記事公開日:2025年11月22日
20年にわたり中高教員として教壇に立つ
教育実践と研究を横断する
グローバル・コミュニケーション学群の加藤淳助教は、一般企業での勤務を経て教育の道に進み、20年にわたり中学校や高校で教壇に立ってきた。現在は、桜美林大学で教育実践と研究を往還しながら、教育業界へ貢献することを目指している。
「私の研究テーマは大きく2つあります。第一に、教育社会学の視点から、『当たり前の存在』として機能している学校や教師という存在そのものを問い直すこと。第二に、英語教育学の立場から『生徒の学びをどう引き出し、教師の専門性をどう高めるか』を探究することです」
人間的な成長も支えてくれた恩師との出会い
加藤助教が教育の道を志した背景には、高校時代に出会った一人の英語教師の存在がある。第一志望の高校には進学がかなわず、進学先には理系コースしか設置されていなかった。しかし文系学部を志望していたため、理系科目と受験勉強を同時にこなさねばならない厳しい状況にあったという。そんなとき、寄り添い伴走してくれる恩師に出会った。
「恩師は、私の英語への関心に気づき、授業内外で熱心に指導してくれました。理系コースにいながら文系受験を目指す私のために、勉強計画を一緒に立て、日本史など他科目の学習にも付き合ってくれました。ただ知識を教えるのではなく、生徒の心に深く寄り添い、人間的な成長を支えてくれる姿に、強い憧れを抱いたのです」
この体験は、教員という存在が生徒の人生に大きな影響を与えることを実感させ、一般企業から教員へとキャリアを転じる決断を後押しした。
「連敗」から学んだ意思の力
加藤助教の歩みは、必ずしも順風満帆ではなかった。高校・大学受験では第一志望に届かず、就職後も思うようなキャリアを築いてこられたわけではない。さらに、苦労の末どうにか実現させた海外での就学も困難の連続だった。こうした経験を通じて、人生の中で何度も自身の限界を感じてきた。
「いわば連戦連敗の人生です。しかし、この経験を通して、たとえ目標に直線的に届かなくても、粘り強く歩みを続けることで新たな道が必ず拓けると実感するようになりました。まさに『意思あるところに道あり』です。
人生は選択の連続ですし、大きな選択の時ほど『正しい選択肢』が必ずしもあるとは限りません。『正しい道を選択する』のではなく、自分の努力で『選択した道を正しいものにする』ことが大切ではないかと思います」
現在はその実感をキャリア指導にも生かしているという。「たとえ壁にぶつかるようなことがあっても、壁の見方を変えたり、壁が低くなるのを待ったり、思い描いた方法と違ってもどうにか乗り越えていけばいい」と加藤助教は語り、桜美林大学の学生一人ひとりが自らの意思で道を切り拓くことの大切さを伝え続けている。
授業デザインと関係性構築
「生徒の経験」を学びにつなぐ授業づくり
加藤助教は、中学校・高校の授業実践において、「生徒の経験」と授業内容を関連付けることを重視してきた。生徒は自分自身の体験について話すことに抵抗が少ないため、それを学びの出発点とするのだという。
「たとえば、宇宙をテーマにした授業で『修学旅行』の話題から導入したことがあります。生徒が思い出を語り、その経験から具体的な場所へと話を広げ、最終的に宇宙へとつなげていく。こうした工夫によって、生徒は自然に発言できるようになり、授業参加へのハードルも下がります」
こうしたアプローチは、特に英語が苦手な生徒や学習意欲が低い生徒に効果的だが、進学校のように学力の高い生徒に対しても有効だという。知識を提示するだけでは「すでに知っている」と受け流されがちだが、彼らの経験と結びつけることで、新たな発見や学びへのモチベーションを引き出すことができるのだ。
知的好奇心を刺激する「もやもや感」
加藤助教が授業づくりでもう一つ大切にしているのが、「もやもや感」を意図的に与えることだ。生徒に知的な「消化不良」をあえて残すことで、「もっと知りたい」という探究心を引き出す。
「たとえば、非常に簡単なクイズから始めて徐々に難易度を上げたり別の視点から問うことで、『わかっているはず・わかっていると思っていたのにわからない』という状態が生まれます。この“わからなさ”こそが、生徒の知的好奇心を刺激し、次の学びへの原動力になるのです」
こうしたアプローチは、加藤助教が一般企業での営業職時代に培った「関係性」の構築力と結びついているという。「どうしたら相手が耳を傾けたくなるか」「どうしたら相手が自分のことを話してくれるか」と常に考えた経験が、教育現場での授業デザインへと活かされているのだ。
教科書執筆に込める思い
加藤助教は、すでに編集会議に参加していた知人教員からの紹介をきっかけに、高等学校用の英語教科書の執筆にも携わっている。
「教科書づくりで最も重視しているのは『どうすれば生徒がよりよく学べるか』という点です。
題材の選定では、生徒の多様な関心に応えながら、身近さと広がり、そして共感を生むストーリー性を重要視しています。日本や世界の具体的な人物・事例を取り上げることで、英語を“知識として学ぶ”だけでなく、“自分の生き方や考え方と結びつけて学ぶ”きっかけをつくっています。また提示の順番も、生徒が『読む→理解する→考える→表現する』という学びの流れを一見開きの中で体験できるような設計にしなくてはなりません。生徒の興味と社会的関心を結びつける多様なテーマを取り上げ、言語活動や思考課題を通して、主体的に学びを深める構成が必要です。
興味を持って学べる教科書を作るためには、提示の順序、主体的に取り組めるような設計など、あらゆる工夫が必要です」
同時に、教科書は全国の教員が利用するため、「教えやすさ」の視点も不可欠だ。生徒にとっての学びやすさと、教員にとっての扱いやすさ。その両立を意識することが、教材開発に携わる上での責任だと加藤助教は語る。
教師のウェルビーイング向上が
生徒の学力向上にも寄与する
教員を支える実践ベースの活動
加藤淳助教は、学術研究にとどまらず、現場で働く教員を支援する実践活動にも力を注いでいる。所属する学会では役員としてイベントの企画・運営に携わり、時には講師として登壇し、他の教員と共同で準備したモデル授業を披露することもある。こうした活動を通じて、参加者に授業改善の具体的なヒントを提供し、「学び続ける教員」を後押ししているのだ。
「ただし、一方的に指導する姿勢をとるのではなく、むしろ教員一人ひとりの悩みやニーズに寄り添うことを重視しています。大規模な講義形式だけでなく、小規模な研究会では雑談を交えながら現場の声を引き出し、必要に応じて助言を行なっています。現職教員のリアルな声と課題に伴走する姿勢を貫きたいと考えています」
教師の幸福度と生徒の学力
加藤助教が特に注力している研究テーマが、「教師の職能開発とウェルビーイング(幸福度)」である。先行研究によれば、教師のウェルビーイングが高いほど、生徒の幸福度や学力も高まる傾向が示されている。その因果関係の鍵のひとつとして、加藤助教は「職能開発」、すなわち教師自身の成長を挙げる。
「外部の研修も大切ですが、日常的に共に働く同僚との学び合い。つまり、“同僚性の学び”こそ、教師を支える最も強固な基盤だと考えています。現場の苦しさのなかで、生徒の前では笑顔でいる教員を支えたいのです」
学校を「居場所」とするために
加藤助教の研究と実践の究極的な目標は、教員と生徒双方にとって学校を「居場所」とすることだ。「自分には帰属できる場所があった」という経験が、その後の人生を豊かにし、社会への貢献を支える力になると加藤助教は信じている。
「現状の学校現場は多忙で、教員が自己研鑽に十分な時間を割くことは難しい状況です。しかし、教員が成長を実感できれば、自身の満足度も高まり、生徒と共に成長する好循環が生まれるはずです」
その強い思いから、中高教員としての経験を経て大学教員へと転身した。現場での実践に加え、研究を通して教育をより良いものに変えていくためである。さらに、教員時代に休職して日本の大学院で教育学を学び、さらにアメリカの大学院にも留学した自身の「学び直し」の経験は、教育現場での説得力を高める財産となっている。
第一志望に届かず、挫折を重ねながらも歩みを止めなかった「連敗の人生」。そして幾度もの学び直しを経験してきた加藤助教だからこそ、「居場所」の重要性を深く理解している。挫折も試行錯誤も糧に変えながら、教育に「問い」と「希望」を注ぎ込み続けているのだ。
※記事本文に記載の職位などは、取材当時の情報です。
教員紹介
Profile
加藤 淳助教
Atsushi Kato
1979年、東京都出身。東京学芸大学大学院 教育学研究科 修士課程修了 修士(教育学)。2022年にフルブライト奨学金を獲得し、2023年、University of Michigan, School of Education 修士課程修了 Master of Arts (Educational Studies)。東京トヨタ自動車株式会社、St John’s School, Roma, Australiaにてスクールインターン、株式会社城南進学研究社、森村学園中等部高等部 教諭、東京学芸大学附属高等学校 教諭を経て、桜美林大学に着任、現在に至る。
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