• 健康福祉学群

    福祉・心理領域実践心理学専攻

  • 大学院

    心理学ポジティブ心理分野

久保 義郎 教授

Yoshio Kubo

久保義郎先生がインタビューに応じている様子
  • 専門は「リハビリテーション心理学」
  • 高次脳機能障害を測定する心理検査尺度「TBI-31」を開発
  • “幸せを増やす”リハビリテーションの考え方を広めたい
久保義郎先生がインタビューに応じている様子

専門は「リハビリテーション心理学」

身体系のリハビリテーション領域で心理職の仕事に従事

「リハビリテーション」と聞くと、理学療法士とともに並行棒につかまって歩く訓練をする様子を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、それはリハビリテーションのごく一部に過ぎず、もっとさまざまな取り組みがある。また、リハビリテーションは大きく「身体系」と「精神系」の2つに分けられる。身体的な障害がある場合は身体系、精神的な障害がある場合は精神系のリハビリテーションを行う。このうち「身体系」のリハビリテーション領域の現場において、長らく心理職の仕事に従事してきたのが健康福祉学群の久保義郎教授だ。

心理職の就職先と言えば、病院、児童相談所、福祉施設、あるいはスクールカウンセラーとして教育機関に勤務するなど、その選択肢は実に幅広い。久保教授のフィールドであるリハビリテーション施設もその一つだ。

リハビリテーションの領域で心理職が担う役割を示した図。アセスメント、トレーニング、カウンセリング、他職種や他機関との連携などの内容が挙げられている。

「心理職はリハビリテーションにおいて、さまざまな役割を担います。たとえば、高次脳機能障害では、脳が損傷したときに現れる認知機能の障害を明らかにする神経心理学的な『アセスメント』や、記憶障害で新しいことが覚えられなくなった方が少しでも支障なく生活できるよう、ノートに予定や実際に行ったことを“外部記憶”として蓄積する『トレーニング』、障害を補う行動を身に付けたり、脳の損傷によって怒りやすくなったり、衝動的に行動してしまったりすることを減らす、『適応行動の形成・不適応行動の低減』などを行います。そのほか『本人やそのご家族へのカウンセリング』や、医師やソーシャルワーカーをはじめとした『他職種への情報提供・交換』など、関わる領域は多岐にわたります」

このように身体系のリハビリテーション領域において、心理職が果たす役割は大きい。しかし、公認心理師法が施行され、心理職の国家資格である公認心理師が誕生したのは2018年以降のこと。それ以前は診療報酬が取れなかったことから、リハビリテーションの領域で心理職を雇用する病院は極めて少なかった。

現在でも同領域で働く心理職がいることはあまり知られておらず、公認心理師を養成するカリキュラムでもリハビリテーション領域の知識やスキルを教えることも少ないという。

一方で、リハビリテーション領域における心理職への期待は増している。現場のニーズに応えるため、久保教授は健康福祉学群や大学院の公認心理師養成課程においてリハビリテーションに関する知識も提供している。

「私が担当している公認心理師の養成課程には、障害に関する『障害者(児)心理学』や『障害者心理学特論』、心理検査などを学ぶ『ポジティブ心理アセスメント』などがあります。こうした講義の中でリハビリテーションに関する知識やスキルについて織り込むことで、少しでも同領域に興味を持ってもらえるよう工夫しています」

Column

ポジティブ心理学とは?

リハビリテーション心理学を専門とする久保教授は「ポジティブ心理アセスメント」や「心理実践実習Ⅰ,Ⅱ(ポジティブ心理学的支援)」を担当するなど、ポジティブ心理学にも通じる。ポジティブ心理学とは、人間の幸福や心身ともに健康な生き方を科学的に研究する心理学の一領域のこと。1998年に米国心理学会会長であったペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・E・P・セリグマン博士によって発議・創設された。

身体系のリハビリテーション領域における心理職の役割について語る久保義郎先生

「もし問題を減らせなくても、幸せは増やせる」
リハビリテーションの考え方を広く適用したい

久保教授の専門は「リハビリテーション心理学」。大学教員になる前の約11年間、リハビリテーションセンターで勤務し、たどり着いた研究領域だという。

リハビリテーション心理学とは、障害や慢性疾患のある方々の心理学的側面を研究し、その人らしく生活できるように支援する学問のこと。このリハビリテーション心理学の根底に流れる思想の中でも、久保教授がとりわけ大切にしてきたのが「『問題を減らす』だけではなく、むしろ『幸せを増やす』」という考え方だ。

「1990年頃まではリハビリテーション領域でも『歩けなくなったから歩けるようになりましょう』といった『問題を減らす』発想が一般的でしたが、リハビリテーションには大変な労力がかかりますから途中でモチベーションが尽き、諦めてしまう方も少なくありませんでした。そこで1990年以降はいわば“自分の夢”をリハビリテーションの目標とする『目標指向的アプローチ』が増えていきました。たとえば、『孫の卒業式に出るために歩けるようになる』と目標を設定すれば、日々の訓練が大変でも、夢につながっている実感が持てるのでモチベーションが続きやすくなります。また、たとえ歩けるようにならなかったとしても、お孫さんの卒業式に出席できるまで回復すれば幸せを感じられます」

こうした「目標指向的アプローチ」は、日本にリハビリテーション医学を広めた医師・上田敏氏が1983年に刊行した『リハビリテーションを考える: 障害者の全人間的復権』に基盤をみることができる。久保教授も現場に関わる中でその実感を深めたことで、これらを障害の有無にかかわらず、すべての人に広めていきたいと語る。

「目標指向的アプローチの考え方は『問題の解決』だけでなく、むしろ『幸せを増やすこと』に重きを置くもので、障害のある方を対象にした発想です。しかし、誰もがさまざまな“問題”を抱えて生きていることを考えると、これはすべての人に当てはまることであり、障害のある人だけのものにしておくのはもったいないと思います。私の研究や活動を通じて、こうした考えを少しでも多くの人に届けていきたいと考えています」

リハビリテーションとともに歩んできたキャリア

大学院での研究の傍ら、
リハビリテーションセンターの心理職として勤務

久保教授が心理学に興味を持ったのは思春期のこと。心理学の本に自らの悩みを乗り越える手がかりを得たことから「人を救う力がある心理の仕事に就きたい」と早稲田大学人間科学部人間健康科学科に進学した。在学中に専門的に学んだのは、「認知行動療法」。これは認知(ものごとの捉え方)や行動パターンに働きかけることで不適応状態を改善する心理療法で、ここで得た知識をベースに、久保教授はリハビリテーション心理学の研究成果を発表していくことになる。

大学入学当初は多くの学生と同様に精神科や心療内科で働く想定をしていたという久保教授。しかし、大学4年次に卒業後の進路を考えていた際、ある教授の紹介で障害者相談センターから非常勤の求人を知る。障害手帳の発行や障害認定が主な仕事で、それまで大学で学んできた認知行動療法と直接的な関連は無かったが「一刻も早く現場に立ちたい」と考え、同施設で働くことを決める。これが障害領域との初めての出会いとなった。

同施設で1年ほど勤務する中で、心理職としてフルタイムで働ける仕事に就くには修士課程修了を条件とするケースが多いことを知る。そこでゼミの恩師である教授に相談し、早稲田大学大学院人間科学研究科 健康科学専攻 修士課程への進学を決めた。

修士課程2年次には2つ目の転機も訪れた。所属する研究室に、のちに約11年勤めることになる神奈川県総合リハビリテーションセンターから求人の知らせが届いたのだ。先にも述べたように心理職を志す学生の中には、精神科や心療内科への就職を目指す学生が多かったことから、前職で障害領域に携わっていた久保教授に白羽の矢が立つこととなった。

「すぐに働ける人を探していたため、平日はリハビリテーションセンターで働き、土曜日の講義を受講した後に大学に泊まり込んで修士論文の研究を行い、日曜日に帰るという生活をしていました。論文の作業が終わらず、月曜日に大学からそのまま出勤したことも今では良い思い出です」

高次脳機能障害を測定する心理検査尺度「TBI-31」を開発

修士課程を修了してからも約10年間にわたって神奈川県総合リハビリテーションセンターでの勤務を続けた久保教授。アセスメントやトレーニングといった日常的な業務の傍ら、研究分野でも貢献した。

久保教授が開発した高次脳機能障害を測定する心理検査尺度「TBI-31」

その一つが、高次脳機能障害を測定する心理検査尺度「TBI-31」の開発だ。これは政府が2000年に始めた「高次脳機能障害支援モデル事業」の一環で行われたもので、同リハビリテーション施設がモデル病院に指定されたことから、久保教授が主体となって「TBI-31」の開発に取り組むことになったのだという。

それ以前から高次脳機能障害という障害は存在していたものの、社会的に広く認知されていなかったことから、そうした現状を改善するための取り組みの一つが「TBI-31」だった。

「当時は高次脳機能障害の症状に関する散文的なエピソードは知られていたものの、障害の全体像はあまり知られていませんでした。また、障害者手帳が取得できず、福祉サービスを受けられない“制度の狭間”にいる人が数多く存在していました。そこで、そもそも高次脳機能障害とは何なのかを明らかにするアセスメントツールを開発することにしました。現在も神奈川県総合リハビリテーションセンターのWebサイトから無料でダウンロード可能な状態になっており、全国各地で使っていただけているようです」

アセスメントツールのダウンロード先はこちら外部リンク

キャンパス内で佇む久保義郎先生

リハビリテーションの支援方法を応用し、
高校の不登校の生徒をゼロに

大学院在学中から、リハビリテーションセンターで約11年勤務した久保教授。臨床の仕事にやりがいを感じる一方で、専門職ゆえに異動がなく、“外の世界”との交流が少ないことについて少しずつ不安も感じ始めていた。

「リハビリテーションセンターでの心理職の仕事にはやりがいを感じていましたが、自分が身に付けてきた知識や経験が他の機関でも通用するのか不安を覚え始めました。学会資格を取得して自身の力量を客観的に捉えるなどしてきましたが、別の職場も経験してみたいと考えるようになったのです」

そんな矢先、久保教授のもとに舞い込んできたのが、吉備国際大学の大学教員の仕事だった。

「大学時代の恩師から、吉備国際大学の教員のポストがあると電話がかかってきました。当初は臨床を離れる気持ちがなかったためにお断りしようと思っていましたが、恩師の『臨床家を育てる仕事をしてみないか』という言葉に刺激されました。心理職を志す前は人に物事を教えることが好きで、教師になりたかったことを思い出し、お話をお受けすることにしたのです」

かつての自身の夢を思い出し、2004年から大学教員としての新たなキャリアをスタートさせた久保教授。同大学では社会福祉学部臨床心理学科と大学院の臨床心理学研究科の講師に着任し、学生たちの指導にあたった。

在籍中に携わった仕事の中で最も印象に残ったのは、学生たちとの密度の高い関わりの他、高等学校のスクールカウンセラーだという。

「高校大学連携事業の一環として、近隣の高校に大学教員をスクールカウンセラーとして派遣していました。当初担当することになっていた先生が体調を崩されて行けなくなってしまい、代わりに私が指名されることになったのです。急遽決まった話で事前準備がほとんどできなかったため、まずはリハビリテーションセンターで行っていた支援を応用してやってみることにしました。具体的には『この先どうして行きたいか、作戦会議をしませんか』とお尋ねして、ご本人の“夢”から逆算して今を考える話をしていきました」

生徒が叶えたい“夢”から逆算していくと、ほとんどのケースでは高校卒業の実績や大学入学資格検定(以下、大検)への合格が必要だとわかってくる。そこでどうやってそれらを手に入れるか、選択肢とそれぞれのメリット・デメリットを一緒に考えたうえで、生徒たちに最善の方法を選んでもらった。これはまさに“問題を減らす”のではなく“幸せを増やす”「目標指向的アプローチ」の考え方を応用したかたちだ。

こうした方法論のもとに生徒たちに向き合ううち、休みがちであっても登校する生徒が増え、最終的には校内の不登校者が0人になり、次の役割として発達障害のある生徒を対象にした支援を行うことになった。いずれのケースにおいても、リハビリテーションの現場で培った知識や経験は障害の有無にかかわらず有効だという実感を深めたのだと語る。

「たとえば、先生方から移動教室のたびに遅刻してしまう生徒がいるという相談を受けたときに、それは“心がけ”の問題ではなく、発達障害が原因で“迷子”になっているのではないかと考えました。そこで廊下にわかりやすい案内板を掲示してもらった結果、相談のもとになった生徒はもちろん、新入生が道に迷わなくなるという副産物が得られたのです。これはリハビリテーションの領域では『環境調整』と呼ばれるものですが、分かりやすい環境を整えることは障害の有無にかかわらず、すべての人に有益であるとあらためて教えてくれた出来事でした」

Column

障害がある人を街で見かけたときに必要なアクションとは?

障害がある人を街で見かけたときに「役に立ちたい」と思いつつも「どのように支援すれば良いだろう」と戸惑った経験を持つ人もいるだろう。久保教授によれば、障害があるからと言って必ずしも支援が必要だとは限らないという。そのため、まずはその人が困っていそうかどうか様子を見て、困っているようなら「何かお手伝いできることはありますか?」と本人に直接聞くことを勧めているそうだ。講義でも各障害の特徴を伝えるが、実際には個人差が大きい。たとえるなら、旅行のガイドブックは事前に計画を立てるうえで役立つが、現地に行ってみて初めてわかることもあるように、講義は“ガイドブック”と捉えて、個々人に話を聞くことがより大切だ。

臨床の現場に情熱を注ぎ続ける理由

心理職は人の幸せを増やす仕事

現在は桜美林大学で学生たちの指導にあたる傍ら、大学外の機関とも連携している久保教授。以前勤務していたリハビリテーションセンターとの共同研究を通じて世の中に対して同施設独自の取り組みを発信したり、発達障害のあるお子さんの療育を行う発達支援施設では専門家としての見解を伝えたりと、臨床の場に積極的に関わり続けている。

大学教員になってからも臨床の場に情熱を注ぎ続けている背景には、大学の心理相談室でカウンセラーを務めていた頃の忘れられない出来事があった。

「芸人になるために高校を退学して修業したいという希望をご両親に伝えたところ、反対されて不登校となり、引きこもりがちになってしまった生徒さんがいました。お話を伺う中で、生徒さんが社会との接点が切れて社会復帰が難しくなることのほうがリスクが大きいと考え、『カウンセラーとしてはあるまじき発言ですが』と前置きしたうえで、ご両親に生徒さんの希望を受け容れることをおすすめしたのです」

久保教授のアドバイスを受けた親子が話し合った結果、生徒は退学を決定。その後、地元での劇団の活動はもちろん、レッスン費を工面するためにアルバイトを始め、契約社員登用の話を持ちかけられるほどの働きぶりを見せた。さらなる高みを目指して上京する際には、本人の意思で、通信制の高校への入学も決めたという。

臨床の場に携わることで実感した心理職のやりがいについて、久保教授はこのように語る。

「彼が出演する舞台を観に行った際、『先生に人生を救ってもらいました』と言っていただきました。そんな大袈裟なものではないですし、退学を勧めたことは後にも先にもそれきりで、カウンセラーとしては行き過ぎた提案だったとも思っています。ただ、『その方の人生に貢献できた』という実感を持てた出来事でした。心理職は単に不安やうつなどの症状や問題を減らすだけでなく、“幸せ”を作っていける喜びを感じられる仕事です。心理職を志す皆さんには、その人ごとの幸せのかたちをともに模索していくことの大切さをお伝えしていきたいです」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む久保義郎先生

久保 義郎教授

Yoshio Kubo

千葉県生まれ埼玉県育ち。1991年に早稲田大学 人間科学部 人間健康科学科を卒業後、非常勤心理判定員として千葉県障害者相談センター 判定課に勤務。その後、早稲田大学大学院人間科学研究科 健康科学専攻 修士課程修了。在学中に神奈川県総合リハビリテーションセンター 神奈川リハビリテーション病院 心理科にて勤務を開始し、アセスメントやトレーニング、カウンセリングなどの日常的な業務の傍ら、「脳外傷者の認知-行動障害尺度(TBI-31)」の開発などに貢献した。2004年からは吉備国際大学にて講師となり、その業務の一環で同年から高等学校のスクールカウンセラーを務める。その後、桜美林大学大学院 国際学研究科 国際人文社会科学専攻 博士課程にも進学。2013年からは田園調布学園大学 人間福祉学部 社会福祉学科 准教授に就任。桜美林大学には2017年から健康福祉学群 保育専修や大学院 心理学研究科 健康心理学専攻の教授として就任。2021年からは桜美林大学大学院 国際学術研究科 国際学術専攻 心理学実践研究学位プログラム ポジティブ心理分野の教授、2023年からは同学健康福祉学群 実践心理学専攻 教授として学生の指導にあたっている。

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