応用行動分析学を用いた
「子どもの良さを認める指導」とは?
応用行動分析学とは?
「教育学とは人が生まれ育ち、学び、成長する過程を多角的に研究する学問です。教育学の研究の中には、現場から集めたデータをもとに分析するものもあります。こうした研究は教育の発展に寄与したとしても、現場に負担をかけてしまいます。私は教育学の研究は本当の意味で、現場の役に立つものでなければならないと考えています」
このように語るのは、リベラルアーツ学群の石黒康夫教授だ。石黒教授は応用行動分析学を用いた「子どもの良さを認める指導」や、「子どもの問いを創る授業」「ブリーフミーティング」など、現場の課題に即した教育方法を開発してきた。
応用行動分析学とは、すべての動物に当てはまる行動原理をもとに、社会的に重要な行動の改善・習得に応用する心理学分野のこと。1930年代から動物のトレーニングに使われ始め、その成果をもとに特別支援教育をはじめとしたさまざまな分野で応用されるようになった。
一見難しく感じられるかもしれないが、基本となるのは適切な行動を増やすために「強化(ご褒美)」を、望ましくない行動を減らすために「弱化(罰)」を行うというシンプルな原理だ。
「例えば、甘いものが好きな人がケーキを食べると、食べた瞬間に甘さが口に広がるという“よいこと”が起きるので、また食べたくなります。逆に、火に手を当てたときに火傷を負うと、痛みを避けようとして火に近づかなくなる。このような原理のもとに、社会的に重要な行動を習得していこうとするのが応用行動分析学の基本的な考え方です」
「スクールワイドPBS」を
日本の学校に合うかたちで応用
応用行動分析学を応用した教育方法の一つに「スクールワイドPBS(Positive Behavior Support)」がある。これは適切な行動を育てるという考え方のもとに、「強化(ご褒美)」を積極的に行うもの。アメリカの学校では子どもが望ましいとされる行動をしたときに、褒める代わりに「トークン」と呼ばれるカードを渡し、カードが貯まると景品がもらえる、というルールなどが採用されている。
しかし、ものを渡すという行為は日本の学校文化にあまり馴染まない。加えて、あるアメリカの学校で「スクールワイドPBS」を採り入れたところ、「喧嘩しない」「ものを壊さない」といった“適切な行動”が育った一方で、それまでターゲットにされていなかった行動が「なにも良いことがないからしない」と軽視され、遅刻が激増するなどの問題も勃発したという。そこで、石黒教授は日本の学校教育に同手法を採り入れる際、新たに「具体と抽象の行き来」という概念を盛り込んだ。
「学校側が『自分やクラスメイトを大切にしよう』という目標を掲げたとします。これは目標としては適切である一方、抽象度がやや高く、子どもたちはどの行動がこの目標を満たすのかがわかりにくいこともあります。そこで『どんな行動が当てはまるかな』と子どもに考えさせたり、『今の行動はクラスメイトを大切にしているよね』と声をかけたりすることで、目標を満たす具体的な行動について気づいてもらう。つまり抽象的な目標と具体的な行動を行き来することで『適切な行動』の輪郭を知ってもらうのです」
また、「適切な行動」を決める際にも、アメリカの「スクールワイドPBS」にはない“ある工夫”を凝らした。
「教師には『こういう力を育てたい』という理想があります。ただし、それを“すでに決まったもの”として押し付けるのではなく、『この学校をどんなふうにしたい?』と教師と生徒がともに話し合う中で価値観づくりをすることにしました。手間はかかりますが、生徒たちは自分たちが関わって作った価値観なので、より大切にしてくれるのです。また、教師と生徒ともにメンバーが大きく入れ替わる学校という組織では、価値観の再検討を毎年行うことも大切なポイントだと考えています」
教育手法の根底にある「関わりの法則」
石黒教授が教育手法を開発する際に、大切にしている考え方がある。それは“関わったもの”はほとんど“自分自身”のように感じられるという「関わりの法則」だ。これは石黒教授が考案したもので、日本の学校教育に「スクールワイドPBS」を採り入れる際、価値観づくりに生徒を参画させたことにも反映されている。
また、「関わりの法則」の考え方は、子どもの課題解決能力や探究する力を育てる「子どもの言葉で問いを創る授業」や、30分と限られた時間で解決策を見出す「ブリーフミーティング」の根幹にも通じているという。
「『子どもの言葉で問いを創る授業』は、教師ではなく子ども自身が問いを作ることで、自分の作った問いに愛着を持つことができ、授業に主体的に参加しやすくなります。また、ブリーフミーティングでは事例報告者が『困っていること』を話します。『困っていること』も自分が深く関わっていることですから自分自身とほぼイコールです。それについて、その場にいるメンバーが受け入れ、ともに解決策を考えてくれると『みんなが“自分”のために力を貸してくれている』と感じられ、事例報告者とその場にいるメンバーの関係も良好になります。このように、私が開発した教育手法の根底には『関わりの法則』があるのです」
レオン・フェスティンガーの「認知的不協和理論」
「関わりの法則」は石黒教授によって考案されたものだが、アメリカの心理学者であるレオン・フェスティンガーの「認知的不協和理論」によっても裏付けられる。認知的不協和理論とは、自分の中に矛盾した考え(認知)を同時に持つと、不快感(不協和)を感じ、その不快感を解消するために、行動と認知を一致させようとすることを指した概念だ。例えば、「喫煙は体に悪い」とわかっていながら、煙草を吸い続けることには矛盾が生じる。そこで「喫煙は体に悪いが、気分転換になる」などと考えることで不協和を解消しようとすることが、これに当たる。このように認知的不協和理論は「自分が時間や労力をかけたものは“自分自身”と同義であるほどに大切に思え、そうでなければ矛盾が生じる」という「関わりの法則」の裏付けにもなるのだ。
“現場第一主義”の教育・研究者になるまで
教員として生きるきっかけとなった恩師との出会い
現在は学生たちへの指導や研究に取り組む石黒教授だが、キャリアのスタートは中学校教諭だった。高校生の頃は数学が好きで、当時販売されたばかりの自分で組み立てるコンピューターを買って組み立てたりプログラミングを勉強したりしていたという石黒教授は、数学を究めるべく、東京理科大学理学部数学科に進学。しかし、当時は教員になる道は全く思い描いていなかったという。
そんな石黒教授が教員を志すきっかけになったのは、共通科目の一つとして、國分康孝先生の講義を受けたことだった。國分康孝先生と言えば、集団を対象にしたグループカウンセリングの一形態である「構成的グループエンカウンター」を確立した研究者だ。この國分康孝先生との出会いが、石黒教授の人生を大きく変えることになる。
「先生のお話で最も印象に残っているのは『君たちが教師になったときに、先生なんか嫌いだと言われたらどうする』という問いかけです。その場にいた私たち学生それぞれの考えを聞いたうえで、先生は『僕だったらな、嫌いだと言った子の背の高さまでしゃがんで目を見て、僕は君のことが好きなんだけどなと伝えるよ』とおっしゃったのです。その言葉を受けて私は教員を志すことになり、のちの教員人生の支えにもなりました」
大学3年次からは数値解析の研究室に所属するも、國分先生の教えを受けたいという気持ちは変わらなかった。卒業後、都内の中学校で教諭として働き始めてからも、「教育カウンセラー養成講座」、「構成的グループエンカウンター リーダー養成講座」などに参加。個人的な交流は國分先生が亡くなる直前まで続き、その教えは今も石黒教授の中に生きているという。
「妻・久子さんとともに『構成的グループエンカウンター』を行っていた國分先生からは『僕たちの構成的グループエンカウンターのように、あなたもスクールワイドPBSをライフワークのように続けなさい』と言っていただきました。私がスクールワイドPBSの実践を続けることは、先生との約束でもあるのです」
現場の課題を解決するために
学校経営の傍ら、大学院に進学
中学校教諭から始まった教員人生の中で、教頭、校長と、キャリアを着実に重ねてきた石黒教授。のちに研究者になるきっかけとなったのは、2004年に荒川区立中学校に校長として着任したことだった。前校長が療養のため休職になったことで、同時期に校長試験に合格した石黒教授に発令があったのだという。
当時は自由学区制が導入されたばかりのことで、区が同学校を廃校にするとアナウンスをしたために、入学者が激減。その後、住民の強い反対を受け廃校は撤回されたが、生徒の数を増やす必要があった。
「校長に着任した当初は全校生徒が100人程度の小規模校で、昼休みになると、生徒が『先生、バレーボールしましょう』と誘ってくるほど、教師生徒間の関係は良好でした。さらに、構成的グループエンカウンターを行ったところ、不登校だった生徒が学校に来られるようになったり、発達障害のある生徒を手厚くサポートできるようになったりと、非常に良い環境が築けていたと思います。しかし、そうした評判が広まり、発達障害がある、あるいはあると思われる生徒が集まるようになりました。当時の先生たちは大変苦労しながら指導してくれたのですが、それでもうまくいかず、一部の生徒たちの暴力が問題になってきてしまいました。また、お互いの関係性が悪いと構成的グループエンカウンターも成立しないため、打つ手がなくなってしまったのです」
この状況をなんとかしたいという一心で、あらゆる情報や文献を追う中で、たどりついたのが応用行動分析学だった。その過程で心理学者の島宗理先生の本と出会い、直接ご相談したところ、「スクールワイドPBS」に出会ったのだという。
「これをやるしかない」と思った石黒教授は、藁にもすがる想いで、通信制の明星大学大学院 人文科学研究科 教育学専攻 博士前期課程に進学。学校経営との両立を図りながら、アメリカ発祥の「スクールワイドPBS」を研究し、現場の実情に合った独自の仕組みを考案するに至ったのだ。
実際に、日本の学校に合わせ作成された「スクールワイドPBS」により、生徒による暴力は収まり、教師と生徒の間の関係性も改善されたという。のちに同大学大学院 人文科学研究科 教育学専攻 博士後期課程にも進み、研究者としての道を歩み始めることになる。
「構成的グループエンカウンター」とは?
國分康孝先生が考案した「構成的グループエンカウンター」は集団を対象にするカウンセリングの一種で、自己・他者理解を深め、行動変容を起こすための活動と定義される。具体的にはその場にいるメンバーがゲームをはじめとした共通の体験をし、その体験を通して感じたことをシェアリングするものだ。似た名前の手法に、アメリカの臨床心理学者で、“カウンセリングの神様”と呼ばれることもあるカール・ロジャーズが考案した「エンカウンター・グループ」があるが、これはファシリテーターを配置したうえで、その場にいるメンバーが感情をぶつけ合うもの。参加者が傷つくリスクがあることから学校現場では使えないと考え、日本の学校に合う仕組みとして考案されたものが「構成的グループエンカウンター」なのだ。
教育は未来を“創る”仕事
学校で起きることをすべて“教材”として捉える
東京都荒川区立中学校を離れた後も、世田谷区内の中学校の校長、神奈川県逗子市教育委員会の教育部長を歴任した石黒教授。教育委員会の教育部長を務めたのは教育行政という立場から現場に携われるのではないかと考えたからだったが、実際に職務にあたる中で、博物館や図書館の運営、世界遺産の登録など、学校現場に直接関係がない業務も多いことに気づいたという。そこで、子どもたちに携わる教員を養成する方法はないかと考え、応募したのが、桜美林大学で“未来の教員”を育てる道だった。
石黒教授は学生たちへの指導にあたる中で、「学校で起きることはすべて教材だ」と伝えているという。
「まずは『生徒を子どもだと思わずに、“一人の人”として扱うこと』が基本です。子どもだから頭ごなしに叱ってよいと思わないようにと伝えています。また、生徒の一人が消しゴムを投げたとして、『こら!』と叱れば終わりですが、それを『考える機会』と捉えれば、道徳の教材にもなるかもしれません。そのように学校で起きたことを教材として捉える視点が重要だと伝えています」
互いを認め合える、平和な社会を創るために
これまで現場に即した数々の教育手法を開発してきた石黒教授。2016年には鹿嶋真弓氏、吉本恭子氏とともに「TILA教育研究所」を設立し、教育手法の開発や講演活動も熱心に行っている。今後も「子どもの良さを認める指導」をはじめとした教育手法を広めていきたいと力を込めた。
その先にあるのは「互いを認め合える社会」だ。
「『子どもの良さを認める指導』は特に、互いに認め合う力や価値観を育てます。未来を創るのは子どもたちですから、互いに認め合う力を持った子どもたちが育てば、互いを認め合える社会が育ちます。TILA教育研究所のスローガンにもあるように『教育は未来を創る仕事』なのです。“未来の教員”である学生たちにも、こうした私の想いを受け継いでもらいたいと考えています」
教員紹介
Profile
石黒 康夫教授
Yasuo Ishiguro
1958年、東京都出身。1982年3月に東京理科大学理学部数学科を卒業し、理学士を取得。1984年から東京都内の公立学校の非常勤講師としてキャリアをスタートし、都内の区立中学校での教諭・教頭を経て、2004年に東京都荒川区立中学校の校長に着任。当時の学校が抱えていた課題解決の糸口を探るべく、学校経営に取り組みながら明星大学通信制大学院に入学。2009年に明星大学 大学院 人文科学研究科 教育学専攻 博士前期課程 修士課程修了。世田谷区中学校の校長を務めながら2012年に同大学同大学院 人文科学研究科 教育学専攻 博士後期課程 博士課程を修了し、博士号を取得した。その後、神奈川県逗子市教育委員会の教育部長を歴任し、現職。応用行動分析学を基盤とした、学校や地域全体で進める「子どもの良さを認める指導」をはじめ、学校現場の課題に即した教育方法の考案を手がけている。
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