• リベラルアーツ学群

    統合領域メディア・ジャーナリズム

室岡 一郎 特任講師

Ichiro Murooka

室岡一郎先生がインタビューに応じている様子
  • 舞台裏方の経験が支える言葉のリアリティ
  • 「読者の心に残る」を最終的な目標に据えて
  • ユーモアがもたらす知的な潤滑油を大切に
室岡一郎先生がインタビューに応じている様子

演劇制作の知恵を教育に活かす
独創的な指導論

社会生活に直結する「伝える力」の重要性

担当する文章表現科目を通して、学生たちに実社会で通用する「伝える力」を体系的に指導している室岡一郎特任講師。その教育活動の根幹には、長年にわたる演劇公演制作会社での経験に基づいた、実践的な文章構成法が存在する。形式的な文章の体裁を教えることに留まらず、言葉を通じて他者と円滑な関係を築き、社会で活躍するための根本的な力の養成を重視しているのだ。

「当たり前のことですが、実社会においても文章(言葉)で伝える力は重要です。単に報告するのではなく、“相手に届くもの”としての文章を追究する姿勢を学生には身に付けてほしいと思っています」

書き手と読み手の間で繰り返される「発信と受信」

授業では、書き手である学生と、読み手である室岡特任講師との間で、課題の提出と詳細な添削という「発信と受信」の往復が繰り返し行われる。このプロセスのなかで、学生たちは自らの文章が他者にどのように受け止められるのか、その力と限界を実感していくという。

「指導の出発点は、常に“読者を意識する”ことです。学生に課題を出す際、『皆さん、これは誰に向けて書きますか?』と問いかけています。多くの学生は『先生に提出するもの』と考えがちですが、私は『読者の代表として添削をしますが、その後ろには不特定多数の読者がいると思って書いてください』と必ず説明しています」

読み手を一人に限定する自己満足の「報告」から脱却し、相手の理解や共感を引き出す文章を目指す意識が、文章の質を大きく左右する鍵になると室岡特任講師は語る。

舞台脚本に学ぶ「三部構成」の神髄

文章構成の指導において、室岡特任講師が最も強調するのは、演劇から学んだ「始め・中・終わり」というシンプルな三部構成だ。これは複雑な起承転結よりも、文章の着地点を明確に意識させることを目的としている。古代ギリシャ劇にも通じるこの普遍的な構成法は、舞台脚本の世界では不可欠なものであり、文章においても強い説得力を生み出すという。

「例えば、劇作家の井上ひさし作品では、観客を深く笑わせながらも、最終的に社会的な問題意識を突きつける結末が用意されています。途中の物語がどれだけ揺れ動いても、終幕で『ここに着地する』というゴールが明確であるからこそ、観客は納得して劇場を後にできるのです。文章も同様に、結末を見据えることで初めて、一貫した論理と力が宿ります」

客観的事実の積み重ねによる「思考力」の養成

室岡特任講師の授業では、「一歩踏み込んで考え、深く探究して書く」訓練が徹底される。単に文法的な正確さを追究するのではなく、文章作成を通じて論理的思考力や批判的視点、細部を鋭く観察する力を養成することが目的だ。

「例えば、『ある人物』というテーマの課題では、『ただ好き、尊敬している、という主観的判断ではなく、どんな人なのかを具体的に書いてください』と客観的な描写を求めています。『美味しいラーメン』においても、味や香り、特徴を丁寧に描写すれば、『美味しい』という言葉そのものは不要になるのです」

書き手の主観を廃し、客観的な事実や描写を積み重ねることで、読み手自身に判断を委ねる姿勢を養う。こうした訓練の積み重ねが、社会に出てからも役立つ「論理と表現」の強固な基盤を築くのだ。

演劇制作の現場で培われた
印象深く伝達する技術

法学から演劇への転身について語る室岡一郎先生

法学から演劇への転身と人生の転機

室岡特任講師のキャリアは、当初、法曹界を志し、法学部での学びからスタートした。法律の多様な学説に触れる大学の授業には面白さを感じていたが、資格試験のための受験勉強において「通説」を覚えることに違和感を抱き、次第に馴染めなくなっていったという。

そんななか、大学院進学を決めた矢先に父親が病に倒れてしまい、看病に専念するために進学を断念せざるを得なくなった。すでに母親も他界していたため、若くして家族を支える役割を担うことになり、自らの生き方と将来を根本から問い直す大きな転機となった。

本を読み、人と出会い、自己を模索する日々のなかで、子どもの頃から慣れ親しんでいた演劇、特に劇作家・井上ひさしの芝居に心を強く惹きつけられた。

こまつ座での制作活動と実務経験

劇作家・井上ひさし氏が1983年に設立したのが、「こまつ座」という演劇制作会社だ。室岡特任講師は、井上ひさし氏の作品に心を惹かれ、こまつ座の公演に足繁く通い詰めるうち、関係者との縁を得て、旗揚げ間もないこまつ座の制作スタッフとして演劇の世界へ足を踏み入れることとなった。

「『こまつ座』に三ヶ月ほど在籍したのち、その後も約20年間ずっと舞台の制作に関わっていくこととなりました。私は地方公演を回りながら、舞台を支える多岐にわたる実務を担いました。旅館の部屋割り、チケット手配、公演ごとの精算業務といった細々とした裏方仕事に加え、公演プログラムの編集、上演台本の執筆・校正、さらには英米戯曲の翻訳、企画書作成など、その業務内容は非常に幅広かったです」

演劇は総合芸術であり、舞台上の言葉だけでなく、舞台裏のあらゆる作業が作品を完成させるために不可欠であることを、現場で深く体得していったと室岡特任講師は語る。

宣伝業務で実感した「構成の力」の厳しさ

数ある制作業務のなかでも、特に力を注いだのが宣伝物制作だという。チラシやポスターに記されるキャッチコピーは、たった一行の言葉で観客の客足が左右されるという厳しさを伴うものだった。

「演劇は総合芸術ですが、その入り口である宣伝の言葉に“伝える力”がなければ、観客に届きません。限られた字数のなかで、作品の核となるテーマや魅力を凝縮して伝える技術は、後に大学で教える『構成の力』の根幹となりました」

また、地方公演の客席では、観客が笑いながらも、最後に深く社会的なテーマについて考え込む姿を何度も目撃した。演劇が社会と繋がり、人々の心に影響を与える瞬間を体験したことが、「人に伝える」ことの揺るぎない確信となった。

演劇現場の経験を大学教育へ応用

演劇活動を通じて培った「相手に届く表現」と「構成」の技術を、教育の場へと応用する転機が訪れたのは2001年。演劇の現場で出会った演出家の紹介により、2000年に桜美林大学で新設された文章表現の講座を担当する機会を得たのだ。

「『文学研究者ではない自分が果たして務まるのか』という葛藤を抱えながらも、『人に伝える文章を教える』という講座の理念に深く共感し、非常勤講師として教壇に立つことを決意しました」

以降、室岡特任講師の授業は、舞台の裏方として培った実践的な感覚と、観客(読み手)の反応を予測する演劇的な視点に基づき、学生たちの思考力と表現力を磨き続けている。

ユーモア、論文、そして社会探究
研究活動と社会との関わり

キャンパス内で佇む室岡一郎先生

笑いの要素が文章に生み出す「適度な余白」

室岡特任講師は、教育と並行して幅広い研究活動を展開している。その一つが「日本笑い学会」への所属と、「笑い学」をテーマとするゼミでの研究だ。

「私は、笑いを単なる娯楽としてではなく、社会的な潤滑油であり、人と人との人間関係を円滑にする重要な要素として捉えています。笑いは伝える行為の一形態であり、人と人をつなぐ力です。ユーモアの効用を文章指導にも応用していきたいと考えています」

「硬いだけの文章は読むのがつらい。ちょっとしたユーモアがあれば、人は前向きに読み進められる」と室岡特任講師は強調し、文章に適度な余白を生み出すことで、読み手との心理的な距離を縮める重要性を説く。

日常のテーマから社会の文脈を読み解く

室岡特任講師は、日常に根ざした切り口から研究テーマを模索しており、その代表例が、動物行動学の研究者と共に発表した論文「なぜ、男たちは猫と暮らすのか」である。これは、現代社会において男性が猫と共に暮らすというライフスタイルの背景や社会的な文脈を考察したものであり、単なる愛好家の話題に留まらない、深い探究心が込められている。

こうした身近でありながらも、その根底に社会関係や人間心理の在り方を読み解く視点を持つ研究は、専門的な知見を多くの人に親しみやすい形で伝え、広い層にリーチするための有効な手段として位置づけられている。

論文作成指導の徹底と「中身のある文章」への追求

室岡特任講師の桜美林大学での主要科目である「アカデミックライティングⅠ」では、作文と論文の違いを明確にしながら、論理的な文章の書き方を導入から結論まで一貫して指導している。学生たちは、論理的な筋道を立てて本論を展開し、最終的に「自分の考えを他者に伝える論文」を一から最後まで完成させる訓練を重ねる。

「技術や形式を教えることはもちろん、『技術だけでは良い文章は書けない。頭で考え、心で感じることを豊かにしてこそ、中身のある文章になる』と伝えています。学生一人一人が内面を充実させることこそが重要なのです。そのため、学生には積極的に読書や対話、さまざまな体験を通じて経験値を増やすことを強く勧めています」

演劇、教育、研究を結ぶ「伝える」という軸

演劇制作の現場で培った「構成」と「伝達」の実践感覚、大学での日本語教育を通じた理論的な指導、そしてユーモアや社会的テーマに基づく探究的な研究活動。室岡特任講師の活動のすべては、「人に伝える」というただ一つの軸で結ばれている。

「大学での文章作成の訓練は、“論理と表現”を身につけるための重要な準備であり、社会に出たときに必ず役立ちます」

舞台の幕が下りた後も観客の心に深く残り、社会的な思考を促す言葉のように、学生が書く文章もまた、読む人の心に深く届き、影響を与え続けることを目指して、室岡特任講師は日々指導を続けている。

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む室岡一郎先生

室岡 一郎特任講師

Ichiro Murooka

1961年東京都出身。中央大学法学部法律学科を卒業後、こまつ座(演劇企画制作会社)制作スタッフとなる。安澤事務所(演劇企画制作会社)取締役・制作スタッフを経て、桜美林大学コア教育センター非常勤講師として着任。同大コア教育センター講師、同大基盤教育院講師、2016年に同大リベラルアーツ学群講師を経て、現職。

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