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「中小企業の存続・発展」をテーマに
幅広い視点でフィールドワークを行う
ベースとなる学問分野は「産業組織論」
政府統計(※)によると2021年時点で日本国内には約330万社の企業がある。国の「中小企業基本法」では一般的に従業員300人以下あるいは資本金3億円以下の企業が「中小企業」と定められているが、この定めに入らない「大企業」はわずか1万社ほど。つまり、日本企業の約99.7%は、中小企業なのだ。
リベラルアーツ学群の堀潔教授は、こうした日本の「中小企業の存続・発展」をテーマに幅広い研究を行っている。ベースとなる学問分野は「産業組織論」。これは、ミクロ経済学の応用分野で、産業の構造や企業の行動原理を研究する学問だ。堀教授は、特定の産業において企業同士が競争をしたり、競争を回避したりするメカニズムを詳しく調べ、現代日本の産業構造や中小企業が抱える問題を明らかにしようとしている。
「例えば、製造業において完成品メーカーの下請けにあたる部品メーカーは、価格や品質で他社と競争をします。ただし、まともに価格競争をしてしまうと業界全体の利益率が下がってしまいます。そこで、一定の利益を上げるために競争回避のメカニズムが働きます。業界内の複数の企業が最低価格を水面下で決める談合などがこれにあたります。では、ルールの中で、どのような条件がそろえば、企業は持続性のない価格競争を回避するのか……。私がもともと研究していたのは、このような領域です」
経済成長を実現するためには、企業間の競争は不可欠だ。より多くの企業が参入し、競争を繰り返すことで、産業は発展し、市場も拡大する。こうした好循環をつくるために、中小企業や起業家を行政がどのようにサポートすべきか——。ここから産業発展のための政策を考えるのも産業組織論の研究者の役割だという。
中小企業の調査を行う一般社団法人の代表理事も兼務
堀教授は現在、桜美林大学リベラルアーツ学群で教員をしながら、アドミッション・キャリア担当副学長も務めている。さらに、一般社団法人中小企業産学官連携センター代表理事という肩書きも持つ。コロナ禍の2022年4月に設立されたこの組織は、産学官の連携によって、中小企業に関する諸問題の調査研究を行っている。堀教授は、ここでも可能な限り現場に足を運び、中小企業のさまざまな課題についてヒアリングを行っているという。

「日本国内の多くの中小企業が抱える共通の課題が人材不足です。特に若年層の人材を採用できずに苦労しています。建設業界の下請け会社の中には、仕事があっても人がいなくて受注できないような状況も発生しています。ここで注目されるのが外国人労働力の活用です。最近は、中小企業の外国人材活用について現場で話を聞く機会が増えていますね」
中小企業の生き残り戦略としての「外国人材活用」
日本で働く外国人労働者は、2023年10月時点で初めて200万人を超え、過去最高を更新した。国籍別で見るとベトナム人が最も多く、全体の約4分の1を占め、以下に中国人、フィリピン人と続く。業種別では、製造業が最も多く、ほかにもサービス業、卸・小売業、宿泊・飲食サービス業などで活用が広がっている。従業員規模別では、30人未満の事業書で働く人が最も多く全体の36%。さらに、499人以下の中堅企業を合算すると中堅・中小企業全体の78%で外国人労働者が働いていることになる。

外国人労働者の話題といえば、技能実習生が労働条件への不満から失踪したニュースなどがクローズアップされがちだ。しかし、外国人がイキイキと働き、定着している職場も数多くある。少子高齢化が加速する昨今、特に中小企業にとって、外国人材は不可欠な戦力なのは間違いない。
「昨今の円安の進行もあって、外貨建てで見た日本の賃金水準は、欧米やオーストラリア、シンガポールと比べて、相対的に低下しています。残念ながら現在の日本は、働き手となる外国人から“選ばれない国”になりつつあります。一方で、外国人労働者数が過去最高となっている現状にも注目すべきです。彼らは賃金以外の要素も考慮に入れ、日本を選んでいる可能性があります」
多様性を受け入れる寛容さが差別化戦略になる
近年は、日本古来の文化やアニメ・ゲームに代表されるソフトパワーに魅力を感じ、来日する外国人も多い。コロナ後、インバウンド旅行者が日本各地の観光地に押し寄せている状況を見れば、それは明らかだろう。その中から日本に定住して働きたいと考える人が出てくるのは自然な流れだ。
中小企業の外国人材活用に関する調査で、堀教授が注目したのが金属加工を行う大和合金株式会社だ。航空機やロケットの部品を世界中に販売している同社では、現在20人ほどの外国人材が活躍している。従業員数は約150名。1割以上が外国人ということになる。彼らは語学力を活かし、海外とのやりとりをする事務部門で活躍している。その多くは、JETプログラム(外国語青年承知事業)の経験者だ。JETプログラムは若い英語のネイティブスピーカーを日本各地の学校に派遣する事業。その任期が終わった後も日本に残って働きたい外国語教員を海外取引の事務職として受け入れているという。
「外国人材が活躍している会社には共通点があります。それは、女性やシニアなど多様な人材が役割を与えられ、活き活きと活躍していることです。AIによる自動化も重要ですが、それよりも多様性を受け入れる寛容さを持つことのほうが、中小企業にとっての差別化戦略になるのかもしれません」

ヨーロッパのモデルから学ぶ
日本の「外国人材活用」の未来
オランダに交換留学した大学院時代
堀教授が産業組織論や中小企業論というテーマと出合ったのは、大学時代のこと。もともと強い興味があったというより、慶應義塾大学商学部で所属したゼミで自然に課された研究テーマだったと本人は語る。とはいえ、次第に面白さを見出し、大学院博士課程まで、産業組織論・中小企業論の研究を続けることになる。
大学院在籍中の1989年、堀教授は慶應義塾派遣交換留学生として、オランダのエラスムス大学ビジネススクール(Rotterdam School of Management, Erasmus University Rotterdam)に留学する。そこからオランダおよびヨーロッパ各国における中小企業支援政策にも関心を持つようになる。
「1994年に桜美林大学の経済学部専任講師として着任したのち、2000年度と2015年度の2回、サバティカル(学外研修)の機会を得て、オランダでそれぞれ1年間滞在し、欧州における創業支援策や起業家教育などについて調査研究をしていました。なかでも興味深かったのは、滞在していたロッテルダム応用科学大学での『輸入プロジェクト』です。7~8名の学生が、アジア地域の品物を輸入してオランダ国内で販売する企業を設立し、約10か月かけて販売活動を行います。開業の手続きに始まり、オンライン販売のためのWebサイトの立ち上げ、業界展示会への出展、期末の株主総会での決算発表、納税まですべて体験するのです。この授業を受けた卒業生たちから聞き取りを行ったところ『卒業後に起業を視野に入れた際、必要なプロセスやノウハウを学生時代に経験していた』といった回答を得られました」
1年間の滞在で、オランダは日本よりずっと早く外国人を労働力として迎える制度を整えていたことも知った。オランダは現在、人口の約2割が移民や外国人労働者だ。そのような社会において、起業は移民ルーツの国民にとって経済的地位を確立し、社会参加を果たすための方法となり得る。現在では出身地域別にみた中小企業経営者の構成と、オランダの人口構成がほぼ同じになっているデータもあるという。日本の外国人材活用において、オランダをはじめとするヨーロッパのモデルから学べることも多いのではと堀教授は考えている。
中小企業の存続・発展のために
「事業承継」の問題にも注目
中小企業の価値を適正に評価する仕組みが必要
産業組織論、中小企業論の分野で幅広い研究を行う堀教授が、今後ますます力を入れていきたいと考えているテーマが「中小企業の存続・発展」だ。この分野において、大きな政策課題になっているのが、「事業承継」の問題だという。
事業承継とは、会社などの事業を次世代に引き継ぐこと。家族が継承するのが難しければ、従業員が引き継ぐことも可能だ。『中小企業白書』によるとコロナ禍が始まった2000年以降、毎年約5万件の会社が廃業しているという。しかもその約6割は黒字のまま、継承してくれるパートナーが見つからず廃業に追い込まれている。とはいえ、「自社の事業が誰のために、どのように役立っているか」を経営者自身が知ることは、実はとても難しいと堀教授は語る。
「近年、廃業した中小企業の中には、黒板のチョークで国内3割のシェアを持っていた羽衣文具株式会社のような会社もありました。少子化の日本で縮小していたチョーク市場も国際的にはまだまだ成長の可能性はあります。優秀な会社がノウハウや顧客ネットワークを引き継がないまま、市場から消えるという残念なケースは今後も増えるでしょう。そのために、中小企業を社会が適正に評価する仕組みがますます求められます」
経営者自身が把握できていない自社の社会的役割を認識できたり、その社会的役割を積極的に認識できる第三者と協働できるようなしくみがあれば、M&Aなどによる事業承継も活発になるだろう。優秀な中小企業が市場から退出することは、スキルやノウハウが失われることになり、社会的損失も大きい。
「中小企業を取り巻く環境は厳しい半面、政府による支援制度も豊富にあります。今後は課題を抱える中小企業と支援制度のマッチングも重要なテーマになるでしょう。外国人材の活用や事業承継の支援は中小企業を活性化させるためのアイデアの一例です。今後もオランダおよびヨーロッパの先行事例を踏まえながら、産官学のネットワークを活かした中小企業支援の手法を模索していきたいと思っています」
※「統計 Today No.195『我が国の事業所・企業の経済活動の状況~ 令和3年経済センサス‐活動調査の結果から ~』」経済産業省、2021年
教員紹介
Profile

堀 潔教授
Kiyoshi Hori
1962年、大阪府生まれ。1985年慶應義塾大学商学部卒業、1990年同大学大学院商学研究科博士課程満期退学。常磐大学専任講師を経て、1994年から桜美林大学経済学部専任講師。2003年より現職。2021年より副学長。日本中小企業学会常任理事。日本労働科学学会理事。一般社団法人中小企業産学官連携センター代表理事。公益財団法人大原記念労働科学研究所理事・所長。公益社団法人中小企業研究センター監事。専門は産業組織論・中小企業論。