40年続く「住民主体」の力
変わりゆく社会のなかで変わらない絆
「宝石」のような活動に出会った1980年代
1980年代の日本には、「男性が社会で働き、女性が家庭を守り、子育てをする」という性別役割分業の考えがはっきりと残っていた。そんななか、すでに65歳以上の人口割合を示す高齢化率は上昇し、高齢社会に向かっていた。まだ介護保険制度もなく、家庭での介護の担い手として主婦の負担が大きかった時代だ。
こうした時代背景のなか、1986年、野村知子教授は高齢者の生活環境を研究テーマとする研究者として、「老人給食協力会ふきのとう」の活動に出会う。地域の高齢者が集まる「ふきのとう」の会食会ではボランティアの東京農業大学の学生が伝統の大根踊りを披露したり、高齢者も作り手の主婦も一緒に肩をたたいて体操をしたり、そこには人と人が食事を通して楽しく過ごす「活動」があった。野村教授は、そこでその後の研究活動につながる大きな気づきを得たという。
「食事は、命をつなぐ欠かせない行為ですが、私たちの暮らしにとってそれ以上の意味があります。『同じ釜の飯を食う仲間』という言葉があるように、人と一緒に食事をすることは、心開かれる交流の場でもあるのです。私はふきのとうの会食会に初めて立ち会った時、『これから到来する高齢社会に必要なのは施設ではなく活動なんだ』と思ったのを今も覚えています」
また、もう1つ別の発見もあった。それは性別役割分業が色濃かった時代に、家庭に閉じ込められがちだった専業主婦にとって、ボランティア活動が自己実現や社会参加の場として大きな意味をもっていたということだ。
「主婦の方々にとって、ふきのとうの活動を始め、ボランティアの担い手になることは社会とつながる貴重な窓のようなものでした。ボランティア活動でつながった仲間は、もう1つの家族のような存在になっていく。だから皆さん、生き生きと活動を楽しみながら継続していくのです」
当時、食事サービスのボランティアの担い手だったのは30~40代の主婦たち。40年近くたった今も彼女たちは主体者として地域の食事サービス活動を支えているという。
「一人ひとりがボランティア活動を通じて食や健康に関する知識を得ることは、加齢に伴う心身の衰え、いわゆるフレイルの予防につながります。そして、仲間と支え合いながら、元気に年を重ねていくことができるのです。こうした幸せなコミュニティが、私たちの暮らす地域のすぐ隣に、ひっそりと存在している。私はそんな『宝石のような活動』を見出し、多くの人に伝えていきたいという強い思いがあります」
時代とともに変わる意味、変わらない価値
地域のなかに眠る宝石のような活動を求めて、野村教授は1986年から高齢者の食事サービスの研究を始めた。食事サービスは、業者が取り組むもの、施設が実施するものなど、さまざまな形態があるが、野村教授が主にかかわってきたのは住民が主体的に取り組んでいる活動だ。
例えば、野村教授が代表を務める「東京食事サービス連絡会」の取り組みがある。同会は、1980年代、高齢者向け在宅福祉サービスの充実が社会的課題とされるなか、配食サービスや会食会に取り組むボランティアグループが集まり発足した団体である。以来、実践団体同士が情報交換や連携を重ねることで、食事サービスの質の向上と制度の充実をめざす活動を展開してきた。今年、2025年には設立40周年を迎える。
「40年間続いている住民による活動。そう聞くと驚く学生もいますが、こうした団体は全国にいくつか存在しています。その間にボランティアの担い手の年齢が上がっていく一方で、社会では共働きが主流となり、今は高齢者が高齢者に食事作りをする活動に変化しています。団体によっては、ボランティアのニーズに応えて、自分たち自身が楽しむ趣味活動のできる『たまり場』をつくったりして、年齢が高くなっても無理なく続けられる参加のしくみを構築しているところもあります」
39年間の研究を通じて、食事サービスの意味づけが時代とともに大きく変化することを目の当たりにしてきたと野村教授は語る。1980年代は「一人ぐらしの高齢者への支援」、1990年代は「在宅支援の一環」として配食サービスが位置づけられ、2014年以降は国の介護予防施策「通いの場」の一つへと捉えられている。
「これまでサービスやボランティア活動の一形態である会食会を『通いの場』の活動の1つに位置づけなおすことができます。担い手も高齢者となる中で、高齢者同士が楽しみあう場として新たな価値が生まれています。また、大規模調理による超加工食品の健康問題が明らかになるなかで、原材料から調理していく住民活動の食事は、添加物の入らない安全で質の高いものとして再評価されるようにもなってきました」
長く食事サービスを続けている住民活動は、配食サービスも実施している。配食サービスと「通いの場」としての会食会は、連動しながら調理技術の維持向上を可能とし、地域の人々に安心安全でおいしい家庭料理を提供するだけでなく、家庭料理の伝承を行うという価値も持っているという。
「それでも若い世代の参加、多世代のボランティア確保は継続し続ける課題です。今後は生涯結婚しない単身の人も増えていくでしょう。多様な生き方をする人たちが仲間になり、共に食事をつくり、食べて、誰かの役に立つ活動を通して、ほっとできる場が求められているのではないでしょうか。働きながらでも参加できるボランティア、短期でかかわるボランティアにも対応し、活動を継続していってもらいたいです。私は、高齢者自身にとって継続したボランティア活動がどのような効用をもたらしているのかを研究としても明らかにすることで、新たなボランティア獲得に貢献したいと考えています」
1990年代から「コミュニティデザイン」に取り組んだ静かな自負
理論より実践、発見した宝石を世に
「じつは、私、社会福祉の専攻に所属していますが、福祉の大学を出ていないんです。専攻したのは都市計画でした。そして、この分野においてコミュニティデザインの最初の提唱者は私……という密かな自負があります」
コミュニティデザインとは、人と人をつなげ、デザインの力も活用し、コミュニティが抱える課題をそこに住む人たち自身で解決できるように支援すること。この言葉が社会に浸透し始めるきっかけとなったのは、関西学院大学教授の山崎亮氏が『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』(学芸出版社)を出版し、卓越した実践を展開していった2011年前後のことだ。
しかし、野村教授はそこから23年前の1988年、都市計画学会で「『くらしづくり』からみた『まちづくり』の課題—地域の相互扶助による老人給食サービスを題材にして—」という論文を発表している。
「論文では、住民主体の食事サービスを福祉サービスとしてだけでなく、『地域のなかで出会える多世代にわたる交流の場』として位置づけ、くらしづくりの活動のなかにまちづくりの課題があると指摘しました。また、1991年には博士論文『高齢者食事サービスを通して見た老後を支える「しくみ」と地域施設に関する研究』と研究活動に対し、日本都市計画学会石川奨励賞をいただきました。コミュニティデザインという言葉は使っていませんが、くらしづくりや交流の問題を都市計画のなかで発信しました」
こうした思いを込めて、桜美林大学で2023年度から「食と健康のコミュニティデザイン」という授業を開講。1年生から履修でき、2025年度は82名が受講している。高齢者食事サービスを通して、食の問題に40年近く関わり、「健康づくり」という課題に対しても並行して関心をよせてきた野村教授。これまでの研究活動を通して得た結論は、つながり・交流こそが、人々や地域の元気の素になるということだ。そして、「食と健康のコミュニティデザイン」の授業には、野村教授が研究人生で得た実践的知見が詰まっている。
団地再生の現場で描く未来
厨房設計から始まった本格的な地域関与
野村教授の研究活動は理論が先ではなく、実践ありきだ。実践活動のなかで、現場のトライアルを通して洗練されたアイデアやしくみを発掘し、そんな宝石たちを、先行研究を用いて理論と融合させていく。そして、研究として世のなかに発信する。それが研究者としての自分の役割だと考え、ずっとこだわってきたという。
「まずは地域実践です。採用している手法はアクションリサーチと呼ばれるもの。地域を外から眺めるだけでなく、自ら地域のなかに入っていき、価値ある活動を強め、伸ばすために、活動に参加していきます。こうした姿勢の原点には、父親の影響があると思います」
中学校の理科教師だった父から「自分の頭で考えろ」と何度も言われ、小学校の自由研究でザリガニの脱皮過程や蜘蛛の生息地調査に取り組んだ経験が、「何かおもしろいものを発見する目や感覚」を養ったという。そんな野村教授が高齢者が半分を占める団地の再生をテーマに、この5年、コミュニティデザインの実践現場として重点的にかかわっているのが桜美林大学から徒歩5分のURの小山田桜台団地だ。
「きっかけは2020年5月、生活クラブ生協を母体とする『町田・ワーカーズまちの縁がわ小山田桜台』からの居場所づくりへの協力要請でした。当初目指していた助成金獲得には至りませんでしたが、私は団地の1階店舗スペースの厨房の基本設計を提案。長年の食事サービスの研究から、7人程度が一緒に働けるスペースがあると、働きやすいことを学んでいたので、理想に近い厨房を採用していただけました。今では、子ども食堂の調理場としてもフル活用されています」
その1年後、今度は隣の店舗が空くことが判明すると、野村教授は地域住民有志に借り受けるよう強く働きかけた。それは隣同士の2店舗を拠点にすることで、地域活動が飛躍的にうまくいった好事例を知っていたからだ。
「そうしてできたのが、地域交流スペース『よりみち広場』です。設計は市民の有志で意見を出しあって計画しました。まちづくりの基盤ができ、麻雀、うたごえ広場、カラオケ広場、町トレ、認知症わかろう会、不登校支援の希望の扉、こども食堂の会食の場として多世代で使われています。この中型厨房のある店舗と交流スペースの2店舗の隣接は、団地商店街を活用した団地再生の核といえます」
学生とともに「交流」で地域を変える
野村教授は桜美林大学で学生研究会「小山田クラブ」を谷内孝行准教授、友永美帆助教と共に結成し、小山田桜台団地で学生を巻き込んだ活動を展開している。毎月最後の日曜日、谷戸池公園の清掃、高齢者向けスマホ教室、防災イベントの企画運営など、学生たちは地域住民と直接交流しながら実践的に学んでいく。
「自分の好きな人以外とはつながりにくい現代で、年齢も生活の仕方も異なる人たちと一緒に活動していくという体験は貴重だと考えています。活動を通して、学生たちは福祉分野で大切な『話を聞く』という姿勢を自然に身につけていきます」
研究人生の大きな挑戦として、野村教授は「地域交流でまちづくり」を提案している。自宅を開放し、カフェを開催する「住み開き」を含めて、中心となる住民の方も、ご近所もHappyになれる交流を中心とした取り組みを応援する。
「団地内の住民に地域交流に関するアンケートを行い、3年後に同じ項目でどう変化するかを検証したいと考えています。小山田桜台団地を『交流』という宝石で、より一層元気な団地にできるかが、私のこれからの研究人生をかけて挑戦したいことです。交流が盛んになれば孤独死や認知症にもなりにくくなる。みんなで頑張ってやったらこんなふうに元気な団地になりました、と言えるモデルづくりにかかわっていきたいです」
教員紹介
Profile
野村 知子教授
Tomoko Nomura
1959年生まれ。日本女子大学住居学科卒業後、同修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)。1991年に日本都市計画学会石川奨励賞受賞。1999年4月より桜美林大学准教授、2006年4月より現職。専門は地域福祉、高齢者居住環境、コミュニティデザイン。1986年から39年間にわたり住民主体の高齢者食事サービス研究に従事し、現在は東京食事サービス連絡会代表も務める。アクションリサーチ手法により地域に入り込み、理論と実践を融合させた研究スタイルで、小山田桜台団地における団地再生プロジェクトなど、学生とともに地域課題の解決に取り組んでいる。
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