メインコンテンツ
30年間の現場経験が教えてくれた「本当の国際協力」
素朴な疑問から始まった国際協力への道
リベラルアーツ学群で国際協力について教える足立佳菜子特任教授。30年間にわたりJICA(国際協力機構)で開発途上国の自然環境保全プロジェクト等に携わってきた経験を持つ。その豊富な実務経験を活かし、学生たちに「生きた国際協力」を伝える足立教授が、この道を志したきっかけは、学生時代に抱いた一つの素朴な疑問だった。
「世界のなかで順調に発展する国と、年数が経ってもなかなか発展しない国がある。この違いは一体どこにあるのだろう?」
高校生だった足立教授の目に飛び込んできたのは、1986年にエドサ革命によって打倒されたフィリピンのマルコス政権の姿だった。第二次世界大戦後、豊富な資源を持ち、歴史的な経緯から英語を公用語とするフィリピンは発展が期待されていた。
ところが、実際にはシンガポールのリー・クアンユー政権、マレーシアのマハティール政権といった近隣諸国のリーダーたちが率いる国々の方が順調な経済成長を遂げていった。
「同じように独裁的な政治権力を持っていたリーダーのなかで、私腹を肥やす方向に行ってしまったマルコスと、国を発展させようとしたクアンユー、マハティール。そこにリーダーシップの違いがありました。政財界のトップ層が広く国民のために働くのか、自分たちの権益を守ろうとするのか。その差によって国の未来が大きく変わってしまうことに強い関心を持ちました」
とはいえ、国際協力について学ぶのはもう少し先の話。実は学生時代の足立教授は、勉強よりもバドミントン部の活動に明け暮れる日々を送っていた。筑波大学の体育会は本格的で、「授業じゃない時間はずっと部活動」という生活。4年次になる頃、ふと「このまま社会に出ていいのか」と疑問に思い、もう少し勉強しようと決意したという。
「父親がアメリカの自動車関連企業に単身赴任していたこともあり、ミシガン州立大学への留学を決めました。よく言われる通り、アメリカの大学は入るのはそれほど難しくないのですが、毎回の宿題、課題、レポートがどっさりあって、勉強しないと単位が取れない。国際協力への関心が本格的になっていったのはこの時期です。図書館にこもって一生懸命文献を読みました」
「若干消去法」から始まった30年のキャリア
社会学を専攻し、以前から疑問に持っていた「なぜフィリピンは周辺国に比べて発展が遅れたのか」を研究テーマに選んだ。その結論は明確だった。フィリピンでは一部の富裕層が自分たちの権益を守るような形で国の政策を進め、国内産業育成のためと言いながら関税を高くし、自分たちの親族企業を守った。一方、発展したアジアの国々は市場をオープンにして、技術発展に力を入れ、国際競争力を高めていた。
「国の発展が遅れたしわ寄せで苦しむのは庶民です。日々を懸命に暮らす人たちに対して、国際協力でどういうサポートができるだろうか。自分が携われることはないだろうか。そう思うようになり、留学生活を終えました」
1993年、アメリカから帰国した足立教授を待っていたのは、通常の就職活動のサイクルに乗り遅れたという現実だった。
「アメリカにいたので、日本の大学生が行うOB訪問はできず、就職活動に出遅れた感がありました。その点、筆記試験と面接で就職が決まる公的機関なら不利がない。そのなかで国際協力に携わることのできるJICAを受けました」
足立教授自身、「若干消去法」と笑いながら振り返るJICA入職。しかし、この選択が30年間にわたる国際協力の最前線での活躍につながっていく。
「環境問題は人間の問題」—REDD+プロジェクトでの挑戦
最初は不本意だった環境分野との出会い
JICAに入職後、さまざまな部署を経験した足立教授だが、最も長く、そして印象深く携わったのが自然環境保全の分野だった。トータルで10年近く担当したが、当初、足立教授は環境分野に配属されたことに不満を持っていたという。
「私、環境問題よりも人間に関心があるんだけどな……、たしかに森林や湿地も大事だとは思うけど……と。配属されてからしばらくは『なんで自分がこの部署にいるんだろうな』と疑問を感じていたんです」
多くの社会人が一度や二度は抱える不満と疑問。しかし、開発途上国の環境問題に深く関わるうち、足立教授の認識は大きく変わっていった。
「開発途上国の環境問題は、人間の問題だと気づいたのです。環境を壊しているのが人間。農地をつくろうとして森林を切り開いている。生活排水が湿地を汚し、乱獲で水産資源が奪われていく。どうしてそうなるかをたどっていくと、周辺に暮らす人々の貧しさに行き当たります。貧困問題を解決しない限り、持続的に環境を守っていくこともできない。ということは、環境問題=人間の問題と捉えられるようになって、『私、好きかも』と思えるようになりました」
それから約10年、足立教授が担当したのは、中南米・アフリカ・中近東での生物多様性保全や森林保全などのプロジェクトの立案、進捗管理、評価。重要な局面では、カウンターパートである各国の政府機関の意思決定者と交渉したり、現地のキーパーソンに協力を要請したりする、高度な調整業務も担った。
JAXAと連携したブラジルでの森林監視システム
足立教授が携わったプロジェクトのなかで、「特に印象的だった」と教えてくれた2つの事例がある。1つ目は、ブラジルでのREDD+(途上国における森林減少・森林劣化に由来する排出の抑制、並びに森林保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の増強)プロジェクトだ。世界最大の熱帯林・アマゾンでは、違法伐採が深刻な問題となっていた。大豆畑や牧場をつくるため、政府の許可なく大規模に森林が伐採され、それが世界の気候変動に大きな影響を与えていたのだ。
「アマゾンのジャングルはあまりにも広大で、地上から監視するのは不可能に近い。道路がない地域も多く、違法伐採する側は監視の目が届かない場所をみつけ、一気に熱帯林を切り開いてしまうのです」
そこでJICAと足立教授の在籍していたチームが着目したのが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の持つSAR(合成開口レーダー)衛星の技術だった。JICA職員の役割は、コーディネーターやプロジェクトマネージャーのようなもの。実際に現場で活動するのは専門家や外部委託先で、職員はプロジェクトの設計図を相手国と話し合ってつくり、専門家をリクルートし、進捗を管理し、問題が起これば相手側と交渉して計画を修正していく。
「JAXAのSAR衛星は、マイクロ波と呼ばれる電波を地表に照射。その反射波から地形や物体を観測することのできる衛星です。それまでも熱帯林を衛星で監視するアイデアはあったものの、アマゾンは1年の半分ぐらいが雲や霧に覆われています。従来の光学衛星では雲や霧の下の熱帯林は撮影できず、観測できない課題がありました。その点、SAR衛星ならば、曇りの日も雨の日も、夜間も監視可能。そこで、ブラジル政府に『日本のJAXAにこんな技術があって、こういう協力ができるけど関心ありませんか』と提案したのです」
こうして実現したSAR衛星による熱帯林監視システム。JAXAの衛星が撮影したデータをブラジル政府に共有し、違法伐採が行われている現場を発見し、地上のパトロールに連絡が行き、現場に急行し、取り締まるという仕組みだ。
「国際協力の活動において大事なポイントは、1つのプロジェクトを通じて相手国の能力向上を実現することです。ブラジルでのREDD+であれば、森林監視担当者が独力でデータを読解し、違法伐採を検知できるようになること。そして、それがシステム的に現場に迅速に伝わり、パトロールにつながる体制を作ることでした」
イランの湿地保全が教えてくれた「中立性」の価値
2つ目の印象深いプロジェクトが、イラン北部、カスピ海南部に面した地域に「アンザリ湿原」での湿地保全活動だった。これは「水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」であるラムサール条約に基づく取り組みで、当時アンザリ湿原は危機的状況にあり、登録から抹消される可能性があった。
「概要は理解したものの、現地に足を運ぶまで私には『イラン=砂漠や油田』というイメージが強かったのです。ですから、まずはカスピ海南部に日本の水田風景に似た環境があることにびっくりしました。世界は本当に行ってみないとわからないことばかりです。そして、日本で見聞きする報道からイランは治安的に危険のある国という印象もありましたが、それもすぐに覆り、親日家の多い国でした」
プロジェクトで雇用したドライバーは日本へ出稼ぎに行ったことがあり、「日本はいい国だよね。冬はこたつに入ってみかん食べるのがいいよね」と笑い、昔、日本で放送された朝ドラ「おしん」はイランでも大ヒット。たまたまプロジェクトのメンバーのなかに、「おしん」の主人公に似た雰囲気の女性専門家がいたため、現地スタッフから大人気になったとも。
「このプロジェクトで私が実感したのは、環境協力の『中立性』です。イランはアメリカとの関係が悪化していて、日本としては関わり合うことに配慮が必要な国。しかし、湿地保全活動は政治的ではなく、経済、軍事とも結び付きません。JICAがラムサール条約を守るという立場で協力することで、日本とイランとの間に良好な関係を築くことができるわけです」
日本の国際協力の独自性、「主体性の尊重」という哲学
「口は出さずに金を出せ」から始まった信頼構築
30年間のJICA経験を通じて足立教授が誇らしく感じているというのが、日本の国際協力の独自性だった。その核心にあるのは、「相手国の主体性を尊重する」という哲学だという。
「日本の国際協力のスタンスは、こちらから『これをやりましょう』ではなく、『何をやりたいですか』から始まります。金銭的な援助、技術や物品の提供よりも、相手が自分でできるようになること。相手の主体性と能力強化を重視します。現場の課題をしっかり把握して、解決策を真剣に考え、住民にもちゃんと説明して協力してもらう。自分たちが動いていろいろ工夫すると、右肩上がりに成果が出るようになると、どの国の人たちも主体的になっていきます」
しかし、このアプローチは相手側から「まどろっこしい」と感じられることもある。足立教授が携わったある国では、先方の担当者からストレートに資金提供のみを求められることもあったという。
「最初は本当に気まずくて、日本人専門家と相手方が喧嘩状態みたいになることもありました。でもこれが1年経ち、2年経つ、現場での成果が出てくると相手の反応が変わっていくのです。その国では、中央の上級幹部の力が強く、現場にいる若手の職員は中央に従う状態が慣例のようになっていました。ところが、現場の職員はJICAの取り組みが地元の力になっているのを目の当たりしていくうち、中央に意見してくれるようになってくれたのです」
結果、最初は「もらえるだけもらえればいい」と主張していた相手方が、徐々に変化。カウンターパートの意識や取り組み姿勢が変わっていった。「これが日本の国際協力のすごいところだと思います」と足立教授は語る。
「欧米の団体の国際協力活動の一部には、最初に大きな金額を拠出したり、大がかりなプロジェクトをアピールしたりといった傾向があります。その派手さに比べると、JICAの活動は小規模に見えるかもしれません。しかし、時間の経過とともに着実な成果を出しているのです」
円借款に込められた「覚悟」のメッセージ
もう一つ、日本の国際協力の特徴として足立教授が挙げるのが、円借款(有償資金協力)の多さだ。他の先進国は無償で提供して返してもらわない援助のほうが多いが、日本は貸して返してもらう協力の割合が高い。
「日本も戦後の復興に当たって世界銀行からお金を借りて東海道新幹線を作ったり、製鉄所を建設したりして、それをきっちり返済して成長してきた歴史があります。開発途上国が自分自身で成長していくためには、気安く無償であげるのではなくて、返さなきゃいけない資金で協力していく。人間、ただでもらえるものは大事にしないけれども、返さなきゃいけないと思ったら俄然オーナーシップが出てきて、真剣に取り組みますから」
国際的には「日本は無償援助が少ないんじゃないかと言われることもある」という。しかし、相手の意向を尊重して話し合いながらつくり、時間をかけてでも合意を大事にする。この姿勢が、長年かけて日本への信頼を築き上げてきた。
「日本はビザなしで行ける国が世界で一番多い国の1つです。これは『一回やると言ったら、やってくれる国』という信頼を、国際協力を通じてずっと積み上げてきた結果だと思います」
教育者として—理論と実践を融合した「生きた国際協力」を伝える
フィールドワークで学生の目が変わる瞬間
JICAは以前から桜美林大学に出向者を派遣しており、足立教授は2024年4月に着任した。そこには若い世代に国際協力に関心を持ってほしい、国際協力を将来の仕事にしたいという人材が出てきてほしいという思いがある。
「桜美林大学は以前からすごく国際協力に力を入れていて、学問だけじゃなく実務的な教育もすごく大事にされている。そこで、実務経験があるJICAからの教員に現場経験を踏まえ、実習を含めた科目をやってほしいという要望がありました」
現在、足立教授が担当しているのは、「国際協力入門」という基礎クラスと、「国際協力インターン」「国際協力フィールドワーク」という実習科目。特にフィールドワークでは、学生をフィリピンに連れて行き、貧困の現場を見てもらい、ボランティア活動の経験を積んでもらった。
「実習系の科目では、本当に学生さんの学びが深まったなと感じる瞬間があります。例えば、日本ではトイレが水洗で流れるのが当たり前、道がきれいなのは当たり前。それが全然そうではない環境を目の当たりにして、自分がどんなに恵まれているのかを実感する。自分は厳しいと感じる環境でも、現地の子どもたちは元気に笑って過ごしている。教室で聞いていた話や本で読んだこととは全然違う、想像もできなかった事態に直面して、深く考え込んでいく姿が見られます」
そこで、足立教授は学生たちに「この貧困を放っておいていいのか」と問いかける。「かといって私たち1人ひとりが個別にできる活動は限られていて、それは砂漠に水をまくようなもの。やるんだったらもう少しシステマティックに、問題の根本にアプローチするにはどういう方法があるのかを考えていくのが大事だよ」と。
常に現場と向き合い、相手国の主体性を尊重し、時間をかけて信頼を築いてきた足立教授の言葉には、30年間の経験に裏打ちされた重みがあった。その知見は、確実に次の世代へと受け継がれている。
教員紹介
Profile
足立 佳菜子特任教授
Kanako Adachi
1991年筑波大学第二学群比較文化学類卒業、1993年アメリカ・ミシガン州立大学社会科学部社会学専攻修士課程修了。1994年より国際協力機構(JICA)に入職。30年間にわたり、中南米・アフリカ・中近東などで生物多様性保全、森林保全、REDD+プロジェクトなど自然環境保全分野のプロジェクトマネジメント等に従事。JICA地球環境部森林・自然環境グループ課長、中国事務所勤務などを経て、2024年4月より桜美林大学特任教授。専門は国際協力、自然環境保全、持続可能な開発。JAXAとの連携によるブラジル・アマゾンの衛星森林監視システムの構築、イランの湿地保全プロジェクトなど、地球規模課題の最前線で活躍。「相手国の主体性を尊重する」日本の国際協力の理念を体現し、理論と実践を融合させた教育を通じて、次世代に国際協力の価値を伝えている。
教員情報をみる<at>を@に置き換えてメールをお送りください。
