青年海外協力隊員としてボリビアでの活動を経験
インドネシア・ジャカルタで過ごした小学生時代
きっかけは、小学校1年生から3年生まで、インドネシアのジャカルタで暮らしたことだった。父親は日本人学校の教師。何もわからないまま異国の地で生活をした。時代は1980年代。高度経済成長期を経て、バブル期に向かう日本はまだまだ豊かだった。一方で、ジャカルタ日本人学校の隣には貧困層の住民たちが暮らす住居が立ち並んでおり、日本とはまったく違う光景が広がっていた。格差社会の現実は少年の心に深く刻まれた——。
「ジャカルタでの生活の影響もあって、子どもの頃から海外での暮らしに興味がありました。その後、青年海外協力隊に参加したり、JICA(国際協力機構)で仕事をするようになったルーツは小学校時代にあると思っています」
そう語るのは、健康福祉学群の松尾泰輔特任講師だ。専門は、グローバル教育、開発教育、多文化共生、社会調査など。現在は、国内外で行う「フィールドワーク」の授業を担当し、学生が大学内のみならず、大学外に出て活動し、地域や海外で学びを深めたり、社会調査の手法などを学ぶ授業や多文化共生の授業などを担当している。
大学時代に社会調査やフィールドワークを経験
大学時代は社会学を専攻し、社会調査やフィールドワークに取り組んできた。卒業論文で、研究テーマに選んだのは「NGOの組織論」。国際NGO「Save the Children Japan」でボランティアをしながら、国際協力の現場で働く人々の声を聞き、NGOの活動を直接内側から見て学んだ。この頃から、いつかは国際協力の仕事をしたいという思いを抱いていた。
そんな松尾特任講師だったが、大学卒業後は民間企業で営業職として働いていた。数字を追い、成果を出すことにそれなりのやりがいを感じながらも、心のどこかで「自分が本当にやりたいことは何なのか」という思いが消えることはなかった。
「私は三兄弟の真ん中で、兄は医療職、弟は小学校の教員をしています。兄弟が専門的な資格を持ち、それを活かして仕事をしているのを見ていたこともあり、自分も何か専門的な資格を取得して、人と関わるような仕事をしたいとずっと頭の片隅で考えていました。そこで選んだのが社会福祉士の資格です。養成機関に1年間通い、社会福祉士の資格を取得しました」
社会福祉士の活動場所は、高齢者施設、障害者施設、児童福祉施設などがよく知られている。しかし松尾特任講師は、社会福祉士となり、次の仕事をどうするかと考えた際に、やりたかった国際協力の道へ踏み出す決意をする。開発途上国でソーシャルワークに従事したいと心に決め、青年海外協力隊に応募した。
南米ボリビアのアンデス山地で井戸を掘り、
地域住民に安全な水を供給する活動に従事
無事選考をパスして、派遣されたのは南米ボリビア。有名なウユニ塩湖があるエリアで、生活用の井戸を掘るプロジェクトに参加した。プロジェクトの目的は、地域住民に安全な水を供給すること。アンデス山地に住む先住民たちは、川の水や溜め池の水を使って生活をしており、不衛生な水を媒介とする感染症で子どもやお年寄りが亡くなる事例も少なくなかったという。
「配属されたのは、日本政府とボリビア政府が合同で進めるプロジェクトで、日本が提供した掘削機械で、現地の県庁に所属するエンジニアが地下100mくらいまで掘り、そこから地下水を汲み上げて、井戸を作り、各家庭に配管して水を送るというものでした。しかし、井戸を掘るのは県、配管をするのは市町村と役割分担がされていたにもかかわらず、県と市町村間の連携がうまくいっておらず、井戸を掘ったものの、そこから先の配管がなされず、せっかく掘った井戸が活用されないケースなどが発生していました。そのため、プロジェクトの現場となる村や担当する自治体などで実状をヒアリングしたり、また村人の生活状況を調査し、井戸を活用した生活改善の方法を村人と一緒に考えることなどが私の仕事でした」
松尾特任講師は、たどたどしいスペイン語で村人に話しかけ、生活実態調査を行った。しかし、アンデス地方の先住民である村人たちが話しているのは「ケチュア語」がメイン。若い世代はスペイン語を話すものの、村人とのコミュニケーションはスムーズには進まない。高齢者などのスペイン語を話せない住民にインタビューをする際には、村の若者に通訳を頼むことが多かった。
聞き取り調査では、毎回同じ質問を繰り返すので、通訳を担当してくれている若者も飽きてしまい、高齢者の意見を勝手に代弁してしまうケースも発生した。リアルな住民の声を拾うにはどうすればよいかという社会調査の難しさを痛感した。また、調査対象と信頼関係を築くためには、できるだけ同じ言葉を話し、同じものを食べ、一緒に汗を流すことが重要だとも気付いた。この当時の経験は、現在の「フィールドワーク」の授業でも大いに役立っているという。
JICAで「グローバル教育」を推進
子どもたちに「自分ゴト」として世界の課題を捉えてもらう
ボリビアでの2年間の任期を終え、日本に帰国した松尾特任講師は、JICA四国で勤務することになる。主に担当したのが、教育現場などでの「グローバル教育」の推進。ボリビアでの経験を国内で活かす絶好の機会だった。
「四国地方、特に私が担当していた高知県は子どもたちが海外の現状に目を向ける機会も限られています。だからこそ学校や教育委員会と連携し、教育現場での出前授業やワークショップを通じて、国際社会に関心を持ってもらい、地球規模の課題などを知ることの大切さを伝える活動に力を注ぎました。子どもたちに『遠い世界の出来事』ではなく、『自分たちの未来に関わる課題』であり、「自分ゴト」として世界を捉えてもらう——。これが私の使命だと感じるようになりました」
JICA四国での仕事は、地域社会で暮らしている子どもたちや教員に“国際社会への関心”を芽生えさせるための挑戦だった。学校で出前授業を行い、子どもたちに世界の多様性や課題を伝えたり、グローバル教育に取り組んでもらうために教員向けの研修も企画した。活動を通じて感じたのは、日本の教育現場におけるグローバル教育推進の難しさ。現場の教員たちは「グローバル教育」の重要性については理解していても、日々の忙しさに追われ、後回しになってしまう現実があった。
また、教員自身の国際社会に関する知識や海外経験が乏しいために、子どもたちに世界のことをどのように伝えたらよいのか戸惑っていることも課題だと痛感した。教員といえども、自分が学んだことがないことや経験していないことを子どもたちに教えることは当然ながら難しい——こうした現場で見つけた課題が、大学院での研究テーマになっていく。
大学院に進学し、
日本の教育現場におけるグローバル教育の可能性を模索
JICA四国での勤務を経て、松尾特任講師は、現場での経験を理論的に深めたいと考え、2009年から大阪大学大学院人間科学研究科に進学した。研究テーマは「日本の教育現場におけるグローバル教育推進の可能性と課題」。地元である高知県の教育現場などでヒアリングを行いながら、子どもたちが国際社会に関心を持ち、より広い視野を獲得できるになるためには、教育現場、行政、NGO、国際機関がどのように連携すればよいのかを研究した。
そして、大学院修士課程修了後、今度はJICAの中でグローバル教育活動の推進などを担当する「JICA地球ひろば」で、世界が直面する様々な課題を日本社会や日本の教育現場に向けて発信する事業に携わるようになる。ここでは文部科学省や都道府県の教育委員会と連携したり、学習指導要領に沿ったグローバル教育の教材の開発などを行った。国際協力業界と教育業界の認識のずれや教育現場の常識に戸惑うこともあったが、教育現場で子どもたちや教員に直接、使ってもらえる教材を手がけることに大きなやりがいを感じたという。
「JICA地球ひろば時代には、埼玉県立総合教育センターなどと連携して、『国際理解教育』を教育現場で実践するための資料集を作成し、全国の教育現場に配布しました。気候変動、食糧問題、教育や保健医療の問題、貧困問題など、さまざまなテーマを写真やグラフなどを多用して、子どもたちにもわかりやすく表現し、少しでも教員や子どもたちに国際社会が抱える課題に関心を持ってもらえるよう工夫しました。時期的にSDGsの取り組みが開始され、社会に認知され始めたころで、国際社会に対する意識が向上し、教育現場にも少しずつ浸透していく手応えを感じることができました」
グローバル化時代の国際教育のあり方
国際比較調査のプロジェクトに参加
また、文部科学省国立教育政策研究所とJICAで行った「グローバル化時代の国際教育のあり方国際比較調査」という共同プロジェクトでは事務局を担当した。これは、イギリス、ドイツ、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの6ヵ国を対象にそれぞれの国の教育課程や国際教育の現状を調査し、その知見を日本の教育施策やJICAの国際理解教育・開発教育支援事業に活かすというもの。この共同プロジェクトの目的は自身の大学院での研究内容と共通点が多く、日本の教育現場に対して貢献できることがたくさんあるのではないかという思いを強くしたという。
「JICAでの一連の経験は、私を研究者の道へと導きました。国際社会と日本の教育現場をつなぐ理論的基盤を築きたい——その思いが強くなりました。グローバルな視点を涵養し、広い視野で物事を捉えられるようになり、よりよい未来社会を築き上げることができる人材を育成することがグローバル教育の目的だと考えています。しかし、日本の教育現場で実践されているグローバル教育では、語学学習や国際交流、異文化理解などが教育の目的と化してしまうことが多く、国際社会や地域社会に存在している課題に対するアプローチや新しい価値の創造といった視点が不足しがちです。だからこそ、理論と実践の両面から教育を再設計する必要があると考えました」
社会調査の経験を大学教員として活かす道へ
多くの若者が国際社会に
主体的に関わるきっかけをつくりたい
2017年までJICAで勤務した松尾特任講師は、2019年から2021年にかけて、同じく研究者である妻の在外研究に同伴する形で家族でカナダで暮らした。カナダは移民が多く、多民族・多文化社会である。現地で出会った様々な背景を持つ人々との関わりや子どもたちが通う現地の学校の教育の進め方を知り、グローバル教育に関する知見をさらに深めることができた。
また、カナダ滞在の期間はちょうどコロナ禍という波乱のタイミングでもあった。コロナによるパンデミックが発生した際には、調査のため家族で南米ボリビアを訪れており、暮らしていたカナダ・トロント市と滞在先のボリビアの双方がロックダウンを行ったために、小さな子どもたちを抱えたまま、ボリビアに取り残されてしまった。結局ボリビア国内に閉じ込められたまま2カ月もの期間、カナダ帰国を目指し右往左往する羽目になった。
そして、帰国後の2023年4月に桜美林大学健康福祉学群の特任講師として着任し、現在に至る。今度は大学の教員として、新たな一歩を踏み出したのだ。
現在は、健康福祉学群で学生が国内外で活動する科目である「フィールドワーク」や「多文化共生論」の授業を担当しながら、学生たちに国内外での経験を伝えている。自分がこれまで過ごしていた場所とは違う現場に足を運び、自分の目で見て、耳で聞き、においを嗅ぎ、そこにあるものに触れ、そこにいる人々と話をし、そして考える——そういった経験の積み重ねこそが自分の固定観念を壊し、新しい価値の創造につながる。そんな「自分の価値観が揺さぶられるような体験」を多くの学生に、感受性の豊かな大学生という今の時期だからこそ、経験してもらいたいと考えている。
「健康福祉学群は、国際社会やグローバル教育とは無縁だと思われがちですが、保育、福祉、心理、スポーツや健康科学などの専門的な知識やスキルを身につけた学生こそ、海外で活躍できる大きな可能性があります。学生たちには世界のどこでも活躍できるようなメンタリティと広い視野を身につけてほしいと思っています。そのためにも、より多くの学生が国際社会に主体的に関わるきっかけをつくりたいと考えています」
教員紹介
Profile
松尾 泰輔特任講師
Taisuke Matsuo
1975年、高知県生まれ。徳島大学総合科学部人間社会学科卒業。大学卒業後は民間企業での営業職を経て、青年海外協力隊で南米ボリビア共和国に赴任。ボリビアでは「安全な水」プロジェクトに参加。帰国後、JICA(国際協力機構)四国支部に勤務し、「グローバル教育」の推進や開発途上国からの研修員の受入れや広報等の業務に従事。その後、大阪大学大学院人間科学研究科で、修士号を取得。修士(人間科学)。2012年より「JICA地球ひろば」にて日本全国の教育現場におけるグローバル教育推進を支援する業務に従事(JICA広尾センター、国内事業部、広報室等)。2023年4月より桜美林大学健康福祉学群特任講師として着任し、現在に至る。
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