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専門は英語学の「意味論」
多角的な視点から「英語」の構造を解き明かす
世界中の人々が日々、当たり前に使用している「言語」だが、実は未だ明らかになっていないことも多い。こうした言語の謎を解き明かす学問分野が「言語学」だ。ここには、言語の変遷を研究する「通時的研究」、同じ時代の言語を比較する「共時的研究」など、様々な研究テーマが含まれる。
「言語学」の中でも英語に焦点を当てて研究するのが「英語学」だ。同分野の研究テーマは、日本語と英語の比較を通じてそれぞれの特徴を明らかにする「日英語比較研究」、過去・現在・未来といった時間の位置づけを動詞の活用がどのように表すのかという文法体系などを研究する「テンス(時制)」、動作の完了や進行、継続などの時間的な性質を区別する「アスペクト」、受け身の文法構造や意味・使用方法を分析する「ヴォイス」、英語の文がどのような構造のもとに成り立っているかを研究する「文型」など多岐にわたる。
このような様々な研究領域を横断しながら、英語の謎に迫るのがリベラルアーツ学群の山岡洋教授だ。近年は特定の研究に特化して「狭く深く」掘り下げる研究者が多いが、山岡教授は「日常の様々なシーンで英文法に触れるたび、自身の興味が自ずと広がっていった」と語る。
「当初は『テンス』と『アスペクト』に軸足を置いた研究を行っていましたが、大学院時代の先輩から『論文は数を書かないと全く役に立たない』と教わり、様々なテーマで論文を執筆し始めました。論文の執筆にあたってたくさんの文献を読んだり、大学教員として講義を行ったりする中で新たな疑問が浮かび、ここまで研究テーマが広がっていきました」
ムード・テンス・アスペクト・ヴォイスとは?
英文法の研究に携わる者が知っておくべき言葉の一つに、「ムード・テンス・アスペクト・ヴォイス」がある。これは仮定“法”をはじめとした「ムード(法)」、現在・過去“時制”などを扱う「テンス(時制)」、進行形などの「アスペクト(相)」、受動“態”をはじめとした「ヴォイス(態)」の総称で、動詞が持つ文法的な機能を表現した言葉だ。助動詞の有無をはじめ、動詞は、様々な条件のもとで形を変えることから、未だに解き明かされていない謎が多い。ゆえに「ムード・テンス・アスペクト・ヴォイス」を専門とする研究者も多く、これらの研究分野は言語研究の中心的存在とも言える。
英語の語彙や文法が持つ
“意味”を分析する「意味論」
これまでに多様なテーマを扱ってきた山岡教授だが、最も注力してきたのは「意味論」だという。意味論とは、英語の語彙や文法が持つ“意味”を分析するテーマのこと。
「たとえば『John / killed / Mary』であれば、『Mary / was / killed / by / John』と受動態で表せますが、『He/ has / a / brother』の場合には『A / brother / is / had / by / me』と表現できない。こうした事例からは『Kill』は『“動作”の意味』が強いために受動態ができる一方で、『have』の場合には『“状態”の意味』が色濃く出ているため受動態では表せない、という規則が見出せます。このように“意味”に着目して文法の規則を分析するのが『意味論』の世界です」
こうした「意味論」に軸足を置いた代表的な論文の一つに“A Comparative Study of Tense in Complement Clauses in English and Japanese”がある。これは「時制の一致(Sequence of Tense)」と呼ばれる現象に関して新たな理論を構築した研究だ。
「たとえば、英語では『I / thought / that / Mary / was / pregnant』のように『I / THOUGHT』という主節の過去時制に合わせて、that以下の『 Mary / WAS / pregnant』という従属節も過去時制になっています。これがいわゆる『時制の一致』と呼ばれる現象です。従属節の時制を決定づける条件についてはすでに数多くの研究がなされてきていましたが、いずれも個人的に納得のいく説ではありませんでした。そこで、日本語と英語の時制表現の違いを比較する中で、英語が持つ『意味的な要因』に着目し、それが時制の解釈にいかに影響を与えるかを分析したのです」
「統語論」のみならず、「意味論」の観点から従属節中の時制に着目した点に、同研究の目新しさがある。「意味論」という専門を軸にしつつも「日英語比較研究」や「テンス(時制)」などの様々なテーマを幅広く網羅してきた山岡教授ならではの“自信作”の一つと言っていいだろう。
統語論とは
「統語論」とは、文やその要素となる構造の規則について研究する学問分野のこと。たとえば、英語では「I / love / you」などと「主語 / 動詞 / 目的語」という語順が基本になるのに対し、日本語では「私は / あなたを /愛している」などと「主語 / 目的語 / 動詞」という語順になる。こうした規則性を見出すのが統語論の研究だ。
「知れば知るほどおもしろい」英文法に惹かれて
受験英語とは違う“生きた”英語に触れて
山岡教授が英文法のおもしろさに目覚めたのは、中学1年生の頃。当時通っていた鎌倉市内の塾で受けた英語の授業に端を発している。学校では教えない内容までを徹底的に教える方針のもと、発音記号から文法の構造までを教わったという。
「明確に覚えているのは高校1年生のときに受けた『Composition』と呼ばれる授業で、県内でも有名な厳しい先生から主語、述語動詞、目的語、補語、単語の派生語など、文法的な要素のほとんどすべてを叩き込まれました。現在も当時の勉強方法に倣って文法に向き合っています」
厳しい指導を受けて英語に対する苦手意識を持つ人も少なくなかったというが、山岡教授はむしろ英文法の奥深さに目覚めていった。進路選択の際にも「自分の得意な英語を活かせる学科に進みたい」と考えた山岡教授は、英語に関する学科のある大学をいくつか受験。結果的に日本大学文理学部英文学科に進むこととなったが、入学当初から「文学」ではなく、やはり「英語学」に関心を寄せていたのだという。
そんな山岡教授にとって第2の転機となったのは、ゼミの担当教員だった江川泰一郎教授との出会いだった。江川教授は東京学芸大学の名誉教授も務めた日本の英語学の第一人者で、授業を通じて研究の仕方や「“生きた”英文法」の魅力を教わったのだという。
「江川先生と出会うまでは、大学受験英語に代表されるような機械的な英文法しか知りませんでした。しかし、句と句が有機的に影響し合っているという“生きた”英語の見方を教わったことで、英文法の魅力にますますとり憑かれたのです。江川先生にはのちに大学院での指導教員にもなっていただきました。当時は大学院で英語学を研究する院生の数が少なかったこともあり、親身になって指導していただいたことも今の私に続く大切な財産です」
ハーバード大学留学中に“知の巨人”に影響を受ける
江川泰一郎教授の指導のもと、修士課程での研究に熱中した山岡教授。自身が受け持つテニスレッスンで知り合った会社の社長を務める方からもオファーがあり、就職するかどうかをかなり悩んだという。しかし、最終的には心理学の研究者であった父の存在も後押しとなり、博士課程に進むことに決めた。
博士課程に行ってしまえば、研究者以外に生きていく道はない——。まさに背水の陣のごとき状況に身を置いたことから、大学受験のとき以上に勉学に邁進したという。そんな山岡教授の研究生活を支えたのは、博士課程で出会った人々だった。
「江川泰一郎教授は私の博士課程在学中に定年退職をされました。博士課程では内田尚先生が私の指導教員を務めてくださいました。英語の歴史から意味論のような理論研究、教授法までを幅広く手掛けられた方で、大きな影響を受けました。また、大学院の先輩には、現在英語学者としてご活躍されている吉良文孝教授や保坂道雄教授がいらっしゃって、研究室内ではもちろん、お酒の席でも研究の進め方をはじめとした様々なことを教えていただきました」
博士課程在籍中にハーバード大学に留学することになったのも、大学院の先輩であった保坂教授からのアドバイスだったという。
「博士課程に在籍していた当初は『テンス』『アスペクト』を専門にしたいと考えていたため、同テーマの権威である南カリフォルニア大学に留学したいと考えていました。しかし、私と同じように留学先を迷われていた保坂さんが自身の経験をもとにハーバード大学を勧めてくださり、最終的にはハーバード大学への留学を決めたのです」
ハーバード大学留学中、残念ながら同大学の久野暲教授の授業はサバティカルのために受講できませんでしたが、同大学からほど近い場所にあったマサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー教授の講義を受講したという山岡教授。客員研究員としての留学は1学期間と限られた期間であったものの、現在の研究の方向性を定める貴重な機会になったという。
「久野先生の授業は受けられませんでしたが、ご著書『談話の文法』からは、統語論のみならず意味論的な要素も多く学びました。一方で、チョムスキーは意味をほとんど無視して、『英語の“構造”が人間の言語知識を構成している』という考え方にもとづいて統語論の研究に注力されてきた方です。留学中に統語論をベースとしつつ、意味論にも触れられたことは、私が多様なテーマを扱うことになったきっかけになったのかもしれません」
英語力の基礎となる“Logicality”
「英語学に取り組む者は英語力を磨き続けなければならない」という考えのもとに自らも自己研鑽に励んでいるという山岡教授。具体的には「意味」と「音」、それらを仲介する「文法」という「言葉の三大要素」のほか、“Logicality”が重要だ。“Logicality”とは、山岡教授が大切にされている言葉で、言語の根本にある論理性を指す。発音や文法ができるに越したことはないが、論理性がなければ「英語がうまい」とは言えないという山岡教授の思想が込められている。
人類が持つ言語の謎の解明に貢献したい
「ムード・テンス・アスペクト・ヴォイス」に関する本の刊行が目標
これまでに英語の構造を多角的なアプローチで分析してきた山岡教授には、“夢”というべき大きな目標がある。その一つが「ムード・テンス・アスペクト・ヴォイス」に関する本の刊行だ。これまでに執筆した「テンス」「アスペクト」「ヴォイス」の論文を再編集するほか、新たに「ムード」に関する論文を書き下ろす予定だという。これだけ壮大な領域の研究は一朝一夕には成し得ないのはもちろん、これらすべての領域を一人で網羅できる研究者はほとんどいない。山岡教授はこの目標を「ほとんど夢に近い」と言うが、まさに研究者人生を賭した大きなチャレンジだと言えるだろう。
このほか、2014年に上梓した『新英文法概説』(開拓社)に、練習問題や山岡教授の専門である「意味論」の要素を取り入れるなどした改訂版の刊行にも意欲を燃やす。
しかし、そもそもなぜ山岡教授は、英語の謎を解明することにここまで心血を注ぐのだろうか。その理由について、先のノーム・チョムスキー教授の言葉を引用して、このように語る。
「私がハーバード大学に留学していたときに最も感動したのは『我々は言葉について何を知っているのかを明らかにする』と言ったチョムスキーの言葉でした。我々はなぜ言葉を話せるのか、我々はどのように言葉を習得するのか、大人が何を知っていて言葉を使っているのか。実はこうした基本的なことすら明らかになっていません。言語学や英語学の立場からこうした謎を解き明かすことができれば、医学やコンピューターサイエンス、文化人類学の分野にも貢献することができます。言語および英語の謎を解き明かすことは、人類の謎を解き明かすことでもあるのです」
教員紹介
Profile
山岡 洋教授
Hiroshi Yamaoka
1962年、神奈川県出身。1987年 日本大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。修士(文学)。1990年 同大学院文学研究科英文学専攻博士課程単位取得満期退学。1989年から1990年まで米国ハーバード大学客員研究員を務める。2009年4月より桜美林大学リベラルアーツ学群の教授に就任。専門は英語学(日英語比較、統語論、意味論、語用論)と外国語教育。特に、動詞の振る舞いやムード・テンス・アスペクトといった文法の根幹に関わる領域を深く研究し、その成果を分かりやすく提示することを目指している。また、外国語教育においては、CEFRや欧州言語ポートフォリオ(ELP)を援用した多文化社会における英語教育のあり方についても探求している。主な著書に『新英文法概説』(開拓社)などがある。
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