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台湾の教室で見つけた、日本語教育の多様なかたち
成人学習者との出会いが拓いた研究の道
リベラルアーツ学群で日本語教育を教える内山喜代成准教授の専門は、「成人日本語教育学」。『おとなの学びを実現する日本語の教室〜台湾の民間成人教育機関における教師の成長プロセスと学習者の学習継続プロセス』(ココ出版)をはじめ、特に台湾の民間教育機関における大人の学習者を対象とした研究で知られている。
「日本語教育学という分野は、言語学から教育学、社会学、心理学まで、本当に幅広い学問です。その中で私の関心は、『割り切れないもの』に向かっています。その1つが、必要に迫られて学ぶ日本語ではなく、人生を贅沢にするために学ぶ日本語。一見、矛盾するような説明しにくいものに惹かれるんです」
学部時代、中国語中国文学を学び、大学院では中国史を専攻して春秋戦国時代の自然祭祀の研究をし、大学院修了後に中国語学習を目的に台湾に行くことを決めた。2008年、内山准教授は、台湾の新竹という街で中国語を学びながら日本語教師として働く機会を得る。
「新竹は台北から約80キロ南に位置する、IT産業の集積地。ビーフンの名産地ですが、台湾人に『新竹ってどんな場所?』と聞いても、『つまらない場所』と言われるくらい観光名所は少ない。ただ、本当に多くの優秀なエンジニアが集まる街なのです」
内山准教授が働いたのは「補習班」と呼ばれる民間の教育機関だった。日本で言えば、塾やカルチャーセンターのような場所。そこで出会ったのが、ITや半導体企業で働くエンジニアたちだった。企業派遣の日本語授業もあり、エンジニアたちは仕事が終わる夕方から2時間程度、会議室などに集まって日本語を学びにきていた。しかし、彼らの多くは学習後に再び仕事に戻っていった。日本語の学習は会社の福利厚生の一つで、仕事で日本語を使う学習者は非常に少なかった点が興味深かった。
「いわゆる学校教育における何かを覚えさせるような授業をしている教師には、クレームが来ることもありました。『私たちは息抜きとして楽しく学びたいのに、なんで学校の勉強みたいなことをさせるんだ』って」
聞けば、彼らは業務上、間違いがあってはならないやりとりでは、日本人とも英語を使用するという。それなのになぜ、日本語を学ぶのか。日本人が来たときに、仕事の話は英語でするが、仕事以外の場面で日本語が少し話せることでコミュニケーションが深まる。職場では言えないことを、母語でもなく仕事で使う言語でもない「第三のことば」の日本語で語り合いたかったのだ。
「正直、ある程度、型のある授業をする方が楽なんです。しかし、大人の学習者たちが求めていたのは、日本人教師である私たちや他の学習者との日本語を使った関わりでした」
新竹の補習班には、試験のための日本語でも、就職のための日本語でもない、「人生を豊かにするための日本語学習」があった。この「大人は何を目的に学習するのか?」という問いへの気づきは、内山准教授にとって大きな転機となった。
アンドラゴジー(成人教育学)との出会い
20代で出会った「第一線で活躍する人たち」
新竹での経験は、内山准教授にもう1つの大きな学びをもたらした。大人の学習者は、教師にとっても「先生」だったのだ。
「当時、20代だった私は派遣授業で、大企業の役員クラスの方やIT業界の第一線で活躍するエンジニアたちを教えることがありました。実業界での経験が豊富な方々とゆっくり話をする機会なんて、日本にいたら絶対になかったこと。こうした大人の学習者は優しい人生の先輩であり、同時に厳しい学習者でもありました。教師として認められなければ、担当を変えられてしまうこともありました。しかし、こちらが試行錯誤しているのが伝わると、『この先生、今は教え方が下手だけど頑張っているのがわかるから応援したい』と補習班の事務にフィードバックしてくれる。仕事は人と人とのつながりの中にあるのだなと教えられました」
この間、内山准教授は大学の語学センターで中国語学習を行うこともあった。その後、台湾の大学の非常勤講師として勤務するようになった。学習者としての視点と教師としての視点。その両方を持ちながら、「民間の塾で学ぶ大人の学習者と、日本語教育」というテーマに惹かれていった。
「当時は、民間の語学学校の日本語教育に関する研究はほとんどなかったのです。多くは大学生を対象としたもの。趣味で学ぶ大人についての研究は、データも取りにくいし、そこにいる教師も研究者ではないですから。だからこそ、ちゃんと研究としてまとめたいと思いました」
大人の学習の意味と価値は、非職業的なところにある
7年間の台湾生活を経て、内山准教授は日本に帰国。名古屋大学大学院で日本語教育学の博士課程に進んだ。そこで、出会ったのが、「アンドラゴジー(成人教育学)」だった。アメリカの成人教育学者マルカム・ノールズが体系化したこの理論は、大人の学習者には子どもとは異なる特性があることを示していた。
「大人は自己主導的で、自分から学ぼうとする。そして、それまでの経験すべてが学習のリソースになる、と。その説明が台湾で接してきた大人の学習者の姿と、ピタッと重なりました。ただ、現在では大人や子ども、どちらにも学習に合わせて活用される理論です」
さらに内山准教授が注目したのは、100年ほど前の成人教育学者エデュアード・リンデマンの考えだった。リンデマンの成人教育学の特徴は、非職業的な学びに注目している点である。職業教育のための学習ではなく、すでに職業として成立している人たちが、そうでないところで学ぶことに意味があるのだ、と。
博士論文では、複線径路等至性アプローチ(TEA)という質的研究手法を用いて、台湾の補習班で働く教師がどのように成長し、教室デザインを変容させていくかを分析した。さらに、成人学習者がなぜ学習を継続するのか、そのプロセスも明らかにした。
「最初は仕事のため、会社からの要請で学び始める。しかし、業務に必要な運用力を身につけた後も、学習を続ける人たちがいる。彼らは教室に参加すること自体、他の学習者との関わり自体に価値を見出すようになっていたのです。
生活に必要不可欠な日本語や社会的資本を得るための日本語ではなく、どちらかというとやらなくてもいいが、それでもやる学習、楽しむための日本語教育に興味があり、学習者の人生においてその学習がどのような意味を持つのか、そこで教師は何ができるのかなどを探っています。また、これは日本語教育の話に留まらず、社会全体のあり方の話にもつながっていくと思っています。仕事のためだけの勉強しかできないのではなくて、生活が安定した上で、学ぶことそれ自体に楽しさや意味を見出せる。そういう余裕がある社会がいいですよね」
理論と実践を行き来する教育者として
「海外教育実習」で学生たちを台湾に連れていく
2022年4月、内山准教授は桜美林大学に准教授として着任。担当する日本語教育の養成課程では、各学年20人ほどの学生が資格取得を目指している。
「卒業して実際に日本語教師になるかどうかは学生次第ですが、私は海外で楽しみとして日本語を学んでいる学習者の熱量やおもしろさを伝えたいと考えています」
その一環として、内山准教授は学生たちを台湾に連れて行く。2026年1月には、台中の東海大学で海外教育実習を実施した。この実習に合わせて、短期日本語コースを現地の先生の協力のもとに作った。そこでの学習者は60代から80代。元大学教員や職員として働いていた人たちだ。
「一人ひとりの熱量が高い。次から次へと質問が来る。元々大学の先生たちですから、『全部知りたい』という姿勢です。学生たちも本当に感動していました。なかでも印象的だったのは、参加者の1人、70代の女性の感想です。子どもの頃、その女性は母親から『かつこ』という日本名で呼ばれていた。しかし、この50年、その名前で呼ばれることはなかったそうなんです。それが『今回、「私はかつこです」と自己紹介したら、みんなが「かつこさん」って呼んでくれて。それがすごく嬉しかった。あと、自分も教師をしていたから、学生たちが本当に時間をかけて準備して、この授業に臨んでいるかがわかる』と。そう話してくれました」
台湾には、日本統治時代に日本語を学んだ「日本語世代」の子ども世代にあたる高齢者がいる。親が話していた日本語をかすかに覚えている人たち。50年ぶりに、日本語の読み方で名前を呼ばれる。そういう瞬間や学生たちの取り組みが元先生たちから評価されている場に立ち会えるのは、自分自身にとっても、学生にとっても本当に意味があることなのだと内山准教授は語る。
内山准教授の台湾とのつながりは今も続いている。東海大学とは3年前から、桜美林の学生がオンラインで学習支援をする関係を続けてきた。また、台湾の成人学習者がどのような「学習リソース」を使っているかについて、台湾の研究者とともに共同研究を進めている。
「当時新竹で知り合った先生方とのネットワークも、ずっと続いています。20代の時は『雲の上の存在』だった先生方と、15年経って一緒にプロジェクトができるようになった。これは本当にありがたいことです」
面倒くさいことをしたほうが楽しい
「面倒くさいことをしたほうが、絶対に楽しいよ」
これは内山准教授の教育哲学で、ゼミナールの学生たちにもよく言う言葉だという。何かを選ぶときに、楽な道と面倒くさい道があったら、面倒くさい方を選んでおくと後が楽しい。「もちろん、体調とか心理的に無理なときはやめなさいって言いますけど」と内山准教授は語る。
中国の古代史への関心から中国語を学び、台湾で出会った成人の日本語教育の研究へ——。内山准教授自身が、その言葉を体現してきた。先行研究のない分野に飛び込み、博士号を取得し、今は次世代を育てる。
「強い意志があったわけではない。どちらかというと消去法というか、消極的な選択の積み重ねでした。しかし、たまたまいろんな人に出会えて、結果として楽しくて、成人日本語教育をずっとやっていこうと思えた。人生を散らかすのはとても楽しいです。今は教員養成にしっかりと取り組み始めて4年目。まだまだうまくできないことも多いですが、学生たちが少しずつ日本語の先生になっていく中で、将来、一緒に同じコースを担当できたら楽しいかなと思っています。私も1人の日本語教師、学生も1人の日本語教師として。縦じゃない関係で」
これは、台湾で出会った大人の学習者とのコミュニケーションが教えてくれた感覚かもしれない。仕事で使うわけでもない、生活に不可欠なわけでもない。なのに、なぜ学ぶのか。その「割り切れなさ」の中に、学びの本質がある。原点である台湾という場所も、内山准教授にとって特別な意味を持ち続けるという。
「学生たちに見せられるものは見せてあげたい。教えるというより、見せる。そこで何か感じてくれればいいかなと考えています。学ぶ余裕がある社会がいい。仕事のためだけじゃなくて、豊かに生きるために学ぶ。そういう学びを支えることも、日本語教育の、そして教育の本質だと思っています」
教員紹介
Profile
内山 喜代成准教授
Kiyonori Uchiyama
桜美林大学大学院国際学研究科修了後、学習院大学大学院で史学の修士を、名古屋大学大学院で日本語教育に関する研究で博士号を取得。2007年から2015年まで台湾の民間日本語教育機関や大学で教鞭をとり、帰国後は名古屋学院大学などを経て、2022年より現職。台湾の成人日本語学習者の学習継続プロセスや、日本語教師の成長に関する研究で知られる。複線径路等至性アプローチ(TEA)などを用いた質的研究が専門。
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