したがって、とても美しい列と言えます」
しかし、一見すると均一な列にも、次の図のような関手を通してみると実は微細なズレが存在する。そこで登場するのが、先ほどご紹介したズレを数やデータとして取り出す「コホモロジー」だ。速水准教授はこの「コホモロジー」を「X線」に喩え、このように説明する。
「コホモロジーはX線のような道具と喩えることができます。生身の人間の体を見ても骨は見えませんが、X線を通すことで骨の構造がシート状に浮かび上がりますよね。このようにコホモロジーを通して対象を見ると“ズレ”がわかります。たとえば、先ほどの完全系列は『Ker』と『Im』がMi+1でぴったり一致していましたが、コホモロジーを通して見ると、ズレが生じていることがわかるのです。この差分を調べて構造を明らかにすることが私の主な研究です」
こうした群のコホモロジーは、代数(表現)と幾何(形)を行き来する共通の道具になっており、群の要素を行列として動かす「有限群の表現論」や、図形を伸縮させても変わらない性質を見る「位相幾何学(トポロジー)」とも密接に関連している。また、場の理論や素粒子物理の幾何学的アプローチにおいても、コホモロジーの概念が登場する場面が多くなってきているという。速水准教授が専門とするコホモロジーの研究は、数学領域を越えた分野の研究をも発展させ得る重要なものなのだ。
代数学の純粋さに惹かれて
断片的な理解がつながるおもしろさ
速水准教授が大学で数学を学ぼうと決めたのは、高校生の頃。もともと数学や化学が得意な“理系”だったが、受験勉強に取り組む中で数学のおもしろさに目覚めたという。
「数学の難しい内容を理解できたときに大きな喜びを感じました。勉強するにつれて断片的に理解していたものがつながっていく。これは他の学問にはない種類のおもしろさだと感じています」
数学を探究したいという想いを胸に進学したのは、東京理科大学の数学科。さまざまな数学の分野の中から代数学を選んだ理由は、「代数特有の純粋さ」にあった。
「たとえば、数学の中でも微分積分学や解析学は不等式の学問なので“無限”を扱えます。一方で、代数学の分野で扱う対象は有限なものも多くあります。そうしたところに素朴さや純粋さが感じられ、だんだんと惹かれていきました」
さらなる深みを目指し、同大学の大学院理学研究科博士前期課程への進学を決めた速水准教授は、コホモロジーを専門とする先生の研究室に所属。のちに博士論文として発表する「巡回群および一般四元数群の整係数群環のホッホシルトコホモロジー環について」のベースとなる研究に取り組む中で、代数学のおもしろさに改めて気づいたという。
「学部時代は文献を読んでもなかなか全体像が見えてきませんでした。しかし、修士論文のテーマに取り組む中で、必要に駆られてさまざまな計算をしたり、勉強し直したりするうちに、改めて理解できることが増えてきて、さらに数学がおもしろく感じられるようになってきたのです」
数学の魅力と知見を
学生や世の中に還元したい
数学が苦手な学生でも
親しみが持てるような授業を
東京理科大学大学院理学研究科の博士後期課程を修了後、東京理科大学理学部第一部数学科 助手・助教を経て、北海学園大学工学部の准教授に着任した速水准教授。数学が苦手な人にもわかりやすい授業を意識するようになったきっかけは、北海学園大学での“ある経験”にあった。
「北海学園大学で文系の学生向けの授業を担当することになりました。文系の学生の多くは数学に苦手意識があることは容易に想定できましたし、私が所属していた工学部の学生も数学が得意な人ばかりではありません。ただ、そうした数学に苦手意識を持っている方であっても、幼い頃に算数の問題が解けてうれしい気持ちを味わったことは少なからずあると思います。私はその気持ちを大切にして、できれば数学に対して良い思い出を持ってもらいたいのです。また、数学の知識があると統計を読み解けるなど、世の中の動きも理解しやすくなります。そのためにもまず、わかることを一つでも増やしてもらえるような講義を心がけています」
「自然探究」の授業で「あみだくじ」や「正しい感染率の算出方法」「数学史の偉人たち」など身近な話題を扱うのも、学生たちへの思いやりの一つと言えよう。
「圏論」の構造を明らかにしたい
数学のおもしろさと実用性を理解し、学生や社会にいかに還元できるかを考えながら、日々研究・教育活動に取り組んでいる速水准教授。今後の展望は、コホモロジーの研究成果を生かし、さらに大きな概念である「圏論」も扱っていきたいと語る。
「圏論とは、分野をまたいで共通する“つながり方”を扱う言語のことです。これは包括的な概念で、たとえば、ある物質を調べる際に分子や原子にフォーカスするのではなく、物質全体を捉えることに似ています。この圏論でコホモロジーを整理すると“同じ構造”が見えやすくなり、応用の道が開けるのです。圏論が持つ“つながり方の設計”という性質は、仕事のワークフロー設計やプログラミングなどの分野にも応用できます。これまで行ってきたコホモロジーの研究をもとに世の中の役に立つ成果を出すこと。これが、私が抱く夢の一つです」
教員紹介
Profile
速水 孝夫准教授
Takao Hayami
2003年東京理科大学大学院理学研究科博士後期課程を修了。数学の専門は代数学であり、数学教育の方では学力の低下問題なども研究している。東京理科大学理学部第一部数学科 助手・助教、北海学園大学工学部 准教授を経て、2023年4月より桜美林大学リベラルアーツ学群に入職。また、2009年より東京理科大学理学専攻科の非常勤講師も兼務。数学の代数学の分野の群や環についての研究を主軸に、近年は「有限群の群環のコホモロジー」の研究に注力している。
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