• リベラルアーツ学群

    社会領域国際関係・政治学

    統合領域アジア研究

佐藤 考一 教授

Koichi Sato

佐藤考一先生がインタビューに応じている様子
  • 組織としての「ASEAN研究」と「マレーシア・シンガポール研究」、「海洋安全保障論」が専門
  • 地域研究の知見を深めたシンガポールでの駐在経験
  • 丁寧なコミュニケーションが国際問題解決のカギに
佐藤考一先生がインタビューに応じている様子

「ASEAN研究」と「海洋安全保障論」が専門

「海洋強国」を打ち出す中国とどう向き合うか

「海では国境線が引かれている陸に比べて、様々な問題が起きます」

こう語るのは、リベラルアーツ学群の佐藤考一教授だ。専門としている政治学と国際政治学の中でも、東南アジア10ヶ国からなる地域協力機構「東南アジア諸国連合(以下、ASEAN)研究」と同エリアの海洋部にあたる「海域東南アジア」に関する研究に注力している。また、研究の傍ら、海上自衛隊幹部学校講師や2024年度まで海上保安庁政策アドバイザーを務めるなど、海洋安全保障の観点から国防にも貢献している。

そんな佐藤教授の代表的な研究のひとつが、「東シナ海・南シナ海における中国の海洋攻勢」だ。

「中国は21世紀に入ってから『海洋強国*』を打ち出し、東シナ海や南シナ海で海軍力を行使しています。ただし、中国が権利を主張している東シナ海や南シナ海は日本や、フィリピンやマレーシアといった東南アジア諸国との境界にあり、現在はいずれの国にも属さない領域とされています。にもかかわらず、同航路を通った他国の船に軍事的に介入するなど、国際法に反する行為を行ってきました。こうした状況を放置しておくと戦争に発展する可能性もあることから、いかにして中国と生産的な議論を重ねていくかが喫緊の課題となっているのです」

中国は国際法に反する行動を繰り返しているが、国際社会には国の上に立って法を守るように強制したり、処罰したりする機関がない。国際司法裁判所はあるが、係争当事者の双方が裁判に合意しない限り、裁判はできない。国際法を破れば国際世論の圧力を受けることから、ほとんどの国がそれに従っているが、中国のようにそうした圧力を無視して国際法を守らない国が登場した場合、基本的には打つ手がないのが現状だ。国際法に対応する国内法を新たに作れば一定の規制は可能だが、日本を含めた多くの先進国の海洋法が「みんなで海を広く使おう」という精神のもとに作られていることもあり、規制を設けるのが難しいのだという。

では、この現状をいかにして打破すればよいのだろうか。佐藤教授は南シナ海に近接する国々で海産物の漁獲のルールを厳格化し、国連海洋法条約の適用を強化するのが現実的ではないかと語る。

「魚をはじめとした海洋資源を獲る量を定めたルールを作れば、少なくとも現在よりは状況が改善されるのではないかと考えています。また、中国に対して違法行為をやめるよう働きかけるにはまず証拠を残す必要があるため、日本も海上保安庁と海上自衛隊が連携し、フィリピンやマレーシア、ベトナムに対して監視用のレーダーシステムを搭載した飛行機を寄贈したり、現地に赴いて危険を避けるべく指導したりと平和的解決に向けて尽力しています」

*海洋資源の開発力を高めて、海における自国の権益を守ろうとする政策のこと。

Column

中国はなぜ海洋資源を求めているのか?

「海洋強国」を打ち出して、海における自国の権益を高めようとしている中国。しかし、なぜそれほどまでに海洋資源にこだわるのか。その理由として佐藤教授は「中国の人口」を挙げる。人口が増えると、米をはじめとした穀物を栽培する農地と工業用地を確保することが重要になる。同時にタンパク質源である牛や豚といった家畜を飼う場所も必要となるが、農地や工業用地と比較すると優先順位が低くなるため、家畜の放牧地や飼料用穀物の栽培のための農地が十分に確保できない。そこで陸地では補いきれないタンパク質を求めて、海へと進出することになる。つまり「海洋強国」の思想は、人口が増え、経済的に発展してきた強国ならではの発想だが、これらの資源は輸入すればよいという発想の転換が出来ない。長期間戦争を体験して、外国への不信感が強いためだ。

「国際法」から「国際政治学」まで
幅広い知識を培ったバックグラウンド

国際法と国際政治学の研究背景について語る佐藤考一先生

会社員時代に触れた「実学経済」が研究にも接続

先に紹介した「東シナ海・南シナ海における中国の海洋攻勢」の研究からもわかるように、佐藤教授の研究には、海域東南アジアに関する地域研究やASEAN研究などの「国際政治学」さらには「国際法」に関する知見などが織り込まれている。これほどまでに多様な領域を越境した研究を行える人材はそう多くはない。このように佐藤教授が稀に見る学際的な研究を行えている背景には、学部時代からのキャリアにある。

「私は東京都立大学の法学部に在籍していましたが、大学の学部と大学院の修士・博士課程を通して、ASEANの研究を専門としていながら日本有数の中国研究者としても知られる岡部達味先生と、日本政治史をご専門とする御厨貴先生にご指導いただきました。また、私自身は学部を卒業してから4年間会社員として働き、その後2年間は日本国際問題研究所という公的機関に在籍しながらシンガポールに駐在した経験もあります。お世話になった先生方との出会いや自らの駐在経験などのバックグラウンドすべてが、現在の私の研究につながっているのです」

こうした佐藤教授のキャリアは、ちょうど当時の国際政治学の要請にも応えていた。佐藤教授が大学生活を送っていた1980年代初頭は米ソが冷戦状態にあり、双方による核兵器開発競争が繰り広げられていた時代。国際政治学の分野では、20~50メートルといった比較的射程距離が短い火縄銃に始まり、より射程距離の長いライフル、よりインパクトの強い戦車、空を飛ぶ戦闘機、標的までさらに早く到達するミサイルなど、兵器の発展によって国家の安全が守られるという考え方にもとづいた「安全保障」が主なトピックとされていた。

しかし、冷戦が終結した1991年以降は軍事戦争に代わるかたちで、各地で貿易紛争が勃発し始めた。これにより、従来の「安全保障」に加えて「経済」の知識も網羅した研究者だけが国際政治学の分野で生き残っていったのだという。大学卒業後に就職し、実体経済に触れていた佐藤教授はまさに“次世代の国際政治学”が求める要件を満たしていたのだ。

「学部時代から研究者になりたいという気持ちはありましたが、私が師事していた岡部先生のようにはなれないという想いから、一度は民間企業に就職しました。しかし、その経験も結果的に、国際政治学の研究に活きることになったのです」

研究の方向性を定めた
シンガポール駐在経験

研究者としての方向性を定めたターニングポイントは他にもある。その一つが、民間企業を退職した後に所属した「国際問題研究所」でのシンガポール駐在経験だった。シンガポールでの駐在で得られたのは「安全保障」に関する知識だ。学部時代から基礎知識はあったものの、現地の人の話や新聞などの詳細な情報に触れる中で、「同分野を探究するには一般的な研究者レベルの知識では足りない」と痛感したのだという。

「シンガポールでは誰もが手に取れる新聞にも、安全保障に関する情報がかなり詳しく書かれていました。にもかかわらず、わからないことがあることに気づき、通り一遍の研究では太刀打ちできない分野だと実感したのです。そこでシンガポールの日本大使館に在籍していた防衛駐在官の方にお話を伺うなどして、研究所の仕事の傍ら、個人的にリサーチを重ねていきました」

また、現地での生活は「東南アジアの地域研究」にも役立ったという。

「海洋安全保障の研究者として見られることが多いのですが、東南アジアの文化に関する論文も数多く発表しています。これはシンガポール駐在時に個人的な興味から、現地の宗教や祭りを観察していたためです。当時の経験をきっかけとして、帰国後もイスラム教やヒンドゥー教、道教なども学びました。こうした宗教や文化を学ぶことは、その土地に暮らす人々の価値観を知ることでもあります。国家間の戦争の大きな要因の一つが『価値観の違い』にあると考えると、安全保障分野の研究と、宗教・文化の研究は切っても切り離せない関係にあるのです」

Column

「イスラム教徒は酒を飲まない」は本当か?

海洋安全保障の大家である佐藤教授だが、リベラルアーツ学群で担当する授業のほとんどが「東南アジアの歴史や文化」に関わるものであり、自身の経験やのちの研究にもとづいた知見を披露することも多いのだという。たとえば、一般的にイスラム教徒には酒を飲まないイメージがあるが、実は東南アジアのイスラム教徒の中には酒を飲む人も少なくない。イスラム教徒の間で酒が敬遠されるようになったのは、酒を飲んで酔っぱらったことで喧嘩に発展するケースが増えたためで、ムハンマドがイスラム教の聖典である『コーラン』には第47章に、「主を畏れる者に、約束されている『楽園』には…飲む者に快い酒の川、純良な蜜の川がある」という趣旨の記述もあったという。「安全保障」や「地域研究」と聞くと難しく感じられるが、こうした身近に感じられるトピックを入口として国際関係への興味関心を深めていくこともできるのだ。

“海の安全”を守り続けるために

キャンパス内で佇む佐藤考一先生

丁寧なコミュニケーションが国際問題解決の糸口に

研究者、そして会社員として培ってきた知見を武器にした研究を行ってきた佐藤教授。今後特に注力していきたい研究は、これまで培ってきた文化研究のまとめと、「海洋安全保障論」のさらなる探究だという。

「先ほど中国の海洋攻勢の問題に触れましたが、他にも海ではさまざまな問題が起こります。日本の外務省と海上保安庁が共同で『海賊情報共有センター(ISC)』を作りましたが、アジアでは海賊以外にも海の安全を脅かす船の監視など、より広範囲をカバーする機関の設置が求められます。ただし、中国との関係悪化を懸念して手を挙げる国がいないのが現状です」

冒頭でも述べた通り、国際法には実質的な強制力がない。外交交渉が決裂するとき、関係諸国に対してどのようにアプローチすればよいのだろうか。取材の最後で佐藤教授が語ったエピソードに、そのヒントがあるかもしれない。

「ある国際会議で中国から来ていた研究者と激しい議論になったことがあります。その際に日本の海上保安庁は東シナ海で毎年100人にも上る漁民を救助している旨を伝え、実際に海上保安官が海に浮かぶ中国の漁民に向けて浮き輪を投げている写真を見せたところ、それまで大激論を交わしていた相手が拍手をしたことがありました。国際問題の解決においては、法整備やトップレベルでの交渉ばかりに目が向きがちですが、実は丁寧にコミュニケーションを重ねるという基本的なこともまた、国際問題解決の一助となるのかもしれません」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む佐藤考一先生

佐藤 考一教授

Koichi Sato

1960年、東京都出身。1983年 東京都立大学法学部卒業。1993年 同大学大学院社会科学研究科 政治学専攻 修士課程修了。1996年 同大学大学院社会科学研究科 政治学専攻博士後期課程単位取得満期退学。1996年に東京外国語大学非常勤講師、1997年に桜美林大学国際学部助教授となり、2003年より同教授に就任。2010年4月より学部改組により現職。2009年に早稲田大学より博士の学位を取得。専門は東南アジア研究、国際政治学、政治学(ASEAN研究、安全保障論、中国外交、海洋安全保障論)。近年は特に中国の『海洋強国』政策に関する研究に注力している。

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