25年の国際協力実務を通じて抱いた「GDP成長に囚われている限り、貧困や不平等は減らないのでは」という疑問
インドで自分の無力さを痛感した、大学3年の春
リベラルアーツ学群の高須直子教授は、神田外語大学を卒業後、株式会社日本国際協力機構(JAIDO)、国際協力銀行(JBIC)、そして国連開発計画(UNDP)と、民間企業から政府系開発金融機関、国際機関へとフィールドを移しながら、25年近く国際開発協力の最前線に立ち続けてきたキャリアの持ち主だ。
その原点となったのは、大学3年次が終わる春休み、バックパッカーとして訪れたインド、コルカタ(旧カルカッタ)にあるマザー・テレサの「死を待つ人の家(ニルマル・ヒルダイ)」での経験だったという。
「そこでは自分と変わらない年代のヨーロッパからの若者たちが、ボランティアとして働いていました。一方、私は何もできず、ただの観光客として見ているだけ。もちろんカルカッタの貧困や格差の現実にもショックを受けましたが、それ以上に自分が何もできないということが悲しく、死を待つ家からの帰り道に泣きながら歩いていたのを覚えています」
帰国後、高須さんはすぐに行動を起こす。母親が参加していた横浜の日雇い労働者が多い寿町の炊き出しグループに加わり、日雇い労働者の人たちの食事の調理を手伝い、一緒に昼食を食べた。後に「社会的連帯経済」という研究分野に辿り着く30年前のことだった。
パキスタンの14年。経済は発展したが、貧しい人の生活は変わらない
UNDPでの17年間、高須さんはパキスタン、イラク、東京、バンコク、再びパキスタン、タジキスタン、イスタンブールと、世界中の現場を駆け回った。なかでも印象深かったのが、2003年に赴任し、その14年後の2017年に副代表として戻ったパキスタンでの経験だったという。
「その14年で、パキスタンの経済は確かに発展していたんですよね。昔は経済と金融の中心都市であるカラチに行かないとマクドナルドもなかったのです。それが2017年には、首都イスラマバードにもショッピングモールができて、ファストフード店ができて、それを「豊かさ」と呼ぶかどうかは別として、『先進国』に似たようになっている。でも、本当に貧しい人たちの生活も、田舎で暮らす人たちの生活ぶりも変わっていないようでした」
GDP成長はあり、お金持ちはさらに豊かになっていく。それなのに、貧しい人々の暮らしはほとんど変わらない。国際開発のやり方が違うんじゃないか。高須教授が抱き続けた思いは年を追うごとに強くなっていった。
「結局、我々がGDP成長というものを目指している限り、いわゆる底辺の貧困層の生活は変わらず格差というのは減らないんじゃないか。それが25年ぐらい働いてきた中での、私なりの結論でした」
社会的連帯経済。GDP成長があってもなくても貧困と不平等を削減できる方法の模索
1冊の本との出会い、そして国連を辞めた決断
高須さんに転機が訪れたのは2018年の暮れ、休暇で日本に一時帰国していたときだった。立ち寄った書店で、イタリアの経済学者ステファーノ・バルトリーニの『幸せのマニフェスト:消費社会から関係の豊かな社会へ』に出会う。
「私の問題意識、今の経済システムにはどんな問題があるのかというのを、すごく的確に書いてくれていたんです。そこから訳者の中野佳裕さんが紹介していたティム・ジャクソンの2017年に出版された『Prosperity without Growth (成長なき繁栄)』も読みました。私が考えていることは、もう学者の方々がちゃんと議論されているんだ、と勇気づけられました」
ただし、これらの本はあくまで「先進国」の経済を論じたもの。いわゆる「途上国」についてはほとんど触れられておらず、「経済成長は必要」という一般的な結論を出しているように見えた。
「そうか、これが自分の研究すべきテーマだ。『成長なき繁栄』はいわゆる途上国でも通用するのかどうかや、今の『先進国』が通った道とは違う『開発』の方法があるか探りたい」
そんな問いを抱えて、高須さんは2020年3月にUNDPを退職。立命館アジア太平洋大学(APU)の博士後期課程に入学した。「いつかは大学で教えたい」という、若い頃から温めてきた夢への布石でもあった。入学直後、新型コロナウイルスの感染拡大で外出も制限されるなか、自宅でひたすら本を読む日々が続いた。脱開発、ポスト開発の文献を片端から当たるうちに、「社会的連帯経済」という言葉に何度も出会うようになった。
「市場」でも「再分配」でもない、第3の経済
日本ではまだ馴染みの薄い「社会的連帯経済」という言葉を、高須教授はこう定義している。
「利潤の追求や富の蓄積よりも、人びとのウェルビーイングや地球環境保全を優先し、協力、連帯、互酬性、公平性、包摂性、多様性、民主的で自主的な運営といった原則に基づく、市民が主導する経済活動。そして、経済のあり方の再考を促す運動です。そこには、協同組合、社会的企業、非営利団体、相互扶助組織、非正規雇用者のネットワーク団体といった組織、フェアトレード、マイクロファイナンス、地域通貨、時間銀行、産直提携運動、コミュニティが運営する再生可能エネルギーなどの活動などが含まれます」
ただ社会的連帯経済の定義については、研究者・実践者により大きく異なっているとのこと。「言葉だけではピンと来ないかもしれませんが、実は私たちの身の回りにも、社会的連帯経済の実践はたくさんあるんです」と高須教授は微笑む。そして、その中核に位置づけられるのが、現在の研究の焦点である「互酬性(ごしゅうせい、reciprocity)」だ。
「経済人類学者カール・ポランニーは、経済活動には『市場における交換』『再分配』『互酬』の3つの形があると整理しました。平たく言うと、市場における交換は、お金を介した売買。スーパーで野菜を買うのも、会社で仕事をして給料をもらうのも、これに当たります。再分配は、政府が税金を集めて公共サービスとして提供しているもの。そして3つ目が『互酬』、つまり市井の人々の直接的なやりとりです」
漁村の漁師が新鮮な魚を持っていき、隣村の農家から野菜と物々交換する。地域の親たちが交代で子どもの面倒を見合う。1時間のサービスを通貨のように交換し合う「時間銀行」。お金を介さず、メンバー同士の信頼関係の中で循環する経済活動。それが互酬の世界だ。
「面白いのは、互酬は必ずしも1対1のやりとりとは限らない、ということです。私が誰かに何かをして、その人が別の誰かに何かをして、ぐるぐる回って、いつか私にも誰かから何かが返ってくる。『お互いさま』という日本語が、その感覚に近いかもしれません」
パキスタンのアフワット。貧しい人が貧しい人を助ける仕組み
博士論文で高須さんが取り上げたのは、パキスタンのイスラム金融マイクロファイナンス機関「Akhuwat(アフワット)」の事例だった。アラビア語で「同胞愛」を意味するこの組織は、無利子の少額融資を貧困層に提供している。
「もともとはラホールという都市の小さな団体だったのが、今ではパキスタン全土に800以上の支店を持つまでに広がっています。多くの場合、互酬性に基づく組織は、顔の見える関係の中でしか成立しないと言われている。なぜアフワットは拡大できたのか。そこに私は強い関心を持ちました」
拡大の原動力は、政府からの資金や富裕層からの寄付だけではなかった。アフワットから融資を受けて生活を立て直した人たち自身が、返済時に少額の寄付を添える。50円、100円といった小さなお金が積もり、それが新たな貸付の原資となって、また別の貧しい人を助ける。
「『自分が助けられたから、他の人も助けたい』。その気持ちが循環の原動力になっている。これは私の中で、互酬性が制度として拡大する可能性を示した、とても貴重な事例でした」
国際開発学会の研究部会で、社会的連帯経済を長年研究する法政大学の伊丹謙太郎教授からは、「中世の共同体の互酬性が『1.0』、19世紀の近代協同組合が『2.0』だとすれば、あなたが探っているのは『互酬性3.0』だよ」と指摘されたという。
「まだその3.0が何なのか、探り切れておらず、はっきり言葉にできていません。でも、顔の見えない関係の中でも互酬性が成り立つ仕組みを探ること、それには意味があると確信しているので、亀のような歩みでも研究を続けていくつもりです」
国際協力と研究をつなぐ次のステージ
国際協力と社会的連帯経済はつながっている
桜美林大学で教鞭を執るようになって、高須教授がいつも考えていることがあるという。それは、自分が25年間、現場で見てきた国際協力の経験と、今研究している社会的連帯経済とのつながりを、どう学生たちに伝えるかについて。
「国連時代、パキスタン、イラク、タジキスタン……どこの国で働いていても、私はいつも周りの人たちに助けられていました。家探し、生活を整える手伝い、病気のときの食事、自分の欠点や過ちに気づかせてくれる助言。本当に数えきれないほどの人々に助けられてきたんです」
特に印象に残っているのは、パキスタンで出会ったキリスト教徒のマイノリティの人々や性的少数者、イラクのクルド地方で地雷によって足を失った青年、そしてバスラ地方で命をかけて協力を続けてくれたNGOの代表者など、いずれも「途上国」と呼ばれる国の、社会的にも経済的にも厳しい立場にあった人たちだった。
「私たちの日々の暮らしは、人間以外の生物や非生物も含めて、『お互いさま』で成り立っているんだと思います。でも、現代の日本でそのことに気づく機会が少ないのは、お金で解決する範囲が生活の大半になっているからではないでしょうか。あるいは、『お互いさま』ではなく、自然環境や他者を利用して『自分がいかに利益を上げるか』が中心になってしまったからこそ、生きづらくなってきているのでは。」
いわゆる「途上国」は、「途上国」ではない部分も持っている。経済的には豊かとされる「先進国」が、実は失っているものがある。その逆説を、現場でずっと見てきた。だからこそ、社会的連帯経済の研究は、「現場で抱いてきたぼんやりとした考えを、ひとつの角度から探り、明確にしていくプロセス」なのだと高須教授は語る。
「国際協力や国際開発の授業では、今の『途上国』が『途上国』であり続ける理由は、その国の国内問題だけではなく、グローバル経済の仕組みや、私たち『先進国』に住む人々の暮らしも関係している、ということを学生たちと一緒に考えています。私たちはどうつながっているのか。どんな社会をつくりたいのか。国際協力の現場で見てきたことと、社会的連帯経済の研究と、これから社会に出ていく若い人たちと一緒に学んでいることは、私の中では一つにつながっています」
今後、実現したいと考えているのが、『南アジアの社会的連帯経済』をテーマとした本の出版だ。
「今は博士論文で扱ったパキスタンに加えて、バングラデシュの事例を探っています。さらにこの先、ネパール、スリランカ、ブータン、インド、モルディブ、アフガニスタン……南アジア各国の事例を集めて、一冊の本にまとめる。社会的連帯経済という切り口からの研究が限られている地域だけれど、政府にも市場にも頼れない人々の互酬は、取るに足らないものではない。そこを深堀する研究をしたいんです」
世界的に見ても極度の貧困と格差が残る地域。だからこそ、人々が生き抜くために編み出してきた互酬のかたちが、そこにはあるはずだと考えている。マザー・テレサの家で自分の無力さを痛感した大学3年次の春から、30年余り。「お互いさま」が人びとの生きづらさを減らし、地球を守るヒントになるか模索し続ける高須教授の旅は続いていく。
教員紹介
Profile
高須 直子教授
Naoko Takasu
神田外語大学外国語学部英米語学科卒業。Asian Institute of Management修士課程修了(開発マネージメント)。立命館アジア太平洋大学大学院アジア太平洋研究科博士課程修了。博士(アジア太平洋学)。1994年に株式会社日本国際協力機構(JAIDO)に入社し、世界銀行グループ国際金融公社(IFC)ワシントン本部への派遣を経験。その後、国際協力銀行(JBIC)専門調査員を経て、2003年より国連開発計画(UNDP)に勤務。パキスタン、イラク、駐日代表事務所、バンコク地域事務所、再びパキスタンで副代表、タジキスタンで副代表代行、イスタンブール地域事務所と、25年近くにわたり国際開発協力の最前線で活躍。2020年に博士課程に進学し、2023年に博士号を取得。駒沢女子大学観光文化学部教授を経て、2026年4月より桜美林大学。専門は社会的連帯経済(SSE)、開発学、国際協力。共編著に『これからの国際協力——私たちが望む未来のために』(山形辰史氏との共編、有斐閣、2025年)。論文に「社会的連帯経済における互酬性の役割——パキスタンのイスラム金融マイクロファイナンス機関・アフワット」(『ポスト資本主義時代の地域主義』所収、明石書店、2024年)など。
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