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荻原 まき 助教

Maki Ogiwara

荻原まき先生がインタビューに応じている様子
  • 言語学と人類学を融合した「言語人類学」とは?
  • 日本語教師として語学学校で15年間勤務
  • 大学教員として新たな研究テーマを模索する
荻原まき先生がインタビューに応じている様子

記事公開日:2025年10月30日

言語学と人類学を融合した「言語人類学」とは?

言葉がどのように語られたか、
その場で何が行われていたのか?

あなたなんて大嫌い——。文字通り受け取れば、目の前にいる人は、自分のことが嫌いなのだと思うだろう。しかし、声のトーンや表情次第では、受け手の解釈も変わってくる。泣きながら、抱きしめながら……というシチュエーションならば、さらにややこしい。テキストとはまったく逆の意味になることさえ想定される。こうしたジェスチャーや会話する主体の関係性まで含めて、言語を分析する学問分野がある。誰がどのような状況で、「何を語ったか」、「どのように語ったか」、「なぜそのように語ったか」などに焦点を当て、ことばを通して社会や文化を見ようとする学問、それが、「言語人類学」だ。

現在、グローバル・コミュニケーション学群で、留学生向けに日本語を教えている荻原まき助教は、大学院の修士・博士課程で、言語人類学の研究に取り組んできた経歴を持つ。

「言語人類学は、言語学と人類学を融合したような研究領域です。コミュニケーション研究でよく用いられます。ここでいうコミュニケーションとは、相互行為全般を指します。言語人類学では単に言葉の意味だけでなく、どのように語られたか、その場で何が行われているのかなどにも注目します。非言語コミュニケーション、コンテクスト(文脈)、話者と聞き手の関係性など、コミュニケーション全体が分析対象となります。なかでも私は社会記号論系言語人類学という分野の理論を背景に、言語が社会と文化の中でどのような意味を持ち、どう機能するのかを研究してきました」

Column

言語人類学とは?

言語人類学(Linguistic Anthropology)は、人間の言語と文化・社会との関係を研究する学問分野。単に言語の文法や発音を分析するだけでなく、その言語がどのように社会生活や文化的価値観の中で使われ、意味づけられ、人間のアイデンティティや権力関係を形作るのかを探究する。荻原助教が用いる社会記号論系言語人類学(Sociosemiotic Linguistic Anthropology)の研究アプローチは、言語表現の背後にある社会的意味なども分析対象にしている。

台湾原住民の日本語世代の
語りに関する言語人類学的分析

荻原助教の大学院時代の研究の集大成といえるのが、博士論文の「儀礼の中のライフストーリー・インタビュー:台湾原住民の日本語世代の語りに関する言語人類学的分析」だ。これは、台湾原住民族のひとつ「ルカイ族」の牧師に、2012年から2019年まで8年間、計11回の日本語インタビューを基にした研究だ。ルカイ族をはじめとする台湾原住民族は、1895年から1945年までの50年間、台湾における日本統治時代に日本語教育を受けた歴史を持つ。そのため、現地でのライフストーリー・インタビューは日本語で行われた。

荻原助教は、日本統治時代の台湾における日本語を調査するのではなく、研究対象の牧師が日本語を通じて何を実践しているのか、特に牧師としてのアイデンティティと日本語がどう関連しているのかを根気よく分析していった。台湾の人口約2,300万人のうち、原住民族と呼ばれる人々は約2.6%を占める。そのうち8割がキリスト教徒で、ルカイ族の牧師も熱心なプロテスタント系の信徒だった。ちなみに台湾における「原住民」は、日本語における「先住民」の意で正式名称となっているという。

「ルカイ族の牧師さんのインタビューは偶然の出会いから始まりました。実は、もともと取材対象だった原住民の方に約束をすっぽかされ、途方に暮れていたところ、台湾人の知り合いがその場であちこちに電話して、やっと見つけてくれたのがその牧師さんでした。初回のインタビューは牧師さんの家の軒下で行われました。その後、家の中に招かれるようになり、教会に案内されたり、親族の結婚式に招待されたりするなど、だんだん牧師さんの生活圏に引き寄せられていきました」

台湾原住民の日本語世代の
語りに関する言語人類学的分析

取材は毎回、荻原助教も入れた動画を撮影する形式で行われた。インタビュー対象だけでなく、聞き手の情報も重要になるのが、言語人類学の特徴だ。話者と聞き手の関係性も研究対象になる。最初のインタビューは、日本統治時代や戦時下の話が中心だった。ルカイ族の牧師は小学校3年次から日本語教育を受け始め、小学校6年次に終戦を迎えた。当時、原住民族の日本語教師は日本人の警察官が務めていたという。太平洋戦争の戦地に台湾原住民である牧師と同じ村の人も動員されたことなど、日本人があまり知らない事実もインタビューから明らかになったという。

「初回のインタビューでは、太平洋戦争の話、中国国民党の話、山での生活の話などが中心でした。学校では成績優秀で日本人の先生にほめられたこと、日本が戦争に負けて日本語を学べなくなったこと、それによって上の学校に通うチャンスが断たれたことなどが語られました。その後、2回目のインタビューで同じ話を聞くと少し内容が変わっていました。日本語を学ぶチャンスが断たれた話の後に、日本の敗戦がなければ、自分は牧師になっていなかったという告白が続いたのです。今の自分があるのは、日本の敗戦のおかげだと。ここで、この人のアイデンティティは、牧師という職業と深くつながっていることを理解しました」

インタビューが儀礼の役割を担うように

日本語でのインタビューを重ねるうちに、牧師と荻原助教との関係性も変化していった。最初は、日本から来た珍しい研究者という存在だったが、次第に友人や家族のような距離感になっていった。そして、会話も牧師としてのアイデンティティに関わる内容へと移行していく。インタビューは毎年恒例のイベントとなり、場所も牧師の家の中に招かれるようになる。そこは、牧師がルカイ語でキリスト教の説法をする教会のような空間で、インタビューは次第に儀礼的な色彩を帯びるようになっていく。

当時すでに「台湾の日本語世代」に関する先行研究は数多くあった。しかし、それらは現地における日本語の残存状況や文法的特徴を調べるものが中心で、日本語話者の生活やアイデンティティとの関わりに踏み込むものはなかった。その点で、ルカイ族の牧師のライフストーリーを聞きながら、そこで使われる日本語の社会的背景に迫った荻原助教の研究の資料的価値はきわめて高いという。

牧師との関係性やインタビューの儀礼的な役割について語る荻原まき先生

「インタビューが儀礼のような役割を担い、私自身がルカイ族の教会コミュニティに引き寄せられる感覚がありました。また、会話が牧師としてのアイデンティティの源に近づくにつれ、聞き手である私のカテゴリーが変化していく様子も観察できました。こうしたコンテクストの変容こそが、言語人類学研究、ライフストーリー・インタビューの面白さだといえます。このインタビューが仮に中国語やルカイ語で行われていたら、語りの内容は変わっていたでしょう。聞き手が変わっても違う内容になっていたはずです。こうしたインタビューは、世界にひとつしかない貴重なデータで、ここに含まれる非言語コミュニケーションやコンテクストというのは、AIには理解できない、人間に残された研究領域だと思っています」

相互行為のひとつとしてのライフストーリー・インタビューが、語り手と聞き手の関係性を変えていく。計11回のインタビューによって、台湾原住民族の牧師が語る日本語の背景にある社会も次第に見えてくる。冒頭の「あなたなんて大嫌い」という言葉の真意に迫る言語人類学という分野の本質が、荻原助教の研究からも浮かび上がってくる。

日本語教師として語学学校で15年間勤務

「日本語ってどうやって教えるんだろう?」

荻原助教は、もともと大学で日本文学を学び、卒業後は一般企業で働いていた。転機になったのは、結婚して、専業主婦をしていたときに、日本語を教えるボランティア活動に参加したこと。ワーキングホリデービザで来日していたカナダ人に日本語を教えてみるとその難しさを痛感した。

「日本語ってどうやって教えるんだろう?」。心のどこかに火がついた荻原助教は、通信教育で日本語教授法を学び始めるも手応えをつかめず、最終的に自身もワーキングホリデー制度を利用してカナダのバンクーバーへ。現地で日本語教師養成講座をしていた日本人と知り合い、「直説法」という教授法を学んだ。これは、学習者の母語を使用せず、日本語だけで日本語を教える教授法を指す。

カナダから帰国後、荻原助教は本格的に日本語教師を目指す。そこで、主に台湾人が通う東京の日本語学校の日本語教師養成講座の受講生募集を見つけ、直接法を再度学び直し、講座修了後、その日本語学校で日本語教師となった。

40歳を過ぎてから大学院に通い研究者の道へ

「博士論文のテーマとなる『台湾の日本語世代』について知ったのもこの日本語学校がきっかけでした。台湾人留学生たちとコミュニケーションをするにあたり、台湾の日本統治時代について学ぶ必要があり、『日本語世代』の人々の日本語に興味を持つようになりました。さらに台湾には原住民族がおり、その人たちが特有に日本語を使っていると聞き、現地取材を試みたところから、計9年間に及ぶ研究生活に突入することになったのです」

立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科に進学し、本格的に言語人類学の研究を始めたのは、40歳を過ぎてから。修士課程を修了した頃から首都圏の大学で留学生に日本語を教える非常勤講師の仕事が増えていく。そして、博士課程を修了した2021年から桜美林大学の専任助教となり、現在に至る。

キャンパス内で佇む荻原まき先生

大学教員として新たな研究テーマを模索

AIにはできない研究を継続していきたい

所属するグローバル・コミュニケーション学群では、留学生向けの日本語科目のほか、日本人向けの「日本語教育実習」の授業も担当している。普段は、日本語を母語としない国際学生に日本語を教える仕事がメインだが、2025年度からは、「質的研究」をテーマにした科目やゼミナールも担当している。ここで、専門分野である言語人類学の理論やインタビューの手法を学生たちに教えている。そんな荻原助教に今後の目標を聞いた。

「研究者としては、台湾原住民のインタビューデータを再分析して、『台湾の日本語世代』に関する新たな知見を発信したいと思っています。また、教育現場の課題として、学術的な日本語習得に苦労する学生たちの実体調査も進めています。日本の学校でずっと学び、日本語の日常会話はできるのに、学術的なレポートは書けないという国際学生などが対象です。言語に関する新たな研究テーマだといえます。私にとって研究とは、人と人との関係を築く営みそのものです。ルカイ族の牧師の言葉に耳を傾け、やがてそのコミュニティに受け入れられた経験は、単なる研究を超えた人生の財産になりました。これからも言葉をテーマとして、AIにはできない研究を継続していきたいと思っています」

※記事本文に記載の職位などは、取材当時の情報です。

教員紹介

Profile

キャンパス内で腰掛ける荻原まき先生

荻原 まき助教

Maki Ogiwara

1969年、福島県生まれ。2014年 立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科修士課程修了。2021年 同博士課程修了。博士(異文化コミュニケーション学)。大学卒業後、一般企業勤務を経て、日本語教師の仕事に関心を持つ。2000年にワーキングホリデー制度を利用して、カナダに滞在し、現地で日本語教授法を学ぶ。帰国後、2002年よりJET日本語学校にて、15年間、日本語教師を務める。その間、大学院に通い、「台湾原住民の日本語世代の語り」をテーマにした研究に取り組む。湘南工科大学、目白大学、東京女子大学の非常勤講師を経て、2021年から桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群の専任助教となり、現在に至る。

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