コンフリクト・マネジメントとは?
ありとあらゆる紛争を解決に導き、人類の平和に貢献する
世界史を概観すると、戦争がなかった期間はほとんどない。人間が戦争をやめるのはそれくらい難しい。国家間の戦争以外にも、企業間や職場・学校、家庭内などでも紛争は起きる。人間が複数人いれば、必ず意見や価値観の衝突が発生するのだ。
夫婦喧嘩から国家間戦争まで、ありとあらゆる「紛争(コンフリクト)」を解決に導き、人類の平和に貢献する学問に「コンフリクト・マネジメント」がある。対立をポジティブに捉え、「協調的交渉」「第三者介入方法(ミディエーション)」などの手法を用いて問題解決を図る理論と実践を学んでいく。
この「コンフリクト・マネジメント」と「異文化コミュニケーション」を専門としているのが、リベラルアーツ学群の鈴木有香准教授だ。それぞれは全く別の領域のものに思えるが、成り立ちが異なるだけで、目指す目標は共通しているという。
「『コンフリクト・マネジメント』は社会心理学や交渉学などから派生し、あらゆる紛争解決を目指している学問です。一方で、『異文化コミュニケーション』も言語学や文化人類学、心理学などの領域を横断し、異なる文化を持つ人との円滑なコミュニケーションや課題解決を図ります。したがって、『コンフリクト・マネジメント』の中でも『異文化に端を発した紛争』をテーマにしているときは『異文化コミュニケーション』領域にも関わってきます。少なくとも私にとっては、どちらも地続きにある学問なのです」
「コンフリクト・マネジメント」の手法を取り入れた「教育方法」の開発
「コンフリクト・マネジメント」や「異文化コミュニケーション」など、文化背景や意見の異なる人々との建設的なコミュニケーションを通じ、問題解決を図ることを研究してきた鈴木准教授。こうしたノウハウを企業研修や講演で伝えるのはもちろん、そうした「教育方法」の開発にも注力してきた。
その代表的な論文が「科目『協調的交渉論』の教育的意義 『ディープ・アクティブラーニング』の視点から」だ。
表題の「協調的交渉論」は関西大学大学院の夏季集中講座の授業で、かつて在籍したコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジの協調・紛争解決国際センター(International Center for Cooperation & Conflict Resolution:以下ICCCR)で提供していた「紛争解決基礎実践講座(Basic Practicum in Conflict Resolution & Mediation)」のカリキュラムを参考にして鈴木准教授が開発したものだ。
「アクティブラーニング」とは、学生が主体的に考え、議論し、体験を通して学ぶ“能動的な”学修方法である。従来のように知識を一方的に伝達する授業から脱却し、自ら学びを深める姿勢を育むことを目指している。このうち「ディープ・アクティブラーニング」は、「学生が他者と関わりながら、対象世界を深く学び、これまでの知識や経験と結びつけると同時にこれからの人生につなげていけるような学習*」と、学びの“深さ”に着目して定義づけられている。
アクティブラーニング型の授業を行う際、グループ学習や発表、討論などを取り入れることが重視されがちだが、それを可能にする学習環境や教師の役割の変容についても着目していく必要があるという。その意味で「協同学習(Cooperative Learning)」や「変容学習(Transformative Learning)」などの学習理論が基底にあるICCCRの紛争解決基礎実践講座はまさにアクティブラーニングの目標に即していると言える。
「『意識が変わると、行動が変わる』とよく言われるように、新たなスキルや行動を習得する際にはまず、その前提となる価値観や信念の変化が必要です。とは言え、人間の固定観念は思った以上に強固ですから『協調的な行動が大切』と頭ではわかっていても、実際に行動に移せるとは限りません。そうした人間の意識や価値観を根底から変えるためには、体を動かし、五感を使うなど、既存の授業像を覆すような“深い”学習が必要なのです」
*松下佳代(2015)「ディープ・アクティブラーニングへの誘い」松下佳代・京都大学高等教育研究開発推進センター編著『ディープ・アクティブラーニング:大学授業を進化させるために』勁草書房 pp.23
同業界・異業種間で起こるコンフリクト
コンフリクトが生じるのは、異なる言語や文化間だけではない。たとえば、同じ医療業界であっても看護師と介護士が使う用語や考え方が違うために誤解が生じ、意見がまとまらなくなるケースもあるという。これは日本が業界ごとに独自の用語を確立してきたことに端を発している。また、組織の中の地位や役割の違いや視点の異なり、感情のもつれから、当事者同士での話し合いが困難になる。解決の糸口を探るためには、客観的な視点から全体を俯瞰できる第三者が必要だ。
幾度もの転機とカルチャーショックを経て
「コンフリクト・マネジメント」にたどり着くまで
「世界平和」を目指して日本語教師の道に
鈴木准教授が高校卒業後の進路に選んだのは、成蹊大学法学部の政治学科国際政治専攻だった。当時はまだアメリカとソ連の冷戦が続いていた時代。祖父母の戦争体験の話を聞いたり、同じアジアの隣国である中国や韓国との不仲を知ったりする中で、「なぜ紛争は起きてしまうのか」という大きな問いが、鈴木准教授の中に常に横たわっていた。その手がかりを探るべく選んだ進路が、同大学の国際政治専攻だったのだ。
こう聞くと、鈴木准教授がのちに「コンフリクト・マネジメント」を専門としたのは必然のように思えるが、ここから一足飛びにたどり着いたわけではない。在学中に「国際交流」という概念を知った鈴木准教授は、まず「世界平和のために日本語教師になろう」と思い立つ。しかし、同大学では日本語教師の資格を取得できなかったため、大学と並行して、日本語教授法を学べる専門学校に通い始めた。
ここでの出会いが、鈴木准教授のキャリアを大きく変えることになる。
「専門学校で講義を担当していた国立国語研究所の研究員の方から『アシスタントになりませんか?』と声をかけていただきました。当時の国立国語研究所は、日本語教育においてトップレベルの機関でしたから、ありがたいご縁でした」
大学在学中に同機関でアシスタントとして経験を積んでいた鈴木准教授は、のちに国立国語研究所の長期研修へのエントリーも勧められる。同研修は当時、“日本語教育の最高峰”とも言うべき研修だったが、鈴木准教授もその精鋭の一人に選ばれたのだ。
「合格者のほとんどが、修士課程を修了した方や社会人経験の長い方ばかりでした。当初は気遅れもしましたが、“自分のやり方”や理論が形成されていない分、教わったことをそのまま取り入れられたことは、結果的によい方向に転じたと感じています」
留学生の言葉で気づいた、
“日本で日本語を教えること”の特権性
研修を終えた鈴木准教授は、ファッション系の大学附属の日本語学校に就職を決めた。当時、同大学には日本でファッションを学ぶために世界各国から留学生が集まっており、日本語教育の経験値を積むうえではこれ以上にない環境だった。
留学生に日本語を教えるのが本来の役割だったが、鈴木准教授の日本語教育にとどまらない興味関心の広さが買われ、学校側から「日本人学生と留学生がお互いに学び合う授業を作ってほしい」との要望を受けることになる。そしてこれが、鈴木准教授にとって2つ目の大きな転機になった。
「依頼を受けて、留学生が日本人学生にインタビューする授業を考えて実施しましたが、授業終了後に留学生たちが怒って教室に戻ってきました。その理由を尋ねると、『日本人学生は日本が中国と戦争したり、韓国や朝鮮を植民地にしたことを知らなかった』と言うのです。人文系の大学ではなかったこともありますが、そもそも日本人の多くがきちんとした歴史を学んでいるとは言えません。留学生に日本について知ってもらう前に、変わるべきは日本人のほうではないかと思ったのです」
また、そうした気付きを経て、自分自身を顧みることにもなった。
「留学生たちは異なる文化の中でもがきながら外国語を学んでいるのに、私は自分が生まれ育った国で母国語を教えています。こうした自分自身の特権性についても気づかされ、海外で“修行”しなければいけないと思うようになりました。ちょうど国立国語研究所から『日本語教師を探しているアメリカの大学がある』と聞いていたこともあり、これは渡りに船とばかりに試験を受けてみたところ、合格。アメリカのテネシー州にある大学で講師として働くことになったのです」
壮絶なカルチャーショックを機に、
「異文化コミュニケーション」に関心を寄せた
自らの“修行”のためにとアメリカに渡った鈴木准教授。留学経験もない中、異国の地で、日本語を教える。そうした過酷な環境でカルチャーショックに晒されながら、約7年間を過ごす中で、異文化コミュニケーションにおける感性を研ぎ澄ましてきた。
特に印象に残っているのは、現地学生とのやりとりだという。
「ある学生が『自分の成績に納得がいかない』と抗議してきました。その成績がついた理由を説明しても、『僕はB+以下の成績をとったことがない』『先生の英語が下手だから僕の成績が悪い』などと言って食い下がります。身長2m近い学生に見下ろされるようにまくし立てられたとき、日本では考えられない主張の仕方だと感じ、『これは言語の違いだけではない』と痛感し、『アメリカ文化で通用する伝え方とはどんなものだろう』と考え始めました。他の場面でも『国籍や母国語が違っても、価値観が合っている人とは話ができる』などと、少しずつ気づきを得て、異文化コミュニケーションについて学んでみたいと考えるようになったのです」
“魂を揺さぶられるような”授業との出会い
度重なるカルチャーショックで、英語を話すたびにどもってしまったり、精神的に不調を来たしたりしたこともあったという鈴木准教授。しかし、「異文化コミュニケーション」という糸口を見出してからは一念発起して、仕事の傍ら受験勉強に励み、アメリカの大学院への進学を決めた。その大学院こそ、のちに鈴木准教授に多大な影響を与えることになるコロンビア大学のティーチャーズカレッジだった。
「コロンビア大学のティーチャーズカレッジは、教育学の名のもとに人文、社会から科学、芸術まで、ありとあらゆる科目が学べる課程で、その教育手法が非常にユニークでした。多文化共生の授業では、国籍や文化的背景の異なる学生同士を交流させるだけではなく、『アルファ人』や『ベータ人』などの架空の設定にもとづく異文化交渉の体験から、多文化共生の糸口を探りました。また、『階級、ジェンダー、エスニシティ』という授業では『セックスに関する単語』を学生たちに発表させて、黒板いっぱいに書き尽くしたうえで、『これらの主語は誰?』と問われます。1つずつ検証していくと、その主語のほとんどが男性でした。セックスは男性主体のものなのだと痛感させられ、衝撃を受けた経験でした。このように“理論”だけではなく、体験を通じて”心”から感じ、自分の考える”普通”に疑問を呈し批判的に考える数々の授業に魂を大きく揺さぶられたのです」
その一つがICCCRが提供する「コンフリクト・マネジメント」に関わる一連の授業であった。当初は友人の“付き合い”で履修した授業だったが、言語を超えた対立を解決する手法に触れ、感銘をうけたのだという。
「最初の講義を受けたときに、『これこそが私が学びたかったことだ』と確信しました。ただ、この講義に出会ったタイミングが遅く、在学中には基礎的なコースしか受講することはできなかったため、アシスタントとして講義に参加させてもらうなど、さまざまな配慮をしていただきました。卒業後1年間はカリフォルニア大学で専任講師として働いていましたが、その間も休みのたびに聴講させてもらったり、個人指導をしてもらったりする中で、貪欲に知識を吸収し、教授方法のトレーニングを受けました。今後の日本には『コンフリクト・マネジメント』が必要だと考えたからです」
コミュニケーションの“自信”や“楽しさ”を育てたい
コンフリクトが“ないもの”にされてきた日本
アメリカから帰国した1990年代後半から、日本でも「コンフリクト・マネジメント」の講演や研修を行ってきた鈴木准教授。当時の日本では「コンフリクトは“ないもの”にされていた」という。
「出版社に『コンフリクト・マネジメント』の企画を持ち込んだときは『少なくともうちの会社にはコンフリクトなんてありません』と言われました。表面化していなかったとしても、人のいるところには必ずと言っていいほどコンフリクトが存在します。『正社員』に対して『パートタイム』で働く人が不満を持っていても、それを伝えるのが憚られて表面化しないケースもあれば、コンフリクトの存在を認めると組織の運営に支障を来たすと考えて“なかったこと”にするケースもあります。このように当時の日本の多くの組織では、『意見の対立があることを認める』ところから始めなければいけない段階でした」
その後、日本人の視点から同領域を理解できるようにと『交渉とミディエーション』を刊行。ちょうど同時期に、法律に規定された訴訟手続きとは別の角度から紛争解決を目指す「裁判外紛争解決制度(Alternative Dispute Resolution)」への注目が集まっていたことから、司法書士や行政書士などを対象にした講演・研修依頼が急増した。「ミディエーション」という言葉も徐々に知られるようになり、一般企業への講演も増えていったという。
人間関係が希薄化する日本に
「コミュニケーション教育」を広めたい
現在では「意見の対立を認める」というスタート地点には立ちつつあるが、「対立を表面化させる」ことへの忌避感は未だに強い。また、日本の雇用慣習の一つであった終身雇用制度が揺らいだことや業務のオンライン化の中で会社における人間関係も希薄になりつつある。“人間関係ができている相手には意見が言える”日本人にとって、コミュニケーションの最後の砦がなくなりつつあるとも言える事態だ。
だからこそ「まずはコミュニケーション教育の基礎が大切だ」と鈴木准教授は力を込める。
「コミュニケーション教育に長年携わってきましたが、コロナ禍を経た現在の日本企業のコミュニケーションはますます内向きになっていると言えます。また、自己肯定感の低さゆえに発言できない人も少なくありません。そこで従来の教育に加えて、自己肯定感を向上させたり、声を出すことが楽しいと思ってもらえたりするような、会話以前のコミュニケーションの“基礎”を築くようなワークショップを展開していきたいです」
教員紹介
Profile
鈴木 有香准教授
Yuka Suzuki
東京都生まれ。1988年に成蹊大学 法学部 政治学科国際政治専攻在籍中に国立国語研究所のアシスタントとして勤務。卒業後、同研究所の日本語教育長期研修生として学び1989年に修了。1991年から渡米し、テネシー州のヴァンダービルト大学で専任講師を務めた後、ニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ国際教育開発プログラムに入学し1997年に修士号取得。その後、カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校にて日本語プログラムディレクター代理を務めて帰国。2005年に上智大学文学研究科教育学専攻単位取得満期退学。2006年からは早稲田大学紛争交渉研究所招聘研究員も務める。専門分野は「コンフリクト・マネジメント」「異文化コミュニケーション」「教育方法」。国内外の企業を対象に講演や研修を行いながら、大学での教育・研究活動にも邁進している。
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