国際法学や国際機構論が専門
「宣言」は法的拘束力を持たないが、国際社会にメッセージを発信できる
国際法は実効性をもつのか?本当に期待通りに遵守されているのか?国際法は、大きく「条約」と「慣習国際法」というハード・ローから構成されている。条約は国家や国際機構が正式な文書として締結する合意で、名称が「規約」「協定」「憲章」と異なっても法的拘束力のある条約である点は同じである。一方、慣習国際法も国際法であり国際社会で長年積み重ねられた慣行と「守らなければならない」という法的信念によって形成される。
これらに加えて、法的拘束力は持たないものの、国際社会に共有されるべき価値や原則を提示する文書が 「宣言」 だ。ソフト・ローともいわれ、国際機構の決議として採択され、勧告的、理念的な性格が強いが、国際社会の方向性を示し、後の条約づくりに大きな影響を及ぼす。世界人権宣言や2030持続可能な開発アジェンダ/SDGsを採択した国連総会決議はその典型例といえる。
リベラルアーツ学群の滝澤美佐子教授は、国際法学と国際機構論を専門とし、国際人権分野において「宣言」が果たす役割に注目して研究を進めてきた。国際法学は国家間のルールの形成とその実現、紛争解決、国際機構論は国連やEUをはじめとする諸機構の構造と機能に基づく国際制度を研究する学問である。
「条約は当事国でなければ遵守の義務は生じません。しかし宣言には法的拘束力がないからこそ、多くの国を対象にできるという利点があります。国際社会に向けたプロジェクトのスタートであり、それを通じて力強いメッセージを発し、ときには繰り返しプレッシャーを与え、制度化にもつながります。広く規範意識を浸透させることで、国際的なプロジェクトは発展を続けていくのです。諸国家の価値観の不一致でハード・ロー形成が難しい今日、かえって、勧告的な文書、いわゆるソフト・ローの活用が期待されています」
ハンセン病差別撤廃決議をいかに運用していくか
滝澤教授が関わってきた国際的取り組みの一つに、「ハンセン病患者・回復者と家族に対する差別撤廃のための原則及びガイドライン」に関わる国連総会決議がある。ハンセン病は、治療可能な感染症疾患にもかかわらず、誤った偏見(スティグマ)により、世界各地で患者が長期に隔離され、回復者や家族が差別の対象とされてきた。こうした歴史的不公正を正し、差別を根絶する仕組みを国際社会で整えることが課題となっていた。
2008年、国連人権理事会は日本政府の主導で、差別撤廃のための「原則及びガイドライン(Principles and Guidelines)」の策定を求める決議を採択した。続く2010年には、国連総会本会議で差別撤廃決議が全会一致で採択され、各国が患者・回復者、家族の人権保障に取り組むべきだという国際的合意が形成された。決議自体は法的拘束力を持たないが、国際社会に対する理念やルールを示す点で、宣言と同様に重要な位置づけにある。しかし滝澤教授は、「採択された時点をゴールと捉えるべきではない」と強調する。
「人権理事会を経て、国連総会での採択まで進む過程には、日本の療養所に暮らす当事者の声や、NGOの活動も反映されています。しかし、決議はできて終わりではない。そこから社会にどう浸透させていくか、そのフォローアップが何より重要なのです。国連の人権理事会では、決議を実際の行動へつなげるために『特別報告者』という仕組みを設けます。当事者、専門家らによる国際アドバイザリーグループが決議策定後もフォローアップのプロセスを設計する作業に私もチームの一員として関わりました」
2012~14年には、滝澤教授自身も熊本、草津、東村山など国内の療養所を訪れ、当事者の意見を丁寧に聞き取った。「この原則及びガイドラインの決議は意味がありますか」と尋ねると、多くの回復者の方々が即座に「あります」と答えたという。特に「若い世代への教育・啓発を重視する文言が重要だ」との評価が寄せられた。それは、同じ過ちを次の世代に繰り返してほしくないからだ。エチオピアの当事者団体では原則及びガイドラインが団体の規則に反映されていた。決議は当事者の暮らしに直結したものだった。
日本ではハンセン病の発症は大きく減り、治療できる病としての認識も広がっている。しかし、訪問地の対象だったインドやエチオピアなどを含むアジア・アフリカ、ラテン・アメリカでも、発症が依然として続く地域は世界に残る。だからこそ、医療的な対応とともに差別撤廃のメッセージを絶えず発信し、国内の差別撤廃の仕組みにまでつなげる。決議運用の要は、そこにあると滝澤教授は語る。
どこまで介入できるのか——国際支援の可能性と限界
滝澤教授が教育研究を本格的にスタートした1990年代は、ポスト冷戦といわれる時代。国内紛争や動乱が続くとともに、国連等の介入・不介入が問題となった時代であった。平和維持・構築活動を通じて関与するソマリアやスーダンにおける国連やアフリカの地域機構の研究を行った。最近では東ティモールも研究対象としてきた。東ティモールは、植民地支配、占領、国連による国家建設を経て独立に至った、国連PKOが暫定統治をして東ティモールの移行過程をサポートした典型例である。16世紀からポルトガル領に置かれてきた同地は、1974年にポルトガルの政変を機に独立を模索した。しかし内戦の末、1975年にフレテリンが独立を宣言すると、インドネシアが侵攻し、国連の承認を得ないまま併合した。統治下では弾圧で多くの住民が犠牲となり、国連は一貫して東ティモール人民の自決権の尊重を要求し続けた。
転機となったのが、1998年のインドネシア民主化である。東ティモール人民がインドネシアに残るかそうでないかを選ぶ民衆協議(住民投票)が認められた。翌年、国連は住民投票を実施するためUNAMET(国連東ティモール・ミッション)を設置し、投票の結果、7割以上が独立を支持した。しかし、これに反発したインドネシア軍や民兵勢力による暴力が激化し治安は崩壊。安保理はINTERFET(多国籍軍)の派遣を決定し、治安回復後は、国連が設置したUNTAET(東ティモール暫定行政機構)が行政・司法・治安を含む統治機能を直接担う国家建設を開始した。滝澤教授が専門としてきた国連決議の中でも、法的拘束力を認められた安保理決議とその下でのUNTAET指令が、移行期の東ティモールにおいて法令を形成した。憲法制定、選挙を経て2002年に正式独立。独立後の不安定さを受け、国連は2012年までPKOを継続し、警察・行政能力の強化を支援した。現在、東ティモールは世界銀行・UNDP(国連開発計画)などの国際機構・諸機関や日本を含むドナー諸国の支援も得ながら安定的な国家運営と石油資源依存脱却を目指している。しかも、国連PKOの実践では平和構築の重要な事例として位置づけられている。しかし、こうした成功例ともされる国際介入にも限界があったと滝澤教授は語る。
「UNTAETは、国際人権条約や国際刑事法の理念を反映し、多くの法的枠組みを整備しました。国内法の構築にも深く関わり、世界人権宣言や人権条約などの国際人権基準に反するインドネシア法の効力も停止しました。しかし、それらは国連の行動規範としては一定程度機能しても、裁判規範としては想定されず、現地の人権侵害への救済には必ずしも実効性を持たなかったのです」
その端的な例が、最も深刻な人権侵害の追及である。住民投票に伴う騒乱における人権侵害すなわち虐殺や暴力の大半はインドネシア軍や民兵によるものだったが、加害者の多くはインドネシア側へ退避し、同国政府の捜査協力は十分とはいえなかった。
さらに、新生国家としてインドネシアとの関係改善が不可欠であったことから、「全面的な加害者追及」は東ティモール側にとっても政治的に困難だった。2006年に国内危機が再燃すると、優先課題は国内の安定確保に移り、司法追及は一層後景に退いた。
一方、UNTAETが整備した司法制度にも限界があった。裁判官・検察官・弁護士は慢性的に不足し、国際基準に沿った刑事手続きの遂行は容易ではなかった。重大犯罪を扱う東ティモール・ディリ重大犯罪特別裁判部は、住民投票前後の重大犯罪の処罰を行う目的から国際刑事裁判所(ICC)も扱うような集団殺害罪などを裁く役割を期待されたが、人的・財政的リソースは限られていたのだ。移行期の正義と和解の課題は今も残る。
法は決して万能ではない
桜美林大学の国際法の授業においても、「法の支配」の意義とともに「法は決して万能ではない」という現実も繰り返し伝えているという。法が掲げる正義や理念があっても、実効性を伴う制度や法的基盤となる人的資源の問題など実施の課題もある。法を適用すべき対象にどの主体が含まれ、どの主体が含まれていないのかを見る普遍性の観点からの課題もある。個々の国が常に法を受け入れるとは限らない。むしろ、法の名の下に現地の事情や当事者の声を無視して、理想を押しつけてしまう危うさもある。万能ではないからこそ法を研究し改良を考えることは意味がある。
「国連の活動をはじめ、国際社会には目指すべき理想があります。しかし、その理想を盾にどこまで介入できるのか、あるいは介入すべきなのかは慎重に見極める必要があります。たとえ正当性があったとしても、現地の人々の納得感がなければ、法は実効性を持ちません。ハンセン病当事者の方々の声や国連の活動の現場を訪ね、直接聞き取りに行ったのも、その規範が本当に求められているのか、どう使われうるのかを確かめる必要があったからです」
近年、滝澤教授は、日本が国際社会の規範をどこまで国内に受容し、どこに抵抗を示すのかをテーマに、共同研究を進めている。研究グループには国際法や憲法の学者が参加しており、フランスの公法学者との交流も行い、欧州との比較を通して検討する機会ももった。
「国際法は“鏡”のような存在だと仮定してみることがあります。鏡の先には期待される理念が示されている必要があります。国家はその鏡に自国を映しながら、歪みはあるのか、それを正すべきか、あるいは譲れない部分をどう守るかを考える。国際法、つまり、国際社会が示す鏡そのものが価値中立的か、多種多様な状況に適合できるか、内在する権力性はどうか、などと問いなおすことも必要です」
世界の中で共にはたらき、協力できる人をみつける
ミクロな現場から国際社会のマクロへ
滝澤教授は高校時代、「世界の課題を、より広い視野で見つめたい」という思いから、国際関係学を志した。その原点には、幼い頃に父からかけられた言葉があった。
「小学3年生の頃、父に『ここだけが世界だと思ってはいけない。仲間になる人は世界中にいるんだ。将来は世界の人たちといっしょに仕事をし、共に協力して生きていく時代になるんだよ』と言われました。大学進学を前にこの言葉がふとよみがえってきたのです」
国際関係学科では、政治、経済、社会などを「国際」という軸で横断的に学ぶことができる。先進国から途上国まで、多様な地域や民族を扱う学際的な学びに惹かれた一方、当初は国際法への関心は薄かったという。
「国際法の研究者を最初から目指すなどということはなく、むしろ私が興味を持っていたのは、国家という枠組みでは捉えきれないエスニシティの領域でした。いわゆるエスニックマイノリティに関心があり、国際社会学のゼミに所属していました。」
そんななか、在日コリアンの方々を招いたオープンゼミに参加した。そこには他大学の法学部の学生も参加していた。移民やマイノリティの問題を国際労働機関(ILO)などが扱っていることを知り、法学の視点が欠かせないと気づいたという。転機となったのは、古本屋で偶然手にした一冊だった。国際社会における人権を扱うその本の著者が国際法学者であり、滝澤教授の関心と重なる内容だった。
「同じ人間なのに、なぜ国境を超えると格差や地位の差異が生まれるのか、その問いに近づくには、法の視点、とくに国際法が必要なのだと実感しました。進路を考えるなかで、国際機構で働くには大学院で専門性を深める道があると知り、国際機構研究で実績のある大学院に進学を決めました」
学部時代にマイノリティのミクロを見ていた視点は、大学院で国際法を学ぶことで一気にマクロへと広がった。国際社会は、こうした法や制度枠組みの上に成り立っているのかと、ミクロの現場とマクロな規範の世界がつながったという。
「制度が整えられている意味、ルールが守られないことで生じる問題、その背後にある構造が一気に理解できたのです。視界が開ける感覚でした」
国連大学のセミナーで痛感した専門を持つ重要性
大学院進学後、最初の夏。滝澤教授は、創設間もない国際連合大学(UNU)が実施した1週間のセミナーに参加した。国連大学とは、日本に本部を置く国連のシンクタンク兼研究教育機関である。1980年代後半当時の国連大学は学生を正式に受け入れてはいなかったが、日本の国際課題やグローバルな問題に関心を持つ若者を招き、試行的に教育プログラムを始めていた。
「セミナーでは、複雑な問題に向き合う際、異なる専門分野の人々が力を合わせ、粘り強く取り組むことの大切さを学びました。参加者の専門分野は開発経済学、教育学、国際法学、社会学、政治学などさまざま。青年海外協力隊から帰国したばかりの方もいました。皆さん本当に魅力的で、将来こうした人たちと一緒に働きたいと心から思いました」
貧困や開発の問題を中心テーマに武者小路公秀先生はじめ国内外の専門家の講義を受け、受講者同士で議論を重ねた。参加者がそれぞれの専門を基盤に意見を述べるなか、当時はまだ専門が十分定まっていなかった滝澤教授は、自分の視点を確立する必要性を痛感したという。
自分はどのレンズを通して世界を見るのか。国際法という大きな枠組みのなかで、どの領域を深めるのか。その答えを探すなかで、学部時代から関心を抱いていた「人」や「マイノリティ」が浮かび上がった。
「人を起点とするのであれば、やはり『人権』だと思いました。そこで大学院では国際法のなかでも人権分野を学びたいと考えましたが、学部時代から国際法を体系的に学んできていたわけではなかったので、まずは判例研究から始めるよう指導教員の先生に言われました」
その後、博士課程に進む際、「これまで本格的に扱っていなかった人権を博士課程で専門にしたい」と伝えると、指導教員から一つ条件が出されたという。
「その条件とは留学に行くこと。1990年代当時、日本には人権に特化した国際法のコースがなく、海外で体系的に学ぶ必要があったからです。そして、国連の人権関連部門で募集しているインターンに応募し、現場を自分の目で見てきなさいと」
インターンシップを通じて、国際機構の現場を知る
博士課程1年目、滝澤教授は国連人権センター(現在の国連人権高等弁務官事務所)のインターンにも応募。選考を通過し、約2カ月半、現場に身を置くことになった。任される業務はコピー取りなどごく基本的なものだったが、「国際法が生まれ、使われる場に立ち会えたことそのものが大きかった」と滝澤教授は振り返る。
実際、先住民族の権利宣言や強制失踪に関する宣言の起草やまさにこれから条約となる枠組みが検討されているワーキンググループに出入りできたという。国際法が萌芽する現場での対話と交渉、決議が形づくられていく過程を見たことは、大きな衝撃だった。
その後、国連インターンで出会った英国の国際法学者のいるロンドン大学ロースクールに留学をして国際機構法や国際人権法の最前線を学んだ。留学で滞在したロンドン大学の寮では多様な国からの留学生と交流した。スーダンから来た学生はイナゴ被害を抑えるための害虫研究に取り組み、マレーシア出身の文化人類学専攻の学生は熱帯病であるマラリアをテーマにしていた。ロースクールの学生には、現職の若手裁判官や検事、弁護士、行政官もいた。
「私は博士論文のテーマをどうしようかと迷っていた段階。自分の未熟さを痛感していました。しかし彼らが言ったのは、多くの人が研究しているテーマでも、あなた自身の視点から見つめれば、必ず独自のアプローチになるということでした。そこで、国連で見た“国際法が動く現場”を、そのまま研究の核心に据えることにしました」
国際法には強制力のある条約もあれば、その前段階としてつくられる宣言のような、勧告にとどまる文書もある。では、その宣言はどのような規範といえるのか。国際機構での議論を目の当たりにしたことで、その問いが強く胸に刻まれたという。
人権とは何か
私たちには根源的に「尊厳」がある
「人権(Human Rights)」の根底には何があるのか——。滝澤教授は、その源泉に「人間の尊厳」があると語る。国連が国際法の枠組みのなかで人権を普遍的価値として位置づけようとしたとき、拠り所としたのがこの概念だ。担当する人間の安全保障の講義でも、人間の尊厳は恐怖や欠乏からの自由と並んで重要な柱である。
「誰もが価値を持ち、弱さを抱え、だからこそ尊い存在であり、生命は大切である。法学や人間の安全保障を学んでも、この尊厳概念そのものは学ぶ機会が少ないと思います。桜美林大学の授業でも、学生一人ひとりが『自分には尊厳がある』と実感できるようにしたいと思っています」
多くの学生にとって、人権は法文書上のものであって、学校や教科書、社会の中で教えられるものという印象が強い。しかし、尊厳は外から与えられるものではなく、本来その人の内側に備わっている意識なのだと滝澤教授は語る。
「たとえ人権が踏みにじられるような経験をしても、尊厳そのものは失われません。桜美林大学では、メンセンディーク・ジェフリー准教授、長谷川(間瀬)恵美准教授、浅井亜紀子教授とともに『尊厳ワークショップ』の共同研究と実践を行っています。尊厳は条約の文言に書かれているから存在するのではなく、人が本来持っているものだということを『見える化』して伝えたいのです」
尊厳は、個人や人と人の関係性で生じる自尊感情にもみられるが、公共的な空間で法や制度、共同体によっても守られかつ損なわれもする。社会的に弱い立場におかれた人々の尊厳については、個々の政府や国境を超えた取り組みによって強化されなければ維持されない場合も多々ある。尊厳は国際法の実効性や国際機構のあり方にも直結する。
武力紛争によって尊厳が脅かされる事態が世界のどこかで起きれば、自分も痛みを感じる。それは遠い国の出来事では済まされない。他者の尊厳と自分の尊厳のつながりを認識することが、距離を越えて支え合う力になるのだ。そのために正しい情報を知ることも大切になってくる。「尊厳ワークショップ」については、メンセンディーク・ジェフリー准教授の教員紹介ページを参照していただきたい。
「国際協力は、今の時代も簡単ではありません。それは人間同士の営みだからです。違いを受け止めながら、どのように共に生きるかは永遠のテーマです。国際協力を学びたい学生には、国際法・国際機構といったマクロだけでなく、さまざまな人々がおかれている現場を知るミクロの視点を持ってほしい。ミクロな現場や経験を足場にしてマクロの必要性や課題が見えてくると思っています。現場に赴くときに重要なのは、協力や連携が可能なところから始めること、対話を止めないこと。大学での授業やサービスラーニングの活動を通して自分の興味関心を発見し、となりの人の声を聞いてみる、面白いと思うことをやってみる、小さくても勇気を出して行動してみることだと思います。国際法や国際協力、サービスラーニングを通して、「共生」のための英知を学生たちといっしょに学問と現場を往復しながら私も学んでいます」
地域や社会の支援に関わるNPOの活動に参加すること、一冊の本を手に取ることが未来につながることもある。多様な学問から問題を多角的に考えることも一つの方法だ。どんなアプローチであっても、その出発点と行先には尊厳の視点をもつことで見えてくる気づきや社会課題があると滝澤教授は語る。
教員紹介
Profile
滝澤 美佐子教授
Misako Takizawa
山形市出身。津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業、ロンドン大学政治経済大学院(LSE) 法学研究科修了 国際法ディプロマ、国際基督教大学大学院 行政学研究科 博士前期および後期課程修了 博士(学術)。専門は国際法学、国際機構論。著書に『国際人権基準の法的性格』(国際書院)、共著に『国際社会と法—国際法・国際人権法・国際経済法』(有斐閣)、『入門 国際機構』(法律文化社)、『新国際人権入門: SDGs時代における展開』(法律文化社)など他多数。
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