• リベラルアーツ学群

    統合領域メディア・ジャーナリズム

平 和博 教授

Kazuhiro Taira

平和博先生がインタビューに応じている様子
  • デジタルウォッチャー
  • 朝日新聞の記者として30年
  • AI時代だからこそ、人間の知性が問われる
平和博先生がインタビューに応じている様子

デジタル空間のいまをウォッチ

デジタルメディアリテラシーを高めるには、仕組みを知ることが大切

Facebook、X(旧Twitter)、Instagram、TikTok—。2000年代以降、ソーシャルメディア(SNS)は私たちの日常に深く浸透し、世界中の人と瞬時につながるデジタルプラットフォームとして機能している。友人との交流からニュース速報、芸能人や政治家の発信まで、情報は縦横無尽に拡散されている。しかし、そのなかには誤情報や偽情報、いわゆるフェイクニュースも少なくない。

リベラルアーツ学群の平和博教授は、朝日新聞の記者として長年メディアの現場を対象に取材してきた経験をもとに、こうしたデジタル空間の構造的問題を追究している。

「ソーシャルメディアは便利で有益な一方で、誰もがフィルターバブルやエコーチェンバーの罠にはまる危険を抱えています。誤情報の拡散に加担してしまうこともあれば、逆に誹謗中傷の被害者になることもあります」

フィルターバブルとは、プラットフォームのアルゴリズムによってユーザーが自分の好みの情報ばかりに包まれ、それ以外の情報から遮断されてしまう現象。エコーチェンバーは、同じようなユーザーに囲まれた情報空間で、やがて意見が過激化・先鋭化していく状況を指す。平教授によれば、これらはソーシャルメディアの仕組みに起因するという。

「ソーシャルメディアのタイムラインは“ユーザーの関心をより長く、より深く引き付ける”という価値基準で設計されています。ユーザーの利用履歴データを解析し、興味関心に合わせて表示する情報をフィルターにかけている。そこでは“事実かどうか”はあまり重視されません。さらに、自分と似た価値観を持つアカウントをフォローしているため、情報空間はますます偏りやすくなるのです」

こうした仕組みを理解することこそ、デジタルメディアリテラシーを養う出発点になると平教授は強調する。

「ソーシャルメディアのタイムラインは、マスメディアと違い、誰もが同じというわけではありません。自分が見ている情報空間は、他の人たちとはまったく異なる。その認識を持つことが、今の情報社会を理解する起点になります」

セレンディピティをいかに確保するかが重要になる

ソーシャルメディアのタイムラインは“ユーザーの関心をより長く、より深く引き付ける”という価値基準で設計されている。では、新聞のような既存メディアはどのような価値基準のもとで情報を編集しているのだろうか。平教授によれば、新聞の紙面には「その日、社会にとってニュース価値の高い情報」が配置されているという。ニュース価値とは、読者が知っておくべき重要な出来事。政治やスポーツ、教育、医療など多岐にわたる。

「読者は日々、さまざまな課題に直面しています。新聞記者や編集者は、そうした社会課題に目を配りながら、その日のニュースの優先順位を判断し、紙面にレイアウトしていく。1面から社会面にかけての構成には、ニュース価値に基づいた明確な編集判断があるのです。テレビニュースも同様に、限られた放送時間のなかで何を伝えるかという価値判断が働いています」

その結果、読者や視聴者は、自分の関心外にあるニュースにも自然と触れることになる。政治や経済に関心がなくても、それらのニュースの見出しが目に入る。スポーツ面を読んだ後で、ページをめくりながら国際問題の記事を横目で見ることがある。平教授は、こうした「セレンディピティ(偶然の出会い)」が社会への視点をはぐくむ上で重要だという。

一方、ソーシャルメディアなどのデジタル空間では、こうした偶然の出会いが生まれにくい。アルゴリズムが個人の嗜好に合わせて情報を最適化するため、視野が狭まりやすく、結果として情報の偏りや誤情報の拡散を助長してしまうのだ。

「ユーザーが興味を持ちそうな分野以外の記事もあえて表示するニュースアプリもあります。とはいえ、社会全体として情報のバランスや多様性を保つ仕組みはまだ十分とは言えません。今後は、そのようなメディア環境の整備がいっそう重要になるでしょう」

平教授は、個人のレベルでも工夫ができると指摘する。自分と異なる意見を持つ人をあえてフォローしてみるのだ。それが、セレンディピティの確保につながるという。

「たとえその人の価値観を受け入れなくても、タイムラインに異なる視点が流れるようにするだけで、視野は広がります。それがフィルターバブルを打ち破る第一歩であり、多角的に情報を捉える力にもつながるのです」

デジタル空間の規制にはバランスが必要

フェイクニュースや誹謗中傷の拡散といった問題が深刻化するなか、国家による情報規制は必要なのだろうか。平教授は「デジタル空間の規制にはバランスが必要」と指摘する。

「国家が過度に介入すると、表現の自由や個人の尊厳を損なう危険があります。規制の名のもとに多様な意見が封じられてしまうような事態は避けなければなりません」

ただし、完全な無秩序もまた危うい。バランスの取れた情報環境をいかに実現するか。そのために、日本では「情報流通プラットフォーム対処法」が整備され、2025年4月1日に施行された。

「この法律は、欧州連合(EU)の『デジタルサービス法(DSA)』と同様、主に権利侵害などの違法情報への対応を目的としています。特徴的なのは、国家が直接介入するのではなく、プラットフォーム事業者の自主規制として、健全な情報流通を促す取り組みを求めている点です。その実効性や履行状況が今後の焦点になるでしょう」

こうした法整備と並行して、民間の取り組みも欠かせない。平教授自身、2022年に設立された日本ファクトチェックセンター(JFC)の運営委員を務めている。

「マスメディアも含めたファクトチェックの取り組みは、健全な情報空間を支えるうえで非常に重要です。AIは急速に進歩していますが、ファクトチェックには人間の判断が不可欠です。このような取り組みが幅広く、継続的に行われることで、信頼できるメディア環境を守る力になるのだと考えています」

朝日新聞の記者として30年

新聞記者としての原点や取材体験について語る平和博先生

紙とペンの時代に、朝日新聞の記者として歩み始める

平教授が朝日新聞社に入社したのは1986年。原稿用紙に鉛筆やサインペンで記事を書くのが当たり前の時代だった。

「事件や事故の現場へ向かうとき、近くに固定電話がないような場所では、肩から下げて使うショルダー型の携帯電話を持って行きました。ポケベルも常に携帯していましたね。当時から新聞記者は皆、まず警察や事件・事故の取材からスタートするのが通例でした」

初任地は横浜支局。入社して数年で、支局に初めてデスクトップ型ワープロ専用機が配備されたという。その後、1989年に北海道報道部へ赴任した頃から、携帯型ワープロを使うようになり、次第にノートパソコンが1人1台貸与されるようになった。電話回線さえあれば、現場から原稿を送信できるようになっていった。

「横浜支局時代には、リクルート事件などの調査報道にも関わりました。入社当初、予定稿と呼ばれる、掲載を前提にあらかじめ用意しておく原稿は原稿用紙に手書きで物理的に保管していました。ワープロが配備されるとそれらをデジタル化し、新しい情報をつかむたびに原稿を更新・保存できるようになった。これは画期的でした」

平教授はもともとITやテクノロジーにさほど関心があったわけではなかった。それでも、取材現場でデジタルツールを使ううちに、その利便性と可能性に気づいていったという。

デジタルメディアの登場

1995年、インターネット接続機能を標準搭載した「Windows 95」が発売された。世界は一気にインターネット社会へと動き出した。従来のパソコン通信とは異なり、ワールドワイドウェブによって情報が国境を越えてリアルタイムでつながる時代の幕開けだった。

「翌年の1996年、私は東京社会部のメディア班に配属されました。新聞やテレビといったマスメディアを取材してきたチームですが、同時に、台頭し始めたデジタルメディアの動向も追うことになりました。IT分野を本格的に担当し始めたのはこの頃からですね」

当時は、既存メディアがインターネットへの対応を急速に進めた時期でもある。新聞各社も次々とホームページを開設し、オンラインで情報発信を始めた。たとえば朝日新聞でも、現在のウェブ版「朝日新聞」の前身となる「asahi.com(アサヒ・コム)」が1995年8月に立ち上がっている。

「日本に限らず、世界中のメディアがデジタル化の荒波に直面していました。既存メディアのデジタル進出と、新興のネットメディアの登場が入り交じり、まさに渾然一体の状況でした」

そのなかで、メディア空間としてのインターネットの課題も次々と顕在化した。誹謗中傷や有害コンテンツ、著作権侵害など、現在にも通じる問題はすでにこの時から指摘されていたという。デジタル空間のルールづくりは、当時から今日に至るまで続く大きなテーマだと平教授は語る。

2000年には、朝日新聞社内に企画報道室デジタル編集部が設立された。IT革命とバブルが頂点に達していた時期であり、その動向を掘り下げて報道するための組織だったという。平教授もこの動きに加わり、IT記者としてのキャリアを進んでいく。そして2002年、asahi.comを運営する電子電波メディア局企画開発セクションへ異動。取材する側から、Webメディアを運営する側へと立場を移した。

「企画部門の一員として、ビジネスとしての成立も考えながら、新聞とは異なるジャーナリズムのあり方を探っていました。Webではスピードが命。たとえば選挙報道などでは、正確さと即時性の両立が求められます。リアルタイムで複雑に情報が動くメディア環境で、信頼できるジャーナリズムをどう実現するか。その課題は現在も問われ続けています」

2000年代初頭のシリコンバレー、そして、Web2.0の時代へ

シリコンバレーのイノベーションの象徴、ゼロックス・パロアルト研究所(PARC、当時)で=2004年4月

2003年、平教授はasahi.comの現地駐在スタッフとして、シリコンバレーの中心地、サンノゼに赴任した。当時は2000年のITバブルが弾けた後で、現地は一時的に熱気が落ち込み、空室の目立つオフィスビルもあったという。

「2005年までシリコンバレーに滞在しましたが、再び勢いが戻ってきたのは2004年頃でした。その年のGoogleの上場が象徴的な出来事でした。同じ年に、Facebookもシリコンバレーに拠点を構えました。日本でもMIXI、GREEといったサービスが次々に生まれ、情報が一方通行ではなく双方向に流れ始めた。Web2.0の時代の幕開けでした」

Web2.0とは、従来の「一方的な情報発信型のWeb1.0」から、ユーザー自身が情報を発信し、交流し合う「双方向・参加型のインターネット」へと進化した時代を指す。ブログやソーシャルメディアの普及によって、個人が手軽にメディアの担い手となり、ネット空間は「情報を受け取る場」から「ソーシャル(交流)の場」へと広がっていった。

「帰国した2005年当時、アメリカではすでにブログ文化が大きく盛り上がっており、個人のブログが既存メディアに匹敵する影響力を持ち始めていました。私もその動きに注目し、シリコンバレーを代表するジャーナリストの一人、ダン・ギルモア氏の著書を翻訳しました。それは『ブログ:世界を変える個人メディア』(朝日新聞社)として日本で出版されています」

ギルモア氏は、当時のメディア環境の変化を背景に「もはや読者は単なる受け手ではなく発信者でもある」と指摘していた。その言葉どおり、いま私たちは「多数対多数」の情報空間に生きていると平教授は語る。

「Web2.0から20年がたち、現代のデジタルプラットフォームは、国境を越えて影響を及ぼす新しい権力になっています。情報空間が人権や経済にも直結する時代に、各国がそれをどう制御していくかが問われています。2009年頃からは私を含めた朝日新聞記者による公式ブログの試みも始まり、これをきっかけに、メディア環境の変化やデジタル政策、個人の情報リテラシーについて現在もブログで発信を続けています。また、Yahoo!ニュースのエキスパートとして、変化を続けるメディア空間とテクノロジーの動向を考察しています」

AIが「メディア」となった時代

キャンパス内で佇む平和博先生

ChatGPTが既存のプラットフォームと肩を並べる存在に

2022年11月に登場したChatGPTをきっかけに、生成AIは瞬く間に進化を遂げ、社会や情報環境に大きな影響を与えている。平教授は、こうした生成AIそのものが、もはやメディアの一部として位置づけられる時代に入ったと指摘する。

「世界の主要なデジタルプラットフォームの訪問者数ランキングを見ると、依然として上位はGoogle、YouTube、Facebook、Instagramといったおなじみの顔ぶれです。しかし、これまで5位だったX(旧Twitter)は6位に下がり、代わって5位に入ったのがChatGPTです。つまり、生成AIが人々の情報接触の場として、既存のプラットフォームと肩を並べる存在になっているのです。メディア環境の新たな地殻変動が起きています」

平教授が懸念するのは、ユーザーのAIへの依存だ。特に10〜20代の若年層では、AIのリスクを十分に理解しないまま、身近な相談相手として使っているケースも少なくないという。

「すでに、AIに過剰に依存してしまう事例も報じられています。ソーシャルメディアの利用と同じように、生成AIの仕組みを理解したうえで、どのように活用し、どのようなリスクがあるのかを意識することが大切です。AIリテラシーの重要性は、これまで以上に高まっていると言えます」

AI時代だからこそ、人間の知性が問われる

AIの進化が加速する今、「結局は人間の知性が重要になる」と平教授は強調する。

「AIの精度は今後さらに向上していくでしょう。しかし現時点では、AIが誤った内容を生成するハルシネーション(幻覚)の問題が避けられません。AIの出力が正しいのか、妥当なのかを見極める力がユーザーに求められるのです。AIの回答を鵜呑みにして業務や学習に使うのではなく、自らの知識や教養、専門分野の理解を土台として、内容を吟味しながら活用することが不可欠です。AIを本当の意味で使いこなすためには、人間の知的蓄積が求められます。それを大学でしっかりと学んでほしいと思います」

いま、社会はものすごいスピードで変化している。その中心にあるのがメディア環境であり、デジタル空間だという。

「ソーシャルメディアをはじめとするデジタル空間はもはや日常の一部であり、人々の行動や意識にも直結しています。こうしたダイナミックな変化を丁寧に観察していくことが、今の社会を理解する鍵になります」

デジタルが生活に深く溶け込んだ時代。平教授は、変化のただ中で人間と情報社会の関係を見つめ続ける「デジタルウォッチャー」として、今後もその動向を追っていく。

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む平和博先生

平 和博教授

Kazuhiro Taira

1962年埼玉県出身。早稲田大卒業後、朝日新聞社に入社。2019年4月、桜美林大学に着任。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPT vs. 人類』(文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)など。

教員情報をみる