• リベラルアーツ学群

    人文領域コミュニケーション学

梶谷 久美子 特任講師

Kumiko Kajitani

梶谷久美子先生がインタビューに応じている様子
  • コミュニケーション力を可視化する「EQ」
  • 海外の大学院でコミュニケーション学を専攻
  • 「聴く力」とは「相手を受け止める力」
梶谷久美子先生がインタビューに応じている様子

コミュニケーション力を可視化する「EQ」とは?

本当のコミュニケーションは「話し方教室」では学べない

就職活動の現場では、今も昔も変わらず「コミュニケーション力」が注目されている。AI時代と呼ばれる現代においても人と積極的に話し、理解し合う能力に価値はあるのだろうか——。コミュニケーション学を専門とするリベラルアーツ学群の梶谷久美子特任講師は、現在の状況をこう分析している。

「日本の教育現場における根本的な問題は、コミュニケーション学に対する理解が浅いことです。コミュニケーション学は、社会学、言語学、文化人類学、心理学などに密接に関連している学際的な学問であるにも関わらず、一般的には『話し方教室』程度の理解に留まっていることが多い。真のコミュニケーションの目的は、相手との関係性づくりや相互理解による問題解決であり、一方通行ではなく双方向性が重要です。こうした能力を就活向けの『話し方教室』で身に付けるのは難しいでしょう」

コミュニケーション力の核心は、「伝える力」と「聴く力」の双方向性にあると梶谷特任講師は語る。特に、真のコミュニケーションでは、「14の心を伴って聴く」ことが大切になる(下図参照)。これは相手の言葉だけでなく気持ちも理解し、誠実さ、優しさ、受容などの心を持って傾聴することを意味する。漢字の「聴く」という字を分解すると「耳」「十」「四」「心」となることが、このエピソードの由来だという説もある。いずれにせよ、コミュニケーションにおいて重要なのは、一方的に話すだけでなく、しっかりと傾聴する姿勢だ。この基本的な考え方は、後述する梶谷特任講師の活動にも色濃く反映されている。

14の心の例

EQトレーナーという職業とは?

梶谷特任講師は、大学教員以外にも国際NLP協会認定プロフェッショナル・コーチ、EQグローバルアライアンス認定EQトレーナー、異文化コミュニケーショントレーナー、聴覚心理発声カウンセラーなど、実に多彩な肩書きを持つ。NLPとは心理療法の基盤となる「神経言語プログラム」のこと。EQは、Emotional Intelligence Quotientの略で、日本語では「感情知能指数」と翻訳されている。こうしたそれぞれの分野の知見を活かした人間関係づくりのプログラムを企業や自治体に向けて提供している。

梶谷特任講師の研究を語る上で、外せないキーワードが「EQ」だ。EQは心の中のコミュニケーションである「個人内コミュニケーション」と、他者との関わりにおける「対人コミュニケーション」を支える能力として、1990年代にアメリカ・イェール大学のピーター・サロベイ博士とニューハンプシャー大学のジョン・メイヤー博士によって提唱された概念で、研究が進められてきた。彼らがアメリカのビジネス界で成功している人々の共通能力を調査した結果、必ずしも高学歴や高IQ(知能指数)が成功に直結するわけではなく、人間関係能力、すなわちコミュニケーション能力が重要であることが判明したという。そこで、両博士の理論に基づき、相川充筑波大学名誉教授の監修のもとEQI®(EQ行動特性検査:EQを発揮している行動の量を測定する検査)が開発され、下記図版に示されるコミュニケーション力に含まれる要素が体系化され、両博士の承認も得ている。
※EQI®は(株)アドバンテッジリスクマネジメントの登録商標です。

EQの「3つの知性」「8つの能力」 「24の素養」

EQは、個人内コミュニケーションに関わる「心内知性」、対人コミュニケーションに関わる「対人関係知性」と「状況判断知性」という3つの知性から成り立っている。EQ行動特性検査は、これを「8つの能力」「24の素養」に分解して、どの程度EQを発揮して行動しているのかを測っていく。IQに対して、EQがユニークなのは、「感情」が大きく関与している点だろう。従来、仕事の現場において、「感情」は切り離して考えるものとされていたが、実際には認知と感情はほぼ同時に発生し、それが行動に直結することが研究で明らかになった。

「実際に苦手な人が目の前にいたら心が萎縮しますよね。反対に好きな人がいれば、気持ちが高まる……人間ならこれは自然なことです。すべての思考や行動の裏には必ず感情が存在するため、感情を否定するのではなく、適切にコントロールする力が重要だというのがEQの基本的な考え方なのです」

感情と思考と行動の繋がり

EQトレーナーとして企業のマネージャー研修を担当

梶谷特任講師は、EQトレーナーとして、企業のマネージャークラスを対象にしたリーダーシップ研修を多数行ってきた。現場では、まずEQを「個人内コミュニケーション」と「対人コミュニケーション」の2つに分けて、それぞれに含まれるEQの素養を向上させるためのトレーニングを実施する。

個人のプレーヤーとして優秀だった社員もチームを率いる立場になると、部下一人ひとりの特性を理解し、強みを引き出しながら組織の成果につなげていく力が求められる。そのため、EQの観点から、自己理解や感情コントロール、ストレスマネジメントなど「個人内コミュニケーション」のスキルを高めながら、相手に合わせた関わり方を考える「対人コミュニケーション」のトレーニングを取り入れる。

「研修では、部下との1対1面談で本音を引き出す力、信頼関係を築くために必要なリーダーシップ力、チームビルディングの方法なども扱います。例えば、『信頼される人とはどのような人か』という問いを通して、傾聴力、感情のコントロール、周囲への配慮など、自分に不足している要素に気づいてもらい、それらを高めるトレーニングを行います。こうした学びを通じて、独りよがりのリーダーシップではなく、部下一人ひとりと丁寧に向き合うマネジメント力を育てていく。それがEQトレーニングなのです」

神奈川県で「非認知能力」を育てる親子向け講座を実施

非認知能力を育てる親子向け講座の取り組みについて語る梶谷久美子先生

梶谷特任講師のフィールドは、企業だけでなく、自治体にも及ぶ。例えば、「非認知能力」を育てることを目的とした親子向け講座「幼児の非認知能力とコミュニケーション力教育」を定期的に実施している。非認知能力とは、IQや学力テストのように数値化できる認知能力とは異なり、聴く力、集中力、好奇心、やる気、チャレンジ精神、感情のコントロール、共感力など、テストで可視化しにくい力を指す。これらはEQの概念とほぼ重なるものであり、近年、教育分野でも重要視されている。

研究によれば、こうした非認知能力は幼少期の親子関係、特にアタッチメント(愛着/心理的絆)によって大きく育まれるとされている。乳幼児期に安心できる養育者との関係があることで、子どもは感情を安定させ、挑戦する力や粘り強さを身につけ、その後の認知能力の発達にもつながる。そのため綾瀬市では、小中学校での教育だけではなく、より早い段階である幼児期から親の関わり方を支援することが重要だと考え、「親育て講座」として保護者向けのプログラム導入に至ったのだという。

講座は主に1〜2歳児の保護者を対象にした5回シリーズで、大学や企業研修で扱うEQの内容を基にしながら、親子の生活場面に合わせたワークや事例を用いて学んでいく。内容は、①聴く力と話す力の育て方、②共感力と思いやりの心の育て方、③前向きな心の育て方、④感性の育て方と個性の伸ばし方、⑤粘り強く頑張る心の強さの育て方といったテーマで構成されている。講座では共感の示し方や声かけの仕方を学び、家庭で実践する宿題を出し、次回の講座で振り返りながら理解を深めていく。

「例えば、散歩や買い物の場面でも親が子どもに語りかけることで子どもの語彙が増え、発話が促されます。また、子どもの感情を親が言葉にして受け止めることで、子どもは自分の気持ちを理解し、言葉で表現できるようになる。その結果、感情を爆発させることなく、コミュニケーションを通して問題を解決できる力が育つのです。この講座では、子どもの変化だけでなく、親自身がコミュニケーションや共感の大切さに気づき、関わり方を変えていく点も大きな成果となっています。こうした親子関係の改善が、将来的なEQや非認知能力だけでなく認知能力の発達にもつながると考えています」

科学的な研究が実証する「非認知能力」の重要性

梶谷特任講師は、非認知能力の重要性を示した事例として、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ジェームズ・ヘックマンの研究を紹介してくれた。ヘックマンは、アメリカの極めて貧しい地域の子どもたちを対象にした幼児教育プロジェクトを分析した。この地域ではドラッグや犯罪が多く、厳しい環境で育つ子どもが多かった。研究では、幼稚園教育を受けさせるとともに、教師が家庭を訪問して保護者に子育てのアドバイスを行うなど、約2年間にわたり支援を行ったという。

その後、この子どもたちを50年間追跡調査した結果、幼児期に教育的支援を受けたグループは、同じ地域で育った他の子どもたちと比べて高校卒業率が高く、犯罪率が低く、生活保護に依存する割合も低かった。また、就職率も高く、社会的に安定した生活を送る人が多かったことが明らかになった。この結果から、成功に影響したのはIQのような認知能力ではなく、集中力、好奇心、粘り強さ、自己コントロールなどの非認知能力にあるとヘックマンは結論づけた。綾瀬市が教育政策として幼児期の支援を重視する背景には、こうした科学的な研究成果もあるのだ。

海外の大学院でコミュニケーション学を専攻

国際的な環境に触れながら過ごした幼少期

ここで、海外の大学院でコミュニケーション学やEQ理論を学んだという梶谷特任講師のキャリアを振り返っていこう。まず、造船関係の企業に勤務し、海外を行き来する生活をしていた父親の影響で、国際的な環境に触れながら幼少期を過ごす。海外からポストカードが届いたり、外国人の来客が多かったりしたことが、世界への関心を高めるきっかけになったという。その影響もあり、大学では文理学部で国際関係学を専攻し、政治や経済など海外に関わる分野を学んでいく。

そして、卒業後は海外業務に携わりたいという思いから、海外プラント建設事業を行う企業の営業職に就いた。しかし、就職した1980年代当時は、まだ海外事業を展開する企業でも女性のキャリアの機会が限られていたため、結婚を機に退職し、その後は国内で語学教育の分野に携わるようになっていく。特に外資系企業の外国人社員に対して日本語や日本文化、日本の働き方などを教える仕事を担当。そこで、外国人が日本人とのコミュニケーションの違いに戸惑う様子を見て、異文化コミュニケーションへの関心を深めていく。

「日本語を学ぶ外国人の中で、学び方のプロセスが異なることに気づきました。社交的な人は最初から話す力が高い一方、文法などの基礎を着実に学んだ後に急速に発話力が伸びる人など、学習スタイルに明らかな違いがありました。この経験から『ラーニングスタイル(学び方の違い)』について研究したいと考え、アメリカの社会人向け大学院を探し、異文化コミュニケーションを学ぶことを決意しました」

各分野の第一人者から直接学べる環境

進学したアメリカの大学院は、世界各国から社会人学生が集まり、夏休みや春休みなどの期間に集中して授業を受け、単位を積み重ねながら研究を進める方式だった。さまざまな大学の専門家が講義を担当するため、その分野の第一人者から直接学べる環境だったという。ここで、後の活動につながるコミュニケーション学やEQ理論と出合う。

当時、配偶者の仕事の関係で、シンガポールに滞在していた時期もあり、多民族国家の文化環境の中で中国系、インド系、マレー系など多様な文化や宗教に触れた経験も研究に影響を与えた。そして、大学院修士号取得後、日本に帰国すると、アメリカの大学院を紹介してくれた教授のすすめで、桜美林大学で教職に就くことになる。

「現在は、リベラルアーツ学群で、『対人コミュニケーション』や『アカデミックプレゼンテーション』などの授業を担当しています。海外でコミュニケーション学を体系的に学んだ経験、海外生活で得た多文化理解力が、現在の教育・研究活動の基盤となっています」

「聴く力」とは「相手を受け止める力」

キャンパス内で腰掛ける梶谷久美子先生

人間のコミュニケーションの本質は変わらない

AI技術が発達し、コミュニケーションのスタイルも変化している。オンライン上のアバターでコミュニケーションを取るほうが心地いい人もいれば、従来通り対面で表情や身振りを交えて話をしたい人もいる。どちらが正しいということではなく、それぞれのスタイルを理解する姿勢が重要になると梶谷特任講師は語る。

「AIやオンライン技術が発展した現在でも、人間のコミュニケーションの本質は大きくは変わらないと私は考えています。より重要になるのは言葉だけでなく、表情、態度、声の抑揚といった非言語的な要素であり、そこが人間に残された領域だと思います。ますます重要になるのは『聴く力』です。これは、単に言葉の内容を聞き取ることではなく、声のニュアンスや相手の背景を含めて全体を受け止める力を指します。この力を研ぎ澄ますことが信頼関係構築の基盤になるのです」

どんどん外に出て、『感じる力』を高めてほしい

「聴く力」とは、つまり、表情の変化や声の抑揚で表現される相手の気持ちも含めて「相手を受け止める力」。非認知能力にあたるこのスキルを鍛えることで、「共感力」が養成される。その過程では、自分や相手の気持ちを理解し、表現し合う機会が生まれる。そこで、実は「自己理解」も進んでいくという。つまり、「聴く力」を鍛えることは、最終的に自分を知ることにつながるのだ。

例えば、子どもが「キレる」とき。それは、周囲に自分の気持ちが伝わらないときだ。「聴く力」を鍛え、気持ちを言語化できるようになると自分がなぜ嫌なのか、どのような環境が不快なのかを理解できる。そうすれば、自分の感情もコントロールできるようになるし、相手にも優しくなれるという好循環も生まれるだろう。

「AI時代の今こそ、外に目を向けてほしいと思います。大自然や異国の街を肌で感じながら、喜び、悲しみ、美しさ、暑さ、寒さ、痛み……などを経験して、『感じる力』を高めてください。それがEQであり、心を表現し、理解し合う力の獲得につながります。話し方教室では得られない本来のコミュニケーション力の修得とはこういうことなのです」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む梶谷久美子先生

梶谷 久美子特任講師

Kumiko Kajitani

1959年、神奈川県生まれ。1982年 横浜市立大学文理学部国際関係学科卒業。企業の海外プラント営業職を経て、日本及び外資系企業で外国人社員向けに日本語や日本文化を教える職に就く。そこで、異文化コミュニケーションに興味を持ち、アメリカの大学院に進学。2002年 Antioch University Graduate School Intercultural Communication修士課程修了。2004年より桜美林大学リベラルアーツ学群コミュニケーション学非常勤講師、2022年より特任講師。専門は、異文化コミュニケーション、対人コミュニケーション、非認知能力、感情知能(EQ)など。国際NLP協会認定プロフェッショナル・コーチ、EQグローバルアライアンス認定EQトレーナー、聴覚心理発声カウンセラーなど多彩な肩書きを持つ。

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