• リベラルアーツ学群

    自然領域化学

澤田 直子 特任准教授

Naoko Sawada

澤田直子先生がインタビューに応じている様子
  • 脂質生化学や動脈硬化を専門に研究してきた
  • LDL(悪玉)だけでなく、HDL(善玉)にも着目
  • 人々の健康に関わる環境問題にも視野を広げる
澤田直子先生がインタビューに応じている様子

脂質生化学や動脈硬化を専門に研究してきた

動脈硬化のメカニズムとは?

心筋梗塞や脳卒中は、日本人の主要な死因の一つとして知られている。これらの疾患の多くは、血管が硬く狭くなる「動脈硬化」によって引き起こされる。リベラルアーツ学群の澤田直子特任准教授は、脂質生化学と動脈硬化研究を基盤に、人々の健康維持・増進につながる研究に取り組んできた。

「動脈硬化は、心筋梗塞や脳卒中の主要な原因疾患であり、その発症・進展メカニズムの解明は医学的に重要な課題です。動脈硬化病変の形成には、血管壁に集まったマクロファージが大量の脂質を取り込み、泡沫細胞へと変化する過程が深く関わっています。私は、その過程で重要な役割を果たす酸化リポタンパク質の動態や代謝機構に着目して研究を進めてきました」

マクロファージは、細菌やウイルス、老廃物などを取り込み処理する免疫細胞の一種である。一方、リポタンパク質とは、コレステロールや中性脂肪などの脂質を血液中で運搬するための粒子で、高密度リポタンパク質(HDL)や低密度リポタンパク質(LDL)が代表的だ。なかでもLDLは、肝臓で作られたコレステロールを全身の細胞へ届ける役割を担っており、生命活動に欠かせない存在。一般に「悪玉コレステロール」と呼ばれている。

しかし、血液中のLDLが過剰になると、一部が血管壁へ入り込み、活性酸素の作用によって酸化される。すると、この酸化LDLをマクロファージが異物として大量に取り込み、細胞内に脂質を蓄積していく。その結果、マクロファージは顕微鏡下で泡のように見える「泡沫細胞」へと変化し、血管壁に蓄積して動脈硬化病変を形成する。こうした変化が進行すると、心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが高まっていく。

活性酸素とは、体内に取り込まれた酸素の一部が変化し、強い酸化作用を持つようになった物質の総称だ。細胞を傷つける原因にもなるが、その発生自体を完全に防ぐことは難しいという。

「人は呼吸によって酸素を取り込んでいますから、体内でさまざまな物質が酸化されること自体は避けられません。もちろん、ビタミンCやビタミンEなどには酸化を抑える働きがありますが、それでも長い年月の中では酸化によるダメージが少しずつ蓄積していきます。よく『体が錆びる』と表現されますが、こうした酸化ストレスの蓄積は老化とも深く関わっています」

LDL酸化研究で注目されてきたリゾホスファチジルコリン

澤田特任准教授は、LDLが酸化される過程で生じる脂質成分に着目し、その生成メカニズムの解明に取り組んできた。研究対象としたのが、酸化ホスファチジルコリン(酸化PC)とリゾホスファチジルコリン(lysoPC)だ。

「LDLの酸化過程で生じる脂質成分を、LC-MS/MSという分析装置を用いて詳しく解析してみると、LDLの酸化における主要生成物がlysoPCであることがわかります。また、その生成にはPAFアセチルハイドラーゼという酵素の活性が不可欠であることも明らかになっています」

ホスファチジルコリンは、細胞膜を構成する主要なリン脂質の一つであり、LDLにも多く含まれている。一方、lysoPCはLDL中にはわずかしか存在しない。しかし、LDLが酸化される過程で大量に生成されることが知られている。lysoPCにはマクロファージによる取り込みを促進したり、炎症反応を引き起こしたりする作用があり、動脈硬化の進展との関連が注目されている。こうした研究では、まず実験材料となるLDLを採取する必要がある。

「実際には、自分の血液などからLDLを分離して使用します。医学部の研究室で採血をしてもらい、血液を遠心分離してLDLを取り出します。そのLDLに酸化を促進する処理を加えたり、酵素活性を阻害したりしながら、酸化PCやlysoPCがどのように増減するのかを定量的に解析していきます」

その結果、LDLが酸化される過程では、lysoPCが主要な生成物として蓄積していくことが確認される。ただ、ここまでは先行研究でも示されていた内容。そこで、澤田特任准教授は、さらに一歩踏み込み、急性心筋梗塞患者の血液から分離した酸化LDLの性状解析を行った。

「そうすると予想とは異なる結果が得られました。試験管内で酸化させたLDLでは大量に生成されていたlysoPCが、実際の患者由来の酸化LDLではそれほど多く検出されなかったのです」

これは、動脈硬化の発症や進展を理解するうえで、LDLだけを見ていては不十分である可能性を示唆していた。そこで澤田特任准教授は、LDLだけではなく、高密度リポタンパク質(HDL)の役割にも注目する必要があるのではないかと考えるようになった。

LDLだけでなく、HDLにも注目していく必要がある?

急性心筋梗塞患者由来の酸化LDLを解析した結果を受け、澤田特任准教授は、HDLの役割にも着目。HDLは、血管壁に蓄積した余分なコレステロールを回収して肝臓へ運び、動脈硬化の進行を抑える働きを持つことから、一般に「善玉コレステロール」と呼ばれている。しかし近年では、HDLも酸化によって変性し、その機能が変化する可能性が指摘されていた。

「酸化したHDLの存在自体は知られていましたが、それが動脈硬化にどの程度関与しているのかは十分に解明されていませんでした。そこで私は、動脈硬化との関連がよく知られている酸化LDLだけでなく、HDLにも着目して研究を進めました」

解析の結果、酸化LDL粒子には酸化修飾を受けたHDLが伴っていることが明らかになった。つまり、HDLはLDLの酸化を抑える過程で自らも酸化され、その一部が酸化LDLと複合体を形成している可能性が示されたのだ。

「酸化したLDLの周囲に、酸化したHDLも存在している。動脈硬化を理解するうえでは、LDLだけを見るのではなく、HDLの変化にも注目する必要があるのではないか。そのような問題提起につながる研究になったと考えています」

さらに澤田特任准教授は、酸化脂質がリポタンパク質間をどのように移動するのかについても研究を進めた。その際に用いたのが、重水素標識した酸化PCやlysoPCだ。重水素標識とは、分子中の一部の水素を安定同位体である重水素に置き換え、「目印」を付ける技術だ。この目印を追跡することで、脂質がどのように移動し代謝されるのかを詳細に調べることができる。

実験の結果、短鎖型酸化PCやlysoPCはLDLとHDLの間を速やかに移動し、最終的にはHDL上で代謝されることが示された。その過程で重要な役割を果たしていたのが、LCAT(レシチンコレステロールアシルトランスフェラーゼ)と呼ばれる酵素。LCATはHDL上でコレステロールをエステル化し、余分なコレステロールを効率的に回収する働きを担う酵素として知られている。

これらの研究成果は、動脈硬化をLDLが引き起こす病気として捉えるのではなく、HDLによる防御機構や酸化脂質の代謝過程も含めて理解する必要性を示している。動脈硬化の発症・進展メカニズムをより深く解明するためには、LDLとHDLの相互作用に着目した研究が今後ますます重要になるかもしれないと澤田特任准教授は語る。

動脈硬化の予防には規則正しい生活から

動脈硬化の発症や進展のメカニズムについては、近年研究が大きく進んでいるものの、いまだ解明されていない部分も多くあるという。そのため、澤田特任准教授らによる研究も含め、世界中でさまざまな研究が続けられている。

一方で、これまでの研究から明らかになっていることもある。その一つが、生活習慣とリポタンパク質の関係だ。HDLは、血管壁に蓄積したコレステロールや酸化脂質を回収する役割を担っているが、近年では、その「量」だけでなく「質」が重要であることがわかってきている。適切な生活習慣を維持することは、HDLの働きを保つうえでも重要だと考えられている。

また、LDLについては、現在では有効な治療薬が広く用いられている。代表的な脂質異常症治療薬は、肝臓でのコレステロール合成を抑えることで、血液中のLDLコレステロール値を改善する効果を持つ。

「基本的には、規則正しく健康的な生活を送ることが大切です。十分な睡眠をとることで酸化ストレスを軽減できますし、脂質の摂り過ぎに注意することも動脈硬化の予防につながります」

また、日々の食生活にも気を配る必要があるという。たとえば、スナック菓子や揚げ物など、高温で調理された食品には脂質の過酸化物が多く含まれる場合がある。

「こうした酸化した脂質は、マクロファージに取り込まれやすくなる可能性があります。もちろん、すべてを避ける必要はありませんが、摂り過ぎには注意した方がよいでしょう。必要に応じて薬物療法を活用することも大切ですが、その効果を支える土台は日々の生活習慣です。動脈硬化は長い年月をかけて進行する病気ですから、特別なことをするというよりも、毎日の生活を少しずつ整えていくことが何より重要だと思います」

脂質は生体内で多彩な役割を果たしている

脂質の役割を追究する研究者を志したきっかけについて語る澤田直子先生

未解明な部分も多い脂質の役割を追って研究者に

澤田特任准教授が生化学に興味を持った背景には、幼少期の経験があった。子どもの頃は病院に通う機会が比較的多く、身近な人が病気になる姿を見ることもあった。そのため、医療や人の体の仕組みに対して自然と関心を抱くようになったという。

「子どもの頃に通った薬局では、多くの薬剤師さんが女性として活躍されている姿が印象的でした。そうした経験から、女性が長く社会に貢献し続けられる働き方に魅力を感じ、薬学部を選びました」

大学で講義を受ける中で、生体内の分子の働きに興味を持つようになった。研究室を選ぶ段階では、脂質そのものをテーマとして選んだというよりも、細胞やマウス、さまざまな実験器具を実際に扱いながら研究を進められる点に魅力を感じ、生化学を専門とする研究室に所属することになった。

実際に研究室に入り、脂質を扱う研究に携わる中で、脂質研究の面白さに出会うことになる。脂質は、炭水化物(糖質)、タンパク質と並ぶ三大栄養素の一つとして知られている。エネルギー源となるだけでなく、細胞膜やホルモンの構成成分となり、体温の維持や内臓の保護、さらには脳や神経の機能にも関わるなど、生体内で極めて重要な役割を担っている。

「それまでは、脂質といえば脂肪として体に蓄積されるもの、あるいはエネルギーをため込むものというイメージが強かったのですが、実際に研究室で学ぶ中で、生命活動を支えるさまざまな働きを担っていることを知りました。その一方で、脂質が過剰になったり、代謝のバランスが崩れたりすると、動脈硬化をはじめとするさまざまな疾患につながることもわかり、興味を持ったのです」

脂質が果たす多彩な役割と、その異常が引き起こす病気のメカニズム。その両面を理解したいという思いから、研究にのめり込んでいくようになった。生化学の魅力は、生体内で起こる現象を分子レベルで解き明かしていけることにあるという。細胞の中で何が起きているのか、分子同士がどのように作用し合っているのかを探ることで、生命現象の本質に迫ることができる。

実験ではまず仮説を立て、その仮説を検証するための方法を考える。どのような試薬を使うのか、どれくらい反応させるのか、一つひとつ条件を組み立てながらデータを集めていく。しかし、思い描いた通りの結果が得られるとは限らない。そんな「予想外の結果との出会い」が研究の醍醐味だと澤田特任准教授は語る。

「想定していた結果にならないことはよくあります。しかし、それが必ずしも失敗とは限りません。研究を続けていく中で、『そういえば以前こんなデータがあった』と過去の結果が新しい発見につながることもあります」

もちろん、研究は試行錯誤の連続だ。実験が思うように進まず、体力的にも精神的にも苦労することは少なくない。それでも未知の現象に挑み、新しい知見を積み重ねていく過程そのものに大きな魅力を感じているという。

「大変なこともありますが、振り返ってみると基本的にはずっと楽しみながら研究を続けてきました。わからないことが少しずつわかっていく。その面白さが、研究を続ける原動力になっています」

人々の健康には、生体内だけでなく外部環境も大切

キャンパス内で佇む澤田直子先生

発展途上国の廃棄物処理と健康問題

人の健康は、生体内の分子メカニズムだけでなく、生活環境や社会構造といった外的要因にも大きく左右される。澤田特任准教授は、こうした視点から、生体内の研究にとどまらず、環境と健康の関係にも関心を広げている。そのきっかけとなったのが、フィリピンでのボランティア活動だ。

「海洋プラスチックごみ問題をはじめとする環境問題がニュースなどで取り上げられるようになり、次第に関心を持つようになりました。詳しく調べる中で、日本のボランティア団体の活動を知り、参加することにしたのです。そこでフィリピンへ行きました」

現地で目の当たりにしたのは、ごみ山の周辺で生活する人々の姿だった。廃棄物の集積地では、有害物質の発生や衛生環境の悪化が問題となっており、健康被害のリスクも高い状況に置かれている。また、プラスチックごみが自然環境へ拡散するプラスチックごみ問題も深刻化していた。

「こうした状況を目にして、研究としてもう少し掘り下げてみたいと考えるようになりました。調べていく中で、当時桜美林大学に在籍していた環境学の片谷教孝先生の存在を知り、大学院に進学して研究を行うことにしました」

桜美林大学大学院では、フィリピンやインドネシアにおける家庭ごみ処理の実態や廃棄物処理政策をテーマに研究を進めた。現地では経済成長や人口増加に伴いごみ排出量が増加している一方で、処理インフラの整備が追いついておらず、多くが十分な管理のないまま廃棄されている現状があった。こうした実態について、現地調査と文献調査を通じて分析を行った。

「ごみ問題は、人の健康だけでなく、環境全体に影響を及ぼします。水や土壌、大気の汚染につながり、それが海洋生物や家畜にも影響し、最終的には人間の健康にも返ってくる問題だと考えています」

そして、澤田特任准教授は2026年4月から桜美林大学に着任。「有機化学」などの授業において、脂質をはじめとする生体分子をテーマとして取り上げることもあるという。動脈硬化症などの疾患は、学生にとって必ずしも身近な問題ではないが、将来の健康維持・増進を考えるうえで重要な基礎知識になる。

「研究面では、“健康”を軸としながら、新たな学際的テーマも探究していきたいです。化学的視点と社会・環境的視点を組み合わせることで、人の健康を多角的に捉えていければと考えています」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む澤田直子先生

澤田 直子特任准教授

Naoko Sawada

1982年生まれ、神奈川県出身。薬剤師。2020年に昭和医科大学大学院にて博士(薬学)。2023年に桜美林大学大学院にて修士(国際協力)を取得。昭和医科大学薬学部助教、調剤薬局勤務などを経て、2026年4月より桜美林大学に着任。専門は、脂質生化学および動脈硬化症研究。

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