ストレスマネジメント教育を浸透させ、誰もが楽しく学校に通える未来をつくる
子どもたちも日々多様なストレスにさらされている
長時間労働や複雑な人間関係、将来への不安など、現代社会には多くのストレス要因が溢れている。そしてそれは、大人に限った話ではない。小学校や中学校に通う子どもたちもまた、毎日のように多様なストレスにさらされている。空腹を感じたから食事を摂る、疲労を感じたから眠るといったように、ストレスは本来、人間が生きていく上で必要なメカニズムだ。しかし、子どもたちが対処法を知らないストレスに直面したとき、学業成績の低下や不登校といった課題、あるいはいじめのような重篤な問題に発展するケースも多く見られる。こうした事態を防ぐために重要なのは、その前段階となる日々のストレスへの対処法を知っておくこと。しかし、子どもたちがストレスへの対処法を体系的に学ぶ機会はほとんどない。
リベラルアーツ学群の小関俊祐准教授は、認知行動療法を用いた「ストレスマネジメント教育」を学校現場に実装し、不登校やうつといった深刻な事態へと発展する前に、子どもたち自身が対処する力を育てる取り組みを進めている。小関准教授が目指すのは、すべての子どもが楽しく過ごすことのできる社会。学校に行かないことは、児童にとって必ずしも悪いことではない。しかし、それが本当に幸せだといえる状態なのか。学校に行くか行かないかという論点ではなく、児童がストレスに感じている要因を整理整頓し、改善につなげていくことが基本的なアプローチなのだという。
「ストレスから逃れるために考えたり行動したりすることは、誰もが日頃から当たり前に行っていることです。例えば、学校に行くのが辛い時には、休みを取れば気持ちが楽になるでしょう。しかし、こうして一時的に楽になった気持ちが明日まで続くとは限りません。それどころか悪循環に陥って、どんどん登校することが難しくなってしまうこともあります。こうした悪循環を防ぐためには自分の考えや行動、周囲の環境をコントロールすることが重要です。特別な症状に対して治療を施すというよりも、感情や行動を自ら制御できる方向に導いていくことが私の専門とする認知行動療法の役割だと考えています」
ストレスへの認知行動療法的アプローチが研究の主軸
小関准教授の研究においてひとつの軸となっているのが、認知行動療法的な手続きを用いた子どものストレスマネジメントだ。主に学級集団を対象として「抑うつ」に代表される心理的ストレス反応低減のためのプログラムを作成し、その効果の検討を行っているのだという。ストレスの理解と対処法を早い段階で学校教育に取り入れることで、将来的なうつ病や精神疾患の発症を予防する効果も期待している。
具体的な例として、大学院時代に始めた小学校での認知行動アプローチやソーシャルスキルトレーニング(SST)の実践がある。小学5年生を対象とした抑うつ低減効果の検討では、出来事と感情の間には考え方(思考)という要素があるとする認知再構成法を実施。この取り組みの前後で抑うつ傾向を診断する質問に回答してもらい、その結果を比較することで抑うつ低減効果を分析した。この実践から、児童に対する認知再構成法が、抑うつの低減効果を持つ可能性が示唆されたという。
「例えば、『一緒に下校しよう』と約束していた友だちが先に帰ってしまった場合。その事実自体を変えることはできませんが、『私のことが嫌いだからわざと帰った』と考えるのと、『忘れてしまっただけだろう』と考えるのでは、感じるストレスが大きく異なります。どんな考え方をすれば自分の気持ちを楽にすることができるのか。さまざまな場面を紹介しながら考え方を身につけてもらうことで、ストレスがコントロールできるものであると知ってもらうことが研究のねらいでした」
継続的に子どもと関わる「支援者」をサポートする取り組みに注力
小関准教授はこの実践を起点に、幅広い学年における認知行動療法に基づくストレスマネジメント教育の効果を調査した。それに加え、発達障がいを持つ子どもたちに対する認知行動療法的なサポートも実施。同時に、学校の教員や保護者など子どもに関わる大人たちを支援する取り組みにも注力している。学校や保護者からの要請を受け、コンサルタントとして学校現場に介入する機会も多くあるという。こうした研究と実践を通して見えてきたのは、たとえ問題を抱えている児童が一人だけであったとしても、周囲の児童や教員、保護者を巻き込んだ“チーム学校”としてのアプローチが重要になるということだった。
「いじめや不登校といった学校の問題は、発生してから初めて可視化されるというケースが少なくありません。そこで大切になるのは事前にストレスをコントロールできる方法を伝えることですが、先生や保護者たちもその術を知らない場合がほとんどです。また、私たちの介入によって児童の問題を一時的に解決できたとしても、再び学校に通うことが難しくなったり、別の問題が発生したりすることはあり得ます。だからこそ、継続的に児童と関わる教員や保護者の方々にストレスマネジメントの考え方自体を知ってもらう『支援者支援』に力を入れています」
専門家が一時的に介入するだけでなく、学校や家庭にストレスマネジメントの手法を認知してもらうことで、より多くの児童が楽しく学校に通える可能性が高まる。こうした思いから、教員や保護者が子どものストレスマネジメントを支援するための方法を広く発信してきた小関准教授。2025年には、小関研究室に所属していた岩手大学大学院教育学研究科の杉山智風准教授と共同で『小中高をシームレスにつなぐ ストレスマネジメント教育プログラム』という書籍を上梓した。指導に活用できる指導スライドやワークシートを付けるなど、現場における実用性が徹底的に追求された一冊だ。
「この書籍では、これまで取り組んできた教育現場での実践例と、実際に学校や家庭で活用できる認知行動療法的なアプローチを紹介しています。例えば、友だちに『本を貸して』と言われたけれども、自分は読みたい場合にどうするか、といった問いかけをします。その時に、読みたいのを我慢して貸す選択肢、『邪魔するな』と怒る選択肢、『読み終わってからでもいい?』と確認する選択肢などを紹介し、小学生の場合には、自分も相手も嬉しい選択肢を考えます。しかし、中高生を対象とする場合には、『相手に合わせて使い分ける』という視点を身につけることに重きを置きます。このように、特にこだわったのは、同じようなアプローチであっても、小学校、中学校、そして高校の場合で紹介の仕方やねらいを変えた点です。友達関係や親子関係というのは、子どもの発達段階に応じて変わっていきます。そこで、支援者の方々が認知行動療法の考え方をうまく使い分けながら実践できるようにしました」
「自分のことを他の人には分かってもらえない」と感じていた幼少期
スクールカウンセラーから研究者へと移り変わった目標
自分が出会ったことのない子どもにも、認知行動療法的なアプローチが届いてほしい。小関准教授の活動において、その願いが大きなモチベーションになっている。幼少期は周囲の子どもたちと喧嘩することが日常茶飯事だったという小関准教授。やがて「自分のことをわかってくれる人なんてどこにもいない」という感情を抱くようになった。
「今になって考えると、自分のような子どもの気持ちをわかってくれる人が増えればいいなという思いで現在の仕事を続けているのかもしれませんね。もともと『ドラえもん』や『ポケットモンスター』といったアニメが好きで、その知識を子どもとのコミュニケーションに活かせるのではないかと考え、スクールカウンセラーになりたいと思うようになりました。当時、少年犯罪を描いたドラマが放送されていて、文部科学省に務める主人公が『ウルトラマン』や『ゴジラ』を通じて子どもたちの心を開いていく姿に憧れたんです」
日本で初めて小中学生を対象とした認知的アプローチの成果を発表
スクールカウンセラーを目指して子どもと認知行動療法に関する学びを深めていた小関准教授に転機が訪れたのは大学院でのこと。心理療法分野においてはフロイトやユングから始まる精神分析が主流のアプローチで、認知行動療法は後発の研究だった。当時から大人を対象にした認知行動療法の可能性は示されていたが、子どもに応用することは難しいとされていたのだという。
しかし、大学院時代の小関准教授は、実践の中にアニメや劇を用いるなどの工夫を凝らし、子どもの興味を引き出すことに成功。小学生や中学生に対する認知的なアプローチについて、日本で初めて論文を発表するという功績を残した。その成果を学会で発表したところ、多くの反響が寄せられたのだという。
「学校での実践も楽しいと思えましたし、それを評価してもらえたこともうれしかったです。これを仕事として続けていけたらいいなと感じたことが、スクールカウンセラーから研究者へと目標が変わったきっかけになりました」
学校に“行きたいのに行けない”子どもをひとりでも減らすために
楽しいことも辛いことも、学校での経験を活かせる点が研究の魅力
大学院を卒業後は研究者としてのキャリアをスタートし、教員養成にも携わった。学校の教員を目指す学生たちを教える日々にもやりがいを感じていたが、より専門性を発揮できる臨床心理士の養成に貢献したいという思いが次第に芽生え始めた。その使命を果たすべく選んだのが、桜美林大学のリベラルアーツ学群だった。小関准教授の研究室には、毎年多くの学生から所属希望が寄せられている。
「小学校や中学校は誰もが経験しているので、学生も研究に対するイメージが湧きやすいのだと思います。子ども時代が楽しかった学生はその経験を還元したいと思うし、学校に行きづらかったという学生は同じような気持ちを抱える児童に寄り添いたいと思う。自分の過去の経験を研究に活かせるという点が、この分野の魅力なのかもしれませんね」
今後も実践と発信を通じて子どもたちの未来に貢献したい
近年になって子どものメンタルヘルスの問題に注目が集まっているように、時代の変遷とともに学校現場の課題は多様化しているように思われる。しかしその背景に子どもたちが抱えるストレスがあるという点では、今も昔も大きく変わらないと小関准教授は語る。学校に行きたいのに行けない子どもの数をひとりでも減らすため、小関准教授の実践と発信はこれからも続いていく。
「人の生き方はさまざまなので、大きい夢に向かって“学校に行かない”という選択をすることを否定するつもりはありません。ただ、自分ではコントロールできない要因によって、“行きたいのに行けない”という状況に陥るのは非常にもったいない。認知行動療法のアプローチが多くの支援者に伝われば、学校に行きたいのに行けない子どもをゼロにすることも決して夢ではないと考えています。子どもたちがストレスマネジメント教育で得たものをしっかりと身につけ、それぞれの目標を達成しながら元気に暮らす未来に貢献したいと思います」
教員紹介
Profile
小関 俊祐准教授
Shunsuke Koseki
1982年山形県生まれ。2004年に新潟大学人文学部行動科学課程を卒業したのち、2009年に兵庫教育大学連合大学院博士課程を修了。日本学術振興会特別研究員、愛知教育大学教育学部助教、同講師を経て、2014年より桜美林大学心理・教育学系講師、2019年より現職。公認心理師、臨床心理士、専門行動療法士、指導健康心理士、日本ストレスマネジメント学会認定ストレスマネジメント実践士、認知行動療法スーパーバイザー。著書に『小中高をシームレスにつなぐストレスマネジメント教育プログラム』(共著、金子書房)、『認知行動療法の事例で理解する教育相談・生徒指導・進路指導』(編著、大学教育出版)など。
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