小学校教員志望から幼稚園教諭へ
保育の現場で見出した「支える」仕事の本質
幼稚園の現場で13年間勤務
13年間に及ぶ幼稚園教諭時代の経験を活かし、保育学専攻として学生の指導に当たる健康福祉学群の染谷雅広助教。しかし、はじめから幼稚園教諭になるとは考えておらず、大学時代は小学校教員を目指していたという。
「子ども好きという純粋な理由から、教科指導より生活全般を支えたいとの思いが強く、教育学部で学びました。当時、小学校教員養成課程の傍らで幼稚園教諭養成課程も履修できたのですが、あくまで“ついでに”という感覚でした」
しかし2000年代初頭は、小学校教員の採用が厳しい時代であり、すぐに夢は叶わなかった。そんななか、幸運にも桜美林高校出身というご縁を通じて、桜美林幼稚園から声がかかり、そこで働くことに。「最初は数年で小学校に戻ろうと考えていたのですが、気づけば13年間も幼稚園教諭をしていました」と、保育の道に進んだ当時を染谷助教は振り返る。
幼稚園での日々は大きな喜びとやりがいに満ちていた。特に乳幼児期の子どもたちの1年での成長が著しいことに感動を覚えた。すくすく育つ様子を間近で見守り、その発達に寄り添えることは何物にも代えがたい経験だった。毎年卒園児を送り出す充実感もあったと染谷助教は語る。
さまざまな子どもたちと出会い、子どもたちの成長を支えるなかで、「生活全般を支えたい」という当初の思いが幼稚園の現場でこそ実現できると確信。子どもの生活全てに関わるとともに、園児が安心して過ごせる環境を整えることに注力していった。
支援を必要とする子どもとの出会いが転機に——現場の課題解決を目指し大学院へ
充実した日々のなか、キャリアを大きく転換させる出来事を経験する。それは「発達に課題のある子ども」たちとの出会いである。うまくサポートできなかった経験は、染谷助教に後悔と至らなさを痛感させた。
「特に印象深く、大学院進学のきっかけになった年がありました。当時担当したクラスには、発達に課題のある子どもが何人も在籍し、クラスがうまく回らない状況に直面。集団行動が苦手な子や特定の活動に抵抗を示す子がいたため、一斉活動は困難を極めました。活動中に部屋を飛び出してしまう子を追いかけたり、無理に座らせようとしたりするうち、『本当にこんな保育で良いのだろうか?』という違和感を覚えるようになったのです」
個人的な力不足を痛感すると同時に、同じ思いをしている先生は多いはずと考え、何が足りないのかを冷静に考察した。人手不足はもちろん、各園の「困り感」は異なり、必要な支援も千差万別であった。資金や設備があれば、より良い環境がつくれるのではないか。しかし、そうしたニーズへの自治体対応は、理想とはかけ離れていた。
「自治体に対しては、もっと各保育現場のニーズに応じた柔軟な対応や支援をしてくれたらいいのに、と強く感じました。しかし現実的に自治体へ具体的な提言を行うには、まず自身が深く学び、研究し、確かな成果をもって訴える必要があります。そうして私は、13年間勤めた幼稚園を退職し、大学院へ進もうと決めたのです」
幼稚園教諭と研究者のキャリアが
保育のリアルを変える力に
現場の声を可視化するために
大学院での研究テーマは、「特別な支援を要する子どもを取り巻く関係整備」だった。これは、保育現場、子どもの発達センター、自治体といった関係機関が、より良い支援を提供するために必要なものを提言することを目指すものだ。
研究手法として、まず保育現場の保護者(当時は母親に限定)を対象にアンケート調査を実施。この分野で現場の声を大規模に聞くことはデリケートな問題であり、これまで難しいとされてきた。しかし、染谷助教はそこに挑戦する価値を感じ、オリジナルの調査票作成に注力した。先行研究を徹底的に調べ、社会学専門の指導教員からの指導も仰ぎながら、修正を重ね、現場の先生方や保護者の「生きた声が聞ける」質問項目を設計した。
「実際の調査は2016年、一つの自治体内の幼稚園と認定こども園計8園の協力を得て実施しました。調査費用が限られていたため、自ら直接、園に電話で協力を依頼するところから開始。保護者には手づくりの調査票を配布し、匿名で任意回答を求めました。記入の手間にもかかわらず、多くの保護者に丁寧に回答いただけたことに深く感動しました」
その後、2022年には桜美林大学の共同研究者とともに再度同様の調査を実施し、経年比較も行っている。一人では困難であった研究の継続も、仲間の存在があったからこそ実現できていると染谷助教は語る。
明らかになった現場の声と保護者の思い
アンケート調査では、子どもの気になる行動や様子、それに伴う不安や心配の内容、発達障害に関する保護者の意識などを問いかけた。特に重要視したのは自由記述欄である。数値分析だけでなく、一つひとつの質問に対し「そう思った理由」を詳しく書き込めるように質問表を設計したのだ。この自由記述欄には、多くの保護者が自身の思いや経験を熱量高く回答してくれた。なかでも特別な支援を必要とする子を持つ保護者からはかなりの分量の記述があり、「(誰かに)知ってほしかった」という強いメッセージを感じたという。
「具体的に寄せられた困り感は2つあります。一つは『保育現場での困り』、つまり保育者と保護者の認識の“ズレ”です。当たり前のことなのですが、双方の視点が違います。保育者は、集団の中で一人ひとりの子どもを理解していくため、その『違い』から困り感が生じることがある。一方、保護者は我が子としてその育ちを見ているため、『違い』に気づきにくいこともあれば、『違い(他の子どもとの比較)』に敏感であり、場合によっては分かっていても認めたくない、あるいはいつか育つのではないかと思いたくなる。この当たり前のズレに対して、双方が信頼関係に基づいた対話を何度も交わしていくことが大切であると分かっていても、実際の保育現場では「時間的なゆとり」「専門的な知識」「保育内容や環境構成」などの課題により難しいことであることが皆さんの声から改めて理解することができました」
「もう一つは『自治体』に対するもので、特に乳幼児健診のあり方について多くの声が寄せられました。事務的に伝える自治体側の対応と、心の傷に繋がる保護者の受け止め方の行き違いが浮き彫りになったのです。これも、先ほどの保育者と保護者の関係に似ています。健診する側のスタッフ(医師・保健師・心理職の先生など)は、順番に対応する集団の子どもたちの中で『違い』を専門的見解に基づき判断し、その違いについて丁寧に説明をし、保護者の理解を得ようと努めます。しかし、保護者からするとその『違い』に受け止める心の準備がほとんどない人が大半であり、さらには保護者にとっては『初めて会う人』に突然そのようなことを言われてもというような、精神的ショックの方が強く抱きがちであることが回答者からの自由記述から見受けられました。つまり、どちらにも共通するのは『信頼関係のある状態での、継続的な対話』が重要であるということです」
一方で、インクルーシブ教育への保護者の意識が高いことも明らかになった。自由記述には、「そもそも障害の有無は関係ない」「小さいうちからそういう子たちが当たり前にいる環境を子どもにも知ってほしい」という声が多くあった。これは、染谷助教の仮説とは異なり、否定的に捉える保護者だけでなく、多様性を認め合い、共に育つことの重要性を理解する保護者が多いという新たな発見でもあった。
障害の有無に依拠しない支援の重要性
染谷助教は「安易なラベル貼りは避けるべき」という立場を強く主張する。しかし、大学院での学びを通じ、診断がつくことで保護者が安心し、子育ての困難さに理由が見つかり、子育てがしやすくなるケースもあることを知った。この経験から、「立場が変われば考えも異なる」ことを理解しつつも、自身の根底にある思いは変わらない。「少なくとも乳幼児期には障害の有無に依拠しない支援が重要である」と考えている。
これまで診断ありきでさまざまなサービスが提供されてきた現実がある。しかし、徐々に自治体も変化し、専門機関への相談だけでも支援対象となる動きも見られる。これは非常に良い傾向だという。
「発達段階に応じて寄り添えれば、診断は少なくとも乳幼児期には不要ではないかと思います。私個人の目標として、将来的には研究活動で得られた知見を活かし、保育現場と保護者をつなぐ『新たな巡回保育相談』を提言し、自らも携わっていきたい。これは現場と保護者の架け橋となる重要性を持っています。そこで私は現在、心理学を独学で学び続け、将来的には専門知識と資格をもってこの分野に関わりたいと考えています」
長期目標は、少なくとも乳幼児期には障害の有無に依拠しない、保育現場での子どもの育ちを支える大きな枠組みでの関係が、自治体でも共通してできる柔軟な支援体制構築に貢献していくことだ。自治体ごとに特色があっても良いが、ニーズに合わせた柔軟な支援が全国に広がるよう、自治体と保育現場の架け橋として手助けしていきたいと染谷助教は語る。
教育者としての役割と
学生へのメッセージ
現場経験を活かした実践的な指導
現在は保育学専攻の教員として、主に教育実習や保育現場体験の指導に携わる染谷助教。学生たちが保育現場で実践的な経験を積むための準備、指導、実習中の支援を行っている。学内の「実習支援センター」では、学生の困り事や心配事の相談にも乗り、安心して実習に臨めるようサポートしているという。
「授業においては、それぞれの世代の特性を尊重し、一人ひとりの良さを見つけ、そこに注力する視点を常に持ちながら展開しています。例えば幼稚園教諭の実習でピアノ演奏が求められることもありますが、学生には『ピアノが弾けなくても、歌が上手ければ良い』と伝えています。自分の強みを発揮できる経験を多く積み重ね、それが成功体験となって自信につながるよう、学生たちと向き合っています」
子どもと学生、それぞれの「賜物」を見つける喜び
幼児教育に興味を持つ学生へ、心からエールを送る染谷助教。「乳幼児期の子どもは、じつに面白い。その面白さを知るには専門知識や経験も必要だが、それらがなくても、子どもの無限の可能性や日々の発見に気づけるのが保育の大きな魅力です」と話す。
発達障害のある子どもたちとの関わりに不安を感じる学生には、自身が大切にしている言葉を伝えたいという。それはキリスト教と関係するが、「必ず人には一人ひとりそれぞれの賜物(たまもの)がある」というものだ。
「賜物とは、宝物、あるいはその人の持つ強みと捉えていいでしょう。発達障害のある子も、そうでない子も、自閉症の子も、重度の障害のある子も、皆同じように固有の賜物を持つと信じています。その賜物が発見されたとき、彼らとの関わりはより楽しくなり、子ども自身も賜物に気づいたときにさらなる成長を遂げるはずです」
この考え方は、染谷助教の学生指導にも通じている。一人ひとりの強みを引き出し、伸ばすことこそが教育の本質であり、保育の魅力でもある。まずはその子について詳しく知るところからはじめて、その子の持つ「賜物」を信じ、共に歩むことこそが豊かな関わりを築く上で不可欠であると染谷助教は考えている。
現在、かつて13年間勤めた桜美林幼稚園と連携した取り組みも行っている。大学の併設幼稚園として、着任当初からさまざまな連携事業を展開し、特に子育て支援プログラムの一環として「ほっこりカフェ」という保護者支援の場を立ち上げ、現在4年目を迎えるという。
「ほっこりカフェでは、大学教員を招いて子育てに関する学びの機会を提供したり、保護者同士が交流したりと、地域の子育て支援に注力しています。子どもをしっかりと見て、次の環境を整える。それが教育における最大の魅力です。興味があれば臆することなく、この奥深い保育の世界に飛び込んできてほしいですね」
教員紹介
Profile
染谷 雅広助教
Masahiro Someya
1978年、東京都生まれ。玉川大学大学院 教育学研究科 教育学専攻 修士課程修了(教育学)。相模女子大学 学芸学部 実習指導室指導員・非常勤講師、東京純心大学現代文化学部こども文化学科 専任教員 助教、学校法人 桜美林学園 桜美林幼稚園 専任教諭を経て、2021年より現職。幼稚園教諭専修免許、保育士資格、小学校教諭一種免許を保有。単著『特別な支援を要する子どもへの望ましい環境設定・環境構成を探る—アンケート調査による保育現場の実情をもとに』 東京純心大学紀要第22号など。日本保育学会、キリスト教保育連盟所属
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