• リベラルアーツ学群

    社会領域経済学

田村 考司 准教授

Kouji Tamura

田村考司先生がインタビューに応じている様子
  • 「アメリカン・グローバリゼーション」とは?
  • 学生時代から世界各国の通商政策と産業政策を研究
  • 経済成長にブレーキをかける国際協調に期待
田村考司先生がインタビューに応じている様子

「アメリカン・グローバリゼーション」とは?

世界は「経済安全保障」の時代に突入した

「経済安全保障」という言葉を新聞やWebメディアで見かけるようになって久しい。これは、国家や社会の安全を軍事だけでなく、経済活動・産業・技術・サプライチェーン(供給網)の安定によって守ろうという考え方のことを指す。例えば、2020年代に入り「米中貿易摩擦」が激化している。アメリカ側が中国向けの半導体関連製品の輸出規制を強化すれば、中国側も精密機器の製造に不可欠なレアアース(希土類)の輸出規制で対抗する。もちろん、高い相互関税を巡る攻防もここに含まれる。つまり、国家の覇権を考える上で、産業政策や通商政策をセットにした「競争力政策」は、切っても切れない関係にあるのだ。

「第2次トランプ政権の時代に入り、急にアメリカの保護貿易主義や製造業回帰などが叫ばれているような印象を受けがちですが、この動きの萌芽はすでに2010年代のオバマ政権時代から始まっていたように思われます」

そう語るのは、リベラルアーツ学群の田村考司准教授だ。専門は「世界経済論」。これは、貿易・直接投資・国際金融などを通じて結びついている各国経済関係の総体を把握しようとする経済学の一分野。世界の全体像を経済学的な視点から捉えようとする試みといえるだろう。なかでも長年追っているのが、アメリカを中心とする世界経済の動き、つまり「アメリカン・グローバリゼーションの変遷」だ。

「アメリカは第2次世界大戦後、『自由貿易の旗手』として世界経済を牽引してきました。しかし、製造業やサプライチェーンの行き過ぎたグローバル化は、国内産業の空洞化、中国を筆頭とする新興国の台頭という形で自国に跳ね返ってきました。そこで、近年の保護貿易主義への傾斜、国内製造業への補助、対中国強硬姿勢といった政策の方向転換が起きています。つまり、アメリカは関税、輸出規制、投資規制といった手段を組み合わせながら、自国にとって有利な国際経済秩序を再構築しようとしている。こうした『アメリカの競争力政策』の全体像を歴史的な流れの中で捉え直すことが、現在の研究の注力テーマになっています」

1980年代から始まった「アメリカの競争力政策」

第2次世界大戦後の世界経済は、確かにアメリカを中心に組み立てられてきた。米ドルを基軸通貨とする「ブレトンウッズ体制」に始まる国際通貨システム、GATT(関税および貿易に関する一般協定)からWTO(世界貿易機関)へと続く自由貿易体制、これらはすべて、アメリカの圧倒的な経済力と政治力を背景に成立してきたものだ。

Column

GATTからWTOへ

GATT(関税および貿易に関する一般協定)は、第2次世界大戦後の自由貿易推進のために1947年に調印され、1948年に発足した国際協定。関税引き下げや貿易制限の撤廃を目指し、世界経済の安定と成長に貢献した。これは、自由貿易と貿易の無差別原則として、1995年発足の国際機関WTO(世界貿易機関)の規定へ引き継がれていく。

この自由貿易政策が曲がり角を迎えるのが、1980年代に入ってから。国内の生産能力が低下し、貿易収支の赤字が増大したことから、自由貿易主義から公正貿易主義へと移行する。田村准教授は、1980年代を「アメリカの競争力政策」を考える上での始点と考えている。

「アメリカン・グローバリゼーション」の終焉

「1980年代といえば、製造業における日本の台頭をアメリカが脅威と認識し、日米貿易摩擦に発展した時代です。アメリカは1985年のプラザ合意によって、円高ドル安を誘導し、日本の輸出競争力を抑制。さらに、1989年には不公正貿易の是正を目的とする『スーパー301条』を対日発動し、日米構造協議等を通じて市場開放を迫りました。私はこれをアメリカの『第1次競争力問題』と位置づけています」

輸出産業に制限がかかった上に、1991年のバブル崩壊なども重なり、日本経済が低迷期に入ると中国をはじめとする新興国が台頭してくる。そこで、2009年に就任したバラク・オバマ大統領が、国内製造業への生産回帰、イノベーションへの支援などを掲げ、自由貿易を維持しながら、産業大国であり続ける道を示す。同時期には、これを明文化した「アメリカ競争力法(America COMPETES Act)」も制定されている。これが、対中競争を意識したアメリカの「第2次競争力問題」となる。

Column

アメリカ競争力法(America COMPETES Act)とは?

「アメリカ競争力法」とは、アメリカの国際競争力、特に中国との戦略的競争力強化を目的とした複数の法案や政策群の総称。科学技術、イノベーションへの投資、STEM(科学・技術・工学・数学)教育推進などを盛り込んだ「America COMPETES Act of 2007/2010」に加え、近年も中国への対抗を掲げた「Strategic Competition Act of 2021」、半導体製造支援と研究開発推進を柱とする「America COMPETES Act of 2022」などがよく知られている。

そして、2020年代に入り、米中貿易摩擦の激化によって、時代は「経済安全保障」という新しい局面に突入する。中国は単なる経済的ライバルではなく、政治体制や価値観の異なる大国。しかも、ハイテク分野では軍事転用の可能性が高く、経済と安全保障が不可分になっている。自由貿易を堅持してきたオバマ時代から一転して、近年のアメリカでは保護貿易主義が加速し、さまざまな国際秩序からの離脱を表明している。第2次トランプ政権の行方については、田村准教授も「予測は難しい」と語る。

「グローバル化を推し進めた結果、米国内の貧困と著しい格差拡大をもたらし、特に白人の中・低所得者層の不満が反自由貿易主義へと発展し、トランプ政権の『保護貿易ポピュリズム』が支持を集めたことになります。しかし、これは1990年代から2000年代を通じて形成されてきたアメリカン・グローバリゼーションの構造的な矛盾を反映したもので、従来の通商政策はどのみち行き詰まっていた。今後、再び民主党政権が誕生しても現在と同じような通商政策を進めることになるのではないでしょうか」

アメリカの競争力政策の変遷

学生時代から世界各国の通商政策と産業政策を研究

知的好奇心が刺激された「日米経済摩擦」

田村准教授が、「世界経済論」に関心を持つようになったのは、学生時代に「日米経済摩擦」を学んだことがきっかけだった。日本人の生活や産業構造が、遠く離れたアメリカの政策によって左右される——。その事実に知的好奇心が刺激された。そこで、アメリカという国がどのような論理で世界経済を見ているのかを理解しなければ、日本の置かれた立場はわからないと考え、京都大学大学院経済学研究科に進み、専門的に研究する道を選んだ。

「大学院博士課程では、主に国際政治経済学の視点からアメリカおよび各国の通商政策と産業政策の関係を研究していました。特定の国の政策を分析するだけでなく、それが国際制度や他国との関係の中でどのような意味を持つのかを考える分野です。当時は理論と歴史の両方を重視し、過去の事例を丁寧に掘り下げながら、現在の政策にどのような示唆が得られるのかを考えていました。この姿勢は、今の研究にもそのまま引き継がれています」

学生時代に日米経済摩擦をきっかけに世界各国の通商政策と産業政策の研究に関心を持った経緯について語る田村考司先生

世界経済の問題は専門家だけのものではない

桜美林大学経済学部(当時)の講師になったのは、2002年。大学院では、1990年代半ばまでの世界経済における通商政策や産業政策を研究していたが、桜美林大学の教員として着任後に、前述したアメリカの「第2次競争力問題」などの研究に注力していく。

「教員になってからは、専門研究と同時に、それを学生にどう伝えるかを強く意識するようにしています。世界経済や国際政治の問題は、決して専門家だけのものではありません。学生一人ひとりが、自分の生活と世界経済の動きを結びつけて考えられるような研究・教育を心がけています」

キャンパス内で佇む田村考司先生

経済成長にブレーキをかける国際協調に期待

大国中心の世界経済秩序から脱するには

トランプ政権の通商・産業政策は、しばしば「異例」「過激」と表現されるが、田村准教授はむしろ、アメリカ社会に蓄積されてきた不満が一気に表出した結果だと見ている。今後の世界経済は、国家の関与がより強まる方向に進むのは間違いない。地政学的にも米中貿易摩擦の影響を受けやすい日本はどのような道を選ぶべきか。まさに、学生も含め、誰もが真剣に考えなければいけない局面にある。

「米中貿易摩擦と経済安全保障の時代において、日本の産業は非常に難しい選択を迫られています。アメリカとの同盟関係を重視しつつ、中国との経済関係も無視できない。このジレンマは簡単には解消されません。しかし、私が重要だと考えるのは、2つの大国が主導する世界経済秩序の中で、日本の産業がどう生き残るかという視点だけではなく、すべての国が恩恵を受けられる経済秩序をどう構想し推進していくかという視点です。その戦略的判断が、これまで以上に問われる時代になっていくでしょう」

経済成長ばかりが正解なのか立ち止まって考えるとき

第2次トランプ政権は、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に現在の「相互関税」を発動した。これが合法なのかは、米国の司法の判断を待つところだが、これはアメリカン・グローバリゼーションにより、アメリカ経済が緊急事態に陥ってしまったと政権が認識していることを意味する。もはや世界経済を牽引する余裕はなく、国益重視のアメリカに追従する以外に日本の選択肢はないのか……。そこで、田村准教授が注目しているのが、2020年代のコロナ禍に研究を始めた世界経済とSDGs(持続可能な開発目標)の考察だ。資本主義の限界を指摘する声も上がる中、世界経済には、やみくもに成長を求める以外の発展の道もあるのではないかと模索している。

「気候変動など地球が危機に瀕しているのは、誰もが認識している通りです。それなのに、無限にエネルギーを使うAI開発競争などが繰り広げられています。今こそ、経済成長ばかりが正解なのか立ち止まって考えるときです。各国が国益を求めるより、経済成長にブレーキをかける国際協調によって見えてくる未来もあるのではないでしょうか。世界経済は常に変動します。その中で、常に市民が国家権力を監視し、暴走を抑える視点を失ってはいけません。研究者として、そして一人の市民として、世界経済の動向を注視し、必要な情報を発信していきたいと考えています」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む田村考司先生

田村 考司准教授

Kouji Tamura

1972年 広島県生まれ。1995年 立命館大学経済学部卒業。1997年 京都大学大学院経済学研究科経済政策専攻修士課程修了。2002年 同博士課程単位取得満期退学。2002年より桜美林大学経済学部講師、2007年よりリベラルアーツ学群に転籍し、現在に至る。専門は、世界経済論、アメリカン・グローバリゼーション。共著に『アメリカ経済の新展開』(同文館出版)などがある。

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