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国際物流が経済発展に及ぼす役割とは?
国際物流を支える「ハブアンドスポーク輸送」
物流業界の専門用語に「ハブアンドスポーク輸送」がある。これは、貨物を中心拠点(ハブ)に一度集めて、そこから周辺地域(スポーク)へ振り分けて運ぶ方式のことを指す。自転車の車輪をイメージするとわかりやすい。車輪の中心が「ハブ」で、そこから放射状に伸びるのが「スポーク」だ。「ハブ」とは、具体的には各国主要都市の大規模な港湾、空港、物流センターなど、「スポーク」は地方都市の港湾や空港となる。
「1990年代まで、神戸や横浜など日本の主要港湾は、アジアのハブの役割を担っていました。今はその座を上海、シンガポール、釜山などに奪われ、すっかり後塵を拝しています。特に釜山の躍進がめざましく、釜山港のコンテナ取扱量は、東京港の約5倍。これは日本のすべての港を上回る規模になります。釜山港は日本海経由の北米航路上にあり、さらに世界中のさまざまな航路が交差するという地理的優位性があります。日本の地方都市の工場などは、陸路で国内主要都市の港湾に貨物を運ぶより、船で釜山に運んだほうが、海外に輸出する際に安上がりだったりもします。つまり、今は韓国の釜山がハブとなり、日本の各都市はスポークになっている状態なのです」
そう語るのは、リベラルアーツ学群の松尾昌宏教授だ。専門は、開発経済学、経済発展論。近年は、「国際物流が国や地域の経済発展に及ぼす役割」についての研究に力を注いでいる。中でも長年ウォッチしているのが海上の物流だ。現在、世界の港湾の貨物取扱量は、コンテナの個数で表すのが一般的だという。単位はTEU(Twenty Foot Equivalent Unit)。これは、20フィートの海上コンテナに換算した荷物の量を表している。
港湾の貨物取扱量を表すTEUとは?
20フィートコンテナのサイズ(ISO規格)は、高さ2,591mm×幅2,438mm×長さ6,058mmと定められている。例えば、「1万TEU」とは、20フィートコンテナが1万個分の荷物を意味する。2023年の東京港のコンテナ取扱個数は、457万TEUとなっている(国土交通省港湾局「港湾統計」より)。
国際物流のハブ機能は経済発展に直結する
国土交通省港湾局「港湾統計」によると2023年のコンテナ取扱量は、上海が約5,000万TEU、シンガポールが約4,000万TEU、釜山が約2,300万TEUとなっており、日本はすべての港湾を合わせて約2000万TEUだという。
国際物流のハブの役割を果たすことは、経済発展に直結する。それは、シンガポールの一人あたりGDPが約9万USドルに達することが明示している。日本の一人あたりGDPは、約3万USドルで、シンガポールの3分の1となっている。同様にパナマ運河を擁するパナマなども近隣諸国と比較して所得が高くなっており、ここからも国際物流のハブ機能の重要性がよくわかる。
「最近では、ジブラルタル海峡を押さえるモロッコが地理的優位性を活かして急成長しています。モロッコのタンジェ港のコンテナ取扱量は、かつてヨーロッパの海の玄関口だったロッテルダム(オランダ)に迫っています。背景には、パレスチナのガザ情勢とそれに伴う紅海危機があります。近年は、アジアと地中海をつなぐ物流ルートは、エジプトのスエズ運河を避け、モロッコ経由にシフトしています。このように国際物流のトレンドは、国際情勢によって、常に変わっていくのです」
アジアで拡大するベトナムのコンテナ貨物取扱量
アジアに目を向けると2000年代に入り、ベトナムの躍進がめざましい。2000年代半ばまで、タイの半分程度に過ぎなかったベトナム港湾のコンテナ取扱量は、2020年代に入ってタイの2倍に達しているという。こうした国際物流ハブ機能の交代は、経済優位性の逆転にもつながっていく。
1985年のプラザ合意以降、インドシナ地域の経済を牽引していたのはタイだった。90年代には急速に工業化と経済成長を達成し、地域での影響力を拡大していった。しかし、90年代後半のアジア通貨危機、2000年代半ばの相次ぐクーデターによる政治の不安定化、急速に進む少子高齢化など、複合的な要因によって、成長率は大きく低下していく。
一方のベトナムは、1991年にカンボジア侵攻から撤退し、西洋諸国との関係を改善したところから経済成長が軌道に乗る。そこに、政治的安定と低賃金という条件も重なり、タイを大幅に上回る経済発展を実現する。その背景には、ベトナム南部の港湾が、マラッカ海峡と中国広東省を結ぶ最短ルート上にあるという地理的優位性があった。ベトナムの発展を支えたのは、世界の工場として輸出を拡大していた中国だったのだ。
経済発展と輸送貨物量の間には循環的な関係がある。経済が発展すると貨物量も増え、それがさらなる発展につながるメカニズムが働くというのが松尾教授の持論だ。
開発途上国の工業化を加速した『コンテナ物流革命』
「もともと私は、アジアなど開発途上国の経済発展や技術移転に関心がありました。国際物流を本格的に研究するようになったのは、2000年代に入ってからです。その理由は、コンテナ物流による輸送コストの低下が、結果的に開発途上国の工業化へのハードルを引き下げる現象を目撃したからです。私はこれを『コンテナ物流革命』と呼んでいます」
松尾教授の専門である「開発経済学」の伝統的な考え方においては、開発途上国の工業化は極めて困難なものとされてきた。理由の筆頭として挙げられたのが「技術力の壁」。開発途上国が工場の生産性を高めるには、先進国からの技術移転が必須だが、それを受け入れるには補完的な産業も必要になる。つまり、家電製品の組み立て工場を海外に移転してもそれを支える部品生産者や工場設備が壊れたときに対応できる技術者が育たなければ、本当の意味での工業化は達成できない。
例えば、日本の家電メーカーがマレーシアでの現地生産をスタートした際は、最初ラジオからスタートし、次第にテレビの製造工程を確立していった。その間、現地で部品生産者にも技術供与をして、産業全体を育てていったという。しかし、「コンテナ物流革命」によって、伝統的な開発経済学のロジックは通用しなくなる。海上輸送コストの低下によって、国際間分業のコストが下がり、かつて先進国でしかできなかった生産活動が、開発途上国でも容易にできるようになっていく。
「かつては、複雑な工程によって作られる自動車や家電製品などの部品は、技術基盤がゼロの国では調達が難しく、それが開発途上国の参入障壁になっていました。しかし、『コンテナ物流革命』によって、近隣国から特定の部品を低コストで調達するプロセスが可能となり、途上国の工業化が一気に進むようになったのです。2000年代以降のアジア諸国の工業化の背景には、『コンテナ物流革命』があったと私は考えています」
「インターモーダル輸送」による内陸輸送のシームレス化
1980年代までは、大型貨物船が到着すると港湾作業員たちが、数日かけて荷下ろしをする風景が一般的だった。しかし、「コンテナ物流革命」によって、その作業は半日で終わるようになったという。クレーンを使えば、20フィートコンテナ1個の荷下ろしにかかる時間は約2分。積み荷がつぶれたり、盗難されたりするリスクもなくなり、港湾の作業は大幅に効率化された。
また、「インターモーダル輸送」による内陸輸送のシームレス化も地域発展に大きな影響を与えた。これは、航空機・船舶・鉄道・トラックなど複数の輸送手段を組み合わせて、貨物を積み替えずに一貫して運ぶ輸送方式のこと。コンテナによる輸送の標準化によって、貨物船から鉄道や大型トラックへのスムーズな積み替えが可能となった。
これによって、製造工場の立地が地価の高い大都市港湾エリアから解放された。例えば、東京湾沿いの京浜工業地帯は、東京港や横浜港とセットで発展した。ところが「インターモーダル輸送」の発展によって、メーカー企業は、地価の安い内陸部に工場を建設することも可能になったのだ。
この流れはアジア諸国へも波及し、中国やタイでも2000年代以降に中心都市から遠隔地域への製造拠点の外延化が加速していく。約5,000万TEUという上海港湾の莫大なコンテナ取扱量は、この「インターモーダル輸送」のネットワークが支えているのだ。
学生時代の研究テーマは「開発途上国への技術移転」
開発途上国の貧困問題に関心があった高校時代
松尾教授が中学・高校時代を過ごした1970〜80年代は、ベトナム戦争やカンボジアの政変など、東南アジアが何かと注目を集める時代だった。もともと開発途上国の貧困問題に関心があった松尾教授は、京都大学経済学部に進学し、主にアジアの経済発展について専門的に学び始める。そして、大学院の博士課程まで進み、研究者の道を歩むことを選んだ。
当時の研究テーマは、開発途上国における「技術形成のメカニズム」。特に、途上国への「技術移転」の取り組みによって特定の産業で発展した技術が、別の産業に応用・転用されていくプロセスに興味を持っていたという。
「1990年代からアジアの工業化が急速に進む過程で、技術移転のスピードが加速していく現象に注目していました。技術基盤がほとんどなかった国でも工業化が進み、アジア経済の地図が塗り替えられていく。そして、たどり着いたのが、現在のメインテーマである『コンテナ物流革命』だったのです」
経済学の博士号取得後、他大学での勤務を経て、2001年に桜美林大学国際学部(当時)助教授に着任。現在は、リベラルアーツ学群教授として、「アジアの経済」「基礎マクロ経済学」などの授業を担当している。
国際物流は経済と安全保障をつなぐインフラ
国際情勢を読み解き、論理的に未来を選んでほしい
国際物流の研究を続ける松尾教授にとって、最新の関心事は、国際情勢の変化によるグローバルなサプライチェーンの動向だ。中国は、「一帯一路」構想を掲げ、中国をはじめとするアジア〜欧州航路の開拓に力を注いできた。特にギリシャ最大の港であるピレウス港の運営会社の経営権を掌握し、設備投資を進めていた。ピレウス港は、中国からインド洋、中東を経て、ヨーロッパに至る「一帯一路」の重要拠点となるはずだった。しかし、前述の通り、紅海危機によるスエズ運河回避の動きによって、ピレウス港のコンテナ取扱量は減少。代わりに、モロッコのタンジェ港が活気づいている。
一方、「米中摩擦」に起因するサプライチェーンの分断が進むことも予想される。安全保障の観点からアメリカが中国以外のサプライヤーを開拓することになれば、経済合理性だけでは語れない国際物流ルートが生まれる可能性もあると松尾教授は考えている。
「国際物流は今後も巨大化・集約化が進むでしょう。また、政治情勢や安全保障の影響を受ける場面が増えていくのは間違いありません。そんな時代に日本人が知っておくべき最重要ポイントは、『国際物流は経済と安全保障をつなぐインフラである』ということ。紅海危機、ウクライナ侵攻、米中摩擦などが、サプライチェーンを常に揺さぶっています。次世代を生きる皆さんには、こうした国際情勢を読み解いて、未来を選び取る力を身に付けてほしいと思います」
教員紹介
Profile
松尾 昌宏教授
Masahiro Matsuo
1965年、京都府生まれ。1988年 京都大学経済学部経済学科卒業。1990年京都大学大学院経済学研究科経済史学専攻 修士課程修了。1993年 同博士課程修了。博士(経済学)。英国サセックス大学科学政策研究所研究員、京都学園大学(当時)経済学部助教授を経て、2001年より桜美林大学国際学部助教授に就任。現在は、リベラルアーツ学群教授。専門は、経済発展論。国際物流に詳しい。
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