• リベラルアーツ学群

    統合領域環境学

藤倉 まなみ 教授

Manami Fujikura

藤倉まなみ先生がインタビューに応じている様子
  • 建設残土が抱える問題点とは?
  • 学生時代から一貫して環境問題に取り組む
  • 研究に通底するのは「公平性」の問題
藤倉まなみ先生がインタビューに応じている様子

建設残土が抱える問題点とは?

熱海市土石流災害が浮き彫りにした建設残土問題

2021年7月、静岡県熱海市で大規模な土石流災害が発生した。これは海岸から約2km上流にあたる逢初川(あいぞめがわ)源頭部に不法投棄された建設残土による盛土(もりど)が大雨により崩壊し、大量の土石が下流域に流れ出したものと推定されている。

熱海市災害現場の復旧の様子 2023年6月撮影

この土石流により被災した範囲は、総延長約1km、最大幅約120mに及び、死者28名のほか、136棟の家屋等建物が全半壊するという甚大な被害が発生した。これを受け、2022年に「宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)」の法案が国会に提出され、建設残土の不適正処理を規制する新たな法制度が2024年6月に施行された。

ここでクローズアップされたのが、建設残土の問題だ。これは、建設現場で発生し、工事の後に不要になった“土”のことを指す。トンネル工事や道路工事、宅地造成などあらゆる建設現場で大量に発生し、その処分が社会の裏側で大きな問題になっていた。

「熱海市土石流災害と同様の事故は、すでに全国で何度も起こっていました。私は長年この問題を研究しており、いずれ大災害が起こると警告を発していました。」

そう語るのは、リベラルアーツ学群の藤倉まなみ教授だ。専門は環境学、および廃棄物処理問題全般。すでに2010年代初頭から建設残土の不適正処理問題に関する研究論文を執筆し、社会に向けて警鐘を鳴らしていた。

「土は自然物であるから廃棄物には該当しない」

「公害」が大きな社会問題となっていた1970年代、日本国内ではさまざまな環境法が整備された。その代表のひとつが、「廃棄物処理法」だ。廃棄物処理法では、建設工事から出る不要なもののうち、木くずや汚泥などの建設廃棄物は法の対象となり、厳しいルールのもと処理される。しかし、不要物である建設残土は、「自然物であるから廃棄物には該当しない」という不可解な線引きが行われた。

この区分が、その後50年以上にわたって、建設残土の不適正処理を許し続ける“抜け穴”となっていく。土は廃棄物ではない——。つまり工事現場でいくら土が発生しても、それを適切に処理しなくても「法律上は違法ではない」という状況が生まれてしまう。

建設残土の処理に関する国の統一的なルールがないため、発注者(排出事業者)としては処分コストを少しでも節約したいという力学が働く。そこで、「安く引き取る」という名目で、適切な処分をしない事業者が各地で暗躍するようになっていく。自治体レベルでは1990年代から条例を制定し、独自に建設残土の規制を試みてきた。しかし、県境をまたいで捨てれば、条例の効力は及ばない。これでは実効性はなく、構造的な解決には至らなかった。

「熱海市土石流災害を受け、『盛土規制法』が成立したことは、大きな前進だと思っています。ただ、同じ建設現場から排出される建設廃棄物と比較すると、まだ決定的に欠けている部分があると言わざるを得ません。それは、『排出者責任が明確に規定されていない』という点にあります。建設残土は“いらないもの”である以上、本来であれば『排出者が責任を持つ』というのが環境法の大原則です。家庭ごみでも産業廃棄物でも、排出者責任は当然のルールです。建設残土についてはこの考え方が法制度に貫かれていないのです」

廃棄物処理法と盛土規制法の排出者責任を比較

藤倉教授は、2025年の論文「盛土規制法等の効果と課題に関する一考察—建設廃棄物の不適正処理対策との比較—」において、廃棄物処理法における建設廃棄物の扱いと盛土規制法における建設残土の扱いを比較している。

これによると廃棄物処理法においては、建設工事の元請業者にあたる排出事業者は、建設廃棄物の最終処分までの確認義務、不適正処理を把握した際の中止・報告義務があり、不適正処理が発覚した場合は、処理事業者だけでなく、排出事業者も罰せられる制度になっている。

一方、盛土規制法において、排出事業者は建設残土を廃棄後、再利用・再生利用を促進する努力義務を負うのみで、最終処分までの確認義務は明記されていない。さらに、土砂500m³未満の小規模な現場については、搬出先の確認制度の対象外となっている。そのため、実質的には小規模な廃棄物処理業者の「捨て得」の状況が放置されているという。

建設残土問題の本質は「公平性の欠如」

藤倉教授が特に大きな問題だと考えているのが、「行政代執行」の扱いだ。現行の盛土規制法では、危険な盛土がある場合、自治体が代わりに税金を使って撤去し、その後に原因者へ費用を請求するという仕組みが取られている。しかし、実際には原因者から回収できた例はほとんどない。原因者が破産している場合もあるし、悪質な業者が責任を逃れ続ける場合もある。つまり、最後は何の責任もない市民の税金で処分費を負担するという不公平な状況が生じてしまうのだ。

「建設残土問題の本質は、『公平性の欠如』にあります。工事で利益を得る元請けの建設事業者が、残土の処分費をきちんと払わないことで、安価に引き受ける業者が現場で不適正な処分を行う。これによって、周辺住民の安全や環境が犠牲になり、現状復帰に税金が投入される……。これは環境問題で繰り返されてきた典型的な『外部不経済』の構図です。建設残土問題の解決策はシンプルです。『いらないものは出した人が責任を持つ』。他の廃棄物処理の当たり前の原則を盛土規制法にも適用すべきなのです」

不適正な業者を使えば、後で元請けの事業者に費用負担が返ってくる。ルールに反した元請け事業者は、入札に参加できないなどのペナルティを受ける。こうした基本的な制度設計によって、不適正な業者は排除されていくと藤倉教授は考えている。

Column

外部不経済(external diseconomy)とは?

ある経済主体(企業・個人)の行動が、取引に関係ない第三者に“マイナスの影響(不利益・損害)”を与えている状態を指す。加害側が相応なコストを負担しないことで、被害側(第三者・社会全体)がその負担を背負わされる状況がありながら、市場がそのコストを価格に反映しないため問題が放置される。例えば、1970年代の大規模工場による大気汚染、水質汚濁といった「公害」は、工場に関与しない第三者の治療費などの負担増につながり、大きな社会問題となった。「建設残土問題」も外部不経済の典型例だといえる。

学生時代から一貫して環境問題に取り組む

公害問題が深刻だった小学生時代

藤倉教授が環境問題に関心を持つようになったきっかけは、小学校時代にさかのぼる。1970年代初頭の日本国内は、公害問題が最も深刻な時期だった。都会の「光化学スモッグ」、熊本県水俣市の「水俣病」、三重県四日市市の「四日市ぜんそく」などが、家に届く小学生向け新聞にも掲載されていた。空は黒く、海は赤潮で真っ赤、河川はヘドロの悪臭を放っていた。

この状況を「なんとかしなければ」と考えた藤倉教授は、中学・高校時代に「化学班」として河川や湖の水質調査などの活動に参加。自ら「公害」の調査に乗り出した。そして、高校卒業後は、京都大学工学部の衛生工学科へ進学。衛生工学科は、人の健康や生活環境を保全するために、水・空気・廃棄物等を管理・改善する工学分野で、環境問題や対策を幅広く学んだという。

「学生時代は、『悪臭』をテーマにした研究室に所属し、大学院修士課程まで研究を続けました。当時、京都大学にいた西田耕之助先生の指導のもと、悪臭のある排水を河川の上流で流すと下流域でどのくらい臭うかを水質調査などのデータで科学的に分析しました。魚介類の廃棄物を専門的に処理する魚腸骨処理工場の悪臭調査をするなど、かなりユニークな研究室でしたね」

環境省で要職を務めた後、再び研究者の道へ

修士課程修了後、藤倉教授は、環境庁(現・環境省)に入庁する。行政の世界では、約2年ごとに水質調査、廃棄物処理、悪臭対策、土壌汚染などさまざまな部署を経験した。また、大阪府にある「地球環境センター」に出向した際は、国連環境計画(UNEP)と連携して、タイやエジプトの水質保全プロジェクトに参加し、開発途上国の環境問題にも関心を寄せた。そして、最終的には環境省大臣官房総務課環境情報室の室長まで務めた。

その後、2007年に環境省を離れ、大学での研究者の道を選ぶ。この時期、慶應義塾大学環境情報学部で教員をしながら、北海道大学大学院工学研究科 北方圏環境政策専攻の博士課程に通い、さらに環境問題に関する専門知識を深めていく。桜美林大学リベラルアーツ学群の教授に就任したのは2010年4月。現在は、「環境学入門」、「環境マネジメント論」などの授業を担当しながら、「フードロス」や「使い捨てプラスチック容器の処理」など、新たな研究テーマにも取り組んでいる。

研究に通底するのは「公平性」の問題

日々の“選択”において、
どちらが環境にいいかを考える

「私の研究に通底しているのは、社会に対して『公平性』を求めたいということです。建設残土問題は、誰かが不当に得をし、そのツケを他者が負うという不公平の問題が本質にあります。SNS映えなどを目的として注文だけして食べ残す食品ロス問題には動物の命を軽視する不公平、地球温暖化には未来世代に負担を押しつける不公平が発生します。誰もが同じ権利を保証される『公平性』を守るために、学生たちと一緒に幅広い社会問題と向き合っていきたいと思っています」

建設残土、産業廃棄物、地球温暖化など、環境問題はすべて私たちの暮らしにつながっている。その根底には、社会における「公平性」の欠如があり、これを放置すれば、やがて社会全体の負担となって市民に跳ね返ってくる。これを防ぐために、私たち一人ひとりができることはあるのだろうか……。最後に藤倉先生に、身近な環境を守るために私たち市民ができることを聞いてみた。

「買い物など日々の“選択”において、環境にいいほうを選ぶようにしてください。私たちは毎日何かを買い、何かを選んで生きています。徒歩かタクシーか、ブラジル産の鶏肉か国産の鶏肉か、使い捨て容器かリユースできる容器か……。一つひとつの選択において、必ず生産や輸送のエネルギー、素材を得るための環境破壊、CO2や廃棄物排出などの“環境コスト”を考える必要があります。そこで、ほんの少し立ち止まって、“どちらが環境にいいか”を考えるだけで、社会の方向性は大きく変わります。これは個人だけでなく、企業や行政も同様です。日々の選択の積み重ねによって、少しずつ未来を変えられることを頭に入れておいてほしいと思います」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む藤倉まなみ先生

藤倉 まなみ教授

Manami Fujikura

1960年、東京都出身。1983年 京都大学工学部衛生工学科卒業。1985年 京都大学大学院工学研究科衛生工学専攻 修士課程修了。2013年 北海道大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。1985年、環境庁(現・環境省)入庁。2005年、大臣官房総務課環境情報室室長。2007年、慶應義塾大学環境情報学部教授を経て、2010年4月より現職。

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