• リベラルアーツ学群

    自然領域化学

菅原 生豊 准教授

Seiho Sugawara

菅原生豊先生がインタビューに応じている様子
  • 「電気化学」でエネルギー問題に挑む
  • 持続可能な水素社会の実現に向けて
  • 工学的アプローチの重要性
菅原生豊先生がインタビューに応じている様子

「電気化学」でエネルギー問題に挑む

エネルギー自給率の低い日本

日本のエネルギー自給率は約15%と極めて低い水準にあり、一次エネルギーの8割以上を化石燃料に依存している。リベラルアーツ学群の菅原生豊准教授は、この構造が変わらない限り、日本の将来は厳しいものになると指摘する。

「私は電気化学を専門としています。電気化学は、エネルギー変換や先端材料を支える学問で、電池や燃料電池、電解合成、電解精錬、防食、化学分析など、非常に幅広い分野で社会に貢献しています。中でも重要なのが、電気エネルギーと化学エネルギーを相互に変換する技術です。電気はそのままでは大量に蓄えることが難しい。一方で、化学エネルギーに変換して貯蔵することができれば、必要なときに再び電気として取り出すことが可能になります。この仕組みが、エネルギーを安定的に利用するうえで極めて重要です。そして、化石燃料への依存度を下げていくためには、水素をエネルギー媒体とする『水素社会』の実現が不可欠だと考えています」

水素社会を支える中核技術の一つが、燃料電池である。燃料電池は、水素がもつ化学エネルギーを化学反応によって電気エネルギーへと変換する装置だ。

「燃料電池は、発電時に水しか排出しないため、環境性能の高さがよく注目されます。しかし、私が特に注目しているのは、燃料である水素が石油や天然ガスと同じように扱いやすい『流体』であることです。もちろん水素は『エネルギー源』ではなく『エネルギー媒体』ですが、原子力や再生可能エネルギーなど、さまざまなエネルギー源から製造することができます」

菅原准教授は、約20年にわたり自動車メーカーに在籍し、主に燃料電池車の実用化を目指した研究開発に携わってきた。燃料電池の普及は、化石燃料への依存度を下げるだけでなく、エネルギー供給の選択肢を大きく広げる可能性を秘めている。

「水素は流体であるため、車への充填にかかる時間は5分程度と、ガソリン車とほぼ同じです。利便性を損なうことなく、エネルギー構造を転換できる点も大きな魅力だと考えています。さらに、水素の価値はモビリティ分野にとどまりません。水電解によって電力を水素として貯蔵し、必要に応じて燃料電池で電力に戻すことで、自然変動電源の出力変動を平準化する『電力調整技術』としての期待が高まっています」

燃料電池の技術的なハードルとは?

燃料電池は将来性の高い技術として注目を集めている一方で、いまだ本格的な普及には至っていない。その背景には、いくつかの技術的な課題が存在すると菅原准教授は語る。

「大きなハードルは、コストと耐久性です。この2つはトレードオフの関係にあります。耐久性を高めようとすればコストが上がり、コストを下げようとすると耐久性が犠牲になる。このトレードオフをどう乗り越えるかが、燃料電池の普及の鍵になります」

燃料電池の基本構造は比較的シンプルだ。中央に電解質があり、その両側にアノード(燃料極)とカソード(空気極)と呼ばれる2つの電極が配置されている。アノードでは水素酸化反応が起こり、電子が放出される。一方、カソードでは酸素還元反応が進行し、電子を受け取る。この電子が外部回路を流れることで電力が取り出される。

「仕組み自体は単純ですが、技術的に最も厄介なのがカソードで起こる酸素還元反応です。この反応は非常に遅いため、反応を促進するために大量の白金触媒を必要とします。白金は高価な材料であるため、これが燃料電池のコストを押し上げる大きな要因になっています」

菅原准教授は、自動車メーカーに勤務しながら研究開発に携わる一方で、大学院博士課程に進学し、基礎研究にも取り組んできた。実務と学術研究の双方に身を置いた経験の中で、特に重視してきたのが「評価手法」の構築だったという。

「燃料電池の性能や劣化を正しく評価する手法は、基礎研究だけでは確立できません。実際の工業製品として、どのような環境で、どのように使われるのかを理解していなければならないからです。実務での知見と、大学での基礎研究を往復しながら、評価手法や解析方法の開発に力を注いできました」

持続可能な水素社会の実現に向けて

化学の研究を志した背景について語る菅原生豊先生

化学の研究をしたかった

高校時代、菅原准教授が大学進学を考える中で強く惹かれたのが「化学」だった。一見すると価値が見えにくい物質であっても、工夫次第でまったく新しい性質を引き出すことができる。その変化を生み出せる学問として、化学に面白さを感じたという。大学院へ進学し修士課程を修了した後、菅原准教授は材料系メーカーに就職する。しかし配属されたのは、化学とは直接関係のない、ガラスを成型する工場だった。

「本当は化学系の研究職に就きたかったのですが、当時はバブル崩壊後の就職氷河期。まずは就職できただけでもありがたい状況でした。ただ、できることなら何かしら化学に関わる仕事をしたいと思っていました」

そんな中で出合ったのが、工場で行われていた金型の表面処理工程だった。直接の担当ではなかったものの、金型表面に施される「めっき」処理を見る機会があったという。

「めっきは、電気エネルギーを用いて化学反応を進め、生成した物質を素材表面に析出させる技術です。表面の性質を変えるこの技術の基盤にあるのが電気化学です。久しぶりに化学らしい現象に触れて、やはり自分は化学を仕事にしたいと強く思いました」

その後、外資系化学品メーカーへ転職し、めっき用化学品の研究開発職に就いたことで、菅原准教授は本格的に電気化学の世界へと足を踏み入れた。

「日本に研究所を新設する計画があり、その立ち上げ要員として採用されました。ただ、入社時点ではまだ国内に研究所がなかったため、最初はアメリカの研究所に赴任することになりました。人生で2度目の海外で、英語も得意ではありませんでしたが、念願だった化学系の研究職だったので、必死に食らいついていきました」

アメリカで約2年3か月、さらにドイツの研究所でも約3か月研究に携わり、日本へ帰国。国内には研究所自体は完成していたものの、研究員はわずか数名で、体制としてはまだ立ち上げ途上だったという。そんな折、転職サイトを通じて自動車メーカーからスカウトの連絡が届いた。面接を受けると、ほどなく採用が決まった。

「その自動車メーカーでは、燃料電池車の開発を進めており、技術者を募集していたのです。私がそれまで取り組んできためっきは、電気エネルギーを化学エネルギーに変換する技術。一方、燃料電池は化学エネルギーを電気エネルギーに変換する技術です。エネルギー変換の向きは逆ですが、根本的な考え方は同じ。これまでの経験が、そのまま活かせる分野だと感じました」

燃料電池はあくまで一つの手段

菅原准教授が燃料電池の研究に携わってきた背景には、「燃料電池が好きだから」という動機があったわけではない。むしろ、与えられた役割を引き受け、その中で専門性を深めてきた結果だという。

「仕事として与えられたからやった、というのが正直なところです。これは学生にも伝えたいことですが、最初から夢や強い希望、好きなことがなくても構いません。与えられた役割にきちんと向き合い、責任をもって取り組んでいけば、自然とその分野のプロになっていきます。それで十分なのです」

自動車メーカーには、燃料電池だけでなく、リチウムイオンバッテリーをはじめとするさまざまな電動化技術の開発部門が存在する。どの技術も、電気化学という共通の基盤の上に成り立っており、菅原准教授は特定の方式に固執することなく、技術者として最善を追究してきた。

社会全体を見渡したとき、燃料電池が数年後に一気に普及している姿を現実的に想像するのは難しい。一方で、日本が抱えるエネルギー問題は極めて深刻だ。エネルギー自給率は15%程度にとどまり、一次エネルギーの8割以上を化石燃料に依存していることは先に示したとおりだ。この構造を変えない限り、持続可能な社会の実現は難しい。

「化石燃料への依存度を下げるためには、水素をエネルギー媒体として活用する水素社会を実現していく必要があります。その中で、燃料電池は重要な構成要素の一つではありますが、水素そのものをつくり出す水電解技術も同様に不可欠な基盤です。しかし、それらだけで社会を変えられるとは考えていません」

菅原准教授は問題を解決できれば特定の技術にこだわりはないという。都市部のモビリティや短周期の電力調整にはリチウムイオンバッテリーが最適解かもしれない。高温熱プロセスの電化も化石燃料への依存度低下に有効だろう。二酸化炭素を回収して資源にできれば炭素循環社会への転換が起こる。

「さまざまな局面で電気化学を生かせる場面があります。そのときに、これまで蓄積してきた自分の知見を少しでも社会に還元できればと思っています。エネルギーは、社会のあらゆる活動の基盤です。食料自給率には関心が向きやすい一方で、エネルギー問題は意識されにくい。しかし、食料を生産するためにも、必ずエネルギーが必要です。エネルギー問題は極めて重要であり、私自身、これまで仕事として関わってきたテーマでもあります。だからこそ、桜美林大学でも、この問題を丁寧に、そして現実的に伝えていきたいと考えています」

工学的アプローチの重要性

キャンパス内で佇む菅原生豊先生

課題を起点に物事を考える

菅原准教授が自動車メーカーでの実務を通して得た視点は、エネルギー技術に関するものだけではない。もう一つ大きな学びとして挙げるのが、「工学的アプローチ」という考え方だ。菅原准教授は、これまで材料系メーカー、化学品メーカー、そして自動車メーカーとキャリアを重ねてきた。その過程で、モノづくりに対する思考の起点が、大きく異なることを実感したという。

「材料メーカーは、基本的に顧客企業に買ってもらう側です。顧客から求められる性能や仕様がまずあって、それに応えるかたちで材料や技術を開発していきます。一方で、自動車メーカーはオーダーを出す側です。ここでは、考え方の出発点がまったく違ってきます」

自動車メーカーでは、まずエンドユーザーや社会が何を求めているのかを考える。安全性、環境性能、利便性といった要求を満たすために、車としてどのような性能が必要なのかを定義し、そこからシステム全体の設計へと落とし込んでいく。その選択肢の一つとして、燃料電池という技術が位置づけられる。

「燃料電池を使うと決まれば、次に考えるのは、そのためにどのような材料や部品が必要かということです。つまり、エンドユーザーや社会のニーズを起点にして、システム全体を構想し、その中で自分が担当するモジュールや材料が、どのような制約条件のもとで、どのレベルの性能を求められているのかを理解する必要があります」

このように、課題から出発し、全体像を描いたうえで個別の技術へと落とし込んでいく思考法こそが、「工学的アプローチ」だと菅原准教授は語る。

STEAM教育を深化させたい

工学的アプローチとは、明確な目的を起点に、システムを構成する要素を分解・整理し、それらを再統合することで、合理的かつ効率的に課題解決へと導く考え方だ。個別の専門分野の知識にとどまらず、周辺領域や上位システムの要件まで視野に入れて研究や開発に取り組む姿勢が不可欠になる。

「燃料電池に限らず、どのような技術であっても、それを社会で実際に使える形にまで高めるためには、この視点が欠かせません。研究成果が社会実装に至るかどうかは、工学的アプローチを取れているかどうかに大きく左右されると思っています」

こうした考え方と親和性が高いのが、STEAM教育である。STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5分野を横断的に学び、複雑な社会課題に対して創造的に向き合う力を育てる教育概念だ。菅原准教授は、STEAM教育が、工学的アプローチを体現する枠組みだと捉えている。

「人類が直面している課題を解決していくためには、工学的アプローチが不可欠です。本来であれば、できるだけ早い段階からこの視点に触れられるのが理想でしょう。しかし、桜美林大学のリベラルアーツ学群は、分野を横断して学べる環境が整っており、大学段階においても十分にその力を養うことができます」

リベラルアーツ学群の中で、菅原准教授は工学を専門としてきた数少ない教員の一人でもある。だからこそ、工学の立場から、学生に工学的アプローチの視点を伝えていきたいと語る。

「社会の課題を起点に、全体像を把握し、効果的な策を考えて解決へとつなげていく。そのための思考の土台を、リベラルアーツ学群の中で広げていけたらと思っています」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む菅原生豊先生

菅原 生豊准教授

Seiho Sugawara

1970年東京都出身。早稲田大学 理工学部 応用化学科 卒業。北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 機能科学専攻 博士前期課程 修了。横浜国立大学大学院 工学府 機能発現工学専攻 博士課程後期 修了 博士(工学)。旭硝子株式会社(現・AGC株式会社)、アトテックジャパン株式会社、日産自動車株式会社などを経て、2022年より桜美林大学 リベラルアーツ学群 准教授。専門は電気化学、触媒化学、化学工学。

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