メインコンテンツ
文法よりタスク重視の「タスク・ベース教授法」とは?
日本人は第二言語学習に苦労している
日本の英語教育にはどのような課題があるのか。その重要な示唆を与えてくれるのが、リベラルアーツ学群英語プログラム(LA-ELP)のコーディネーターであり、「タスク・ベース言語教育(Task-Based Language Teaching:TBLT)」を提唱するベネビデス・マルコス准教授だ。ベネビデス准教授が研究・開発を進めるTBLTは、日本の中学校・高校で行われている英語教育とどのように異なるのだろう。
ベネビデス准教授によれば、日本人学生が英語に苦手意識を持っていることは広く認識されているという。その理由の一つは、学校教育における「完璧な文法」への過度なこだわりだ。学生、保護者、さらには教師までもが、「まず文法を勉強し、その後でコミュニケーションに使えるようになるべきだ」と信じているが、これは言語学研究によって裏付けられた考え方ではない。もちろん、良い文法は英語習得において重要だが、実際には、言語母語話者は主に文法を「勉強すること」によって流暢に使えるようになるのではなく、「使う必要性」を通じて身に付けている。
「文法を体系的に教えられるという考え方は、言語を「個別の要素」として教えるという、根強い教育哲学に基づいています。つまり、文法項目、語彙、使用規則、表現といった断片を一つずつ教え、それを反復練習し、同じ方法でテストするという考え方です。そこでは意味は優先されず、正確さのみが重視されます。これは言語教育における『シンセティック・アプローチ(synthetic approach)』と呼ばれています」
「実際、シンセティック・アプローチは、ある種の学習には効果的です。例えば空手を学ぶ場合、型(カタ)を何度も繰り返し、正しい形(正確さ)に集中して練習します。しかし、空手と語学学習には重要な違いがあります。空手の型は数百程度しかなく、数か月の練習で記憶することが可能です。
一方、言語はほぼ無限に複雑であり、この方法だけで十分に習得することは、多くの人にとって不可能であり、また楽しいものでもありません。さらに、それは「自然な」学び方でもありません。人間は本来、『意味を伝えようとすること』を通して言語を学びます。私たちの動機は、互いにコミュニケーションを取ることです。何かを伝える必要が生じ、そのために言語に注意を向けたとき、学習が起こるのです」
しかし、「自然な」アプローチにも別の課題があるという。自然な学び方は、ある意味で「雑然」としているために、学習の中心を単なる「会話」に置くだけでは、非常に時間がかかってしまうのだ。幼い子どもであればこの方法で学ぶ時間を割けるが、大人にはより効率的な教育システムが必要となってくる。曖昧に定義された「コミュニケーション」は、シラバスとして構成することも、体系的に練習することも、客観的かつ実用的に評価することも困難なのだ。この点が一因となり、「コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(CLT)」は、1990年代以降、文部科学省が強く推進してきたにもかかわらず、日本ではしばしばうまく機能してこなかったとベネビデス准教授は解説する。
「私の専門であるタスク・ベース言語教育(TBLT)は、こうした問題のいくつかを解決できます。これは『文法』ではなく、『タスク(具体的で目的をもった行為)』を学習の中心に置く教授法です。タスクは、意味重視でありながら、実用的かつ体系的に設計・配列・評価することが可能です。
TBLTでは、学習者はまず意味の伝達に集中し、文法の正確さは二次的なものとして扱います。例えば、レストランの予約をする、ピザを注文する、友人をパーティーに招待する、といった現実に近いコミュニケーションを想定してください。話すことだけでなく、書くこともコミュニケーションです。お礼状を書く、入学願書を書く、履歴書を書くといったライティングも、立派なコミュニカティブ・タスクです。
タスク・ベース学習では、学習者は『正しい文法を使うこと』ではなく、『目的を達成すること』を目指します。必要な文法や語彙は当然存在しますが、それらはタスク遂行の過程で自然に現れ、そのタイミングで教師が支援を行います。これこそが、この教授法の本質です。」
学習者の自然な習得順序は、教科書の順序と必ずしも一致しない
一方でベネビデス准教授は、TBLTは文法を否定する教授法ではないとも強調している。文法は、もちろん言語学習において重要だ。ただしTBLTでは、教師が「まず文法を提示し、それを練習させる存在」である必要はない。教師は授業内において、学習者がタスクに取り組む中で必要となる文法を提供するファシリテーターとして機能するからである。
「例えば、従来の英語授業は文法教科書に沿って進められるのが一般的です。現在形→過去形→未来形→助動詞→関係代名詞……といったように、あらかじめ決められた順序で学びます。この方法は教師にとって授業を組み立てやすく、テストもしやすいものです。そのため、市販教材の99%がこの形式を採用しているのも不思議ではありません。しかし、第二言語習得研究によれば、『私たちが自然に学ぶ順序』は、必ずしも文法教科書の順序と一致しません。
授業が次の項目に進んだからといって、学習者の知識が定着するわけではありません。知識が定着するのは、学習者が『学ぶ準備ができたとき』です。そして、この『学習の準備性』は学習者ごとに異なります。だからこそ、同じタスクであっても、各学生がそれぞれのレベルで関われるような授業設計が必要です。私は、全員に同じことを同じ方法でさせる『平等(equality)』よりも、各自が到達可能な地点に到達できるようにする『公正(equity)』に近い学習環境の方が重要だと考えています。」
コミュニケーションの本当の出発点は「目的達成」にある
TBLTを説明する際、よく比較される教授法としてPPPがある。PPPとは、文法を提示(Present)し、練習(Practice)させ、最後に産出(Produce)させる方法だ。この欠点は、学習者が「伝えたいこと」よりも、「教えられた文法を使うこと」に意識を奪われてしまう点であるとベネビデス准教授は指摘する。
「例えば、教師が『今日は過去形を練習します』と言い、過去形のドリルを行った後に、『では、週末に何をしたか自由に話しましょう』と指示したとします。するとどうなるでしょうか。学習者は、「過去形を正しく使わなければならない」という意識に強く縛られてしまいます。
一方、TBLTの授業では、教師がまず自分の週末の話をし、その後で「週末に何をしましたか?」というタスクを与えます。学習者は、過去形を完璧に使えなくても、時間表現や語彙を駆使して目的達成を目指します。ベネビデス准教授は、ここにこそ「コミュニケーションの出発点」があると考えています」
「私がよく使う例が、『電話でピザを注文する』というタスクです。初級者が英語でピザを注文すれば、文法的な間違いはたくさん出ます。でも、ピザが届き、トッピングが正しく、住所も理解されていれば、そのタスクは成功です。私たちが最も重視すべきなのは、そこですよね。一方で、ピザが届かなければ、何か致命的な間違いがあったということになります。その場合、発音の問題なのか、文法ミスなのか、あるいは住所の順番が間違っていたのか、目的は達成されませんでした。フィードバックを通じて修正する必要があります。
それでもTBLTの利点は、意味のあるタスク達成を目標として英語コミュニケーションを肯定的に評価できる点にあります。小さな言語ミスごとに減点されるような演繹的評価とは異なるのです。」
英語教材の著作で国際的な賞を受賞
ベネビデス准教授は研究者であると同時に、教育出版社「Atama-ii Books」を運営している。2014年に設立されたこの出版社は、クラウドファンディング・プラットフォームであるKickstarterを通じて資金を集めることでスタート。目的は、「多読(extensive reading)」をテーマとしたグレイデッド・リーダーを出版することだった。当時、クラウドファンディングはまだ新しい仕組みであり、試行錯誤の中でプロジェクトは進められた。
出版社設立以前の2008年には、国際的教育出版社Pearsonから、TBLT教材『Widgets: A Task-Based Course in Practical English』を出版。学習者は職場を舞台に、社員として会議、調整、提案、報告といったタスクに取り組んだ。この明確な設定が評価され、『Widgets』はタスク型教材の先駆けとして商業的成功も収めている。
その後、2010年には『Fiction in Action: Whodunit』を共著し、British Council ELTon AwardおよびDuke of Edinburgh English Book Awardを受賞。これにより、バッキンガム宮殿でエディンバラ公フィリップ殿下(現チャールズ国王の父)に謁見する機会を得るに至った。これらは英語教育出版分野における最高峰の国際的栄誉とされており、さらに2019年には、『Widgets』第2版をAtama-ii Booksから出版し、再びBritish Council ELTon Awardを受賞した。
「初版の出版社であるPearsonは大手出版社で、『大きな出版社から出せた!』と当時は本当に嬉しかったのですが、巨大なカタログの中に埋もれてしまいました。そこで第2版は自費出版に踏み切ったところ、評価される結果になりました。受賞スピーチでは冗談で、『続編は出さないと言ってくれたPearsonに感謝します。そのおかげで賞が取れました!』と言いました(笑)」
ブラジルからカナダへ——英語を身に付けるまで
ゲームブックやRPGの構造を英語教材に応用
ベネビデス准教授の生まれはブラジルで、11歳のときにカナダへ移住。父の影響で幼い頃から本が大好きで、漫画、小説、ありとあらゆるポルトガル語の本を読んでいたという。しかし、カナダへ移住後はほとんど手に入らない。インターネット以前の時代で、漫画サイトも翻訳ソフトもなかったのだ。そこで彼は、アメリカンコミックを英語で読むしかなく、アベンジャーズやキャプテン・アメリカなど、手に入るものをすべて読むことが、英語学習の入り口となったそうだ。
「小学校の終わり頃、ゲームブックやボードゲームに出会い、特に『Choose Your Own Adventure』のようなゲームブックに夢中になりました。選択によって物語が分岐し、10回読めば10通りの結末を楽しめる本です。
さらに『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』に代表されるボードゲームにも没頭しました。これはテーブル上で行う「紙のRPG」です。プレイヤーがキャラクターを作り、ゲームマスターが世界観を語り、全員で物語を構築します。英語初級者だった彼にとって、D&Dは理想的な語彙学習ツールでした。
TBLTには『同じタスクを繰り返すことが学習に効果的』という考え方があります。ゲームブックやRPGは、まさにそれを体現しています。基本のストーリーは同じでも、結末が変わるので飽きません。教材開発をする際、この『繰り返しのためのデザイン』を強く意識するようになりました。また、タスク達成による成長という考え方は、D&Dの経験と直結しています。カナダでの初期の英語学習体験が、TBLT教材開発に大きな影響を与えていることは間違いありません」
文学研究者を目指していた大学時代
高校卒業後、大学では文学と創作を専攻し、本気で文学研究者になることを視野に入れていたそうだ。特に「文学理論」や「批評」に強く惹かれ、「言葉の背後には何があるのか」「文化が違えば解釈はどう変わるのか」といった問いに当時のベネビデス准教授は魅了されていった。
「例えば『ロミオとジュリエット』の結末。二人は自死を選びますが、キリスト教文化圏では自殺は極めて重いタブーであり、『最悪の行為』と捉えられます。だからこそ、あの悲劇は非常に強烈です。しかし日本文化では、切腹に見られる『名誉』や、心中に見られる『美』といったニュアンスを帯びる場合があります。同じ結末でも、異なる光で見えるのです。こうした違いを丁寧に扱う視点は、言語教育にも当てはまるとベネビデス准教授は考えています。
日本の大学で西洋文学を教える際、語学力以前に文化的背景知識が不可欠な場合が多くあります。ギリシャ神話、ローマ神話、キリスト教的物語、聖書——これらの基礎知識がなければ、作品の深層には到達できません。私は、こうした説明を、映画や詩を通して西洋文化を分析する専攻演習などの授業に取り入れています」
JETプログラムを通じて来日
大学卒業後は大学院に進学し、文学研究を続けるつもりでしたが、本格的な研究生活に入る前に環境を変えたいと考え、1998年に日本のJETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)に応募。これが転機となり、日本の高校で英語助手として教える中で、「言語を教えることが楽しい。英語教育は面白い」と実感。そこで進路を変更し、カナダの大学院に戻ってTESL(第二言語としての英語教授法)を学び直した。2002年に修了後、再び日本に戻り、英語教師として現在に至っている。
大学入試が変わらなければ、英語教育は変わらない
「タスク・ベース評価」でTBLTを教室に定着させる
「日本で英語を教える中で、違和感が強くなっていきました。日本の英語教育は真面目で、教師も非常に努力しています。それでも学習者は『使える英語』に到達できません。この構造はどこから来るのか。私は言語教育研究と教材開発の両面から考えるようになりました。最大の要因は、やはり大学入試のウォッシュバック効果だと思います。入試が文法と読解中心である限り、高校はそれに最適化せざるを得ません。文部科学省がコミュニケーション重視を唱えても、大学入試が変わらなければ授業は変わりません。教師の情熱だけでは、この構造は覆せないのです。」
この課題に対し、ベネビデス准教授は二つの道を示している。一つは「制度・評価の改革」だ。入試が変われば、教育も確実に変わる。しかし、これは大きな取り組みで時間がかかってしまう。そこで、もう一つの道が、現場レベルでの「小さな変化」の積み重ねだ。教材選択、授業内のタスク設計、学習者に求めるアウトプットの質、フィードバックの与え方——明日からでも変えられる点は確実に存在する。ベネビデス准教授は、そういった状況でのTBLTの役割は非常に大きいと考えている。
「TBLTの可能性は明確です。タスクは学習者を『文法』から『目的達成』へと導きます。同じタスクでも、初級者は初級者なりに、上級者は上級者なりに取り組めます。レベル混在クラスでも『公正』な環境を作れるのです。また、教室を現実世界に近づける効果もあります。一方で、TBLTの難しさは評価です。タスクが評価の中心になると、文法ミスごとに減点する従来の方法では真の力を測れません。だからこそ最近は『タスク・ベース評価』を研究テーマにしています。ピザ注文の例で言えば、まず届いたかどうかで合否を判定し、その上で改善点に点数を加える。こうした評価が試験にも必要だと考えています。この評価体系が確立すれば、TBLTは現場で格段に実践しやすくなるでしょう」
ベネビデス准教授は現在、リベラルアーツ学群のELP(English Language Program)、特に1年次必修の「Core English」のコーディネーターとして、Project-Based Learning(PBL)をカリキュラム目標の重要な柱として導入している。
「TBLTの原則をPBLに応用することは最先端の取り組みであり、今後の研究の中心です。言語学研究の成果を、大規模に教室へ還元できることを非常に楽しみにしています」
教員紹介
Profile
ベネビデス マルコス准教授
Benevides Marcos
ブラジルのポルトアレグレ市生まれ。11歳でカナダのトロント市に移住し、ポルトガル語を維持しながら英語を短期間で母語話者レベルまで習得。大学ではフランス語を高い運用能力まで学び、現在は日本語を継続的に学習している。1998年、コンコルディア大学にて英語およびクリエイティブ・ライティングのダブルメジャーによる優等学士号(Honours B.A.)を取得。2002年、カルガリー大学にて英語教育(TESL)の教育学修士号(M.Ed.)を取得。専門は第二言語習得研究であり、特にタスク基盤型言語教育およびカリキュラム設計を主な研究領域とする。2008年、タスク基盤型アプローチを用いた最初の語学教科書を出版。その後、大手・中小出版社から50冊以上の書籍を執筆・編集するとともに、教育系出版社を設立。2026年、早稲田大学の訪問研究員として採用され、次著『プロジェクト型学習をタスク基盤型原理と整合させる』に向けた研究を行っている。2027年4月より桜美林大学にて教育業務に復帰予定。
教員情報をみる<at>を@に置き換えてメールをお送りください。
