• 健康福祉学群

    福祉・心理領域精神保健福祉学専攻

山口 有香 助教

Yuka Yamaguchi

山口有香先生がインタビューに応じている様子
  • オーストリア留学で学んだオルフ教育が育む「共創」の場づくり
  • 精神保健福祉士の魅力を伝えたい
  • 音楽を通じたウェルビーイング実現への挑戦
山口有香先生がインタビューに応じている様子

オーストリア留学で学んだオルフ教育が育む「共創」の場づくり

偶然の出会いが導いた「運命的な予感」

さまざまな理由で生活に困難を抱える人々に対して、多様な支援が行われている。個々の発達状態や特性に合わせた支援によって、自立や社会参加を目指す取り組みである。具体的には、コミュニケーション能力や社会性の向上、日常生活に必要なスキルの習得などを目的としたアプローチがある。

その一つに「音楽療法」がある。音楽療法とは、心身の障害からの回復、機能の維持・改善、生活の質の向上を目的として行われる療法で、音楽の鑑賞、歌唱、楽器演奏、音楽に合わせた身体活動など、多様な方法で音楽を活用する。健康福祉学群の山口有香助教は、この音楽療法のプログラムを取り入れた、多様な人たちとの音楽表現活動を長年実践している。

山口助教は大学卒業後、音楽療法を取り入れた発達支援事業所で支援員として働いていた。障害のある親戚との関わりと、エレクトーンや吹奏楽に親しんだ学生時代の経験が組み合わさり、音楽と福祉に関連する仕事をしたいと希望していた。

しかし1990年代末には、まだインクルーシブ教育などの言葉はなく、障害のある人たちが創造的な表現活動を楽しむという場はほとんどなかった。また、そうした場をつくるファシリテーターや、そのニーズを認識している施設も少なかった時代。ある日、山口助教の働く職場に一枚のチラシが届いた。

それは、多様な人たちと共に創造的な表現活動を促進していける人材を養成することを目的とした「コミュニティ・アート・リーダー養成コース」の受講案内だった。先駆的な文言の並ぶ受講案内を手にしたとき、山口助教は「なにかしらの運命の出逢いを予感した」という。

そして、予感は的中。養成コースを受講した山口助教は、オーストリアのカール・オルフ研究所で学んだ講師の担当する「創造的な音楽と動き」の講座に参加することになる。

「そのワークショップでは、『一人ひとりの違いを認識する』『自分とどう向き合ったらいいか、人とどう向き合ったらいいか』『一方通行ではなく共同でつくりあげる活動とは何か』といった、『共創』の場をつくるファシリテーターが常に探求していくべき目標が設定されていました」

大きな刺激を受けた山口助教は、事業所を退職。同じ講師がコーディネートする「カール・オルフ夏期特別研修」に参加した後、そのままオーストリア国立モーツァルテウム大学附属カール・オルフ研究所のインターナショナルコースで学ぶことになった。

ザルツブルクで体得した「音と動きの教育」

オーストリアの美しい古都ザルツブルク。モーツァルトが生まれ育った街にあるカール・オルフ研究所での学びは、すべて実践が中心だったという。オルフの音楽教育は決まったメソッドがなく、基本の理念を学んだ後は授業を自分で組み立てていく。

「即興での音あそび、声や手拍子を用いた合奏、誰でも簡単に音が出せるシロフォン(木琴)などの『オルフ楽器』と呼ばれる打楽器での演奏、選んだ楽曲に合わせたダンスなど、音と動きの実践をくり返していきます。また時には楽器作りや簡単な作曲を行うことも。卒業制作は、パフォーマンスのすべてを自分で作っていくものでした」

研究所の創始者カール・オルフ(1895-1982)は、声楽作品『カルミナ・ブラーナ』で知られるドイツの作曲家・教育者。彼が提唱したオルフ教育は、テクニックや理論よりも、音楽を通じて自分を育て、生き方を見つけていくことを重視する。身体を使った表現、即興演奏と創造性、歌唱を組み合わせた総合的な音楽体験が特徴だ。

「オルフが語る『音楽』とは、1人ひとりの生活、土地ごとの伝統と文化を大切にし、共に音楽を楽しむ仲間や地域の人々との交流も含めた暮らしそのものを指しています。音楽を通して人と人とが互いに関わること。音楽を通して自分の表現や在り方を考えること。当然、障害のあるなしは関係ありません。誰もが音楽を楽しむこと。オルフ教育からそういった考えを学び、それはその後の私の取り組みの土台となっています」

精神保健福祉士の魅力を伝えたい

精神保健福祉士の魅力や学生指導への思いについて語る山口有香先生

「なんとかなるさ」の精神で支える学生指導

オーストリアから帰国後、山口助教は各種福祉施設での音楽ワークショップを行う活動を5年間続け、小平市社会福祉協議会、療育病院などでソーシャルワーカーとして勤務。その間に社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師の資格を取得した。2021年に桜美林大学の助教となって以降は精神保健福祉士を目指す学生の指導にあたっている。15年以上の福祉の現場経験を通じて得た最も重要な気づきを、山口助教は「なんとかなるさ」という言葉で表現する。

「以前の私は、自分の働きかけによって相手の抱える問題を解決できる、自分で目の前の状況をなんとかしなきゃと思いがちでした。それが長年、福祉の現場に携わるうちに考え方が変わっていったのです。放課後等デイサービス、社会福祉協議会、小児療育病院などに勤務しながら、小学校の放課後教室や特別支援学校の余暇クラブ、高齢者施設などで、誰もが音楽を通して自由な表現ができる活動を行っていると、思うようにいかない場面が出てきます。でも、どの場所でも、周囲の人の協力があり、助けていただくことで状況が変わっていく。なんとかなるさと開き直ったときにヒントやアイデアが浮かぶ。そんな経験を重ねるうち、困難と遭遇しても『なんとかなるさ』と楽観的になれるようになりました。そしてほとんどの場合、実際になんとかなるんです」

山口助教は「精神保健福祉実習を選択する学生は真面目な人が多く、実習中に壁にぶつかっても『大丈夫です』と言いながら耐えてしまいがち」だと感じている。だからこそ、「なんとかなるさ」の姿勢を学生指導のなかでも伝えていくよう心がけているという。

「障害のあるお子さんや精神疾患の人たちとの関わりの現場にいると、気持ちが不安定なほうへと引っ張られてしまう部分もあります。そんななか、私が『なんでも相談してね』と言っても、真面目な学生ほどなかなか思いを外に出してくれません。もちろん、試行錯誤しながら自ら壁を越えていけるのならいいですが、自分のなかでうまく解決されないまま思い悩んでしまうケースもあります。だからこそ、他者との協力のなかで解決策が生まれることを知ってもらい、『なんとかなるさ』の精神を持ってもらいたい。ケアする側が不安になりすぎないこと、自らのメンタルの保ち方を知っていることの大切さを伝えるよう心がけています」

専門職の魅力を社会に発信

山口助教が特に力を入れているのが、「精神保健福祉士」という職業の認知度の向上と、その仕事の魅力の発信だ。

「精神保健福祉士は、心の病気の方々の生活が心地よいものになるように支援していく仕事です。一番のやりがいは、関わった人たちから『ありがとうね』『一緒に頑張っていきたい』という言葉をもらえること。また、当事者の方々、ご家族の方々との関わりのなかで、自分の強さと弱さ、知らずのうちに抱えていた偏見など、自分自身への多くの気づきがあるのもこの仕事のおもしろさだと思っています」

一般にはまだ認知度の低い精神保健福祉士だが、1997年に制定された「精神保健福祉法」の施行に伴い生まれた国家資格。その始まりは、戦後間もない1950年代から各医療現場の精神科に在籍していた精神科ソーシャルワーカーと呼ばれる専門家であり、長い歴史がある。山口助教は現場での豊富な経験を持つ実務家教員として、精神保健福祉士の価値を伝え続けている。

「福祉の仕事というと『きついんじゃないか』『つらいんじゃないか』というイメージがあるかもしれません。精神保健福祉士は、さまざまな原因から心の病気を抱える人々とその家族に、社会復帰や快適な日常生活を送るための支援を行っていくやりがいのある仕事です。もっと多くの人に知ってもらいたいと思っています」

音楽を通じたウェルビーイング実現への挑戦

キャンパス内で佇む山口有香先生

「和え物」のような共創の場づくり

現在も山口助教は、地域のさまざまな場所でオルフ音楽教育に基づく音楽ワークショップを続けている。小平市内の小学校放課後教室、地域生活支援センター、療育病院でのダウン症児を対象とした親子リズムワークショップなど、活動は多岐にわたる。そこで大切にしているのが、オルフ教育で学んだ「共創」の理念だ。山口助教はそれを和食の「和え物」に例えて説明する。

「混ぜるというのは、複数の素材で別の何かを作り出す技術。一方、和えるは『ハーモニー』と訳され、それぞれの違いを尊重して、互いを補い、おいしさを作り、自然の調和をみるものです。"今、ここにいる人たち"一人ひとりの表現を大切にし、関わり合うことを楽しめる『和え物』のような『共創』の場づくりを意識しています」

実際のワークショップでは、リズムパフォーマンスチーム「はなくらげ」のメンバーとして、参加者それぞれのスタイルを尊重した活動を展開している。

「例えば、音楽に合わせて踊り出す人、楽器を演奏する人、歌い出す人など、音楽への関心を真っ直ぐに示してくれる人もいれば、部屋の隅っこにいて人の輪には全然入ってこないけど、手や足でリズムを取っている人もいます。その人なりの参加の仕方で楽しめればいいと思っています」

理論化への挑戦とウェルビーイング研究

現在、山口助教が特に関心を寄せているのが「ウェルビーイング」というキーワードだ。小学校でのウェルビーイング向上を目的とした共同研究プロジェクトにも参加している。これまで感覚的に行ってきた音楽表現ワークショップの実践を理論化し、ウェルビーイングとの関連を実証していくことが今後の目標だ。

「個々のウェルビーイングが、家庭や学校、会社、そして社会のウェルビーイングにつながるという考えのなか、多様な人たち1人ひとりのウェルビーイングの実現に向けたアプローチや取り組みを考えていきたい。障害のある人も取り残されないように、障害のある人たちの生活が快適なものになるよう、音楽を通じての場づくりを続けていきたいと考えています」

教員紹介

Profile

キャンパス内で腰掛ける山口有香先生

山口 有香助教

Yuka Yamaguchi

桜美林大学大学院 国際学研究科 人間科学専攻 健康心理学専修 修士課程修了。音楽療法による発達支援事業所勤務を経て、オーストリア国立モーツァルテウム大学附属カール・オルフ研究所で「音と動きの教育」を学ぶ。帰国後、各種福祉施設での音楽ワークショップ活動、小平市社会福祉協議会、療育病院でのソーシャルワーカー勤務を経て、桜美林大学助教に。リズムパフォーマンスチーム「はなくらげ」立ち上げメンバー、日本オルフ音楽教育研究会運営委員。精神保健福祉士、社会福祉士、公認心理師、音楽療法士。専門は精神保健福祉、音楽を通じた共創の場づくり。「思いたったらやってみる、なんとかなるさ」のポジティブ思考で、多様な人々のウェルビーイング実現を目指している。

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