• リベラルアーツ学群

    統合領域環境学

木村 元 准教授

Hajime Kimura

木村元先生がインタビューに応じている様子
  • 社会課題解決に向けた文理融合研究
  • 理系と文系の2つの博士学位と環境・SDGs分野の実務経験
  • 研究は楽しむことが第一
木村元先生がインタビューに応じている様子

社会課題解決に向けた文理融合研究

「環境影響の評価手法」と「社会学の理論」を両輪とした研究

SDGsやESG投資など新たな社会的仕組みの導入に見られるように、気候変動や生物多様性の減少をはじめとした環境問題への関心は高まりつつある。環境問題も社会で起きている現象の一つであり、人々の営みと切り離して考えることはできない。

「環境問題をはじめとした現代社会の諸課題に対応するためには、自然科学と人文・社会科学の知を融合した『総合知』が必要です」

そう語るのは、「環境影響の評価手法」と「社会学の理論」をベースとした文理融合を目指した研究を行っているリベラルアーツ学群の木村元准教授だ。いわゆる「理系」「文系」それぞれの博士号を取得し、環境・SDGs分野の実務経験を持っている。その研究の特筆すべき点は、研究「対象」のみならず、研究「方法」も含めた文理融合に挑戦していることにある。

「環境影響の評価手法とは、例えば、ある企業が製品を開発・製造する際に環境に対してどれだけの負荷をかけるかを評価する手法のことです。現在は、いわゆる『ライフサイクルアセスメント(LCA)』をはじめとした物質的側面を定量的に把握する方法が主流です。しかし当然ながら、意思決定の場面では、環境面のみならず、企業の利益など経済面や、雇用の増加/減少など社会面の観点にも鑑みて複眼的に評価する必要があります。ごく当たり前だと思われるかもしれませんが、各分野の専門化が進むと、それらを俯瞰して論じる機会は意外とないのです。そこで、独自の社会学理論を発展させるかたちで、従来の環境影響の評価手法との融合を図りました」

こうした文理融合研究により、複雑な現象に対しても自然科学にもとづいて物質的かつ定量的に把握するとともに、それを社会文化的な意味連関の中に位置づけ、総合的に理解・判断できるようになるという。同テーマについて木村准教授は目下取り組んでいる「社会学理論に基づく文理融合研究:環境フローを鍵とした物質的・社会的側面の総合記述」(日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) )にて、その核心に迫ろうとしている。

長きにわたって“対立”すると言われてきた
2つの社会学理論の「相補性」を発見

「環境影響の評価手法」と「社会学の理論」をベースとした文理融合を図ってきた木村准教授。しかし、自然科学と人文・社会科学のあいだだけでなく、人文・社会科学の内部においても見方・考え方が“対立”することがあるという。

その一例が、環境社会学における「生産の踏み車論」と「エコロジカル近代化論」だ。前者は「資本主義経済のもとでは絶えず経済成長が求められるため、実効的な環境政策や持続的な環境改善は構造的に困難だ」とする立場であり、後者は「制度的改革や技術革新を通じて、環境保全と経済成長は両立し得る」と主張する。両者は「環境と経済の両立」の可否をめぐる対照的な理論として数十年の長いあいだ位置付けられてきたのだ。

しかし、木村准教授はこの2つの理論が対立関係にあるという通念を再検討し、むしろ“相補的”な関係にあることを研究の中で示した。「生産の踏み車論」を政治経済モデルとして、「エコロジカル近代化論」を政治経済動員フレームとして用いる、統合的な社会学理論を提示したのだ。これもまた木村准教授の研究における大きな特徴の一つと言えるだろう。

同研究の着想の経緯について、木村准教授は環境・SDGs分野での実務経験を挙げながら、次のように語る。

「『生産の踏み車論』と『エコロジカル近代化論』は環境社会学の初学者が序盤で学ぶ理論で、“対立する理論”の代表例とも言えるものです。しかし、環境・SDGs分野の現場に立っていた身からすると、『両者はそれぞれ別の立場から同じことを言っているのではないか』と感じていました。そこで両者の間に接点を見出し、その相補性を明らかにすれば、統合的な社会学理論を提示することができるのではないかと考えました」

理系と文系の2つの博士学位と
環境・SDGs分野の実務経験

生命科学分野の研究と自己組織化への関心について語る木村元先生

学生時代には生命科学分野の研究を行っていた

木村准教授の研究者としての歩みは、いわゆる「理系」「文系」という区分を軽やかに越境してきた軌跡でもある。学生時代は生命科学を専門に学び、博士(理学)を取得。その後、金融系民間シンクタンクで約10年間、環境・SDGs分野の実務に携わった。さらに実務の現場で抱いた葛藤を起点として社会学を学び直し、博士(人間学)も取得している。

大学で生命科学を学ぼうと思った理由について尋ねると、木村准教授は「不思議さ」や「わからなさ」を挙げた。

「学生時代に生命科学を学ぶ同級生の多くには『植物が好き』『トカゲが好き』など生き物それ自体が好きであることを出発点とする傾向がありましたが、私は生き物の“わからなさ”をおもしろいと思いました。これだけテクノロジーが進歩しても、人類は未だ細胞1個すらつくれません。仕組みがわかる機械よりも、仕組みがわかっていないものに惹かれました」

そんな木村准教授が学部時代から研究していたのは「自己組織化(self-organization)」という現象だ。これは個々の要素が外部からの制御や命令を受けていないにも拘らず、自律的な振る舞いの結果として、自然に秩序ある構造やパターンがつくり上げられる現象のこと。

具体的な研究テーマは、生命の設計図ともいわれるゲノムDNAが、細胞核という微小な空間の中で“機能的に折り畳まれる”仕組みについてだ。例えばヒトの場合、ゲノムDNAは細胞1個の中に約2メートル分もあると言われる。それが10マイクロメートルほどの核内に納まり、しかも遺伝子のオン/オフに関わっているとなると、その折り畳まれ方には秩序があると考えざるを得ない。大学から大学院博士課程にかけて、この不思議に徹底的に向き合った。

「オンになっている遺伝子の周りは緩んで読み取りやすくなっている。逆にオフのときには遺伝子の周りが引き締まっていて外からアクセスしづらい。折り畳まれ方が“機能”につながっているのです。どのような秩序がはたらいているのか、その不思議を解き明かしたいと思いました」

異分野融合型のアプローチは社会課題解決にも役立つ

木村准教授の原体験として大きいのが、学生時代から取り組んできた「異分野融合型」の研究アプローチだ。数理モデルを構築し、コンピュータ・シミュレーションを行い、それを分子生物学的な実験で検証する。一つの専門の中に閉じず、必要があれば別分野の知見を取り込みながら研究を前に進める姿勢は、学生時代の研究ですでに培われていた。

「さまざまな学会に参加し、異分野でユニークな研究をされている素敵な先生を目の当たりにすると、『自分もやってみたい』という気持ちが高まりました。もちろん実際に試してみるとできないことはありますが、独力で難しいときにはその分野を専門とする方に相談しに行きました。その相談がきっかけとなって共同研究が立ち上がる。次々と発展していく研究のプロセスがとても楽しく感じられたのです」

博士(理学)取得後に、金融系民間シンクタンクに入社する道を選んだのも、異分野に対しても臆せず飛び込んできた学生時代の経験があったからだろう。シンクタンクの業務は、社会課題解決を掲げるがゆえに、産官学の多様な立場の人たちと協働する機会が多い。学生時代に感じた「異分野の人と連携しながら探究するおもしろさ」は、実務の現場でも自然に生きていったのである。

環境・SDGs分野の実務と人生2つ目の博士課程

シンクタンクでは、受託調査と呼ばれる「クライアントのいる研究」に携わる。木村准教授が扱ったテーマは、気候変動対策としての新技術の環境リスク評価、環境配慮行動・意思決定を支援するための環境影響評価手法、開発途上国に適応した農業ICT技術など、多岐にわたる。

合意形成のために強い緊張感をもって資料をつくり説明することもあれば、化学プラント周辺の環境モニタリングや排ガスの毒性試験を分析機関と協力して実施することもあった。海外出張で一人調査・交渉にあたる機会も多く、現場の最前線で“意思決定の現実”に触れてきた。

その中で、木村准教授が直面したのが、「環境にとって良いこと」が、別のところで副作用を生むかもしれない、という現実だった。

「気候変動への対策技術が、気候変動問題に対しては“薬”でも、経済や、人間の健康リスクなど別の側面において“毒”となるような副作用を持つことがあります。そうした副作用が一定の範囲内に留まることを試算・確認するのが私の仕事でしたが、システム全体で“見える化”したうえで意思決定をしないと、次々と現れる課題のモグラ叩きで終わってしまう。現場に立ったことで新たな問題意識が生まれました」

社会課題解決に向けて働くほど、誰のための技術なのか、何のための仕事なのかという問いが立ち上がってくる。そこで葛藤を乗り越えるために人文・社会科学が必要だと考え、シンクタンク勤務と並行して人生2つ目の博士課程へ進み、社会学を学び直した。

冒頭で紹介した、「生産の踏み車論」と「エコロジカル近代化論」という2つの社会学理論が長きにわたり対立するとされてきた“当たり前の前提”を疑うことができたのも、実務経験で得た現場感覚があったからこそだ。木村准教授の現在の研究につながる土台は、この時期に形作られていったのである。

Column

生命システムと社会システムの関連性

学生時代に生命科学分野を追究していた木村准教授が、なぜシンクタンクに勤務しながら社会学分野の博士課程に進んだのか、不思議に思う人もいるかもしれない。しかし、学生時代から研究テーマとしてきた「自己組織化」という考え方は、生命システムだけでなく、社会システムを理解するための見方としても用いられることもあるという。また、「社会学」という名称をつくったオーギュスト・コントは、数学から天文学、物理学、化学、生物学までの学問の階層を整理したうえで、「社会学」を生物学の上に位置する学問として構想したことで知られる。学生時代は生命システムと社会システムのつながりを意識していたわけではないというが、社会学も“人間の生態学”と捉えると、地続きにある学問だと言えるのかもしれない。

研究は楽しむことが第一

キャンパス内で佇む木村元先生

“自分”から“社会”へと研究動機が広がっていく

学生時代の指導教員から贈られた「研究は楽しむことが第一」という言葉を今も大切にしているという木村准教授。「社会課題解決に向けた文理融合研究」という、一見すると難しく見える研究スタイルも、実はこの言葉を日々の指針にして進路を選び続けてきた延長線上にある。

「目の前の興味関心に熱中していると、そこを起点に、研究動機が芋づるをたぐるように広がっていきます。私の場合はもともと研究対象そのものへのこだわりよりも、『新しい概念を世の中に発信したい』という動機を強く持っていました。そのうちに生命科学分野で異分野融合型の研究アプローチのおもしろさを体感したことで、さらに『異なる分野の人と連携したい』という新たな動機が加わり、結果的に、自然科学だけでなく、ビジネスや政策、人々の価値観やライフスタイルまでが絡み合う環境分野へと歩みを進めたのです」

金融系民間シンクタンクに入社し、環境・SDGs分野の実務に携わり始めてからは、社会課題を「現場の手触り」として捉える機会も増えていった。気候変動や環境配慮行動、新技術導入のリスク評価など、多様なテーマに向き合うほど、課題の複雑さと同時に、困っている人々の顔が具体的に見えるようになる。その経験が「社会課題を解決したい」という想いを強くし、また、例えば環境と経済のバランスをどう考えるべきかという葛藤が「人間や社会を理解したい」という研究動機へとつながっていったのだ。

こうした自身の経験をもとに、木村准教授は学生たちに向けて、次のようなエールを送る。

「大学生の頃は『楽しいことをしたい』『おもしろいことをしたい』『自分を表現したい』といった“自分”に関する動機に突き動かされるケースがほとんどだと思います。私自身も当初はそうでした。しかし、自分の興味のあることを追究していった先で、“社会”的な意義が見出せるような研究テーマとして結実していきました。『文理融合』や『社会課題解決』と聞くとハードルが高く感じるかもしれませんが、まずは自分が興味あることを楽しみながら追究してみてほしいと思います」

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む木村元先生

木村 元准教授

Hajime Kimura

2013年 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 博士課程修了、博士(理学)。2022年 明治大学大学院 文学研究科 博士課程単位取得退学、2023年 博士(人間学)。金融系民間シンクタンクにおけるコンサルタントとして約10年間、環境・SDGs 分野の実務に携わったのち、国立大学法人 富山大学 常勤講師を経て、2024年より現職。理系と文系の専門分野および環境・SDGs分野の実務経験に基礎をおいた文理融合研究を目指している。

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