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芝井 清久 准教授

Kiyohisa Shibai

芝井清久先生がインタビューに応じている様子
  • 紛争解決や信頼構築の方法を探る
  • 当事者間ではなく、プレイヤー全体の問題として捉える
  • この世界から核兵器はなぜ無くなっていないのか
芝井清久先生がインタビューに応じている様子

紛争解決や信頼構築の方法を探る

当事者間ではなく、プレイヤー全体の問題として捉える

国際政治において、武力行使が目的達成のための最終手段であるとすれば、それ以前に用いられるべき手段は交渉である。しかし、交渉による合意が拒否されたり、いったん成立した合意が破棄されたりする背景には、大きく分けて2つの要因がある。「信頼性の欠如」と「利得配分への不満」だ。

国際政治交渉における信頼の問題は、ゲーム理論における囚人のジレンマによって端的に説明される。互いに協力すれば全体としては最善の結果が得られるにもかかわらず、個々の合理的判断としては裏切りが選択されてしまう状況である。このジレンマを制度によって緩和しようとする発想の一例として提示されたのが、1968年に締結された核不拡散条約(NPT)だった。

「当時はキューバ危機の直後で核戦争回避の意識が強く、条約という形で制度をつくることができました。しかしそれでも、核兵器をめぐる国際政治の現実を見れば、核を保有する国とそうでない国のあいだには、軍事的にも政治的にも非常に大きな格差が存在します」

そう語るのは、グローバル・コミュニケーション学群の芝井清久准教授だ。芝井准教授は、数理論や統計学を用いて人間の思考や行動を分析し、紛争解決や信頼構築のメカニズムを研究している。

核兵器の国際的管理や制限をめぐる交渉は、第二次世界大戦終結直後の1940年代後半から始まった。しかしその過程では、必然的に核兵器を保有する大国が主導権を握り、物事を決定していくこととなった。結果として、核不拡散は「大国間交渉」の議題として扱われ、事実上交渉の外側に置かれた第三のプレイヤーの利害は十分に考慮されてこなかった。

「アメリカもソ連も、軍事的優位の維持につながることもあり、核不拡散に協力していました。それにもかかわらず、2020年代の現在に至っても問題が解決されていないのは、交渉に影響を及ぼせないプレイヤーへの考慮が不十分であったこと、そして利得配分が構造的に歪んでいたことが大きいと私は考えています」

利得配分への不満は、ある程度であれば避けられない。しかし、その不満が長期にわたり、繰り返し蓄積されていくと状況は変わる。大国間の安定のために、常に自らが不利な立場に置かれていると認識すれば、倫理や国際規範をいったん脇に置き、純粋に論理的・戦略的に判断した結果、「それなら自分たちも核を持った方が合理的だ」という結論に至る可能性が高まる。

安全保障の文脈ではその選択が合理的に見えてしまう点にこそ問題の根深さがある。こうした判断の連鎖が、結果として「核が無くならない世界」を生み出している。核不拡散が失敗している地域が存在するのは、特定の国が「悪い」からではない。利害調整の対象として扱われなかったプレイヤーが存在してきたからなのだ。この構造を明らかにするために、芝井准教授はベイズの定理を用いた主観確率変換によるモデリングを行い、信頼がある一定の水準を下回ったとき、協調的な体制が維持できなくなる過程を数理的に表現した。

ベイズの定理を用いた主観確率変換によるモデリングを行って表現した、信頼がある一定の水準を下回ったとき、協調的な体制が維持できなくなる過程の数式
芝井清久『東アジアの核拡散と欧州の核不拡散のトレード・オフ』第2章より

「誰かの利得が、そのまま誰かの損失になる構造です。その損失が長く続けば、将来の見通しが立たなくなり、『それなら自前で核を用意した方がいい』という判断が導かれてしまう。大国間の安定のために、どこかの国が考慮されず、いわばスケープゴートのような形で扱われる状況が繰り返されれば結果は明白です」

交渉問題を、交渉当事者同士の関係に限定して捉える限り、この悪循環は断ち切れない。必要なのは、交渉の結果によって影響を受けるすべてのプレイヤーを含めた視点であり、国際政治を「全体のゲーム」として再設計する発想である。

理論を歴史に照らし、実証する

芝井准教授は研究の中で、数理モデルの構築にとどまらず、歴史的事例との照合を通じて理論の妥当性を検証している。

「数式や理論は、構築しただけでは完結しません。それがどれほど精緻であっても、現実の問題や歴史的資料と照らし合わせ、どこまで説明できるのかを確かめて初めて意味を持ちます」

国際政治の歴史を俯瞰すると、アメリカをはじめとする大国を中心に戦略が組み立てられ、その過程で第三のプレイヤーが十分に考慮されてこなかった実態が浮かび上がる。芝井准教授は、そうした歴史的構造が、自身の数理モデルが示す結果と整合的であることを指摘する。

「理論と歴史を突き合わせてみると、私が構築したモデルは因果関係を的確に説明できると考えています。仮に、理論上想定される信頼の下限値を下回らなければ、今日のように核兵器が世界に残り続ける状況には至らなかった可能性もある。もちろん、あくまで仮定の議論です」

この視点から現在の国際情勢を見れば、大国間の利害のみを優先した交渉や制度設計には限界があることが明らかになる。体制を安定させるためには、視野を広げ、交渉の当事者だけでなく、その結果によって影響を受ける世界中のプレイヤーを考慮に入れなければならない。

大国の利得が一定程度確保されることは現実的に避けられないにしても、それと同時に、中小国を含む第三者にも利得が分配されるような制度設計が不可欠であると芝井准教授は語る。

この世界から核兵器はなぜ無くなっていないのか

学部時代に出合ったシェリングの理論について語る芝井清久先生

学部時代に出合ったシェリングの理論

芝井准教授が核兵器や軍事紛争の問題に関心を抱くようになった原点は、小学生のときに目にした広島・長崎の被爆映像にある。爆心地の惨状や、その後に映し出される遺体の数々。言葉を失うほどの衝撃を受ける一方で、これほど非人道的な兵器が、なぜ今なお世界に存在し続けているのかという疑問が強く残った。

その問いを解くため、大学進学にあたって選んだのが、国際政治学や国際関係論を学べる環境だった。国際社会のなかで、なぜ核兵器が「不要」にならないのか。その構造を理解したいと考えたからである。

学びを進める中で、避けて通れない一冊だったのが、トーマス・シェリング『紛争の戦略(The Strategy of Conflict)』だ。アメリカの経済学者・ゲーム理論家であるシェリングは、国際紛争や核抑止を戦略的行動として分析し、その功績により2005年にノーベル経済学賞を受賞している。

「この本は、冷戦期アメリカの核戦略、特に核抑止理論と軍備管理の基礎を築いた画期的な研究成果です。核戦争という誰も得をしない破滅的な結果を想定して、いかに相手を抑止し、紛争を管理するか。その過程を、ゲーム理論の概念を用いて理論化しています」

シェリングは、ミクロ経済学における数学的手法を軍事戦略の文脈に応用し、国家がどのような戦略を選択し、どのように利得を最大化しようとするのかを明らかにした。そのため、この理論を本質的に理解するには、数学に基づく意思決定や予測の考え方を避けて通ることはできない。ひいては、核兵器問題そのものの理解にも直結する。

一方で、日本の国際関係論研究においては、数学的手法に基づくアプローチは決して主流とは言えない。しかし芝井准教授にとって、論理的に構造を分解し、数理的に考える思考様式は向いていたという。感覚的な説明よりも、モデルやデータを通して因果関係を捉える方が、強い納得感が得られたからだ。そのため芝井准教授は、国際関係論にデータサイエンスや数理理論を組み合わせる道を選択する。核兵器が無くならない理由を、感情や善悪の問題ではなく、国際社会の構造として解き明かすための方法論だった。

安全保障問題で日本はリーダーシップを発揮できる

核兵器をめぐる日本の独自の反応

核兵器が今なお世界に存在する今日において、日本はこの問題に対して独自の立ち位置をとっている。芝井准教授は、核兵器をめぐる国際的な議論のなかで、日本が果たしうる役割に注目する。

「日本は世界で唯一の被爆国です。核兵器の恐ろしさや、それがもたらす破滅的な結末について、強い記憶を受け継いできました。ただし、それが実際にどのように形成されたものなのか、データで確かめる必要があります」

そこで芝井准教授は、日本、韓国、オーストラリア、アメリカを対象とした世論調査データを用い、核兵器に対する意識の比較分析を行った。その結果、日本では軍事紛争への不安が高いにもかかわらず、核兵器に肯定的な意見が他国と比べて際立って低く、その価値観の構造も異なることが明らかになった。

「韓国やアメリカでは、軍事紛争への不安が高まるほど、核抑止による安全保障への信頼が強まる傾向が見られました。一方、日本では、軍事的脅威への不安が高まるほど、核抑止そのものへの不信が強まるという、対照的な結果が示されたのです」

オーストラリアも、日本と同様に核兵器に否定的な傾向を示しているが、同国は特定の核保有国と直接対峙しておらず、地政学的には比較的安全な立場にある。そうした条件を踏まえると、周辺に軍事的リスクを抱えながらも核兵器を肯定しない日本の姿勢は、国際的に見ても際立った特徴だといえる。

「日本は地政学的に見れば決して安全な場所にあるわけではなく、軍事的脅威への認識も高い。それにもかかわらず、『核兵器を持てば安全になるわけではない』という見解が根強い。軍事的脅威への不安、武力への信頼、核軍縮への期待、核保有の是非といった複数の要素を構造的に分析し、その背景を探った結果としてやはり浮かび上がってくるのが、日本が戦争の歴史で得た経験です」

広島・長崎への原子爆弾投下、そして第五福竜丸の被曝事故──これらの出来事が、教育現場を通じて世代を超えて継承されてきたことが、日本の世論形成に大きな影響を与えている。

「以前、広島県庁の職員の方と話す機会がありました。その方は、義務教育の現場で核兵器に関する学びが減ってしまうと、記憶が次の世代に引き継がれなくなると懸念していました」

核兵器を使用されたという、日本だけが持つ経験を継承していくことは、国際社会における日本の立場を保つうえでも重要である。世界が軍備拡張や核抑止の強化へと傾きつつあるなかで、その流れに歯止めをかける役割を日本が果たす余地は小さくない。

「日本には、リーダーシップを発揮できる可能性があります。ただし、理想を掲げるだけではなく、国際社会の現実とバランスを取り続けることは、非常に難しい課題でもあります」

日本でも核抑止に肯定的な意見が増えてきつつある

国際政治や外交交渉は、合理的なモデルによって分析されることが多い。しかし芝井准教授は、そこに生きる主体が「人間」である以上、感情や非合理性を無視することはできないと指摘する。

市場経済においてすら、人間の意思決定は必ずしも合理的ではないことがジョージ・アカロフとロバート・シラーのフィッシング均衡などによって示されてきた。交渉や安全保障をめぐる判断も同様に、合理性と非合理性が入り混じった中で行われている。だからこそ、数理モデルだけでなく、人間の認知や心理も踏まえて検討する必要があるのだと芝井准教授は語る。

「近年の日本では、核兵器を持ったほうが安全なのではないか、核抑止力を持つべきではないかという意見が増えつつあるように見えます。もちろん、韓国やアメリカと比べれば、その割合はまだ圧倒的に低い。しかし、アメリカの核の傘への信頼が低下すれば、アメリカ依存の安全保障からの脱却の手段として核保有を支持する人が増加する恐れがあります」

その背景には、「アメリカに頼り続けていても、いつまでも守ってもらえるとは限らない」という不安がある。だが芝井准教授は、そうした発想はあまりにも単純化されていると警鐘を鳴らす。

「自国で核兵器を持ったからといって、それが自動的に核抑止につながるとは限りません。核抑止は、単に兵器を保有すれば成立するものではなく、複雑な交渉の中で有効活用できて初めて意味を持つものだからです。この考え方自体は新しいものではなく、核抑止理論を築いたシェリングがすでに理論化しています。交渉や駆け引きで有効活用しなければ核保有国となっても核抑止の効果を発揮させることはできません」

特に難しいのは、核兵器が「実際には使えない兵器」である点だ。使用すれば相互破滅に至ることは明白であり、その前提のもとで外交交渉に活かさなければならない。この矛盾をはらんだ兵器を扱うこと自体が、極めて高度な戦略判断を要求する。

「冷戦期の米ソ関係を見ても、核抑止を使った交渉は何度も破綻しかけています。つまり、核兵器を持つ国が増えれば増えるほど、失敗する可能性も高まる。『核を持てば自動的に安全になる』という単純な考え方が広がれば、世界はより不安定な状況に近づいていくでしょう」

だからこそ、核不拡散や核軍縮を可能な限り進める必要がある。核兵器を保有する国を減らす、あるいはこれ以上増やさないことで、交渉の複雑性とリスクを下げていくことが不可欠だ。

核兵器による直接的な被害の記憶を現在まで継承して培ってきた知識と経験を活かして、なおかつ感情論ではなく論理的に核不拡散・核軍縮の妥当性を国際社会で主張することが日本のすべきことだ。日本は核兵器問題に関する啓発や外交努力を続けている。芝井准教授は、自身の研究成果を示すことで、その取り組みを理論的に後押ししていきたいと考えている。

コミュニケーションの本質とは?

キャンパス内で佇む芝井清久先生

紛争解決の経路を見出していく

芝井准教授は、桜美林大学でデータサイエンス系の科目を担当する立場から、学生にはまず、数学的な情報やデータを用いて物事を科学的に考える姿勢と、論理的思考能力を身につけてほしいと考えている。

「データを示しながら相手に説明することや、自分の主張の妥当性を根拠(エビデンス)によって裏付けることは、学生が社会に出てから非常に重要なスキルになります。実際、グローバルなビジネスの現場では、それがスタンダードになっています」

芝井准教授が所属するグローバル・コミュニケーション学群における「コミュニケーション」とは、単に言語運用能力を指すものではない。重要なのは、「どのような情報を、どのような形で提示すれば、自分の意図を正確に相手に伝えられるのか」という点にある。情報の取捨選択と正確な認識こそがコミュニケーションの本質であり、その力は芝井准教授の授業や研究を通じて学生に伝えられる部分だ。

「私の研究テーマは紛争解決ですが、それは国家間の対立に限りません。人と人との小さな衝突もまた、紛争の一形態です。重要なのは、その対立の本質を見極め、平和的な解決に至る経路をできるだけ早く描くことです。数理的な枠組みを用いることで、それが可能になります」

数理モデルを用いれば、個々の状況にその都度、一から試行錯誤するのではなく、あらかじめ構築したモデルに当てはめて判断できる。適合するモデルがあれば速やかに解決への道筋を見出せるし、当てはまらなければ新たなモデルを構築する。その積み重ねによって、頭の中に全体的な戦略を瞬時に描くことができるようになるという。

今後は、コンピュータによるシミュレーションや、機械学習・AIといった最先端技術も活用しながら、自ら構築した理論やモデルをもとに将来予測を行っていくことを視野に入れているという。

「核兵器は、現実には使用できない兵器です。だからこそ、仮にある国がこのような意思決定を行った場合、世界はどのような方向に進むのか。そうした『使われないことを前提とした兵器』をめぐる意思決定を、シミュレーションによって検証していきたいと考えています」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む芝井清久先生

芝井 清久准教授

Kiyohisa Shibai

上智大学大学院 グローバル・スタディーズ研究科 国際関係論専攻 博士課程修了 博士(国際関係論)。2025年より桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群准教授。著書に『東アジアの核拡散と欧州の核不拡散のトレード・オフ 東アジア非核化に向けた歴史の理論的考察』(大学教育出版)

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