• 大学院

    心理学臨床心理分野

村上 律子 特任講師

Ritsuko Murakami

村上律子先生がインタビューに応じている様子
  • 「協調性」と「コミュニケーション」が求められる公認心理師
  • 幼少期から文学と映画に触れ、人の心への関心が芽生えた
  • 関係機関と連携し、地域全体でクライアントを支えるのが醍醐味
村上律子先生がインタビューに応じている様子

大学院で公認心理師の育成に寄与

公認心理師には「協調性」と「コミュニケーション」が求められる

心理学の専門的知識・技術を用いて、心の健康の問題を抱える人に対して心理に関する相談や助言、情報提供を行う職業の一つに公認心理師がある。近しい心理職にはカウンセラーや臨床心理士があるが、公認心理師の最大の特徴として国家資格である点が挙げられる。この公認心理師を養成するための講義を受け持っているのが、公認心理師と臨床心理士の資格を有する大学院国際学術研究科の村上律子特任講師だ。

公認心理師の資格を取得する際には、実践的な実習を体験することが大前提だ。大別すると「内部実習」と「外部実習」という2種類の実習を行う必要がある。内部実習では、学生とクライアントが実際に面接をする臨床の現場において専門家からカウンセリングの指導を受ける。外部実習は、カウンセリングなどの指導を実習先の専門家から受けながら大学院とは違う環境下で、外部実習先で社会人としての立ち居振る舞いを教わるもので、どちらも公認心理師を目指す学生には貴重な学びを得る機会となる。同じ実習と言っても内容が大きく異なるのだ。

桜美林大学で担当している「心理実践実習Ⅰ」は外部実習の事前準備に相当するものだが、同じく講師を務めるルーテル学院大学では内部実習に相当するカウンセリング指導を担当しており、いずれの指導に関する見識も深い。それぞれの実習における指導のポイントについて、村上特任講師は次のように語る。

「内部実習ではクライアントを敬って話に耳を傾けるのはもちろん、対話の中で生まれた気持ちや考えを反映させ、自分の“心”を使ったコミュニケーションをとるように伝えています。ほとんどの学生はクライアントに失礼のない対応をしようとしますが、それゆえに『それはつらかったですね』などと表面的な労いや理解に留まってしまうケースが多いためです。一方で、外部実習では施設内のスタッフや連携する関係機関と円滑に仕事をするためのマナーや立ち居振る舞いを学びます。公認心理師は専門職ではありますが、保健医療や福祉、教育など活躍できるフィールドが広く、それだけ多くの人との連携が必要になるためです。2つの実習で学ぶスキルの両方を身に付けてはじめて、公認心理師としてのスタートラインに立てるのです」

発達に課題のある子どもにアプローチし、
現場の保育士をエンパワメントする巡回相談支援

保健医療や福祉、教育など幅広く活躍する公認心理師。そのフィールドの広さゆえに、テーマを絞って活動する人も少なくない。村上特任講師は「子育て支援」を自身のテーマに据え、虐待や不登校、発達相談をはじめ、「自分の子どもをかわいいと思えない」という親の悩みなどに耳を傾けてきた。

その実践の一つがまとめられているのが『「チーム・ルーテル」としての巡回相談-田園調布ルーテル幼稚園訪問記-』だ。これはルーテル学院大学の教員を中心として組織された「チーム・ルーテル」が田園調布ルーテル幼稚園の巡回相談支援を行ったケースを記録したものだ。

巡回相談支援は、2011年に始められた厚生労働省における発達障害者支援施策の一つで、保育園や幼稚園といった地域の子育て施設に相談員が直接訪問し、保育や子どもの対応について助言を行うもの。

子どもたちの発達の特性や家庭的な事情を最も理解しているのは、現場で子どもたちと日常的に関わっている保育士たちだが、心理的なアセスメントに関しては手探りで取り組んでいることも多い。そこで、医師や公認心理師を含む臨床心理技術者、作業療法士など、一定の条件をクリアした専門家たちが心理的なアセスメントに関する助言を行うことで、発達障害やその特性がある子どもを一つの施設で抱え込まず、地域全体で支えていくことを目的としている。

先ほどの『「チーム・ルーテル」としての巡回相談-田園調布ルーテル幼稚園訪問記-』に記録された実践は、田園調布ルーテル幼稚園から巡回相談支援の要請が入り、支援対象の子どもの情報がまとめられた資料を事前に確認したうえで、幼稚園に赴く。現場で相談員が実際に子どもたちと関わる様子を保育士にも見てもらい、日常保育の中で実践してもらうことによって、変化があるかどうかを経過観察するというものだった。

こうした巡回相談支援の窓口に寄せられる相談で多いのは「落ち着きがなく、集団行動が苦手な子ども」に関する事例だ。こうした事例に対しては集団の中でどうしても目立ってしまい、本人の特徴としてフラットに捉えられるのではなく、問題行動として理解されることが多い。しかし、そのようないわゆる「困った子」にこそ、本人についてしっかりアセスメントし、個別に対応することが重要なのだという。

「多くの保育士さんたちは集団行動が苦手な子どもに対しても『みんな、園庭に行くよ』と“全体”に対して働きかけています。そこで『子どもの前に回り込んで、しっかりと注意を向かせたうえで、〇〇くん園庭に行くよと言ってみてください』などとお伝えして実践してもらうと、子どもの頭に指示がしっかりと入り、他の子どもたちと一緒に園庭に行けるようになったというケースがたびたびありました。保育士さんたちも忙しい日常の中では個別のアプローチに手が回らないのも事実です。そのため、こうした助言を通じて、現場の保育士さんたちをエンパワーすることも、巡回相談支援の役割の一つだと考えています」

Column

公認心理師と臨床心理士の違いとは?

公認心理師とよく似た資格に臨床心理士がある。いずれも心理学の知識や技術を用いて、心の健康の問題を抱える人に対して支援する点においては共通しているが、公認心理師が国家資格であるのに対し、臨床心理士が民間資格であるという点に大きな違いがある。最初に創設されたのは臨床心理士で、1988年に資格認定された。その後、日本の臨床心理学の礎を築いた河合隼雄氏が臨床心理士の国家資格化を目指して尽力してきたものの叶わぬままに倒れ、臨床心理士とは別の国家資格として2018年に新たに創設されたのが公認心理師だ。資格の種類による知識や技術の優劣はないが、公認心理師のほうが就職に有利に働きやすいと言われている。

人の心の複雑さに惹かれて臨床心理士を志す

臨床心理士を志したきっかけや人の心への関心について語る村上律子先生

心理職を志したきっかけは文学と映画

心理に関する知識と技術を有する専門家として、臨床と教育の現場で活躍する村上特任講師。心理職を志したのも、1984年に臨床心理士が資格認定されてからまもない中学生の頃だった。それ以前から友人と遊ぶよりも本や映画に触れることを好んでおり、さまざまな物語に触れる中で「人間の心の複雑さ」に関心を持っていったのだという。

「私はとても内向的でしたが、同時に早熟な面もあり、小学3年生の頃から一人で映画館に行くような子どもでした。好きな作品もアニメや青春ものではなく、大人の恋愛をテーマにした作品や挫折した人が立ち直っていく物語などに惹かれがちで、当時から人間の心に強い関心を寄せていたのだと思います。臨床心理士を明確に志した中学生のときも、村上春樹の『ノルウェイの森』に夢中でした」

中学生のときに思い描いた夢を抱き続け、高校卒業後は法政大学社会学部社会学科に入学。心理学部を目指す選択肢もあったが、当時はインターネットが普及しておらず、情報も少ない。自分なりに情報を集め、周囲にも相談をしながら、心理学にも近接する社会学科への入学を決めたのだという。

その後、臨床心理士の試験受験資格を得るべく、日本大学大学院文学研究科心理学専攻の修士課程に進学。当時の同学の心理学専攻は伝統的に実験心理学の先生方が多く、数多くの研究者を輩出していた一方で、臨床を専門としている教授は少なかった。臨床心理士として現場に携わりたいと考えていた村上特任講師は数少ない臨床分野の教授の中でも、家族心理学を専門とする花沢成一教授の研究室に所属。同教授のもと、対象となる家族への質問調査などを行いながら、臨床心理士としてクライアントと対話する日を夢見ていた。

不登校の女子児童との関わりが
「子育て支援」を専門とするきっかけに

大学院で心理学を専攻した学生の主な就職先には、大学病院の精神科、心療内科、心理専門職としての公務員、スクールカウンセラーなどがある。村上特任講師も当初は心理職の公務員を目指していたが、内定をとることが叶わず、最終的に社会福祉法人調布市社会福祉事業団に入職。2000年から知的障害者援護施設なごみの福祉職として、食事の介助やアクティビティなどの生活支援を行った。

翌年の2001年からは同法人は調布市から子ども家庭支援センターの運営も受託することになり、村上特任講師は相談担当に着任。入職から1年、ようやく心理職としてのキャリアを歩み始めることとなり、2002年には念願だった臨床心理士の資格も取得した。現在のキャリアにも通じる「子育て支援」に関心を寄せ始めたきっかけになったのは、自身がカウンセリングを担当した不登校の女子児童との関わりだった。

「不登校の女の子のカウンセリングを担当することになり、約5年間を見届けさせてもらえた経験は大きかったです。その女の子は学校に行けないことよりも、友人関係に自信がなかったり、親御さんに言いたいことを言えなかったりと対人関係に困りごとを抱えているお子さんでした。今振り返ってみると、私自身がその子に毎週、プレイルームで会えることを心から楽しみにしていて、作為的な働きかけをしようとしなかったことが彼女には良いかたちで伝わったのではないかと考えています。会うたびに小さくても変化していく様子を目の当たりにさせてもらえたことは、私自身の力にもなりました」

また、臨床の現場に関わりながらも、スタッフのシフト調整や関係機関への連絡、イベントの企画などの施設運営を主な業務としていたという。臨床の現場でクライアントに相対する知識や経験はもちろん、外部実習において一社会人としての立ち居振る舞いを指導できる背景には、自身が培った施設運営経験があると言えよう。

関係機関と連携し、
地域全体でクライアントを支える

キャンパス内で佇む村上律子先生

“一人ではできない”ことが
この仕事の醍醐味

社会福祉法人での相談員を15年ほど務めた頃、マネジメント業務の割合が大きくなり、「臨床の現場にもっと携わりたい」という想いを抱き始めたという村上特任講師。臨床心理士として働く中で培った横のつながりから次々と声がかかり、保健所のグループワーカーや市役所の健康推進課の相談員、私立高等学校のスクールカウンセラーなど、さまざまな臨床の現場を経験した。初めての講師職となったルーテル学院大学での実習指導も、お世話になった教授からの紹介によるものだったという。

臨床に関する仕事はいずれも心の健康に課題を抱えた人のサポートという点では共通しているが、個々の業務内容は大きく異なる。

「保健所のグループワーカーの現場では、参加者の方と一緒にアクティビティをして行動の活性化をしたり、作業をしながらお話を少し聞いたりと、場所とのつながりを作っていました。そのための事前準備として実習やグループワークの計画を立てるのも業務の一つです。心理関係の仕事と聞くと、1対1での対話を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、おそらく皆さんが思っている以上に多種多様です」

このようにさまざまな現場を人の紹介、すなわち「信頼」で渡り歩いてきた村上特任講師。仕事において心がけていることは何よりも「気遣い」だという。

「環境に溶け込み、周囲に感謝し仕事に取り組んでいます。クライアントに敬意を持って接するのはもちろん、雇用主や一緒に働く同僚や関係機関の方々、指導する学生に対しても、それは変わりません。軋轢や対立が生まれると、関係を修復するのには時間も労力もかかりますが、そうした対立を生まないように普段から心がけていれば、仕事がスムーズに進みますし、誰にとっても気持ちいい環境が作れます。繰り返しになりますが、公認心理師という専門職においても、気遣いや協調性が求められるのです」

村上特任講師が気遣いや協調性を大切にする理由は、公認心理師の仕事の多くが関係機関との連携を前提としていることにある。

「家庭支援センターの相談員を務めていたときは、児童相談所や保健所から厳しい叱責を受けたというクライアントの話を聞くことがありました。公的な立場にある児童相談所や保健所はどうしても厳しい指摘をしなければいけないこともあります。そうした事情を理解し、クライアントのお話もしっかりと受け止めたうえで、『保健所の先生はお子さんの体のことを心配されているのではないでしょうか』などと、関係を修復するようそっと促すのも公認心理師の仕事です。逆に、私たちがうまくコミュニケーションを取りきれないクライアントに関しては関係機関に申し送りをしてフォローしてもらうこともありました。ほかの機関との信頼関係を築いて連携しながら、地域全体でクライアントを支えていく。これは多くの公認心理師が携わる仕事の肝であり、醍醐味でもあります」

あまねく人たちに相談の場を提供したい

現在は大学院での実習指導をメインにしながら、自分を必要としてくれる場に赴く自然な流れを大切にしているという村上特任講師。自身の活動はすでに充実しているものの、社会全体に視点を広げたとき、悩みを抱えている人が適切な場所にアクセスできていない可能性があることをやや憂慮していると語る。

「SNSを少し見ただけでも、多くの人が悩みを抱えていることがわかります。これは自分の悩みを人に語ることにハードルの高さを感じている人が多いことの証左であるともいえます。確かに匿名性の高いインターネットでは自分の悩みを語りやすく、それによって救われる人もいるとは思いますが、ときに誹謗中傷に晒されてかえって傷ついてしまう可能性もあります。悩みを抱えた人がより気軽に専門機関を利用してくれるよう、あまねく人たちに開かれた相談の場を提供する方法を、今後も模索していきたいです」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む村上律子先生

村上 律子特任講師

Ritsuko Murakami

1974年、徳島県出身。幼少期から人の心に関心を持ち、心理職を志す。法政大学社会学部 社会学科を卒業後、日本大学大学院文学研究科心理学専攻博士前期課程修了。大学院卒業後は社会福祉法人に入職し、2002年に臨床心理士の資格を取得。その後も「子育て支援」をテーマに据え、保健所のグループワーカーや市役所の健康推進課の相談員、私立高等学校相談室のスクールカウンセラーなど、さまざまな臨床の現場を経験する中で、学校に行けない子どもや、子どもの発達や子どもとの向き合い方に悩む親などの話に耳を傾けてきた。2016年からはルーテル学院大学 大学院臨床心理相談センター 非常勤相談員・大学院生実習指導、2019年からは桜美林大学の大学院心理学研究科で講師を務めるなど、講師職もスタート。2019年には公認心理師の資格も取得し、公認心理師育成に取り組んでいる。

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