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    自然領域数学

榮田 厚彦 教授

Atsuhiko Eida

榮田厚彦先生がインタビューに応じている様子
  • 小松彦三郎門下として解析学の最前線へ
  • 「数学的に厳密に説明できなかったもの」を記述する超関数論
  • 「メルカトル図法」の例に見る数学の進歩
榮田厚彦先生がインタビューに応じている様子

「滑らかでない世界」を数学で描く。超関数論という挑戦

質点、衝撃、爆発……数学で説明できなかったもの

「『質点』という概念があります。すべての質量が一点に集中しているとみなせる理想的な存在。実際の物理現象を単純化してモデル化した概念で、物理学の世界では昔からよく使われていました。しかし、質量が一点に集中している状態を通常の意味での密度関数で表そうとすると、その点での質量密度は無限大になってしまいます。つまり、質点は数学的にどう説明できるのかが、不明確なままだったのです」

超関数論を専門とする榮田厚彦教授に、研究内容について質問すると講義のように滑らかな説明が始まった。高校までの数学で習う関数は、グラフが滑らかにつながっている「きれいな」ものばかりだ。しかし現実の世界には、激しい変化を示す現象がいくつもある。たとえば、スイッチを入れた瞬間の電流の変化、物体同士が衝突する瞬間の衝撃、ある種の爆発など、滑らかでない変化がいたるところにあるのだ。

「衝撃や爆発、パルスといった現象を記述するのに、超関数で理論化される前の数学では不明確な部分が多々あった。研究者・技術者たちは実際の現象を観察し、結果が出るからとある種の説明法を使っていましたが、数学的に正当化できない部分があったのです」

こうした「滑らかでない」世界を厳密に数学で扱えるようにしたのが、フランスの数学者ローラン・シュワルツが1940年代に確立した(質量密度を記述するデルタ関数を含む)超関数の理論だ。その功績により、シュワルツは1950年にフィールズ賞を受賞している。

シュワルツから佐藤超関数論へ。より広い関数のクラスを求めて

シュワルツ超関数論は、従来は微分や積分のできなかった関数を、厳密な意味で微分積分学に取り込むことを可能にした。その後、日本の数学者である佐藤幹夫はシュワルツの理論に刺激を受けながら、さらに発展させる取り組みを行った。

「実はシュワルツ理論で登場する関数にも、ちょっと不自然に思える部分がありました。その隔たりを補い、より広い範囲の数学・物理現象を扱えるようにしたいと考えたのかもしれません」

佐藤は1950年代、複素関数の実軸への境界値という新たな観点から、シュワルツ超関数を含むさらに広い関数のクラスである「佐藤超関数」の理論を構築していく。この理論は、デルタ関数の導関数の無限和をも含む、より広大なものだ。

「佐藤先生の超関数論は、層係数コホモロジーという代数的な議論を必要とするので、従来の解析学者には敬遠されがちと言われていましたが、線形偏微分方程式への応用が見通しよくなるという優れた面がありました」

そして1969年頃、佐藤超関数の特異性(関数の滑らかでない部分)を方向別に分解してみせる「マイクロ関数の理論」が佐藤により始められた。さらに1970年代には、線形偏微分方程式も方向別に分解してその構造を明らかにする、いわゆる「SKK(佐藤-河合-柏原)理論」が登場する。榮田教授の研究は、この系譜の延長線上にある。

小松彦三郎門下として。解析学の最前線を見つめて

榮田教授が超関数論の世界に入ったのは、東京大学でのセミナー選びがきっかけだった。ここで若き日の榮田教授は、佐藤超関数の定式化および応用を研究していた小松彦三郎先生から解析学の指導を受けることにした。

「当時、小松先生は佐藤超関数論を非常にわかりやすい形で世界に広め、日本数学会の理事長もされた方でした。強い影響を受けましたが、私は偉大な先輩方の大きな業績を、末席から眺めていたようなものです」

小松先生は、佐藤超関数論を国際的に発信し、日本の解析学の発展に大きく貢献した数学者だ。榮田教授は、小松門下の後輩として、先達が切り開いた理論をさらに発展させようと研究を続けている。

榮田教授の主な研究テーマは、「佐藤超関数よりは狭いが、シュワルツのよりは広いさまざまなクラスでの特異性の方向別分解、および線形偏微分方程式の構造を明らかにすること」。この方向でRocky Mountain Journal of Mathematicsなど国際的な学術誌にセルビアの研究者との共同研究を発表した。

メルカトル図法が教えてくれること。数学の進歩と初等化

メルカトル図法が教えてくれること。数学の進歩と初等化について語る榮田厚彦先生

16世紀の地図が、17世紀の数学で説明できる

榮田教授が語ってくれた数学の歴史のエピソードに、興味深いものがあった。それは平面地図で有名な「メルカトル図法」の話だ。

「メルカトル図法は16世紀、大航海時代に役立つものとしてつくられました。地球は球形なので、有名な定理がありますが平面の地図にすると任意の2点間の距離は正確に表現できない。でも、角度は正しく表現されるので、羅針盤を見ながら船で航海するのに役立ったのでしょうね」

しかし、メルカトル図法を数学的にやさしく説明するには、微分積分学が必要になる。ニュートンやライプニッツが微分積分学を確立したのは17世紀。つまり、メルカトル図法が生まれたときには、まだそれを説明する数学がわかりやすい形で存在していなかったのだ。

「それをそのまま見せられても、当時の人には仕掛けがなかなかよくわからなかったのではないかと想像するわけです。しかし、微分積分学が登場したことによって、ずいぶんやさしく説明できるようになりました」

この例は、超関数論の未来を示唆している。

「難しく聞こえるとすれば、それはやさしい説明での手法がまだやりきれてないからだということになります。超関数の理論が進んでいけば、それなりにやさしくすることができるようになる。最初は参考書もほとんどなかったけれど、今はある程度揃ってきています。つまり、どんなに難解に思える理論もだんだんとわかりやすくなっていくのです」

恩師たちの志を継いで。理論の初等化という使命

榮田教授が長期的な目標として掲げているのが、超関数に関係した理論の「初等化」と「高度な数学を使いやすくする」ことだ。

「さまざまな超関数に関係した理論は習得に難解な面があるので、応用しやすい初等化した説明が求められていると思います。恩師である小松先生を始めとする多くの先達たちがこの問題に取り組んできました。私も何らかの貢献をしたいと考え、研究をし、教育の現場に立ってきました」

小松先生も、晩年は理論の初等化に取り組んでいたという。数学を使いやすくすることで、数学自体の普及につながる。それは、単なる研究業績の追究とは異なる、もっと長い時間軸で考える営みだ。

「短期間でいろんな成果を求められる今の時代は、なかなか長期的な展望は見えないものでしょう。今は研究の世界にまで、効率化や成果主義が降りかかってきている状況があります。しかし、研究者はある着想から取り組みを始め、長い時間をかけて証明していく。その研究内容がその後どういう意味合いを持つのか。それは後世の方々がご判断されること。これはどの分野もそうだと思います」

榮田教授はまた、数学史、特に幾何学の歴史にも関心を持っている。古代ギリシャのユークリッド幾何学から、19世紀のヒルベルトによる厳密な再構築およびそれ以後まで、数学がどう発展してきたかを見直すことで、理論のわかりやすい説明を探求している。

「昔だったら難しいことが、いろんな数学的な道具が整備されたことによって、やさしく説明できる。それが未来に向けた取り組みということになるわけです」

「その先」を語る。大学教育の意義

キャンパス内で腰掛ける榮田厚彦先生

指導要領を超えて、未来を見据える

東京大学で学び、小松彦三郎門下で超関数と解析学の最前線に触れてきた榮田教授。現在、桜美林大学で教えているのは、微分積分学、微分方程式、解析学、幾何学といった基礎的な科目だ。高度な研究と基礎教育、この両方に取り組むことにこそ意味があると榮田教授は語る。

「大学教育の役割は、学んだ先に何があるかを語ること。中学高校では、指導要領の枠組みでいろんなことが教えられています。こうした決められた枠組みを超えない範囲での話で済ませてしまう、という教え方もできる。しかし、理系分野にちょっと関心を持っている学生には、その先に何があるだろうかという好奇心を持ってもらうことが、非常に大事だと思うのです」

たとえば、微分方程式の授業では、SKK理論につながるような話を少し用意する。幾何学の授業では、先ほどのメルカトル図法の話をする。

「いわゆる教科書の範囲内にとどまらず、その先に何があるんですかということを、ある程度伝えられる。大学というのはそういうところだと思います。一般的に、未来を見据えてどうなんですかということが語れる部分、それはある程度年齢がいった人間の役割なのかなと」

忘れた後に何が残るか。記憶のきっかけとしての授業

若い頃は「早く理解させなきゃ」と、内容の説明に集中していたという榮田教授。しかし、年齢を重ねるにつれ、考え方が変わってきた。数学をどういう形で卒業後に使うかは人それぞれだ。学校の先生になる人もいれば、研究の道を志す人もいれば、まったく違う道に進む人もいる。

「授業の内容自体を仮に忘れたとしても『あの先生がそういうこと言っていたな』と思い出す。そうしたことが大事になってくるのです。授業の一部でも、話したことの一部でも記憶に残り、ふとしたときに思い出すきっかけになれば、意味があるのではないかと思っています」

学生時代、公務員や民間企業への就職など、いろいろな選択肢がある中で、研究の道を選んだのは、自分の適性を冷静に見つめた結果だという。榮田教授は「自分はあまり器用ではない」のだと語る。

「学生時代の実験の経験で共同作業が難しい点があるのかなと感じていました。組織によって決められたことを効率的に処理するというのは非常に重視されるところですから。もしかしたら、そういうのは自分にはなかなか向かないのかなと」

先達たちの志を受け継ぎ、未来につなげていく

数学において日本を代表する巨人たちを間近で見てきた榮田教授にとって、自分の仕事は「その端っこを継いでいるだけ」という感覚だという。しかし、理論の初等化、後世への継承、教育を通じた数学の普及。これらはすべて、先達たちの志を受け継ぎ、未来に繋げていく、地道だが重要な営みだ。

「何か難しく聞こえるということがあるのだとすれば、それはやさしい説明での手法がまだやりきれてないから。理論が進んでいけば、それなりにやさしく説明することができるようになります」

メルカトル図法が微分積分学によってやさしい説明が可能になったように、超関数論もいつか、もっと多くの人が理解できる形になるだろう。質点、衝撃、爆発……「滑らかでない世界」を数学で厳密に描く。その理論を未来の世代にやさしく伝える。榮田教授の研究者人生は、職人のように黙々と、しかし確実に数学の未来を拓いている。

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む榮田厚彦先生

榮田 厚彦教授

Atsuhiko Eida

東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は代数解析学、線形偏微分方程式論。佐藤超関数論の系譜を継ぐ研究者として、マイクロ関数の商空間の性質や、超可微分関数・超分布の関連した研究を行う。セルビアのPilipović教授と共同研究も行う。師である小松彦三郎の志を仰ぎ見て、超関数の理論の初等化と普及を目指す。リベラルアーツ教育において、数学の「その先」を学生に語り、長期的視点で数学の魅力を伝え続けている。

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