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昆虫や植物を対象とした「群集生態学」が専門
生物の多様性に影響を及ぼす要因や保全のあり方を研究
SDGsを入口として地球環境への関心を持つ人も増えてきた昨今、「生物多様性」の重要性は社会的にも認知されるようになってきた。生物多様性とは、生き物の遺伝子や種、生態系の多様性を意味し、生命と地史が織りなす悠久の歴史を反映している。これらが失われると、私たちの生活に必要な食物や燃料がとれなくなるほか、土壌が流出したり、新たな感染症の発生、拡大が起きたりと、これまで当たり前に享受してきた“自然の恵み”がなくなる可能性もある。
生物多様性の要素である生物の数、分布、生物間のつながりやそれに影響する要因について研究する学問分野を「生態学」と呼ぶ。このうち、ある地域に生息する様々な生物の集まり(生物群集)を対象に、その特徴や環境との相互作用について研究する「群集生態学」を専門とした研究を行っているのが、リベラルアーツ学群の大脇淳准教授だ。
「1つの生物(個体群)ではなく、そこに生息する生物相を広く捉えられるところが群集生態学の魅力」と語る大脇准教授は特に昆虫や植物を対象として、里山、森林、草原などさまざまな環境における生物群集のあり方や、それに影響を及ぼす要因、保全のあり方について研究を行ってきた。
代表的な研究論文のひとつが、日本の草原に暮らすチョウの生態を分析することで、従来とは異なる草原の見方を提案した「How should we view temperate semi-natural grasslands? Insights from butterflies in Japan」だ。
「もともと日本の草原は『遷移初期』の環境と言われていました。これは、日本では草原が“遷移の始まり”の段階で、放っておくとすぐに林や森へと遷移していくからです。そして、そこで暮らす生き物もまた遷移初期の特徴を持つと考えられていたのです。遷移初期のチョウは生息環境が不安定であるため、子孫を残すために早く成長しなければならず、春から秋にかけて何度も発生するという特徴があります。しかし実際には、日本の草原で暮らすチョウの多くは年に1回しか発生しませんでした」
これまでの通説と、実際に草原で生きるチョウの生態との乖離に違和感を覚えたという大脇准教授。そこで日本の温帯に生息する草原性のチョウの特性(世代数、幼虫の食草利用幅、分布域など)が、比較的安定した環境に生息する「森林性のチョウ」と、不安定な環境に生息する「攪乱性のチョウ」のどちらに似ているか調べたところ、森林性のチョウに似ていることが明らかになった。
しかし、なぜ日本の草原に生息するチョウは、草原に生息していながら遷移初期の生物の特徴を持ち合わせていないのか。その秘密はチョウ自身のルーツにあった。
「日本の草原に生息するチョウの起源を調べると、日本とユーラシア大陸が陸続きだった氷河期の時代に、同大陸の『ステップ』と呼ばれる草原に生息していた種が日本に入ってきたことがわかりました。ステップは乾燥ゆえに森林が成立せず、地史的な時間スケールで草原が維持されてきた環境です。このように“安定した”草原環境に生息していたバックグラウンドを持ったチョウであるからこそ、日本の草原という“不安定な”環境においても、森林性のチョウに似た特性を持っていたのです」
群集生態学におけるスタンダードな調査方法とは?
「生物の生態系について研究する」と聞いて、実際にどのような調査をするのかイメージがつかない人も多いかもしれない。調査対象となる生物やフィールドによって違いはあるが、基本的には各フィールドの代表的な特徴を持つ場所に調査地を設定する。チョウの調査では調査ルートを設定してその場所を定期的に歩き、そこで観察される生物の種類と数、植生などを記録するのがスタンダードな方法だという。手法はシンプルだが、アナログゆえの根気強さが求められる地道な調査と言えるだろう。
チョウ好きの少年が研究者になるまで
チョウの図鑑を眺め、夢中で採集した少年時代
群集生態学において昆虫や植物を対象にした研究を行っている大脇准教授。幼い頃から図鑑を眺めるのが好きで、とりわけチョウには強い憧れを抱いていたという。
「父は自然が好きだったこともあり、子どもの頃から鳥やチョウなどの図鑑に囲まれて育ちました。森の中で声しか聞こえなかったり、近づいてもすぐに逃げてしまう鳥の姿を近くで見るのは難しいですが、チョウは文字通り手が届く身近な存在です。当時はインターネットのない時代でしたから、図鑑に掲載されている写真や文章を読んで、ミドリシジミなどのチョウに憧れのような気持ちを抱きました。現在は趣味でチョウを採ることはありませんが、学部生の頃はいろいろなチョウを採集しに行きました」
そんなチョウ好きの少年がその生態を研究したいと思うのは、ごく自然な流れだろう。生まれ育ちは東京の多摩西部だったが、数多くのチョウが生息する自然豊かな場所にある大学を探し始める。全国で最もチョウが多いと言われる信州にも憧れがあったが、最終的には細胞や遺伝子などの目に見えない生物を扱う「ミクロ」と、野外調査で目に見える生物を扱う「マクロ」の両方を学べる金沢大学の理学部生物学科に進学を決めた。
絶滅に瀕したチョウの現状を目の当たりにした大学時代
大学入学後も、ミドリシジミの仲間を採るために、いわゆる“ママチャリ”で標高800~900mの山を登ったり、石川県の昆虫同好会に入会してチョウ好きの仲間たちと情報交換しながらチョウを採りに行ったりしていたという大脇准教授。しかし、ある出来事をきっかけに「生物多様性の保全」に関心を持ち始めることになった。
「図鑑などの情報をもとにチョウの生息地を市町村レベルまで絞って、その情報をヒントにして自ら生息地を探して採集する“遊び”をしていました。しかし、見当をつけた場所に行ってもチョウが見つからないことが多く、そのあと同好会の方々に話を聞いてみると『そのエリアのチョウは絶滅してしまった』『そこの生息地はダムの底に沈んだ』などと言われることがたびたびありました。かつて存在した生き物がどんどん消滅していくことに問題意識を抱くようになっていったのです」
加えて“ある本”との出会いも、大脇准教授を「生物多様性の保全」の研究へと向かわせた。
「田端英雄先生が書かれた『里山の自然』にも大きな影響を受けました。里山とは人里に近い集落周辺の農地や雑木林など、人が日常生活の中で関わってきた自然環境のことです。かつては身近な環境だった里山が軽視され、失われつつある今、その場所を生息地としてきた生物も急速に絶滅しつつあることを知り、衝撃を受けました。今でこそ広く知られている内容ですが、当時は『生物多様性』という言葉ができた1980年代後半から10年ほどしか経っていなかったこともあり、非常に先進的な問題提起として受け取ったのです」
里山のモザイク性が生物に与える影響を研究
自身の実感と、生物多様性における里山の重要性を説いた書籍との出会いを経て、自らの研究テーマを定めていった大脇准教授。卒業研究では、都市部にある金沢城の緑地と里山におけるチョウの群集について調査を行った。里山がある金沢大学周辺のフィールドが気に入り、大学を卒業した後も、修士課程、博士課程ともに同大学大学院の自然科学研究科に在籍することとなる。
「里山では農地、草地、二次林といった様々な環境がモザイク的に入り組むので、個々の環境は分断化する(パッチ状になる)傾向があります。特に平地の里山では二次林がパッチ状になります。二次林は里山の生物多様性を支える重要な環境ですが、生息地の分断化は一般的に生物にマイナスの影響を与えると言われています。では、里山本来のモザイク構造が作り出す二次林の分断化は生物にマイナスの影響を与えないのだろうか?そこで、修士・博士課程では、里山のモザイク構造による二次林の分断化(パッチ構造)が生物に与える影響を調査しました。修士課程では、二次林に生息し、幼虫の食草としてササを利用する『クロヒカゲ』というチョウを主な対象として、分断化の影響について調査したのです」
生息地がパッチ状になった景観で個体群が存続するためには、生息パッチ間で個体の移動があることが重要である(多くの個体は同じパッチにとどまるが少数個体がパッチ間を移動する個体群構造は「メタ個体群」と呼ばれ、分断化した景観において個体群が存続する上でカギとなる)。しかし、クロヒカゲをはじめとする二次林に生息するチョウは農地や草地といった二次林の外ではほぼ見られません。修士課程でクロヒカゲを対象としたのは、まず個体数が多いので調査しやすそうだったことと、二次林にすむチョウが二次林の外に出て本当にパッチ間を移動しているか知りたかったからだ。そこで調査地である林に生息するクロヒカゲを捕まえては羽にマジックで番号を書き入れて放し、移動する軌跡を追う調査を行った。最終的に、クロヒカゲは少数個体が数10m離れた二次林間を移動し、二次林がパッチ状になった里山でメタ個体群として存続していることが明らかになった。しかし、その結果を得るまでの調査の工程はかなり骨の折れるものだったという。
「私が主な対象としたクロヒカゲは5月中頃から9月下旬くらいまで約4ヶ月の間に3回(3世代)発生するチョウで、1ヶ月あたり20日以上は野外調査に出ることになり、冬も越冬幼虫の調査で野外に出ていました。野外調査の比重があまりに大きく論文を読んだりする時間を十分に確保することが難しかったため、博士課程では別の生物を対象にして野外調査の頻度を少し減らした研究ができないかと模索し始めました。その際に飛べない甲虫群集は自由に行き来できるチョウと比べて分断化の影響を受けやすいのではないかと考えたこともあり、同テーマ・同エリアでゴミムシをはじめとした甲虫群集を対象とした研究を行うことにしたのです」
調査地を定めて対象となる生物を採集する基本的な調査方法は同じだが、甲虫群集の場合は所定の位置に小さな穴を掘り、プラスチックカップを土中に“落とし穴”のように埋め込んでおけば採集できる。プラスチックカップの設置から2日後に回収するというルールを決めて調査を行った。その結果、意外な事実が明らかになった。
「当初は飛べない甲虫群集は里山の二次林の分断化の影響を受けやすいのではないかと考えていました。しかし、伝統的な里山景観の空間スケールであれば、二次林がパッチ状になっていても、甲虫の多様性は二次林面積にかかわらず維持されることがわかったのです。また、同時に実施した樹木の調査でも、樹木の多様性は面積や孤立に影響されていませんでした。この研究結果は、里山の生物多様性が存続する上でその景観構造の意義を改めて示す結果にもなりました」
「放棄草原」と「伐採地」から
絶滅に瀕した生物の再生を探る
博士課程修了後は、金沢大学環日本海域環境研究センター連携研究員や十日町市立里山科学館「森の学校」キョロロ研究員、新潟大学 朱鷺・自然再生学研究センター 特任准教授などを歴任しながら、研究を続けてきた大脇准教授。この時代に力を入れた研究は、山梨県富士山科学研究所在籍時に発表した草原や植林地における植物やチョウの多様性に関するものだ。
「草原」と聞くと「樹木が生えていない草地全般」を想像してしまうが、残念ながら私たちの身近にある草地のほとんどは外来種に覆われており、生態学における「草原」には当たらない。また前述の通り、気温が高く降水量の多い日本では放っておくと樹木が生えて、林や森になってしまう。
昔から続く日本本来の「草原」でしか生息できない昆虫や植物も多いことから、草原は日本の生物多様性保全のカギを握る存在である。しかし、日本を含め、多くの地域では草原は著しく減少している。ヨーロッパの最近の研究では、植林の伐採地が一時的ではあるが草原性生物の代替生息地として機能することが知られていた。そこで大脇准教授は、昔から人が維持してきた半自然草原と伐採後間もない若い植林地で植物とチョウの群集を調査した。
調査の結果、草原の方が伐採地より絶滅危惧の植物やチョウは多かったが、一部の草原性の絶滅危惧種は「伐採地」も利用しており、植物やチョウの総種数については草原と伐採地で有意差は見られなかった。また、北海道十勝地域の防風林で最近実施した研究でも、やはり伐採後の若い植林地は草原性の植物やチョウ類の生息環境となることが明らかになった。富士山や十勝地域ではかつては草原が広く広がっており、現在の植林地の大部分はかつての草原に植林したものと考えられる。このように、かつて草原であった歴史を持つ植林地の伐採地は草原性生物の一時的な生息環境になりうることを見出した。
「林業を行っている富士山周辺の土地では、60年に1度のペースで伐採し、植林を行っています。その木が大きく育つまでの数年間は、一時的ではありますが、草原のような環境が発生します。こうした伐採地が、たとえ一時的でもかつて草原を生息地としてきた生物たちの住処とならないかと考え、上述のように草原と伐採地それぞれにおけるチョウと植物の生態を調査しました。植林地は生物多様性が低い環境と言われますが、この研究結果は草原が失われつつある日本において、植林地を定期的に伐採して林業を営むことが草原性生物の保全に貢献しうることを提示したという意味で、非常に重要だと考えています。ただし、その周囲に存在する草原が重要であることは言うまでもありません。」
なぜ草原は失われつつあるのか?
100年前、草原は国土の10%ほどを占めていたが、現在は1%ほどしかないと言われている。しかし、そもそもなぜ草原は失われてきているのだろうか。その要因の一つに、戦後の生活様式の変化がある。かつて草原を維持・管理してきたのは、かやぶき屋根の材料や牛や馬のエサを得るためだった。しかし、屋根の素材はかやぶきからスレートや瓦に代わり、動力として用いられていた牛や馬も石油にとって代わられている。そして、草原は放棄されると徐々に森林へと遷移していく。いわば「人が労力をかけて管理する対象」とされなくなったことが、草原が失われつつある大きな理由なのだ。
今後も草原の保全にフォーカスした研究に取り組みたい
昆虫や植物を対象として、さまざまなフィールドにおける研究を行ってきた大脇准教授。今後特に注力したい研究テーマについて尋ねてみると、「草原の再生(リストレーション)」を挙げてくれた。
「外来種に覆われた草地を在来植物からなる本来の草地に戻す方法は、今後注力していきたいテーマです。生態学の分野ではどこをどのように保全または管理すれば生物多様性を維持できるか評価した研究は多いですが、在来植物の播種なども検討して劣化した生態系をどうすれば良い状態に復元できるか示した研究は多くありません。また、林業と生物多様性の両立も重要な課題であるため、植林地における伐採地の意義も含め、木材生産、防風などの機能と生物多様性を両立させる植林地管理に関する研究は今後も続けていきたいテーマです。少しでも生物多様性の保全に貢献するために、研究活動と同時に学生教育などを通じて保全を実践していきたいと思っています」
教員紹介
Profile
大脇 淳准教授
Atsushi Ohwaki
1977年、東京都生まれ。2000年 金沢大学理学部生物学科卒業。2002年 同大学大学院自然科学研究科修士課程修了。2006年 同博士課程修了。博士(理学)。博士課程修了後は金沢大学環日本海域環境研究センター連携研究員、十日町市立里山科学館「森の学校」キョロロ研究員、新潟大学 朱鷺・自然再生学研究センター 特任准教授、山梨県富士山科学研究所の研究員(非常勤・任期付)などを経て、2022年4月より現職。専門は群集生態学、保全生態学。主にフィールド調査によって里山、草原、森林といった多様な環境における昆虫類(チョウ類など)の生態や生物多様性を研究し、人間活動が生物群集に与える影響や、生物多様性の効果的な保全のあり方について探求している。
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