• 健康福祉学群

    福祉・心理領域社会福祉学専攻

小泉 広子 教授

Hiroko Koizumi

小泉広子先生がインタビューに応じている様子
  • 子どもの権利を実現するために法制度はどうあるべきか
  • 意見表明権から考える、子どもとともにある社会
  • 子どもにかかわる福祉や教育と法の関係を研究
小泉広子先生がインタビューに応じている様子

子どもの権利を実現するために
法制度はどうあるべきか

子どもの権利が置き去りにされる日本の現実

日本では、不登校やひきこもり、自殺といった子どもをめぐる深刻な指標が年々増加している。コロナ禍で学校とのつながりが途切れたことも要因の一つだが、より根本的には「子どもの権利」という視点が社会に十分に根づいていないことが背景にある。

国際社会では、子どもにまつわる共通の価値基準を推進するために条約が設けられている。その代表例が1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」だ。同条約は、18歳未満の子どもを「保護される存在」にとどめず、「権利の主体」と位置づけ、すべての子どもの基本的人権を国際的に保障することを目的としている。日本は1994年にこの条約を批准したが、グローバルな基準から見れば、その理念は社会や教育制度にまだ十分に浸透していない。

なかでも重要なのが「子どもの意見表明権」である。これは、子どもが自分に関わる事柄について自由に意見を述べ、それを大人や社会が尊重し、年齢や成熟度に応じて適切に考慮するという権利だ。2022年にはこども基本法が制定され、子どもの権利条約の理念に沿って子どもの意見表明権の尊重が明記された。しかし、学校教育の現場に目を向けると課題は山積しており、ヨーロッパ諸国と比べて数十年ほど遅れていると指摘するのは、健康福祉学群の小泉広子教授だ。

「日本が子どもの権利条約を批准してから30年以上が経ちますが、その理念が十分に実現されているとは言えません。2022年になってようやくこども家庭庁の創設やこども基本法が制定され、対応の枠組みは整いつつありますが、現場レベルでは依然として遅れが目立ちます。とりわけ教育の分野において、子どもの意見表明権をいかに浸透させていくかが大きな課題であり、真に子どもの主体性を尊重する社会を築くためには欠かせない視点です」

意見表明権は、さまざまな問題の取り組みに子どもが参加する権利

意見表明権は、子どもが自ら意思決定を行うという狭い解釈ではなく、社会のさまざまな問題に関する取り組みの場に参加し、その視点を反映させる権利として理解されつつある。子どもに関わる施策や実践においても、方針を決めたり、施策を実行したりする際に、そのプロセスに子どもが存在すること自体が重要なのだと小泉教授は語る。意思決定を子どもに委ねるのではなく、子どもが議論に加わることを保障する権利だと理解すべきだという。

「子どもの権利には、保護と自由の双方のバランスをどうとるかという課題もあります。また、国連の考え方では、赤ちゃんにも意見表明権はあるとされます。泣く、笑うといった行動は、まさに子どもの要求の表れであり、大人はそれに応答する義務を負うのです」

さらに、子どもが意見を表明するには環境づくりが欠かせないと小泉教授は語る。単に「意見を言ってください」と促しても容易には実現しない。安心して話せる場、この大人なら信頼できると感じられる人間関係といった条件を整えることが必要なのだ。研究者たちの間でも、子どもの声を引き出し、それを実効性のある形で施策に反映させる方法について議論が続けられているという。

「国際的な実践例としては、イギリスで障害のある若者たちが自分たちに関わる福祉サービスや学校の取り組みを調査し、その結果を政策決定者に提案する活動があります。地方議会に若者グループが参加し、社会課題について議論し、国会議員に直接提言できる仕組みも整備されています。ただし、そうした制度が必ずしも十分に機能しているとは言えず、各国とも模索を続けているのが実情です。また、イギリスでも子どものメンタルヘルス問題が深刻化し、子ども議会でも教育問題とメンタルヘルスが主要な議題となっています。そこでも子どもの声をどう聴きとるかに苦戦しています。子どもの権利を実効的に保障することの難しさは、国際的に共通する課題なのです」

子ども自らが権利を持っていることを知ることが大切

日本が子どもの権利を実効的に保障していくためには、まず実践の土台を整える必要があると小泉教授は語る。

「残念ながら、子ども自身が『自分は権利の主体である』と認識できていないのが現状です。そこを変えていくことが第一歩でしょう。権利の存在を知らなければ、『意見を表明できる』『意見を聴かれる権利がある』という認識も持てません。桜美林大学で学生と話すなかでも、子どもの権利条約の存在を知らなかったという声は少なくありません。学習指導要領のなかに子どもの権利を明確に位置づけ、子どもが自らの権利について学び、試行錯誤しながら自分の権利を行使していく経験を持つことが大切だと考えています」

子どもの権利条約を批准した国には、子ども自身に権利を知らせる義務がある。にもかかわらず、日本の子どもたちの多くがその存在を知らないという現実は、批准国としての責務を十分に果たしていないことを意味する。今後は、政府が実態調査を行い、改善につなげていく必要があると小泉教授は語る。

「一方で、大人側の理解も不十分です。子どもにかかわる保育士、教員、施設職員、ソーシャルワーカー、行政職員、司法職員、裁判官、医師などの専門職が子どもの権利を理解する必要があります。近年は大学のさまざまな分野の専門家養成課程で権利教育が取り入れられていますが、そうした場で私たち専門家が学生にしっかりと伝えていくことが重要だと感じています」

桜美林大学には、教員や福祉職を志す学生、子どもの人権に関心を持つ学生、さらには将来子育てを担うであろう学生も在籍している。子どもの権利に関する知識は、専門職だけでなく多くの社会人や保護者にも必要不可欠だ。

「公務員を志す学生にとっても重要です。地域で子どもの声を尊重する施策を進める際、現場の行政職員が子どもの権利を理解しているかどうかが取り組みの成否を左右します。だからこそ、子どもの権利を学ぶ機会を学生時代から保障することが欠かせないのです」

子どもの意見を聞くために
まずは大人が変わらなければいけない

子どもの権利条約の審査で、日本の現状を伝えるレポートを提出

2018年、国連による子どもの権利条約の第4回・第5回の審査が実施された。通常、国連は各国政府から提出される報告書をもとに審査を行うが、政府報告は自国を良く見せようとする傾向が強く、実態を十分に反映しないことが少なくない。そのため国連は、市民社会やNGOからの補足的な報告も重視し、並行して受け付ける仕組みを整えているという。

小泉教授も約20に及ぶ日本国内のNGOや多くの市民と協働し、日本における子どもの権利の実情を整理したレポートを作成し、国連に提出した。これは、審査における重要な判断材料のひとつとなった。

「レポートでは、日本の競争的な教育制度が子どもたちを苦しめていること、福祉や教育において財政的な基盤が十分ではないこと、法制度や実態に多くの課題があることを指摘しました。不登校やひきこもり、自殺の増加といった深刻な傾向もデータをもって示し、その原因を市民の立場から分析しました。また、障害のある青年や子どもたちとともに、障害のある若者たちの生活や教育、余暇、仕事の日本の課題と提言も国連に直接届けることもできました」

すべての子どもが幸せな子ども期を過ごせるように

今後、日本が子どもの権利を充実させていくためには、社会の変化に即した支援体制の再構築が欠かせない。これまで日本社会は、家族の相互扶助や長期雇用・福利厚生といった仕組みを背景に子どもの成長を支えてきた。しかし現在では、家族機能の変容や雇用形態の流動化により、その基盤が揺らいでいる。

家庭の経済的な問題で不登校の子どもに十分に対応できないケースがある。親が病気を抱え、子どもがヤングケアラーとなる状況も珍しくない。さらに発達障害などの特性によって学校生活に適応できない子どもも増えている。不登校という一つの現象の背後には、多様で複雑な事情が潜んでいる。

「現在の複雑化した子どもの支援を考えるためには、子どもに対する支援や教育の公的なサービスや財政の充実化に加え、地域社会におけるさまざまな人々や団体のネットワークと連携が不可欠です。そして子どもに直接かかわり働く大人の『子ども』というものへの知識や理解の充実が不可欠です。子どもの声を出発点にした実効性のある取り組みを進めていくことが大切だと思います。現場での対応はもちろん大切ですが、法的視点としては、制度を整備することで、社会全体に方向性を示すことができると考えています。それによって市民社会が動き出す力にもなるでしょう」

子どもの権利の保障というと大げさに聞こえるかもしれない。しかし、その出発点は決して遠い場所にあるのではない。目の前にいる子どもたちの声を聴くことこそが出発点だと小泉教授は語る。

「大切なのは、さまざまな議論に子どもの意見を反映させていくことです。子どもたちは思いのほか多様で興味深い考えを持っています。桜美林大学の学生もそうですし、次世代を担うすべての子どもたち、障害をもつ子どもも、外国籍の子どもも、NGOを通じて数多くの声を届けてくれます。子どもの意見を聴くとはどういうことか。まずは大人の側が変わることが求められているのだと思います」

教員紹介

Profile

小泉 広子教授

Hiroko Koizumi

2003年に桜美林大学に着任。2018年より現職。子どもにかかわる福祉や教育と法との関係を研究している。体罰やいじめ、虐待、施設内での事故などの子どもの人権侵害に対し、法的な視点からどのような救済ができるのか、また、子どもの権利を実現するために法制度はどうあるべきかについて関心を持っている。近年は、子どもの意見表明権の具体化など、子どもが自分の権利を実際に行使することができる仕組みづくりの研究に取り組んでいる。

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