日本航空に39年間在籍
アメリカ駐在やボーイング787の運航再開に尽力
米州技術品質保証部長としてシアトルに駐在
日本航空株式会社(JAL)に39年間在籍した航空学群の北田裕一教授は、キャリアの中で海外駐在を経験している。2009年、米州技術品質保証部長としてアメリカ・シアトルに赴任。現地の航空機メーカーであるボーイング社から受領する新造機について、約70項目の試験を行う飛行試験や40項目以上の地上試験の結果を精査し、JALとして導入すべきかを判断・報告する重要な役割を担っていた。
「評価結果を東京へ報告し、受領が決まれば社内決裁のうえで、社長の代行として受領書類にサインします。ボーイング社との交渉では、技術的な妥当性を徹底的に見極め、『この基準を満たさなければ受け入れられない』と明確に伝える必要もありました。飛行試験や地上試験で発見された不具合事象への対応方針など、ときに厳しい議論となる場面もありましたが、互いに立場を背負って、責任ある主張を尽くすからこそ、受領に関する全ての手続きを終えたときには確かな信頼関係が築かれていました」
ボーイング787の運航再開プロジェクト
日本に帰国後、北田教授はJALエンジニアリングの技術部長として、新たなプロジェクトに向き合うことになる。当時、世界で初めて炭素繊維複合材を本格採用し、軽量化と低燃費を両立した次世代旅客機として注目されていたのが、「ボーイング787」だった。しかしその革新性ゆえに開発は難航し、スケジュールの大幅な遅延に加え、2013年にはバッテリーに起因する電気系統の不具合により、世界的な運航停止に追い込まれていた。
こうした状況の中、北田教授はボーイング社、国土交通省航空局、全日本空輸(ANA)などと連携し、運航再開に向けた技術検証と安全性の確立に取り組むことになった。
「ボーイング787は多くの課題を抱えていましたが、その優れた燃費と航続距離の長さ、そして従来の航空機と比較して機内の湿度が高いなど、快適性の向上も図られています。中型機でありながら、低コストで長距離路線への投入が可能となることから『エアラインビジネスのゲームチェンジャーになる』と言われていましたし、私自身も、この機体は必ず優れた航空機になるという確信を持っていました。どうすれば自信を持って飛ばせるのか。お客様が安心して搭乗できる状態とは何か。技術面だけでなく、“安全”と“安心”について深く考え続けていました」
安全とは、技術的な不具合がなく、数値やデータの上で基準が満たされている状態を指す。一方で安心とは、それに加えて、利用者が心理的にも信頼できると感じられる状態を目指す。その実現には、現場に立つ一人ひとりの誠実な姿勢が不可欠だと北田教授は語る。
その後、バッテリー改修策などが講じられ、ボーイング787は低燃費性能と航続距離の優位性を強みに、世界中の航空会社で運航再開が進み、現在も長距離・中距離路線の主力として広く活躍している。
現業部門から社長まで
技術者として航空業界を歩んできた
さまざまな技術が集約された航空機に惹かれて
1980年代、北田教授は大学院で電子工学を専攻し、移動通信のデジタル化に関する基礎技術を研究していた。それは後の携帯電話の発展につながる分野でもあった。
「当時、研究室の指導教員は『将来は腕時計で電話ができる時代が来る』と話していました。まさに現在のスマートウォッチが実現している世界です。ただ、研究室には優秀な先輩や留学生が多く、自分がこのまま狭い専門分野で勝負していくことに、どこか違和感も抱き始めていました」
そうした中で関心を引いたのが航空機だった。航空力学、機械工学、電気・電子など、複数の分野が融合する総合技術の結晶である点に魅力を感じたという。
「最初から航空業界に強い関心があったわけではありませんが、さまざまな技術の集合体としての面白さに惹かれていきました。就職活動の時期、知人がJALに勤めていたこともあって意識するようになり、採用試験に進むことにしました。結果的に縁あって入社することになりました」
しかし、内定が出た直後に日本航空123便墜落事故が発生する。周囲からは心配の声もあったが、北田教授はむしろ「この会社で頑張りたい」という思いを強めたという。入社後は技術系総合職として、成田の整備工場に配属。電装整備課に所属し、航空機のナビゲーションや通信機器、電気系統の整備に携わった。
「不具合があれば原因を特定し、部品交換や修理を行います。作業後には必ず作動試験を行い、安全を確認してから機体を現場に戻します。日々の運航を支える整備業務に加え、夜間には格納庫での定例整備もありました。自分が整備した航空機が空へ飛び立つ瞬間には大きなやりがいを感じます。一方で、本当に大丈夫かという緊張感も常にありました」
現場で約4年半経験を積んだ後は、技術サポート部門へ異動。運航中の機体や整備現場で発生する技術的トラブルに対応し、整備士を支援する役割を担った。
「マニュアルにない不具合が起きた場合には、対応方法を指示書としてまとめる必要があります。深夜でも呼び出されることがあり、現場に駆けつけて対応することも。状況によっては、製造元であるボーイング社の技術部門とも連携し、解決策を探ることもありました」
品質保証と生産計画、安全に運航するとは何かを学んだ
技術サポート部門を経て、北田教授は品質保証部門に異動した。ここで学んだのは、「航空機を安全に飛ばすとは何か」という根本的な考え方だったという。法令遵守はもちろん、安全を担保するための仕組みをいかに構築し、運用していくか。その本質に触れる経験となった。
「整備の仕事は、作業が終われば必ず記録を残さなければなりません。極論を言えば、仮に記録がなくても技術的に問題がなければ航空機は飛ぶかもしれない。しかし、それではいけない。安全は結果ではなく、プロセスで担保されるものだからです。品質保証部門での在籍は2年足らずと短期間でしたが、非常に大切なことを教えてもらったと思っています」
その後配属された生産計画部門では、航空機の整備スケジュールを統括する役割を担った。航空機には、飛行時間や経過日数ごとに実施すべき整備の要目が厳密に定められており、それらを確実に実行するには綿密な計画が不可欠となる。
「運航整備、機体点検、エンジン整備、装備品の整備など、1000項目を超える整備要目があります。それらを漏れなく、かつ効率的に実施していく必要がある。整備士の人数や設備の制約もある中で、最適な仕組みを考えるのがこの仕事でした」
ここで求められるのは、単なる正確さだけではない。整備に時間をかけすぎれば、航空機の稼働率が下がり、エアラインの経営にも影響する。一方で、安全性を損なうような無理は許されない。
「エアラインにとって、航空機は飛んでこそ価値を生みます。しかし、安全が確保されていなければ意味がない。整備の遅れによって計画通りに運航できない場合には、代替機の手配も含めて全体を調整する必要があります」
その後、北田教授は技術部門へと進み、整備全体を俯瞰する立場を担うことになる。さらに、品質保証部企画グループ長、米州技術品質保証部長としてのシアトル駐在、技術部長などを歴任。最終的には、日本航空整備本部長および株式会社JALエンジニアリング社長として、組織全体を統括する立場へと至った。
品格と人間性を兼ね備えた航空の技術者を育てていきたい
失敗は隠さず共有することで、安全につながる
株式会社JALエンジニアリングは、機体・エンジン・装備品などの整備を一貫して担い、JALグループの安全運航を支えている。北田教授は、その社長として、実質的にJALの整備部門全体を統括する立場にあった。
「航空機は24時間365日、世界のどこかを飛んでいます。ひとたび問題が起これば、時間を問わず連絡が入り、休日でも深夜でも対応が求められました。しかし、振り返るとそれを苦だと感じたことはありませんでした。むしろ、大きな責任を担うやりがいのある日々でした」
JALエンジニアリングの社長として北田教授が現場に強く伝え続けてきたのが、ヒューマンエラーへの向き合い方である。技術や品質管理に加え、人に起因するリスクをいかに抑えるかが、安全を支える鍵になるからだ。
「ヒューマンエラーはゼロにはできません。だからこそ重要なのは、それを隠さないことです。事実を正確に共有し、同じミスを繰り返さない仕組みをつくる。その積み重ねが、安全につながります」
不具合やトラブルが発生した際には、個人で抱え込まず、速やかに報告し、組織全体で共有する。一人の経験には限界があるからこそ、多くの知見を持ち寄り、再発防止へとつなげていく。
「整備現場では、毎朝のブリーフィングで前日の不具合やヒヤリ・ハット事例が共有されています。それは責任追及のためではなく、知識として蓄積し、次の事故を防ぐためのものです。近年は安全対策が進み、大きな事故や重大なトラブルは減ってきています。しかし一方で、危険な状況を実体験として知る機会も減っているのです。だからこそ、些細な事例でも共有して、そこから想像力を働かせることが重要になります」
ビッグデータを活用した故障予測
2010年、シアトル駐在中に北田教授は、JALの経営破綻を経験している。事前に厳しい状況は伝えられていたものの、現実となった瞬間の衝撃は小さくなかったという。その後、整備部門においても、それまでの安全・品質最優先に加え、コストへの意識が強くなったと北田教授は語る。
「安全は最重要ですが、だからといって無制限に予算を投じていいわけではありません。整備の予算も、航空機の運航で生み出す収益からきています。必要な投資は確実に行う一方で、無駄は徹底して排除する。このバランスをどう取るかが問われました」
JALエンジニアリングの社長として組織を率いる中でも、この課題は常に中心にあった。安全は絶対に譲れない。しかし同時に、持続可能な運航のためにはコストの意識も不可欠。その両立に向けた具体的な取り組みの一つが、ビッグデータを活用した「故障の予測」だった。
「不具合が発生した際、従来のように一つひとつ原因を切り分けていく方法では、時間もコストもかかります。そこで、ビッグデータを活用して原因を絞り込み、一度で的確に対処する仕組みづくりに取り組みました」
航空機には膨大な運航データが蓄積されている。そのデータを分析することで、故障の兆候となるパターンや閾値を抽出し、トラブルが顕在化する前に対応する「予測整備」を実現する。これにより、安全性を維持したまま、部品の使用効率を最大化することが可能になる。
「まだ運航に支障はないが、このまま使い続ければ不具合が起こる。そうした兆しを捉えて先手を打つ。安全を確保しながら、無駄な交換や過剰整備を防ぐことができます。このビッグデータを活用した故障予測の取り組みは、若手エンジニアの発案から始まったものでした。新しい発想は、現場から生まれます。私はそのアイデアを引き上げ、支援しました。まずはやってみる。うまくいかなければ見直せばいい。挑戦しなければ、次の安全も効率も生まれません」
航空の世界を信じて飛び込んできてほしい
桜美林大学の航空学群には、航空業界を志す学生が多く集まっている。進路が明確である分、学びへの意欲も高い。加えて、実務経験を持つ教員が多く在籍していることから、現場のリアルに触れられる環境が整っていると北田教授は語る。
「今はAIの進化によって、それらしい答えはすぐに手に入る時代です。しかし、それが本当に正しいのかを見極める力がなければ意味がありません。一方で、あらゆる知識を記憶している必要はなく、必要な情報にたどり着く力と、それらを組み合わせて自分なりの仮説を立て、結論を導く力が重要です。整備の現場でも、マニュアル通りにいかないことはたくさんあります」
整備士としてキャリアをスタートし、最終的には経営の立場にまで至った北田教授。その経験を通じて一貫して問い続けてきたのが、「人はどうすれば育つのか」というテーマだった。
「航空機整備に携わる人材にとって重要なのは、まず人間性と品格です。それが備わっていれば、知識や技術は後からいくらでも身についてきます。逆に、そこが欠けていると成長は難しい。個人的に重要だと思っている素質が『心配性』です。不安に押しつぶされるというネガティブな意味ではなく、もう一度確認してみよう、もう少し学んでおこうというようなポジティブな姿勢です。慢心せず、謙虚に、誠実に向き合う。その積み重ねが、安全を支える力になります」
トラブルや人手不足、計画上の課題など、航空の現場でさまざまな困難に直面してきたと語る北田教授。それでも、仲間とともに一つひとつ乗り越え、安全と安心をつないできた。その過程にこそ、大きなやりがいがあったという。
「苦労が大きい分、得られる達成感も大きい。それが航空の仕事です。必ずやりがいのある仕事が見つかるはずです。もし航空の世界に憧れがあるのなら、その気持ちを信じて飛び込んできてほしいと思います」
教員紹介
Profile
北田 裕一教授
Yuichi Kitada
1960年生まれ、鹿児島県出身。京都大学大学院工学研究科修了後、日本航空に39年間在籍。整備本部現業部門を経て、品質保証、生産計画、技術などの多くの整備部門での業務に携わり、品質保証部企画グループ長、米州技術品質保証部長、技術部長等を歴任。その後、日本航空整備本部長及びJALエンジニアリング社長を歴任後、日本航空監査役を経て、2025年9月より現職。
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