• 大学院

    心理学ポジティブ心理分野

前場 康介 准教授

Kousuke Maeba

前場康介先生がインタビューに応じている様子
  • 健康心理学を軸に、セルフ・エフィカシー研究を多領域へ展開
  • 進路選択セルフ・エフィカシーに着目し、学生一人ひとりに合ったキャリア支援を研究
  • 不確実な時代に必要な「自分を信じて進む力」を育む
前場康介先生がインタビューに応じている様子

先の見えない時代に、
「自分を信じて進む力」を育てる

人の行動を後押しする
「セルフ・エフィカシー」とは?

現代は、社会の変化が激しく、将来の予測が難しい「VUCA(ブーカ)時代*」と呼ばれる。先行きが見えない中では、進学、就職、転職など、人生の選択に迷うこともあるだろう。そんなときの礎となるのは、「自分を信じる力」なのかもしれない。

大学院国際学術研究科で指導にあたる前場康介准教授は、健康心理学を専門とし、中でも「セルフ・エフィカシー」という概念に着目して研究を重ねてきた。

セルフ・エフィカシーとは、ある行動に対して「成功裏に達成できる」という見通しのこと。一般的には「自信」に近い概念だが、自尊心や自己肯定感のように、自分全体を肯定する感覚とは少し異なる。ピアノを弾く、運動をするなど、特定の行動ごとに生じる「課題特異性」のある自信のことだ。セルフ・エフィカシーは多くの研究で重要な概念として扱われている一方で、それ自体を継続的に掘り下げる研究者は、意外と少ないという。

こうしたセルフ・エフィカシーについて、前場准教授は自らの経験を踏まえながら、次のように語る。

「私自身、幼い頃から自分に自信がある人間ではありませんでした。自己肯定感や自尊心のように、自分の存在を丸ごと認める感覚は、私には少し重く感じられたのです。しかし、特定の行動に対してであれば、自信が比較的持ちやすい。その感覚が、現在の研究にもつながっているのだと思います」

* 「変動性(Volatility)」「不確実性(Uncertainty)」「複雑性(Complexity)」「曖昧性(Ambiguity)」が高まり、将来の予測が極めて困難な時代のこと

医療・健康の現場から、学生のキャリア支援へ

前場准教授は、セルフ・エフィカシーという概念を、医療や健康行動など幅広い領域に適用してきた。2014年には「気管支喘息患児の長期管理に対する保護者用セルフ・エフィカシー尺度の開発」で、2015年には「健康行動変容を目的とした情報媒体の受け入れやすさ・有用性が媒体の閲読行動、健康行動実施に対するセルフ・エフィカシー、および意図に与える影響」で、それぞれ第二著者として日本健康心理学会本明記念賞を受賞している。

そんな前場准教授が近年、特に力を入れているのが、キャリアの領域だ。

たとえば「大学生における進路選択セルフ・エフィカシーに影響を及ぼす要因——フォーカスグループインタビューを用いた予備的検討」では、4年制大学の教育学部に所属する大学4年生を対象に、進路選択セルフ・エフィカシーの向上を目的とした介入プログラム開発のための調査を実施。学生たちが進路選択に対する自信を得る背景には、成功体験や周囲からの言葉、ロールモデルとの出会い、不安の軽減など、複数の要因が関わっていることを明らかにした。

具体的には「遂行行動の達成」においてセルフ・エフィカシーを向上させるには「事前知識や類似体験の獲得」が重要であり、逆に「想定した見通しとの差異」や「現実的な困難の経験」はセルフ・エフィカシーを低下させる要因となり得ることなどが示されている。

さらに前場准教授は、進路選択セルフ・エフィカシーに関わる要因を“測定”するための「尺度開発」にも取り組んでいる。

「Developing a scale to measure four sources of career decision-making self-efficacy among Japanese university students」では、進路選択に対して「自分ならできる」と感じるための手がかりとなる経験や周囲からの働きかけを「情報源」と捉え、3大学の学生270名を対象にした質問紙調査を実施した。

その結果、進路選択セルフ・エフィカシーの情報源は、過去の成功・失敗経験(達成経験)、他者の行動を見聞きする経験(代理経験)、言葉による励ましや助言(言語的説得)、不安や気分といった情動的な反応(情動的喚起)の4つに整理され、29項目・4因子からなる尺度として構成された。

キャリア意思決定セルフ・エフィカシーにおける情報源の因子分析

この研究の先にあるのは、一律の支援ではなく、一人ひとりの状況に応じたキャリア支援だ。

「尺度を作ることの大きなメリットは、まず効果検証ができるようになることです。たとえば、あるプログラムを実施したときに、どの情報源が高まったのかを数値として示すことができる。もう一つは、学部や学年、性別などによって、どのような情報源を得やすいのか、あるいは得にくいのかといった集団の特徴を明らかにできることです。

また、集団の特徴が明確になれば、対象に合わせた支援を考えやすくなります。たとえば、進路選択に向けた行動経験が少ない学生には、小さな成功体験を積める機会を設ける。身近なロールモデルが少ない学生には、先輩や卒業生の体験に触れる機会を増やす。不安が強い学生には、気持ちを整理しながら進路選択に向き合える支援を行う。このように学生や集団の特徴に応じた『テーラーメイド(個別化)』のプログラムを作りやすくなり、効率化につながるのです」

Column

偶然を味方につける「計画的偶発性理論」

セルフ・エフィカシーと関連するキャリア心理学の用語に、「計画的偶発性理論」がある。心理学者のジョン・D・クランボルツが提唱した理論で、キャリアはあらかじめ立てた計画だけでなく、偶然の出会いや予期しない出来事によっても形づくられると捉えるものだ。前場准教授自身も、幼い頃から研究者を目指していたわけではなく、さまざまなきっかけや出会いを経て現在の道にたどり着いたという。ただし、偶然の機会が訪れても「自分には無理だ」と決めつけてしまえば、その可能性を手放すことになる。だからこそ、偶然をつかみ、試しに踏み出してみる勇気が大切なのだ。そして、その勇気を支える要素の一つが、特定の行動に対する「自分ならできる」という感覚、すなわちセルフ・エフィカシーなのである。

「人に向き合う」経験が研究の原点になった

医療現場で知った心理学の奥深さについて語る前場康介先生

医療現場で知った心理学の奥深さ

前場准教授の研究者としての原点は、 生まれ育った環境にもあるのかもしれない。外科医の父を持つ同氏にとって、医療は身近な存在だった。

では、その中でもなぜ心理学だったのか。背景には、父から聞いたターミナルケアの話が関係しているのではないかという。

「ターミナルケアの現場では、終末期にある方が『その人らしい最期』を迎えるために、彼らの意思を尊重し、寄り添う必要があります。それは医学だけでは対処できない領域であり、『心理の専門家はさすがだ』と父が言っていたことを覚えています。そのときに、心理学が持つ役割の大きさやおもしろさを感じたのかもしれません」

ただし、そうした原体験を自覚したのは、心理学の大学院に入り、その後の進路について深く考えるようになってからのことだった。学部時代は特別に意識することなく、“何気なく”惹かれた心理学に夢中になり、大学院まで進学した。

その中で前場准教授が当時とくに重視していたのは、心理学の知見や実践の効果を客観的に示すことだった。大学院時代について、前場准教授は「実証に基づく心理療法に強く傾倒していた」と振り返る。

「当時は、精神医学や認知行動療法のような、実証性の高いものに強く惹かれていました。専門家になるのであれば、自分が行っていることにどれくらい効果があるのかを証明できなければ、倫理的にいけないのではないかと思っていたのです。もちろん実証性の高い研究も重要です。ただ、今振り返ると、私の場合は、答えが見えない状態への不安が大きく、数値化や可視化に固執してしまっていたように思います」

そんな前場准教授の認識を変えたのが、大学院修士課程修了後に勤めた医療施設での経験だった。博士課程に進むことは決めていたものの、少しでも臨床に触れておきたいという思いから1年間だけの勤務であったが、その経験が前場准教授の研究者としての姿勢を大きく方向づけることになる。

「臨床の現場では、教科書に書いてある通りにはいきませんでした。プログラムやマニュアルに沿って進めようとしても、想定とは全く違う反応が返ってくる。そのとき、自分が持っている心理学の枠組みに、クライアントさんを当てはめようとしていたのだと気づきました。たった1年でしたが、この経験は今でも、現場と乖離した研究にならないためのブレーキとして機能してくれています」

また、このときの経験は、セルフ・エフィカシーに着目するきっかけにもなったという。

「勤務していた病院には、高齢の患者さんが多く、ご自身の身体能力や運動能力を過剰に低く見積もってしまう方もいらっしゃいました。そうなると運動量が減り、筋力が落ち、転倒のリスクが上がってしまう。転倒して骨折すれば、それまで元気だった方でも、入院をきっかけに認知機能が低下してしまうことがあります。そこで、どうすれば運動を促進できるのかを考えたことが、セルフ・エフィカシーに着目するきっかけになりました」

学生のキャリア支援へと広がった問題意識

その後、早稲田大学大学院 人間科学研究科 博士課程に進み、医療・健康分野をはじめとしてセルフ・エフィカシーを扱ってきた。そんな前場准教授が、進路選択やキャリアの領域に関心を広げた背景には、産業領域のカウンセリングに携わった経験と、跡見学園女子大学で学生たちのキャリア相談に向き合ってきた日々があった。

「産業領域でカウンセラーを務めていたとき、入職1年目や3年目の方が不適応を起こすケースが少なくありませんでした。その後、大学教員の立場になり、学生の就職サポートやキャリア相談に日常的に関わるようになりましたが、少なくとも私が接してきた中で、キャリアに関して『自信があります』と言う学生はほとんどいませんでした。こちらから見ると、長所がたくさんあるにもかかわらず、自分自身でそう思うことができない。そうした現場で感じた問題意識は、かなり強烈でした」

自分に対する認識一つで人生の選択が変わってしまうのだとしたら、その認識を少しでも良い方向へ動かせる支援が必要なのではないか。そうした問題意識のもとに、自らの研究テーマである「セルフ・エフィカシー」を進路選択にも適用できないかと考えたのだ。

「自信がなければいけない、というわけではありません。ただし、進路選択は生き方にも直結します。その後の人生を主体的に歩んでいくためにも、学生たちには主体性を持ってほしい。その主体性に強く関わるのが、セルフ・エフィカシーなのではないかと考えたのです」

自分なりの正解を、恐れずに探し続けてほしい

キャンパス内で佇む前場康介先生

不確実な時代を生きるために、主体性を育てる

前場准教授は今後、セルフ・エフィカシーの研究をさらに発展させ、誰もが自分自身に対して適切な自信を抱けるような、汎用的な介入方法の構築に注力していきたいと語る。現在開発している尺度が完成すれば、将来的には大学全体への実装も視野に入る。しかし、いずれにしても大切なのは、セルフ・エフィカシーを通じて、一人ひとりの主体性を育てていくことだ。

そして、こうした研究は、不確実性の高い時代を生きる学生たちへのメッセージにも通じている。

「今の社会では、何が正解なのかを一つに決めることが難しくなっています。だからこそ、既存の正解を、そのまま正解だと思わないでほしいのです。たとえば、心理学を学ぶ場合でも、心理学だけを学ぶことが唯一の正解とは限りません。心にアプローチする学問だと考えれば、哲学や文学、文化人類学、認知科学など、さまざまな領域から心を捉えることができるはずです。本学の畑山学長がメッセージの中で、『新たな価値を創造するには最高の環境が整いつつあります。』と書かれていました。不安定な時代を、そう捉えられる感性を養ってほしいと思います」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む前場康介先生

前場 康介准教授

Kousuke Maeba

1982年香川県生まれ。大学院修士課程修了後、心理師として精神科病院に勤務し、高齢者の身体活動や運動を心理的に促進する方法に関心を持ち、健康心理学やポジティブ心理学の領域へと研究を広げてきた。早稲田大学大学院 人間科学研究科 博士課程在籍中には、クリニックで非常勤の心理スタッフを務め、産業領域のカウンセリングにも携わる。2014年、2015年には日本健康心理学会本明記念賞を受賞。その後、跡見学園女子大学に着任し、専任講師、准教授、教授を歴任。学生のキャリア相談や就職支援に関わるなかで、進路選択における自信や主体性の重要性に着目し、進路選択セルフ・エフィカシーを中心に研究を進める。2026年4月から現職。

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