日韓の「言葉」の表現の違いから、
「文化」の違いを考える
言葉の背景にある文化まで伝える韓国語教育
「語学の勉強というと、言葉を覚える、会話をする、文法を覚えるというイメージが強いと思います。しかし、その言語の背景には必ずカルチャーがあります。文化の違いによって、会話に行き違いが生まれたり、誤解につながったりすることもあります」
そう話すのは、グローバル・コミュニケーション学群の李淑炫特任教授だ。大学卒業後、日本語教師としてキャリアをスタートし、フリーランスという働き方がまだ珍しかった1980年代後半から日韓・韓日逐次通訳、同時通訳、企業研修講師などとしても活動。その後、日本語教師としてのキャリアアップを目指して日本に留学し、日本語教育、日韓対照言語研究、異文化間コミュニケーションの視点を取り入れながら、韓国語教育に携わってきた。
李特任教授が大切にしているのは、言語を単なる知識として教えるのではなく、その背後にある文化や価値観まで含めて伝えることだ。文法や単語を正しく覚えていても、言葉が使われる場面や相手との関係性を理解していなければ、意図せず誤解を招くことがある。
「たとえば、『寒くなったね』と言われたとき、日本人は『この人は寒いと感じているから暖房を入れたほうがいい』と気づきます。しかし、韓国人は通常『寒いので暖房をつけてください』とはっきり伝えるため、『寒くなったね』を単なる感想として捉えるのです。日本語は気持ちをストレートに伝えるより遠まわしや気遣い表現を好みます。そのためお互いに言葉そのものは理解しても、その裏にある期待や行動のパターンが違えば、コミュニケーションに齟齬が生じます。だからこそ、韓国語教育と文化を架け渡すことが重要なのです」
日韓両言語の授受表現における
“微妙な違い”に着目
李特任教授が重視する「文化を根底に置いた語学教育」は、こうした日常の小さな違いへの気づきから生まれている。日韓両言語の授受表現に関する研究も、その一つだ。授受表現とは、日本語の「あげる」「くれる」「もらう」など、物の授受や行為の受け渡しを表現する文法項目のことだ。
日本語ではこうした授受表現から転じた謙譲語で「休ませてもらう」などと話し手の視点や相手への配慮、恩恵の意識が細かく表される。一方、韓国語では相手に許可を求める時は「休ませてください」という表現を用いることはあるが、自分が休みたい用件の場合「私は休みます、休もうと思っています」など自分の行動を直接的に表す表現が一般的だ。
「韓国語では、主に『私が対応します』という能動的な表現を使います。そのため、日本語のように『今回は私のほうで対応させていただきます』と言われると、『誰が誰に何をさせたのか』と混乱してしまうのです」
そのため、韓国語を母語とする学習者は、例えばアルバイト先でよく用いる「休ませていただきます」というフレーズを丸暗記して使うことはできても、実際の会話の中で応用して使いこなすのは慣れるまで難しいという。
また、こうした違いは文法体系だけでなく、日韓両国の対人意識の違いにも関わっている。
「日本語では、自分を“下げる”ことで相手への敬意を表す謙譲語が発達しています。一方で韓国語は、謙譲語はシンプルで主に相手を“上げる”ことで敬意を示す言語といえるのが特徴です。そのため、日本語の『説明させていただきます』を韓国語の表現に直訳すると『説明して差し上げます』のように“上から目線”の言葉として伝わり、日本語を母語とする人にとっては敬意を欠いていると思われることもあります。こうした両言語の微妙な違いに着目し、さまざまな言語形式の文法上の対応関係を調べることは、異文化間コミュニケーションの観点でも有効なのです」
K-POPから見える韓国社会の背景
K-POPは、世界的に韓国語を学ぶ入り口として学生にとっても身近な存在だ。しかし、歌詞やタイトルに使われる言葉の背景を知っているかどうかで、解釈には大きな差が生じる。たとえばPSYの「江南スタイル」に登場する「江南」は、ソウルを流れる漢江の南側に位置する地域を指し、経済成長や都市開発、富裕層のイメージとも結びついている。また、BLACKPINKのロゼとブルーノ・マーズによる楽曲「APT.」は、韓国の若者の間で親しまれている「アパトゥ・ゲーム(飲み会でのゲーム)」がモチーフとなっている。なお、「アパート」というと、日本では木造や軽量鉄骨の低層住宅を想起させるが、韓国の「アパトゥ」は高層タワーマンションを指し、現代韓国の象徴的な住居形態である。この楽曲は、そうした居住文化を背景に生まれた独自の遊び(ゲーム)の掛け声がベースになっており、単なる建物の名称を超えた文化的な広がりを持っている。李特任教授は、こうした身近な音楽を入り口に、言葉の背景にある社会や文化まで学ぶことの重要性を伝えている。
日本語教師から韓国語の研究者になるまで
大学卒業後すぐに
“売れっ子”日本語講師に
現在は韓国語教育を専門とする李特任教授だが、キャリアの出発点は日本語教育だった。もともとは旅行が好きで、英語を使ってビジネスの領域で活躍したいと考えており、日本語教師を目指していたわけではない。
しかし、大学入試の外国語科目で日本語を選択したことが、その後の歩みを大きく変えた。
「当初は中学時代から英語を学んできたので、受験をきっかけに英語以外にもう一つの外国語を習得したい思いから簡単そうな日本語を選び、一から学び始めました。まさにトリリンガルを目指していたのかもしれません。しかし、当時の韓国では、日本語を学ぶ若い世代はまだ珍しく、日本語を勉強していることを知った周囲から『日本語を教えてほしい』と依頼されるようになったのです」
英語を使って世界に羽ばたきたいと考えていた李特任教授が進学したのは、観光経営学科だった。しかし、周囲のニーズに応えるうちに日本語への関心は深まり、日本語に関する科目はすべて履修。大学卒業後には韓宝外国語専門学校からオファーを受け、非常勤講師を務めることになる。
その後、韓宝外国語専門学校や韓日外国語専門学校で日本語教師として教壇に立つ傍ら、日韓・韓日逐次通訳や企業研修講師としても活動した。企業の役員や社員を対象にした日本語レッスン、通訳、翻訳などにも携わり、韓宝外国語専門学校では1年で優秀講師賞を授与されるなど早い段階から日本語教育の分野で頭角を現していく。
多くの学生を惹きつけた理由は、一人ひとりの理解度や関心を見極め、その人に必要かつ的確な学びを届ける指導力にあった。
「初回の授業で学生と会話を交わし、書いたものを見ると、その人がどのように学んできたのか、どこをひきだせば上達するかが見えてきます。『この学生は上品な表現を好む先生のもとで学んだんだな』『リズミカルに話すから、音楽に触れた経験があるんだな』といった背景がわかることも少なくありません。そうした感覚をもとに一人ひとりに合わせたオリジナル課題を出し、実際に短期間で効率的に成績を上げていったことが、学生たちの信頼につながったのだと思います」
韓国での仕事は順調だったが、4〜5年ほど経った頃、李特任教授は一度活動に区切りをつけ、日本に留学することを決意した。
各所からの依頼があり、引く手あまたの状況を手放し、なぜ留学をすることにしたのか。その背景には、「一つのことを中途半端にしたくない」という李特任教授自身の想いがあった。
「当時の私は日本語教育を専門的に学んだわけではなく、文法も指導法も独学で勉強し、自分の感性で仕事をしてきました。今は経験で仕事ができていても、いずれ専門的な学びや留学経験もしたい思いがずっとありました。ただ、やはり一番大きかったのは、納得いくまでやらないと腑に落ちないという私の性格です。これは“得意”を伸ばし、“苦手”を徹底的になくして成績アップを目指す、私の指導方針にもつながっています」
日本留学で築いた「韓国語教育」の礎
日本語を専門的に学ぶため、李特任教授は1992年にアジア地域人材育成特別奨学生として昭和女子大学 文学部 日本文学科に進学した。当時の昭和女子大学では日本文学を中心にしたカリキュラムで日本文学を学びながら高見沢孟先生から日本語教育を専攻で学び、日本語教員資格が認められる日本語教育主専攻課程を修了した。奨学生として常に成績を意識しながら日本語教育と共に日本文学まで勉強することに必死だった。それでも、日本文学に触れた経験は、日本語や日本文化の背景を理解するうえで大きな意味を持った。
また、昭和女子大学での寮生活も、学びとなった。当時の寮には門限や点呼など厳格なルールがあり、1分1秒の遅れも許されないような緊張感があったという。そうした生活を通じて、日本人の規律への向き合い方や、言葉だけでは見えにくい価値観を身をもって知ることになった。
異文化間コミュニケーションへの関心を深めたのも、この頃だった。来日後も、日韓の言葉の使い方や意図の伝え方の違いに戸惑う場面も勉強になった。全寮制だったため自然と数百人の若い学生と接する機会が多く、幅広い貴重な経験となった。その経験が、言語と文化をつなぐ現在の研究関心にも結びついている。
「待ち合わせ場所を決める際、私が『ハチ公前はどうですか?』と聞いたら、日本人の方は『そういえば、最近スクランブルスクエアができましたよね』と言ったことがありました。今思えば『待ち合わせは最近できたスクランブルスクエアの前でどうですか?』という提案だったのかと推測できますが、韓国語ではより直接的に伝えることが多いため、留学する前の私であれば『待ち合わせ場所を決めているのに、どうして関係ない話をするんだろう?』と感じたはずです。日本で生活する中で得たこうした新たな視点が、のちの研究のヒントになっていきました」
その後、昭和女子大学大学院 文学研究科 修士課程、麗澤大学大学院 言語教育研究科 へと進み、日本文学と言語学に関する学びを深めた。当時の日本では、国語を日本語教育として、また韓国語教育を専門的に扱う大学院はまだ限られていた。そのため、麗澤大学大学院では韓国語教育を専門に学ぶことになり、それが現在のキャリアにつながっていった。
麗澤大学大学院で出会った梅田博之先生からも、言語学や韓国語教育について多くの示唆を受けたという。韓国語教育を専門として歩むうえで、大きな転機となる出会いだった。
「梅田先生のもとで学んだことは、韓国語教育に目覚める大きなきっかけになりました。先生は私のことをいつも気にかけてくださり、研究の方向性についても助言をくださいました。『捷解新語』の研究について指導を受けましたが、17世紀の日本語と現代の言葉、17世紀の韓国語と現代の言葉、これらの資料の日本語と韓国語を比較するのは、まるで4カ国語で研究するような難しさがありましたが、その1年間で、日本語教育や韓国語教育について本当に充実した学びを得ることができました」
韓国語は“パズルを合わせる”ように学べる言語
日本語は、ひらがなやカタカナ、漢字など、多くの文字を一つひとつ覚える必要があり、表現も文脈ごとに身につけていく要素が大きい。一方、ハングルは子音字母と母音字母のパーツを組み合わせて文字を作るため、仕組みを理解すれば応用しやすい言語だという。李特任教授は、その特長を「パズルを合わせるようなもの」と捉えている。このような応用力がある言語としてハングルは1997年に「世界記憶遺産」としてユネスコ(国際連合教育科学文化機関、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization U.N.E.S.C.O.)に登録された。なお、一般的に新聞やニュースの内容は上級者向けの読み物だと思われがちだが、韓国語の場合は、見出しや単語の構造を手がかりにすれば、初心者でも文字の仕組みや語の成り立ちを学べる“良き教材”になり得るのだ。
言葉を学ぶことは、その社会を知ること
韓国語におけるライティング力が
応用力を高める
今後、李特任教授が特に注力したいと考えているのが、韓国語におけるライティングの力だ。外国語学習では会話力が到達点とされがちだが、韓国語は子音字母と母音字母を組み合わせて文字を作るため、単語を正しく書けることが、発音や聞き取り、さらには応用力にもつながるという。
たとえば、単語を音だけで覚えるのではなく、文字の構造まで理解していれば、語尾や助詞がついたときにも意味や発音を捉えやすくなる。李特任教授は、韓国語の会話力を高めるうえでも、文字を書けることが基礎になると考えている。
「外国語を学ぶというと、会話ができることを目標にしがちです。しかし、韓国語の場合は、まず文字がわかること、単語が書けることが一番のベースだと思っています。たとえば韓国語で『名前』は 『이름[イルム]』ですが、そこに主格助詞の『이[イ]』がつくと 이름이(イルミ)のように発音されます。会話だけで[イルミ]という音として覚えていると、助詞が変わったときに応用しにくい。でも、文字として 『이름 』が浮かんでいれば、どこまでが単語で、どこからが助詞なのかがわかる。文字がパッと浮かぶようになることは、会話やリスニング、応用力にもつながるのです。
教室の外で得た経験が、言葉の理解を深める
李特任教授は、教室の中だけで完結しない学びも大切にしてきた。語学を学ぶ学生には、若いうちにできるだけ幅広い経験をしてほしいと考えている。
これまで、日韓のフード展示会や韓国文化に関するイベントに学生を連れて行ったり、企業とのつながりを生かして韓国の食品を紹介したりしてきた。料理教室のような体験の場を設け、服部栄養専門学校の講師を招いて韓国料理に関する講習を行ったこともあるという。
背景には、通訳家としての経験がある。通訳の現場では、言葉を訳すだけでなく、その場で必要な知識を補い、文脈を判断し、相手に伝わる表現を選ばなければならない。そのためには、一つの専門だけでなく、社会、文化、経済、食文化、観光など、幅広い分野に関心を持つ必要がある。
「通訳の仕事では、わからないことがあっても、その場で解決しなければなりません。だから常にいろんな分野に興味を持ち、アンテナを張るしかないんです。学生が若いうちに幅広い経験を積んで、どんどん成長していくのを見届けるのはすごく楽しかったですね」
李特任教授自身も、目の前の一つひとつの機会に全力で応えることでキャリアを切り拓いてきた。大学卒業後すぐに日本語講師として頭角を現し、来日後も大学で韓国語教育はもちろん書籍の執筆や監修、通訳、ナレーター、トータルコーディネーター、企業研修など、活動の幅を広げていった。エージェントに登録したことはなく、その時々の出会いや依頼に誠実に応えたことが信頼につながり、次の仕事や紹介へと広がっていったという。
その仕事観は、学生に向けたメッセージにも重なる。
「自分が仕事を頼まれたとき、最初の一回がすべてを決めると思っています。最初のチャンスに自分が持てる力を全部注ぐと、真面目に仕事に向き合う姿勢、責任感、期待感から『次もこの人に頼みたい』と伝わると思います。自分に訪れるチャンスを確実につかむために努力と準備を惜しまないことで私の仕事は、そうしてつながってきたのだと思います。学生たちにもそうした姿勢で、学業や仕事に打ち込んでほしいですね」
教員紹介
Profile
李 淑炫特任教授
Sookhyun LEE
大学卒業後、韓宝外国語専門学校や韓日外国語専門学校で日本語教師として働く傍ら、日韓・韓日逐次通訳、同時通訳、企業研修講師として活動。日本語教育に携わるなかで、日本語と韓国語の表現や文化の違いに関心を持つ。1992年4月に昭和女子大学 文学部 日本文学科に進学し、1995年3月に同学科を卒業した。その後、昭和女子大学大学院 文学研究科 修士課程、麗澤大学大学院 言語教育研究科 で学びを深める。その後、昭和女子大学、関東学院大学、文教学院大学、横浜市立大学、INTER SCHOOL(通訳専門学校)東京校などで指導にあたってきた。2003年4月に昭和女子大学 短期大学部生活文化学科 講師に着任。以降、英語コミュニケーション学科兼任、同大学総合教育センター講師・准教授、全学共通教育センター准教授などを歴任した。2025年9月から現職。
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