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IT企業に37年間勤務し多くの特許を取得
錯視に対応して太さを自動調整できるフォントを考案
上の図(A)を見てほしい。「田」の字を表すゴシック体のフォントだが、よく見ると両サイドの「縦」の線は方眼紙の6マスを使用しているのに対し、「横」の線は5マスしか使用していない。中央の「縦」の線も5マスで、両サイドの「縦」の線より細い。これは、人間の「錯視」に対応してフォントをデザインした結果だという。
図(B)は、このフォントを従来の技術で細くしたものだ。両サイドの縦線が他の線に比べて太いのが目立ち、不自然に見える。
図(C)は、新しい手法を取り入れて図(A)のフォントを細くしたものだ。図(B)よりも自然に見える。
「人間の目には、縦の線よりも横の線のほうが太く見えるという特性があります。そこで、多くの印刷用フォントは、ゴシック体でも横線を少し細くデザインすることで、自然に見える文字を表現しています。『田』のように縦の線が3本並んでいるとき、線の太さを3本とも同じにすると、人間の目には『黒っぽい文字』に見えてしまいます。そこで、印刷用フォントでは、中央の縦線を少し細くデザインすることで、文字の『黒み』を他の文字と揃えています。私は会社員時代に、こうした錯視に対応して太さを自動で調整できるフォントを考案し、特許を取得しました。先ほどの図ですと、図(A)のフォントを細くしたとき、不自然な図(B)ではなく、より自然な図(C)のフォントを自動生成する方法を考案しました」
そう語るのは、リベラルアーツ学群の長田浩一特任准教授だ。1985年に東京大学を卒業してから、2022年に桜美林大学の教員として着任するまでの37年間、ずっとIT企業に勤務してきた。その間に技術者として、プリンター分野を中心に数多くの特許を取得。そして、現在はリベラルアーツ学群で、情報ネットワークやプログラミングなどの授業を担当し、学生たちにIT業界の仕事の面白さを伝えている。
IT企業でソフトウェアエンジニアとして活躍
大学卒業後、最初に就職したのは、富士通だった。ここで長田特任准教授は、システムエンジニア(SE)部門に配属され、現場で働くSEたちを支援しながら、業務を効率化するソフトウェアを開発する仕事に従事した。就職したのは、1985年。日本がバブル景気に沸く時代だった。
富士通に3年ほど勤務した後、1988年に長田特任准教授は日本IBMに転職する。ここで「文字フォントの開発」という仕事と出合う。IBMといえば、システム開発や大型汎用コンピューターのイメージが強いが、当時の日本ではプリンター事業が収益の大きなウェイトを占めていたという。
「当時は、IBM社内のいろいろな製品開発部門からプリンター開発部門に『フォントを提供してほしい』という要望がありました。私はプリンター開発部門に所属し、製品に搭載するフォントを開発していました。フォントを開発する際は、まず書家にベースとなる文字を書いてもらい、それをパソコンに取り込みます。そして、さまざまな場面で使用できるようにドット(点)を細かく調整していきます。当時、1つのフォントを開発するのに、約1億円かかったと言われています。皆さんが普段、当たり前のように使っているパソコンのフォントの裏側では、多くの技術者が活躍しているのです。私はもともと言語に興味があったので、『人間はどんな文字を美しいと思うのか』を追究する仕事に大きなやりがいを感じていました」
印刷に関する技術を今も研究
フォント開発に情熱を注いでいた長田特任准教授だったが、ある日突然、転機が訪れる。IBMがプリンター事業をリコーグループに譲渡したのだ。これが、2007年のこと。約20年間勤務し、愛着もあったIBMを離れ、新天地で新たな挑戦をすることになる。そして、転籍先となるリコージャパン株式会社で、冒頭の「錯視対応マルチウェイトフォント」を考案し、特許を取得する。
「これは単純に錯視対応のフォントを自動生成するシステムではありません。錯視調整されたフォントの太さ(ウェイト)を可変にしたとき、自然な字形を保つように線の太さを自動再調整する技術が、特許として認められました」
この時代に、長田特任准教授はほかにも数々の特許を取得している。そのうちのひとつが、「ページ単位の割り込み印刷を機種依存せずに実現する技術」。当たり前に使っているプリンターの「割り込み印刷」機能だが、プリンターの機種ごとにその命令方法は異なっている。そこで、パソコンのWindows側に「ページ単位の割り込み印刷」機能を持たせることで、機種依存せずにこれを実現する仕組みを考案し、そのアイデアで特許を取得した。
「転籍先のリコーグループは、社員の特許申請を手厚く支援する仕組みがあり、さまざまな挑戦ができました。会社員時代に出願したものの特許登録に至らなかったアイデアもあります。そのうちの2件は、退職後も特許庁の審査官と情報交換を続け、2024年にようやく特許として認められました。印刷に関する技術は、今も私の研究テーマになっています」
富士通で3年、日本IBMで19年、リコーグループで15年勤務した長田特任准教授は、2022年4月から桜美林大学リベラルアーツ学群で大学教員という新たな道を歩み始めた。IT企業での経験に興味を持つ学生も多く、就職のアドバイスをしばしば求められるという。
東大理科2類に進学しドイツ語学を専攻!?
ドイツ語の動詞配列の規則性をテーマに卒業論文を作成
IT企業で技術職を続けてきた長田特任准教授だが、大学時代の専攻は「ドイツ語学」。さらに、大学時代はオーボエという木管楽器の奏者として、オーケストラの活動に明け暮れる日々を送っていたという。ユニークな経歴を詳しく聞いていこう。
「中学・高校時代は理系科目と語学が好きでした。学業以外では吹奏楽部でフルートを吹き、個人レッスンにも通っていました。高校卒業後、東京大学には理科2類で入学しました。ここは、本来薬学部や農学部などを目指す学生が進学するところです。ただ、私は入学後に文学や哲学にのめり込んでしまい、進級振り分けの際に文学部を選び、ドイツ語ドイツ文学専修課程を卒業しました。このような選択をする学生は当時ほとんどいませんでした」
卒業論文ではドイツ語の動詞配列の規則性をテーマに研究を行った。アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーの生成変形文法の考え方に影響を受け、ドイツ語を生成変形文法の観点から研究した。当時、日本の先行研究は極めて少なく、ドイツ語の論文を読み込み、動詞、助動詞、不定詞などが3つ以上並んだ場合の配列規則について論じた。しかし、ニッチな研究テーマだっただけに、卒業論文の口頭試問に対応できる教員が独文科におらず、英文科の教員に対応してもらい、無事卒業できたという。
文学部生だった長田特任准教授は、アルバイトで塾の講師をしていた。「担当する科目は、迷わず数学を選びました。国語や英語を教える自分を想像できませんでした」と当時を振り返る。数学の楽しさを中学生に教えながら、将来の仕事を検討するにあたり「自分は生来、理系の人間だ」と再認識し、就職先は富士通を選んだ。当時は、コンピューターの経験がない文学部出身者でも、IT企業に就職して社内研修を受け、エンジニアになることが珍しくなかったという。
木管楽器オーボエの演奏でも知られる
長田特任准教授を語る上で外せないのがクラシック音楽だ。大学時代に始めたオーボエの演奏を今も続けている。
「高校まではフルートを演奏していたのですが、大学ではオーケストラで新たにオーボエを始め、著名なオーボエ奏者に師事しました。18歳を過ぎてからオーボエを始めてプロになった人の話を聞いていたので、私も一念発起しました。YouTubeがオーケストラを結成すると聞いたときは、さっそくオーディションを受けました。全世界で3,000人を超える応募者の中から96人の合格者の1人に選ばれ、ニューヨークのカーネギーホールで演奏したことは忘れられません」
「音楽事務所や音楽協会などから『プロ奏者としてオーボエを演奏してほしい』という依頼を今もいただきます。アルメニア共和国の音楽家から『国際音楽祭を開催するので、マスタークラス(公開レッスン)の講師と演奏をお願いしたい』と要請されたときは驚きました。オーボエのコンクールに『アマチュア枠』で申し込んだところ、主催者から『長田さんはアマチュア枠では参加できません』と断られたことがあります。このときは、『音楽大学を出ていない私が、専門家として認められた』と思い、かえってうれしくなりました」
Unityを使ったゲームプログラミングに注力
プログラミング言語C#の大きな可能性に着目
2022年4月に桜美林大学リベラルアーツ学群の特任准教授となり、「情報科学概論」「情報ネットワーク」「Webページプログラミング」など主に情報系の授業を担当している。
ゼミ活動にあたる「専攻演習」で力を入れているのは、「ゲームプログラミング」だ。これは、「Unity(ユニティ)」と呼ばれるゲーム開発支援ソフトを用いて、オリジナルのゲームを作成するもの。ゲームに登場するキャラクターなどの動作を、C#のプログラムで制御できる。
「情報科学プログラムの他の教員は、専攻演習でJavaやPythonなどのプログラミング言語を取り上げていました。私は、IT企業でC言語やC++を主に使っていたので、C言語やC++と親和性が高く、学生たちの関心も高かったC#を取り上げることにしました。そして、C#の文法をひととおり学んだ学生が専攻演習で次に取り組む対象として選んだのが、Unityを使ったゲームプログラミングでした。ブラウザーで動作するWebアプリのゲームが中心です。自作のゲームが自分のスマホで動くのを初めて見ると、学生たちは驚きと感動を覚えるようです」
長田特任准教授のゼミに所属する学生は、3年次の「専攻演習」を履修した後、4年次の「卒業研究」でオリジナルゲームの開発に取り組む。そして、その発表の場となるのが、毎年10月に行われる桜美林大学の学園祭「桜李祭(おうりさい)」だ。学生たちは、2025年の「桜李祭」で自作のコンピューターゲームを出展し、来場者に体験してもらった。
「学生たちは、自作のゲームを来場者に体験してもらうことで、制作時には想像もしなかった多くの『気づき』を得ました。自作ゲームを体験してくれる人には、ゲーム経験が豊富な人もいれば初心者もいます。小学生から高齢者まで年齢層も広がっています。自作ゲームを幅広い層の利用者に楽しんでもらうには、どうすればよいのか? この問題意識の大切さに気づいた学生たちは、桜李祭でかけがえのない貴重な体験をしたと思います」
「次に取り組むテーマとして、ゲームプログラミングにAIをどのように取り入れるかを、いろいろな角度から検討しています。例えば、ゲームの実行時に利用者のスキルレベルや特性を分析・判断して、ゲームの難易度を自動調整する試みがあります。実現すれば、幅広い層の利用者がより楽しめるゲームになる可能性があります。ゲーム制作にAIを活用することで、品質と生産性の向上も期待できます。学生がAIを適切に使えるようになるために何をするべきか、教員として考え続ける必要があると感じています」
リベラルアーツを実践してきた
自分の生き方を学生に伝えたい
「学生一人一人が自分の強みを知り、自分を生かせる場を見つけること。そのための手助けをしたいと願っています」と長田特任准教授は語る。これまでにも障害を持つ学生が、3年次の「専攻演習」でUnityを使ったゲームプログラミングに出合い、卒業研究で独創的なゲームを作成した事例があるという。
「学生時代から現在に至るまで、自分はリベラルアーツを実践していたのだと、今になって思います。理系進学をした後、ドイツ語学を専攻し、エンジニアを職業に選んで実務経験を重ねてから、大学教員になりました。理系科目も好き、語学も好き、音楽も好き、プログラミングにも興味がある……学生時代にいろいろ迷った経験は、すべて現在の自分に活きていると感じています。私のような生き方があることを学生たちに知ってほしいと思っています」
教員紹介
Profile
長田 浩一特任准教授
Koichi Osada
1960年生まれ、山梨県出身。東京大学 文学部 第3類ドイツ語ドイツ文学専修課程 卒業。学士(文学)。1985年に新卒で富士通株式会社に入社し、日本アイ・ビー・エム株式会社、リコージャパン株式会社などIT企業で計37年間勤務。2001〜2004年には、企業に勤務しながら、桜美林大学非常勤講師を兼任。2022年4月より現職。趣味は木管楽器オーボエの演奏。元日本オーボエ協会理事。プロ奏者が参加するコンクールでの最高位入賞、コンクール審査員、海外の音楽祭での招待演奏、リサイタルの開催、現代音楽作品の初演、国内外のプロオーケストラへの賛助出演などの経験を持つ。
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