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記者としての経験と学術研究の視点から朝鮮半島の動向を追う
いまなお“近くて遠い”朝鮮半島
私たちは朝鮮半島についてどれだけのことを知っているのだろうか? 民主化と目覚ましい経済成長を遂げながらも、格差の拡大や過度な競争社会といった歪みを抱える韓国。核・ミサイル開発を加速させ、ロシア・中国との関係を強化する北朝鮮。日本にとって地理的にも歴史的にも重要な地域だが、韓国との相互理解はまだ十分とは言えず、北朝鮮とは国交すらない。
リベラルアーツ学群の塚本壮一教授は、NHK記者として韓国と北朝鮮を長年にわたって取材し、政治・社会から大衆文化に至るまで、多様な角度から朝鮮半島を見つめ続けてきた。報道の最前線から大学に身を置くに至った現在も、近くて遠い朝鮮半島の実情を捉えることに注力したいと語る。
「民主化を経て経済発展の著しい韓国ですが、学歴偏重のうえ一流企業に就職してこそという風潮が強く、就職した会社でも厳しい競争にさらされるなど、取り残された人々が辛い思いを強いられるというマイナスの部分も見られるようになりました。人生に絶望して自ら命を絶ってしまう人も多く、自殺率の高さが大きな社会問題になっています。韓国の政治や経済、社会状況の変化が、人々の意識や生き方、さらには文化にどのような影響を与えているのか。それを探ることが私の関心のひとつです。また、NHK記者時代は北朝鮮取材にも力を入れました。その動向を追うことが私にとってライフワークになっています。北朝鮮の軍事力増強は日本の安全保障に深刻な脅威となっていますが、国際社会の分断に乗じてロシアや中国に接近する北朝鮮をコントロールできない状態になりつつあります。拉致事件についても進展がない中、引き続き北朝鮮の行方を注視していきたいと考えています」
政治的な対立を超え、手を取り合いつつある日本と韓国
朝鮮半島には、1945年に日本の植民地支配から解放されたのち、南北に分断された歴史がある。韓国は北朝鮮と対峙する中で軍事政権が続いたが、その中で国民に対する政治的な弾圧が行われてきた。しかし、1987年に民主化を実現。経済成長も続けて国際的な地位を高めた。その反面、ここにきて急激な変化による歪みも目立つようになっている。日本との外交的な摩擦も依然として残されているものの、日韓両国が協力できることは少なくないと塚本教授は語る。
「例えば、社会福祉システムについては韓国よりも日本の方が手厚い制度があると考えられていますが、ジェンダーの問題では韓国の方が日本に先んじる形で差別をなくそうという動きが顕著にあります。日本と韓国は互いに学び、補完し合える分野があります。もちろん、歴史認識問題などで厳しい対立が続いてきましたし、いまも安心できない状況ではありますが、ようやく相手をパートナーとして手を取り合おうという雰囲気が醸成されつつあります」
大衆文化を深掘りすればその国が見えてくる
韓国といえば、世界的に大成功を収めている「K-POP」だろう。日本での人気は指摘するまでもない。このK-POPから、韓国の現代史が見えてくるのだという。1997年のアジア通貨危機で国家が立ちゆかなくなる寸前に追い込まれた韓国政府は、産業振興政策の一環としてブロードバンドの普及などIT分野の開発促進とともに、コンテンツ産業の育成に注力し、自国のコンテンツを海外に輸出する戦略を推し進めたことがK-POP躍進の大きなきっかけになった。また、世界市場を見据えたコンテンツ業界の努力も大きかった。大衆文化は、その国の「歩み」と「いま」を理解するうえで重要なカギになるのである。
「K-POPグループのBTSが国連総会でスピーチしたことが話題になったように、韓国では著名人が政治的、社会的なメッセージを発信することが肯定的に受け止められています。世の中に向けて人々が声を上げること、異を唱えることが是とされるのは、長く続いた軍事政権のもとで自由な発言ができなかった厳しい現代史が背景にあるからにほかなりません。その国を丁寧に見つめれば、さまざまな側面が浮かび上がります。それは韓国に限った話ではありません。例えば、台湾のパイナップルやパイナップルケーキが日本に多く輸入されていますよね。これは、日本が台湾を統治した時期にパイナップルの栽培や缶詰加工を推し進めた歴史と無縁ではありません。そのパイナップルはいま、台湾と厳しく対立する中国が輸入を停止したことを受け、日本への輸入が増えました。食や文化のバックグラウンドを探ることで、国や地域、国際社会の多様な姿が透けて見えてくるのです」
交渉が途絶えているからこそ対話への備えを
ところが、世界にはポップカルチャーの流行などとは無縁の国がある。朝鮮半島に位置するもうひとつの国、北朝鮮だ。日本と北朝鮮の外交交渉は停滞し、北朝鮮は国際社会の中で孤立しているように見える。ところが、近年はロシアという強力な後ろ盾を得て、中国とも関係強化を進めている。アメリカのトランプ大統領は北朝鮮との関係改善に強い関心を示してきた。
「日本人の拉致問題は解決しておらず、北朝鮮の核・ミサイルの脅威が増しているにもかかわらず、北朝鮮は外交上、有利な状況にあると自認しているはずです。では、容易ならざる相手とどう向き合っていくのか。特に、トランプ政権が北朝鮮との交渉に再び乗り出したときに、日本としてどう対応していくのか、難しい判断を迫られます。これから東アジアをめぐる情勢が大きく動く可能性を念頭において、戦略的に準備をしておかなくてはならないタイミングに差しかかっています」
報道現場で長年、朝鮮半島の動向を追ってきた塚本教授は、大学教員となった現在も、朝鮮半島を客観的・合理的に見つめる姿勢を崩さない。差別や偏見を排し、感情に流されない冷静な視点こそ、真に日本と国民の利益をもたらすと考えている。
「日本のなかで、朝鮮半島にルーツを持つ人々に対する偏見はいまもなお残っていて、ヘイトスピーチが問題になってきました。そんな状況もあり、韓国や北朝鮮の動きを客観的に見る視点を提供できないかと考えています」
旅行で韓国を訪れたことで朝鮮半島に興味を抱くように
キャリアの原点は初任地での厳しくも希望に満ちた日々
塚本教授は子どもの頃から世の中の動きに関心を持って新聞やニュースを見ていたこともあり、情報を伝える側になってみたいと漠然と考えていたという。転機となったのは大学に入ってすぐの頃。アジアの国々から来日した人たちとの交流行事に参加したことだった。「同じアジアなのに、知らない世界がある」。海外にがぜん興味を持つようになり、初めての海外旅行で韓国を訪れた。
「フェリーで一泊し、夜が明けて釜山に接岸すると、まったく違う光景が広がっていました。活気あふれる街並み、道路の喧噪、早足で行き交う人々…。日本からこんなに近いのに本当に別世界だと思った。『これは面白い』と、アルバイトで旅費を貯めては韓国を訪れるようになって言葉の勉強もしていくうちに、朝鮮半島の取材に携わりたいという思いを強めました」
首尾よくNHKに記者として入ったものの、報道はまったくの素人だった。初任地の山口放送局で先輩に教えてもらいながら取材を始めることになるが、簡単ではなかったという。
「入局してまだ半年ぐらいの頃、県内で強盗事件が起こりました。犯行に使われた刺身包丁に着目して刃物を扱う店舗を回ったら、たまたま販売した専門店を見つけたんです。店主のインタビューを独自ネタとして夕方のニュースで放送すると、ライバル各社が追いかけて報道した。自分にとって初めての成功体験で天狗になっていたら、翌月にはもっと大きい事件で他社に抜かれました(笑)。失敗もたくさんありましたが、先輩や上司、地域の方々に支えられた山口県での5年間があったからこそ、長年にわたって記者を続けられたと実感しています」
現地で目の当たりにした北朝鮮のリアル
塚本教授の記者としてのキャリアを語るうえで欠かせないのは、2002年に行われた史上初の日朝首脳会談だ。小泉純一郎首相(当時)が北朝鮮の平壌を訪れて金正日総書記と会談した結果、拉致被害者5人がのちに帰国したが、北朝鮮は8人については「死亡した」と日本側に通知した。
「平壌のホテルに臨時の記者会見場が設けられ、日本の外務省幹部から、北朝鮮側が通知した衝撃の内容が明らかにされました。震える思いを抑えながら中継や原稿の出稿を終え、深夜になって同じホテルの高層階にある自室に戻った時の記憶が鮮明に残っています。背広を脱ぎつつふと窓の外を見ると、電力不足の北朝鮮の街に暗闇が広がっている。『この暗闇の中に拉致された人たちは押し込められ、息を潜めているのか』。背筋が寒くなりました」
国交がなく情報も遮断された北朝鮮の内側について、日本人が具体的なイメージを抱くことは難しい。しかし当然ながら、その国で暮らしている人々がいる。ジャーナリストとして現地に足を踏み入れた塚本教授の目に、当時の北朝鮮はどのように映ったのだろうか?
「外国メディアは、北朝鮮側が見せたいと思うところしか行けません。大理石が敷き詰められた図書館、立派な温水プールなどです。それもあって、首都・平壌は極めて人工的につくられた都市だという印象を受けました。広場で市民にインタビューをすると、ほとんどの人が淀みなく答え、その内容は北朝鮮指導部の言っていることと見事に一致している。市民への教育の徹底ぶりと同時に、そこに生きる人々の息苦しさを想像せずにはいられませんでした」
相手との信頼関係づくりと取材の醍醐味
日朝関係はもちろんのこと、塚本教授が担当していた当時は日韓関係も冷え込んでいた。そうした状況でも取材を続けるには、自分の人柄を取材相手に知ってもらい、信頼関係を築くことが欠かせなかったという。
「メディアを警戒する人も少なくありません。『まずは会ってくださいませんか?』から始まって、学ばせてほしいと伝えます。実際のところ、こちらが知らないことを教えてもらうのですから、あくまで謙虚に。だんだん打ち解けて、相手が『君は本当に何も知らないんだな』と苦笑して語り始めることがあります。記者としての喜びを感じる瞬間でした。そうした得られた大切な情報を原稿にどう落とし込むか、真剣に考えていました」
報道実務の経験を次世代に伝える
学生から新たな視点を得ることも
記者としての経験を積み、ソウル支局長や「ニュースおはよう日本」の編集責任者、解説委員などを歴任した塚本教授は、桜美林大学の教員に転じる。NHKに残って管理業務にあたるよりも、報道実務に携わった経験を次の世代に伝える方が社会貢献につながるという思いからだった。
「NHKにいた頃から大学のゲスト講義に招かれる機会があり、学生とのやり取りに面白さを感じていました。メディアに携わってきた自らの経験が若い人たちの考えを深めるきっかけになればと、この職に就きました。授業では、確かな情報を収集した上で合理的に考察することの大切さを訴えています。同時に、学生に意見を述べてもらうことも実践しています。こちらが想像していなかった視点を提供してくれることもあり、若い人のシャープな気づきや豊かな発想に驚かされます」
北朝鮮メディアのテキスト分析に挑む
大学に身を置いているうちに、これまでは取材経験の蓄積に基づいて見つめてきた朝鮮半島を、アカデミックな視点から分析したいと考えるようになったという塚本教授。研究者としてはまったくの駆け出しだと笑う。
「北朝鮮の動向を観察する手がかりのひとつに、党機関紙や国営通信などの公式報道があります。現役時代は、表現の微妙な変化を職業的な勘で察知し、ニュース原稿にしてきました。これを、計量テキスト分析などの手法を用いながら、もう少し体系的に観察することはできないかと考えています。若手の研究者の方々に多様な分析手法や注意点などを教えてもらっていますが、簡単ではありませんね。悪戦苦闘しています」
教員紹介
Profile
塚本 壮一教授
Soichi Tsukamoto
1965年京都府生まれ。1989年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、NHKに入局。山口放送局を経て報道局国際部の記者・副部長として朝鮮半島の取材・デスク業務に携わり、2002年の日朝首脳会談など北朝鮮現地取材にもあたった。2004年から2008年まで北京に駐在し、北朝鮮の核問題をめぐる六者会合や日朝協議で北朝鮮代表団の取材を担当。2012年から2015年まではソウル支局長として、日韓の外交関係や文化交流、旅客船セウォル号沈没事故など韓国の社会問題を取材した。「ニュースおはよう日本」の編集責任者や解説委員を務め、2019年に桜美林大学に入職、現在に至る。修士(ジャーナリズム)(2025年 早稲田大学)
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