「航空管制」から「有事法制」の整備まで
数多くの重要任務・業務を遂行
極めて高い調整能力を要する
「管制官」の業務とは?
日本の空の安全を守る航空自衛隊で勤務。その業務は、国家安全保障の根幹を担う対領空侵犯措置に関わる航空機の運用や整備をはじめ、予算要求のための各種調整から米軍との調整、人材確保のための広報など多岐にわたる。
現在、桜美林大学では、国際航空法関連や航空の保安・安全に関する基準等を教える「ICAO概論」や、ヒューマンエラーやハイジャックなどの事例の紹介を通じて、航空安全の意識向上を図る「航空セキュリティ」、「Safety Management System」などの講義を担当する航空学群の前田享一特任講師は、さまざまな業務を経験してきた元航空自衛官の一人だ。
管制官とは“空の交通整理”を行う専門職。航空自衛隊でも国土交通大臣認定の国家資格を取得する必要がある。自衛隊内で航空管制職域に選考され、部内の術科学校で管制の基礎勉強と基礎試験を受験、合格した後、現場の管制部隊へと配置される。その後、実地訓練と技能試験を経て「航空交通管制技能証明」という国家資格を取得して、さらに現場で経験を積み、一人前の管制官として独り立ちする。その業務は、飛行場内やその周辺空域の航空機に指示を与える「飛行場管制業務」や、レーダー情報に基づき飛行場に離発着する航空機を中心に安全間隔を保つ「ターミナルレーダー管制業務」など多岐にわたる。
航空自衛隊の管制官は安全と効率化に加え、日本の領空を侵犯する外国の航空機に対して、退去警告等を行う「対領空侵犯措置」が滞りなく行えるよう意識する必要がある。さらに、前田特任講師は民間や米軍との航空機の調整が必要な飛行場も数多く担当していたことから、求められる調整能力の水準の高さは想像に難くない。
「防衛大学校を卒業時点で自衛隊の幹部候補生になる。そのため、配属部隊では自分よりも経験のある年上の“部下”に指示を出さなければならず、安全面以外でも非常に神経を使いました。航空管制業務自体、事故が起きないことが当然で、自分の役割でなにかが大きく変わる業務ではなく、いわゆる“やりがい”を見出せていたかというと難しいところです。しかし、その分、空の安全を通じて国に貢献しようという高い意識を持っていました」
戦闘機のパイロットに憧れて
防衛大学校に入学
防衛大学校卒業後に管制官を務めた前田特任講師だが、同学への入学当初はパイロットを志望していた。
「10歳上の親戚に戦闘機のパイロットをされている方がいて、当時高校生だった私は強い憧れを抱きました。当時は国防という意識はありませんでしたが、民間の航空会社のパイロットを志す人が多い中で、戦闘機のパイロットを務めることに『大きな任務を果たしている』という特別感を見出していたのかもしれません」
在学中もパイロットになるべく、いくつもの試験を受験していた前田特任講師。しかし、最後の身体検査で不合格となり、その道を断念せざるを得なくなった。幹部候補生として配属先が割り振られる直前だったが、当時の主な配属先は、「航空機整備」「補給」「通信」などであった。パイロットになることを諦めきれなかった前田特任講師は、民間の航空会社への就職も視野に入れていたという。
そんな矢先に声がかかったのが、航空管制官の仕事だったのだ。
「管制官の募集は過去10年ほどありませんでしたが、その年はたまたま防衛省から募集枠拡大の要請がありました。『戦闘機のパイロットになれないなら、別の道を探る』という意向を伝えていたこともあり、当時の区隊長が私に声をかけてくれたようです。当時はまだパイロットになりたい気持ちがありましたから“ひとまず”の選択でしたが、今となってはよい選択だったと思います」
防衛省本省で「有事法制」の整備など
重要な任務を遂行
管制官を10年ほど務めた後に、日米共同計画の修正、協定書見直し、在日米軍との空域調整などの重要な任務を通じて、その調整能力を生かしてきた前田享一特任講師。その後、防衛省本省にある航空幕僚監部に配属され渉外業務、人事調整、予算要求などを行うとともに防衛大学校の訓練指導教官など多くの任務に携わってきた。
特に大きな任務の一つは「有事法制」に関連するシステム整備だ。有事法制とは、日本が他国から攻撃を受けた、あるいは受けるおそれがある“有事”の際に、自衛隊の動きを円滑にするために制定された一連の法律群のこと。2000年代前半の制定に伴い、現場での具体的なオペレーションの構築をすることになった。その中で、前田特任講師は主に「捕虜等の取扱い」に関するオペレーション整備の主担当として、全自衛隊をリードするマニュアル作成、統合訓練などを牽引した。
「戦争下での人道的な保護を目的とした国際条約である『ジュネーブ条約』をもとに、捕虜を人道的に取り扱うためのマニュアルや、そのための訓練プログラムを構築しました。日本にこれまでなかったものをゼロから立ち上げなければいけなかったため、日本にある国連機関の下部組織のスタッフや捕虜を取扱った経験のある米陸軍軍人からのヒアリングや訓練参加を要請することで座学だけではなく、実際のフィールドで捕虜等の収容所を設置するなどの実践的な統合訓練プログラムを実行しました。参加していた担当幹部からは『こうした実践にもとづいた訓練は他でも取り入れていくべきだ』という評価をいただきました」
航空自衛官のキャリア支援システムを構築
元自衛官が世界に羽ばたけるような
セカンドキャリアを“当たり前”にしたい
防衛省本省での数々の重要な任務をこなす中で、前田特任講師が特に現在の仕事で大きな影響を受けた業務は、定年退職する自衛官のキャリア支援だった。
自衛官の定年は今後段階的に引き上げられていく予定だが、当時は54歳から56歳と一般企業よりもかなり早い時期に退官しなければならなかった。また、退官後は働く意思があっても再就職先を自衛隊法の縛りもあって、自ら積極的に探すこともできず、再就職担当者が足で稼いだ数少ない企業様とマッチングを行い、就職先が決められていました。
有能な人材を活用できないのは大きな損失だ——。
そう考えていた矢先、国土交通省の管制官の人手不足が問題になっていることを知る。同省に女性管制官が増えたことで、産休・育休の取得中に空いたポストを担う人材が不足していたのだ。そこで、前田特任講師は国土交通省に航空自衛隊の管制官を再任用してもらうシステムを構築。同システムのもと、これまで派遣された管制官は約300人以上にも上るという。
また、管制官以外の航空自衛官の活動の場を作れるよう、民間の航空会社をはじめとした人脈を構築し、退官後も働く意思を持つ人に仕事を紹介することで貢献してきた。しかし、航空自衛官のセカンドキャリアは未だ安定しているとは言えず、前田特任講師のように熱心なサポート担当者と出会えるかというある種の“運”に委ねられている部分がある。その実情を目の当たりにしてきた前田特任講師は早い段階で退官。民間のセキュリティ会社に事業推進という役割で転職し、新たなキャリアを築くことを決めた。
ただし、航空自衛官の職を辞した後も、「人財」活用の総合支援を行うNPO法人「TS(トータルサポート)研究会」を立ち上げて専務理事を務めるなど、現在も航空自衛隊のセカンドキャリア支援をボランティアで行っている。その背景には、優秀な“人財”の活用への、前田特任講師の強い想いがあった。
「航空自衛官の中には長年厳しい訓練に耐え抜いてきた忍耐力と責任感、高い調整スキルを持つ優秀な“人財”が数多く存在します。そうした人たちが退職後も一定の給与をもらいながら、世界に羽ばたけるようなキャリアを作ることが理想です」
国や世の中の宝になるような“人財”を輩出したい
「世の中に貢献したい」という想いが大切
航空自衛隊在籍中から、非常に幅広い分野の任務を遂行してきた前田特任講師。現在は英語での交渉力など、これまで培ってきたスキルや経験を生かし、自然再生エネルギーの一つである「木質バイオマス」を製造する機械の販売も行っているという。
さまざまな領域で経験を積んできた前田特任講師に、航空業界を志す学生に必要なスキルを尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。
「私は、『パイロットや管制官、航空業界で働くなど』、夢を叶えて活躍している多くの方々をしっています。しかし、職場環境や人間関係が理由で仕事を続けられなくなった人たちも多く見てきました。それは必ずしも本人たちのせいではありませんが、コミュニケーションの取り方次第で、職場環境や人間関係を自ら変えていける余地があると確信しています。自分だけが言葉を発するだけでなく、どれだけ相手の意見に耳を傾けられるか。自分が思う“正解”に固執せず、相手の意見を最大限受け取り、必要があれば自分の固執した考えを手放していく柔軟性が大切です」
また、これから夢を抱いて社会へ飛び立つ航空学群の学生たちに向けて、身につけてほしい心構えを語った。
「私は、国や社会に貢献できる宝となるような“人財”を輩出したいと考えています。そのためにはまず、学生一人ひとりが『世の中に貢献したい』という想いを持つことが大切です。その気持ちさえあれば、有事法制の整備からバイオマス燃料製造機器の販売まで、どのような業務でもやり遂げられます。桜美林大学の航空学群の学生には、是非こうした想いを胸に、日々の学業に励んでほしいと思います」
教員紹介
Profile
前田 享一特任講師
Ryoichi Maeda
1966年、神奈川県出身。防衛大学校を1990年に卒業後、航空自衛隊に入隊。千歳飛行場/新千歳空港、横田基地、百里基地/茨城空港、三沢基地などで航空管制官としての業務にあたるとともに、在日米軍との空域調整、共同計画、協定書見直し、さらに防衛省本省で予算要求、有事法制に関わり多くの任務を遂行。退官後、民間のセキュリティ会社で事業推進並びに企業等のコンサルタントとして復興庁をはじめ多くの企業等を支援。また、日本航空機操縦士協会では航空安全委員、AIM -Japanの編集委員を務めるなど、ボランティア協力も積極的に行っている。
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