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ストーリー全体が、部分に意味を与えてくれる
ヘーゲル哲学は、宗教と哲学を同じ地平で思考できる
祖父の代から牧師の家系に育った、リベラルアーツ学群の嶋田律之教授。キリスト教は、生まれたときから身近にあったという。両親から贈られた聖書を、ときに反発しながら、ときに深く感動しながら読み続けてきた。その営みだけは、幼少期から変わることがなかった。
一方で、高校時代から哲学への関心も強く、さまざまな哲学書を手に取ってきた。ニーチェをはじめとする思想家を読むなかで、西洋思想史においてキリスト教と哲学は、しばしば対立するものとして語られてきたのではないか。そうした印象を、当時は漠然と抱いていたという。転機となったのは、大学で履修した哲学の授業だった。
「授業のなかで出会ったヘーゲルという哲学者は、キリスト教と哲学を対立させるのではなく、統一的に捉えようとしていることがわかりました。その視点に触れたとき、哲学という営みの可能性が大きく開かれたように感じたのです」
ヘーゲルの著作を読み進めるうちに、その哲学が一枚岩ではないことも見えてきた。ヘーゲルの死後、弟子たちによって解釈は分岐し、いわゆるヘーゲル右派・左派・中央派へと分裂していく。右派からはキリスト教を擁護する思想が生まれ、左派からはキリスト教を人間学へと転換したフォイエルバッハや、マルクスの思想が展開されていったことはよく知られている。その過程で、ヘーゲル自身が汎神論者であったのか、それともキリスト教徒であり、しかも彼自身が述べるような「正統なルター派」であったのかをめぐる議論が続いてきた。しかしこの問いに明確な答えを与えることは容易ではない。その理由の一つは、ヘーゲル自身が宗教について体系的に書き残したテクストが少なく、宗教思想の理解が、死後に弟子たちの講義ノートを編集して刊行された『宗教哲学講義』に大きく依存してきた点にある。
ただし問題は、それだけにとどまらない。宗教についての記述が少なくなる以前、1807年に刊行されたヘーゲルの主著『精神の現象学』においても、宗教思想の位置づけは解釈上の大きな論点となってきた。同書では、最終章である「絶対知」に至る直前に「宗教」の章が配置されているが、この宗教章が、直前の「精神」章、そして直後の「絶対知」章と、必然的につながっているのかどうかは、長年にわたり議論されてきたのである。
「確かに、直前の精神章において意識は、すでに即自的なかたちで絶対知に到達しています。しかし、ヘーゲル哲学の根本原理である「自らの絶対の他者において、自己を知る」という概念運動を完成させるためには、さらなる媒介が必要となります。その役割を担うのが宗教章なのです」
宗教章において、人間は、自らにとっての絶対の他者である神的存在のうちに、自分自身を見出していく。このプロセスを経てこそ、絶対知は真に完成へと向かう。そしてヘーゲルによれば、この運動はキリスト教において最も明確なかたちで達成されるのだという。
ヘーゲル哲学がいかにして宗教と接続されるのか。この問いには、今日に至るまで多様な解釈が存在する。そのなかで嶋田教授が強く共鳴したのが、ヘーゲル哲学を閉じた体系としてではなく、未来へと開かれた理念として捉え直した、神学者ヴォルフハルト・パネンベルク(1928-2014)による解釈だった。
「部分」が「全体」を先取りするとき、希望が立ち現れる
ドイツ語のSachlichkeit は、「事象性」「即事性」「客観性」などと訳される概念である。この概念を哲学の領域で本格的に用いた最初の思想家として知られるのが、マックス・シェーラー(1874–1928)である。シェーラーは、哲学的人間学において、動物と人間の本質的な差異を明らかにするために、この概念を用いた。シェーラーによれば、人間は環境に直接結びついた存在として生きる動物とは異なり、自らの衝動本能構造から距離を取ることができる存在である。人間は、事物の「ありのままの存在」そのものによって動機づけられ、行為することができる。この意味において、人間は本能の外へと開かれた存在であると定義される。
人間には、本能から距離を置く力と、「事象そのものによって動機づけられる」精神の働きが与えられている。シェーラーは、この精神の力によって、人間が主体の内側に閉じこもるのではなく、主体の外にある世界へと開かれていくあり方を「世界開放性」と呼んだ。つまりシェーラーは、個々の現象を超えて、人間存在全体を視野に入れながら思考しようとした哲学者であったと言える。こうした視点は、ヘーゲル哲学との対比において、より鮮明になる。
「ヘーゲルは、「精神」や「絶対精神」といった概念を用い、歴史を全体として捉えようとしました。非常に大きなスケールで思考する哲学ですが、歴史と理性の全体性が一つのシステムの枠内で把握されるため、その構造はきわめて抽象的で、思弁的に閉じていると理解されてきました。「神=絶対精神」という閉じた体系としてのヘーゲル理解が、長らく主流だったのです」
このような「閉じたヘーゲル解釈」に対して、異なる可能性を提示したのが、シェーラーやパネンベルクだった。彼らは、歴史や真理を完結した体系としてではなく、未来へと開かれた過程として捉え直そうとしたのである。
パネンベルクは、とりわけキリスト教における出来事である「イエスの復活」に注目する。それは、歴史の一つの出来事、すなわち「部分」でありながら、最終的に到来する「全体」を先取りする出来事である。まだ完成していない未来を指し示しつつ、そこに余白を残す。その未完性の中にこそ、希望が見出されるのだとパネンベルクは考えた。
この意味で、パネンベルクの思想は本質的に開放的である。神を前提としながらも、神に向かって常に開かれた思考を保ち続ける点に、その特徴がある。こうした立場に、嶋田教授は強い共感を寄せている。
「やはり、開かれている考え方のほうが、私には馴染みます。キリスト教は、あまり窮屈でないほうがいいと思うのです。聖書には多様な読み方がありますし、部分的に読んで心を打たれることもあれば、自分の糧になる箇所もある。しかし私は、思想を学んできたこともあって、聖書全体に一本の「すじ」が通っていること、そのストーリー全体が、私たちに何かを与えてくれるのだと感じています」
ドイツではキリスト教が生活の一部になっている
約7年に及んだドイツでの学生時代
ヘーゲルやパネンベルクを研究する以上、彼らが生活したドイツで学びたい。そう考え、嶋田教授がドイツ・ミュンヘンの大学院へ進学したのは、1990年代後半のこと。ベルリンの壁崩壊からほどない時期で、ドイツ再統一後の社会は、経済構造の転換や不況の影響を色濃く受けていたという。とりわけ、社会的に弱い立場に置かれた人々にとっては厳しい時代であり、当時のミュンヘンにも、まだ十分な豊かさは感じられなかったと嶋田教授は語る。一方で、日本はまだ経済的な活力を保っており、その対比は強く印象に残った。
「ドイツの大学院では、主にパネンベルクを研究していました。現地に行ってまず実感したのは、キリスト教の歴史の厚みです。ドイツでは3世紀頃からキリスト教が社会に根づいている。一方、日本に伝来したのは16世紀です。その時間の差は決定的で、キリスト教が生活の中に自然に組み込まれている社会なのだと、肌で感じました」
当初は数年の留学を想定していたが、結果としてドイツでの学生生活は7年近くに及ぶことになる。その背景には、日本とは大きく異なるドイツの大学制度があった。
「ドイツでキリスト教を学ぶには、ギリシャ語、ヘブライ語、ラテン語の試験に合格することが前提条件でした。日本にいる頃から少しは勉強はしていましたが、日本で取得した単位が認められないこともあり、最初から授業を受け直す必要がありました。その語学試験を突破するまでに、想像以上の時間がかかってしまったのです」
こうして長期滞在となったミュンヘンでの生活の中で、街の変化も目の当たりにした。来独当初は質素な印象だった街並みも、2000年頃になるとショッピングセンターが次々と建設され、都市としての表情を大きく変えていったという。
宗教や哲学を通して、人生全体を見渡す視点を持ち帰ってほしい
日本で牧師として生きる
ドイツから帰国後、嶋田教授は日本の教会で牧師としての活動を始めた。しかし、その現場は、ドイツで経験してきた教会とは大きく異なっていたという。
「日本の教会は規模が非常に小さく、運営組織も同好会に近いレベルだと感じることもあります。ドイツでは、キリスト教会は国から公的に認められた歴史ある組織として社会に根づいており、その点で両国の違いはとても大きいです」
思想的な土壌の差も顕著だ。ドイツでは、神学や哲学の細部まで理解していなくとも、パネンベルクの名を知らない人はほとんどいない。一方、日本では、キリスト教徒であっても、その名を知る人はごく限られているのが現実だという。
「日本での牧師としての活動は、礼拝だけにとどまりません。平日には、聖書研究会を開き、聖書を学びたい人々と共にテキストを味わう時間を設けます。研究の話をするわけではありません。ここには何が書かれているのか、それがどのような意味を持つのかを、できるだけわかりやすく伝える。一般の方々と聖書を一緒に読む、その時間も、日本で牧師として生きる日常の一部です」
パネンベルクと親交のあったヘンリッヒという哲学者
日本の教会で牧師として働いた後、桜美林大学に赴任することになる。桜美林大学では、「キリスト教入門」や「宗教と哲学」などの授業を担当している。とりわけ一年生向けの「キリスト教入門」では、「そもそも宗教とは何か」という根本的な問いから授業を始める。一方、「宗教と哲学」といった専門性の高い科目では、パネンベルクの思想にも触れながら、宗教と哲学の接点を丁寧に掘り下げていく。
「学生には、宗教や哲学を通して、人生全体を見渡す視点を持ち帰ってほしいと思っています。若い時代や老いた時代といった断片だけを見るのではなく、その出来事が人生の『全体』の中でどのような意味を持つのかを考える。その営みこそが、宗教の大切な役割なのではないでしょうか」
日常のささやかな出来事も、人生を揺るがす大きな出来事も、ときには意味が見えず、ただ苦しさだけが残ることもある。しかし、それらを人生という一本の「すじ」の中に置き直してみると、断片だった経験が、ふと意味を帯びて立ち上がる瞬間がある。
「人生の全体があるからこそ、部分に意味を見出すことができる。ある意味では、まだ見えていない全体を先取りするような形で、部分に希望が芽生えるのだと思うのです。学生には、そうした見方を一つの手がかりとして持ち帰ってもらえたらうれしいですね」
研究の面では、今後もパネンベルク研究を軸に据えながら、その思想をより広い文脈で捉え直していきたいと考えている。その一つが、パネンベルクと親交のあった哲学者ディーター・ヘンリッヒ(1927-2022)の思想と、その交流関係の解明だ。
「パネンベルクとヘンリッヒの関係を辿ることで、キリスト教神学と哲学が、現代においてどのように結びつきうるのか、その可能性をより具体的に考えられるのではないかと思っています」
教員紹介
Profile
嶋田 律之教授
Noriyuki Shimada
1963年山口県出身。同志社大学神学部卒。同志社大学文学部大学院修了。修士(哲学)ルードヴィヒ・マキシミリアン大学神学部博士課程修了。 Dr. theol. 2010年より桜美林大学に着任。桜美林大学 リベラルアーツ学群 助教授、同大准教授、ドイツ ミュンヘン大学 研究員を経て、2021年より現職。専門は近代キリスト教思想、ドイツ観念論哲学。
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