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生物の多様性はどのように生じ、維持されているのか?
大学時代の生物研究部で植物の多様性に魅せられる
「地球上には、さまざまな形態をもつ植物が、多様な環境下で生育しています。身近な植物でも、注意深く観察すると多くの不思議が見えてきます。なぜこの形なのか? なぜこの色なのか? なぜこの地域に多く生えているのか? 私が生物の多様性に興味を持ったのは、こうした素朴な疑問を抱いたことがきっかけでした。生物多様性はどのように生じ、維持されているのか——その謎を解き明かしたいと思うようになったのです」
そう語るのは、リベラルアーツ学群の遠山弘法准教授。生態学、集団遺伝学、植物分類学をベースとした多様性生物学を専門とし、特に植物を対象に研究している。生物系の分野に興味を持ったのは、高校時代、図書館で『生物の科学 遺伝』(裳華房)という雑誌を読み、分子遺伝学に強く惹かれたことが原点だった。大学ではサークル活動として生物研究部の植物班に所属し、野外での植物観察を重ねる日々を送った。当初は分子レベルの現象に魅力を感じていたが、次第にその関心は植物の多様性といったマクロな視点へと広がっていったという。
「生物研究部の植物班では、北は礼文島から南は沖縄本島まで、日本各地を巡りながら植物の観察を行いました。地域によって植生がまったく異なるので、非常に刺激的でした。しかし、こうした活動にはどうしても費用がかかるので、アルバイトなどで資金を確保するのが大変でした。春休みや夏休みなどには毎年、長期間の遠征に出ていたので、そのたびにアルバイトを辞めざるを得なかったのを覚えています(笑)。今振り返ると、この頃から目的と手段を取り違えてはいけないという意識が芽生えていたように思います。植物観察のためにアルバイトをしているのに、いつの間にかアルバイトそのものが目的になってしまっては本末転倒ですよね。自分が何のために動いているのか、その軸を見失わないことの大切さを学んだ時期だったと思います」
南西諸島の生物多様性
日本各地で植物の野外観察を行ってきた遠山准教授にとって、特に印象深いのが南西諸島での活動だ。生物研究部の同期と2人で奄美大島・久米島・沖縄本島で生物観察を行い、その豊かな植物多様性に驚いたという。「同じ日本とは思えないような亜熱帯性の植物が広がっていて、島ごとに植生が異なるのが非常に面白かったですね」と遠山准教授は振り返る。南西諸島は亜熱帯気候に属し、本州とは異なる温暖で湿潤な環境下で、独自の生態系が発達している。その特異な自然環境に触れた経験が、遠山准教授の研究者としての視点を広げることとなった。2021年に奄美大島、徳之島、やんばる西表島がユネスコの世界自然遺産として登録されたが、遠山准教授は世界遺産モニタリングとして、現在も植物多様性評価の研究を進めている。
「奄美大島・久米島・沖縄本島を訪れたのは、アマミスミレ、ヤクシマスミレ、オキナワスミレ、シマジリスミレ、リュウキュウコスミレ、リュウキュウシロスミレの観察が目的でした。全国各地を巡るなかで、特にスミレに興味を持ったのは、生息域の広さと種同定の難しさに魅力を感じたからです。海岸から高山までいたるところに生育しており、地域によって色や形が異なったり、雑種を作ったりするため、分類が非常に難しい時があります。この多様性の高さこそが、研究対象としての面白さでもありました」
スミレ属における種分化・集団分化について研究した後
東南アジアの植物多様性を調査
エイザンスミレとヒゴスミレにおける集団分化・種分化の研究
スミレを対象とした遠山准教授の研究に、林床に生育するエイザンスミレと、草原に生育するヒゴスミレという姉妹種を取り上げ、両者の集団分化や種分化のプロセスを探ったものがある。両種は日本の類似した地域に分布しているが、それぞれ異なる環境に適応していることから、環境の違いが進化にどのように影響するのかを探るための格好の研究対象となった。准教授は、両種の分布や形態、遺伝的特徴を多角的に調べることで、その進化的背景を解き明かそうとした。
比較系統地理学的な解析を用いた研究では、両種が最終氷期に異なるレフュージア(氷期に生き残った場所)を起点に分布を拡大してきた可能性が示された。具体的には、エイザンスミレは東日本と西日本に複数のレフュージアを持ち、そこから広がっていったのに対し、ヒゴスミレは島根県周辺に位置する単一のレフュージアから全国へと分布を広げたと考えられる。
また、両種の葉の厚さや切れ込みの度合いといった形質を、中立進化を仮定したシミュレーションと比較した結果、これらの形質の進化に自然選択が作用していることが明らかとなった。特に、光環境の違いが両種の進化に大きく寄与しており、林床と草原という対照的な環境に適応する過程で形態が分化してきたことが示唆された。さらに、自然に生じた雑種集団を調べた結果、林床環境に適応した個体は形態的にも遺伝的にもエイザンスミレに近づく傾向が見られ、適応的形質分化に遺伝的基盤が存在することが示唆された。
これらの成果から、生育環境への適応がエイザンスミレとヒゴスミレの集団分化や種分化を駆動する重要な要因であることが実証された。身近な植物であるスミレを通じて、自然環境の違いがいかに進化を方向づけるのかを理解することができる研究となった。
東南アジアの植物多様性を約8年かけて調査
スミレ属における研究の後、遠山准教授は2009年から2017年にかけて、東南アジアの植物多様性評価プロジェクトに従事し、カンボジア、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどで植生調査を行った。東南アジアは、アマゾンやアフリカ中部と並ぶ世界有数の熱帯雨林地帯であり、植物多様性が極めて高い地域として知られている。しかし、植物誌や分類学に関する基礎研究は十分とは言えず、多様性の実態がよく分かっていないのが現状である。
加えて、東南アジア熱帯林は深刻な森林減少に直面している。1990年から2010年の間に原生林の面積は全体で6.7%減少し、特にカンボジアでは、2000年から2012年のわずか12年間で国土の約7%に相当する熱帯林が消失した。このような急激な森林伐採は、生物多様性の深刻な損失を引き起こす要因の一つとなっている。
「東南アジアには、どのような植物がどれほど存在するのか、基礎的な情報すら十分にわかっていません。そのため、まずは目につくすべての植物の標本を採集し、種同定を進めていきました。この調査のなかで、特に印象に残っているのは、カンボジアで1.5メートルほどの木本性のスミレを見つけたことです。日本では見ることのないタイプだったので、最初はスミレの仲間だとは思いませんでしたが、当時実用化が進みつつあったDNAバーコーディングを用いた解析により、それがスミレ科の植物であると判明しました。この瞬間は、研究者として非常に興奮しましたね」
DNAバーコーディングとは、特定の短いDNA配列を用いて生物の種を同定する技術である。未知の植物のDNA配列をデータベースと照合することで、その植物が既知のどの種と近縁であるかを特定することができる。しかし、DNAバーコーディングによって大まかな分類ができても、正確な種同定には歴史的な標本・文献資料が不可欠。遠山准教授は、種同定を行うため、約4カ月にわたりイギリスのキューガーデンやオランダのライデン、フランスのパリなどにある植物標本庫を訪れた。
「18世紀の中ごろから19世紀の中ごろにかけて、欧州では博物学ブームが起こり、世界各地から植物標本を収集し、整理する研究が盛んに行われました。そのため、現在でも欧州の標本庫には、当時収集された貴重な植物標本が数多く保管されています。東南アジアの植物を正確に分類するためには、こうした膨大な資料の活用が欠かせません」
この研究を通じて、多くの誤同定が明らかになった。たとえば、先行研究で胸高直径30cmを超えるヤマノイモ属(Dioscorea)とされていた個体が、実際にはヒメハギ科のXanthophyllum flavescensであることが判明した。また、3つの異なる科に属する植物が同一種と誤って認識されていた例や、同一種であるにもかかわらず成長段階によって別種とみなされていた例も確認された。こうした誤同定は、植物多様性の過小評価や過大評価を招いていた。
「この研究を通じて、多様性を評価するうえで、基本となる種同定の重要性を痛感しました。正確な分類がなされなければ、生物多様性の実態を正しく理解することはできません。現在も、この経験を心に刻みながら研究に取り組んでいます」
森林のなかに入ったとき
多様な植物が見られると楽しい
生物多様性はなぜ重要?
近年、遠山准教授が取り組んでいる研究で、地球温暖化が林分構造にどのような影響を与えているのかを検証したものがある。この研究では、日本全国に設置された特定植物群落を対象に、植物の林分構造や種組成の変化を解析した。特定植物群落とは、環境省が選定した地域を代表する保護上重要な植物群落のことで、現在もモニタリング調査が続けられている。一部の群落では40年以上にわたるデータの蓄積があり、時系列的な変化を観察することが可能だ。
「私が調査したのは、冷温帯を代表するブナ林と暖温帯を代表するアカガシ林の植生変化です。予測では、温暖化の影響でブナは減少し、アカガシは増加しているのではないかと考えました。予備的な結果では、ブナの減少傾向は確認できたものの、アカガシは温暖化の影響をほとんど受けていませんでした」
この結果は、林分構造の変化を示唆する重要な知見となる。たとえば、ブナ林を観光資源とする地域では、将来的な林分の変化を見据えた対策が必要になるかもしれない。また、温暖化が進行することで、どの地域でどの植物が減少する可能性があるのか、具体的なデータを示すこともできる。では、環境変化が生物多様性に影響を及ぼすことはわかったが、そもそも生物多様性はなぜ重要なのだろうか。
「教科書的な答えをするならば、生物多様性の維持は生態系サービスの恩恵を受けるために重要です。たとえば、二酸化炭素の吸収や水の浄化といった調整機能に加え、観光資源としての価値があります。さらに、単純な生態系はちょっとした変化で一気に崩れやすいのに対し、多様な種が存在することで生態系は安定し、回復力も高まります。これらのサービスを最大限に活用するためには、多様な生物が共存する環境を維持することが不可欠です。しかし、個人的にはもっとシンプルに考えていいと思っています。それは、単一の種で構成される森より、多様な植物が見られる森のほうが面白いということです。森に入ったとき、さまざまな植物が共存している風景のほうが魅力的でしょう? 生物多様性の意義は、そんな直感的な感覚からでも十分に理解できるのではないでしょうか」
自然の変化に適応しながら生物多様性を享受していくことが大切
遠山准教授は、町田市にある里山で卒業研究を指導し、人による維持管理の頻度と生物多様性の間には正の相関が見られる場合があることを明らかにした。「人の管理がなければ、生物多様性の維持が難しくなる場合もあります」と語る。一方で、「すべての自然環境に人の手を加える必要があるわけではない」とも付け加え、管理の必要性は状況に応じて判断されるべきだと強調している。
「自然林に生育している植物については、手を加えないほうが良いと思います。一方で、里山や草原のように、これまで人の手によって維持されてきた環境では、今後も適切な管理が求められるでしょう。自然の変化は避けられないものなので、それによって生物多様性が失われるというよりは、その姿が変わっていくと考える方が適切だと思います。重要なのは、その変化に私たちがどう適応していくかということ。変化を受け入れつつ、生物多様性をどう維持していくかを考える必要があります。何気ない日常のなかで、ふと目にする生き物に興味を持ち、観察してみることで、新たな発見がある。それによって得られる驚きや楽しさこそが、生物多様性の本質なのかもしれません」
多様性生物学の魅力は、私たちの身近な環境に多様な生物が存在し、それぞれが独自の生存戦略を持っていることにある。私たちが自然と共に生き、変化に適応しながらその多様性を享受することは、科学的関心にとどまらず、私たち自身の感覚や価値観とも深く結びついた重要なテーマである。
教員紹介
Profile
遠山 弘法准教授
Hironori Toyama
1980年、宮崎県出身。九州大学大学院 博士課程終了 博士(理学)。福岡エコ・コミュニケーション専門学校 講師、日本学術振興会 特別研究員(DC1)、九州大学大学院 理学研究院生物科学部門 学術研究員、琉球大学 熱帯生物圏研究センター 特命助教、国立環境研究所 生物多様性領域 特別研究員を経て、2023年より現職。生態学、集団遺伝学、植物分類学をベースとした多様性生物学を専門に研究に取り組んでいる。
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