教育の歴史から「これまで」の学びを問いなおし、「これから」の学びをつくる
「社会をつくる場所」として生まれた戦前の「新学校」
基本的人権としての子どもの学習権、子どもの個性や自治、そして自由を大切にする民主的な教育は、現代ではごく自然なもの、「当たり前」のものとして受け止められている。しかし、そうした教育観は決して最初から「当たり前」だったわけではない。これらの日本におけるルーツの一つには、「大正新教育運動(大正自由教育運動)」(以下、大正新教育運動と記す)がある。
教育探究科学群の福原充特任講師は、この大正新教育運動(日本近代教育史)を主たる研究テーマとしている。大正新教育運動における「新学校」は、関東でいえば、成城学園、玉川学園、明星学園のほか、池袋児童の村小学校をルーツとする城西大学附属城西中学校・高等学校、自由学園などの学校が現存する。福原特任講師は主に自由学園に注目して研究活動に取り組んできた。自由学園は、羽仁もと子・羽仁吉一夫妻によって1921年に創立された女子教育機関(当時)である。自由学園は、学園創立以前より取り組んでいた出版活動(『婦人之友』)やそれらを通じて構築されていった読者ネットワーク、女性を中心とした社会活動が、学校での学びと卒業後の社会活動をつなぐ受け皿として機能していた。福原充特任講師は、以下のように当時の教育活動を語る。「当時の教育運動には、単に『学校をつくる』ということ以上に、『どんな社会をつくるのか』『そのためにどのような場所が必要なのか』という視点から、世界的な教育運動からの影響も受けつつ、学校を、教育を、そして社会を改革していこうという動きがありました。もちろん、それは当時の全ての学校というわけではありません。自由学園をはじめ、こうしたムーブメントの歴史的意味や価値をひも解くことで、現在の高大接続や社会連携で問われている『学校と社会はどうつながるのか』、『新しい社会をどのようにつくっていくのか』、『教育は何のためにあるのか』といった、本質的な問いにもつながってくると考えています」
100年前の問いは、現代の探究学習にもつながっている
100年以上前の教育運動である、大正新教育運動。しかし、「過去」から投げかけられた問いは、決して過去の遺物ではない。「自由な学び」は、本当に深い学びになっているのか、そして、その後の豊かな学びをどのようにかたちづくっていくのか——。こうした問いは、現代の探究学習にも通底している。
「当時は、子どもの個性や自由を尊重するとはいうけれど、子どもが『好き勝手にやっているだけで、「学び」になっていないのではないか』、『ただ子どもの気分に応じてやっているだけではないか』という批判もありました。この批判は、現代の体験学習やアクティブラーニング、探究学習にも重なります。ただの調べ学習にとどまっていないか。地域に出ていく学びにおいても、地域と本当に関われているのか。豊かな学びとなっているのか。当時の教育実践や教育者の記録、子ども、保護者、そして地域の方々の言説などについて資料を見ていると、時代は違っても、直面している課題は上記の意味においては大きく変わらないことがわかります」
歴史を見つめることは、現在の教育を考えるうえでも極めて重要だと福原特任講師は言う。
「大正新教育運動に限らず、実験的な取り組みや先進的な取り組み、国策としての教育実践が、のちに一般的な教育観や社会の「当たり前」として受容・定着していく過程は、時代を問わず共通しています。そのため、過去の出来事をどのように評価し、位置づけるのか、実現していく際に必要となる仕組みや知恵とは何なのか、何を反省すべきなのか、これらの可能性や限界、問題点などを常に考え続けなければいけないと思います。また、私たちは過去(過ぎ去っていく「今」も含めて)からしか自分たちの「これまで」を知る術を持ちません。過去をみつめることを通して、「これから」のあり方を見定める、未来へとつなげていくということが大切だと考えています。」
Column
「新教育運動」と「大正新教育運動(大正自由教育運動)」
新教育運動とは、19世紀末から20世紀前半にかけて世界的に広がった教育運動のこと。アメリカのJ.デューイやスウェーデンの思想家・教育家であるエレン・ケイらを中心に、子どもの主体性や自由、自治を重視する考え方が広がった。日本ではその流れを受け、主に大正期から昭和初期(1930年前後)に展開した教育改革運動として位置づけられている。現代においても当時の教育を継承しながら学校教育を展開している学校、ドルトンプランやイエナプランといった当時注目された手法を取り入れ、学校を新設する動きが日本にもみられる。
学校の“外側”から教育を見つめ直す
自由学園で芽生えた、教育への問い
福原特任講師が着目してきた自由学園は、実は自身の母校でもある。
在学していた当時、中学・高校の6年間のうち、少なくとも最初の1年間(入学時)、生徒は寮生活を行うのが慣例だった(創立時は女子教育機関であった自由学園は、現在は幼稚園から大学に準ずる教育機関が存在する一貫校となっている。男子の中等教育機関である男子部は1935年に創立。2024年4月より共学化。)。当時は、いわゆる「寮監」のような大人は存在せず、生徒たちの自治により運営される寮生活であったという。通学生も存在したが、寮で生活する寮生になると、全国から来た同世代(中学校から高校)の生徒たちが24時間、自分たちで自分たちの生活を営むことになる。洗濯や掃除、食事といった身の回りのことはもちろん、授業の中でも養豚や植林、農場など、生活と学びが結びついた授業実践などが日常生活の中で展開されていた。また、寮生にならずとも、学園生活を営む中心は生徒であるといった基本方針は変わらず、「自治」や「自由」を重視する教育は自由学園での学びとして、全体で展開されていたという。
福原特任講師は、自分たちの手で生活をつくっていく寮のあり方をはじめ、学園の教育に興味を引かれ、入学を決めたという。
「自分たちの生活を自分たちで運営するというのが、面白そうだなと当時は思いました。中学1年生から高校3年生までが同じ空間で生活する。大人がいないなか(寮生活)で、自分たちで暮らしをつくっていく生活に興味を持ったのです」
一方で、自由学園在学中に、周囲から「その学校にいって何の意味があるの?」など、批判的なまなざしを向けられることも少なくなかった。いわゆる「偏差値」という物差しだけでみてしまうと、確かにその教育の意味や価値など、十分に伝わりにくい学校でもあったという。外からの評価と、自分が内側で感じている価値。その間にある隔たりが、やがて「学校とは何か」「教育とは何か」という問いにつながっていく。
「学生と話している時や、非常勤で担当している他大学の授業で学生のリアクションペーパーを見ている時などで、いまも変わらず『良い大学に行って、良い会社に入る』という、高度経済成長期からのストーリーが語られる、そのような状況を少なくない頻度で目にします。しかし、当時の自由学園は、私が在籍していた頃もふくめてまさにそのレールに乗っていないほうの学校でした。自分がいる教育空間では、生徒も保護者も教職員もみんな楽しそうに生活しているし、自分自身も充実感がある。歴史的にも評価され、教科書にも登場する学校であるのに、なぜ「偏差値」をはじめ、批判的なまなざしをむけられる対象になるのだろうと、素朴な疑問が湧いてきたのです」
偏差値や進学実績では測れない学びの価値とは何か。その問いが、福原特任講師を教育学へと向かわせた。
現場で知った、教育の連続性
大学院を修了後、福原特任講師は東京都目黒区の児童館指導員として勤務した。大学院の先輩(校長経験のある方)にアドバイスを受けたことが、きっかけの一つだった。
児童館では、0歳から18歳までの子どもたちと、その保護者、地域の人々と向き合う。
「児童館のスタッフを務めたことで、子どもたちの育ちが、小学校や中学校といった『学校』に限らず、家庭や地域、さまざまな支援機関との連続性の中にあることを改めて実感しました。そして自分自身もまた、これまでその連続性の中で生かされてきたことを再認識しました」
児童館での経験は、これまでの自身の経験や学びを再認識する時間として、また教育を年齢や制度で区切らず、一人ひとりの生活や地域とのつながりの中で捉えることについて考える時間になった。福原特任講師の学校と社会をつなぐ教育のあり方への関心には、この現場で得た経験や実感もあるという。
全員が「参加者」になる学びをつくる
児童館での勤務を経て、福原特任講師は母校でもある立教大学の立教サービスラーニング(Rikkyo Service Learning)センター(以下、RSLセンターと記す)で教育研究コーディネーターとしてサービスラーニングに関わることになる。
サービスラーニング(Service Learning)とは、大学での学び(学習)と地域・社会の現場での社会貢献やボランティア活動などの経験を結びつける教育手法のこと。シティズンシップ教育の一つとして位置づけられている。福原特任講師は「自分にとってはこれまでの自分の研究と絡めて、過去と現在を往還しながら未来をつくっていこうとする取り組みに参加させていただいた時間だった」と、当時を振り返る。
大学のキャンパスがある地域のコミュニティに限らず、国内遠隔地(新潟県南魚沼市、岩手県陸前高田市ほか)や海外(フィリピン)の大学での授業や交流に関わるなど、現場は多岐にわたった。その中で福原特任講師が実感したのは、学生が現場に入ることで、学生自身はもちろん、教職員や受け入れ先の人々にも「変化」が生まれるということだった。
「最初は学生を受け入れることに戸惑いもあった地域の人が、関わりを重ねるうちに『また来てください』と言ってくれるようになりました。一度関係がつくられれば、授業が終わっても関係性が続いていく。そんな瞬間に立ち会うことができたこと。そのような場をつくる仕事に一から(創設期)関われたことは貴重な経験でした。学生と関わることは、地域の人々や団体、そして授業を実施する側の教職員にとっても、自分たちの活動の意味や地域の価値を改めて見つめ直す機会になり、「互恵性」を重視する学びの面白さを知る時間にもなりました。」
福原特任講師はサービスラーニングの意義を「全員が参加者になること」と表現する。
「全員が参加者になり、つくりてになる。そこが一番大切だと思います。当然ではありますが、サービスラーニングは魔法の杖ではありません。参加者(学生や教職員)はそれぞれの現場で育まれてきた伝統や文化、課題などを理解したうえで「当たり前」を疑いながら問いを持ち、「自分事」として考える。そのうえで「場」に出ていく。「傍観者」ではなく、当事者の一人としての意識を持つかどうかで得られる学びの意味は大きく変わります」
また、実際に「全員が参加者になる」ためには、場をつなぐ側(教職員、大学)の姿勢も問われる。
「大切なのは、誠実であることと、自分もその場に入ることです。傍観者にならず、かといって近づきすぎるのでもなく、『場』と『人』を尊重しながら必要な距離を見極める。関わる『場』と『コミュニティ』との関係をどのようにつくるのか、その後の関係性やあり方を見据えることも含めて意識しましたし、学ばせていただいた時間だったと感じています。」
「自分たちのいる場所は変えられる」と知る
RSLセンターでの仕事を通じて、学生が社会と関わり、自分も社会の一員であることを実感する学びについて関心を深めていった福原特任講師。その問題意識は、和洋女子大学全学教育センター(助手)に着任した後、全学教育センターの業務(正課外教育、リメディアル教育、初年次教育としての役割を持った「わよらカフェ」の運営、資格課程、共通総合科目、和洋コース(高大接続7年制プログラム)の運営に関わるなど)、創立125周年記念として設立したジェンダー・ダイバーシティ研究所の研究員としての業務などを通じて、高大接続や大学初年次教育の観点からのシティズンシップ教育を考える研究・活動の領域を広げていくことへとつながっていった。
シティズンシップ教育とは、社会の一員として、身の回りの課題に関心を持ち、他者と関わりながら社会に参加していく力を育む教育のこと。一方で、選挙や政治制度について学ぶことだけを指すものと受け止められがちな面もある。福原特任講師は、まず「自分たちのいる場所は、自分たちで変えられる、自分たちでつくれる」と認識することが大切だと語る。
そのためには、高校までに学んだことのほか、社会参画を通して経験し、得た力を生涯にわたって実践できるようにする力を身に付けることが重要になる。
「和洋女子大学在任中は、『どうすれば高校までに学び得た思考や姿勢を失うことなくスムーズに大学の学びへとつなげていくことができるのか』といったことについて、他校をふくめ高校の探究授業へ参画すること、大学の公開講座を担当したり、全学を対象とした正課・正課外教育に携わること、免許・資格課程の教育に携わること、ジェンダーの視点から女子大学の存在意義を考えること等を通して考え、取り組む機会をいただきました」と語る。
学校と社会をつなぐ学びを、桜美林で実践したい
「大学らしい学び」を守っていきたい
これまで福原特任講師は、大正新教育運動の研究(日本近代教育史)を主軸に置きながら、児童館での現場経験、大学での全学的な教育プログラムとして展開するシティズンシップ教育や正課外教育での取り組み、探究活動への参画など、その時々の「場」で担ってきた仕事や経験を活かしながら、研究と教育実践の領域を広げてきた。複数の領域を横断してきた福原特任講師に、これからの高等教育に必要なものを尋ねると、このように語った。
「大学はもともと、新しい時代を担う人たちが生まれていく場所であり、真理を探究する場所でした。そのあり方をどのような時代でも、どのような政治状況でも貫き通す力を、学生や教職員、卒業生もそうですが、社会の中で持ち続けることが、今まで以上に必要なのではないかと思います。時代による変化があること自体はよいと思いますし、必要なことでもありますが、根本的な理念や思想、自由といったことについては、問い続けると同時に、守っていく必要があると考えています。」
福原特任講師が語る「大学らしさ」とは、社会から切り離された場所であり続けることではない。むしろ、社会とつながりながらも、目先の有用性だけに回収されない学びを守ること。その姿勢は、2026年4月に着任した教育探究科学群での実践にも重なっている。
「大正新教育運動における自由学園をはじめ、当時の「新学校」の中に、社会をよりよくしていくための場としての教育機関を構想していた学校があったように、教育探究科学群にも、社会とつながるなかで学びと自分たちの「あり方」をつくっていく可能性を感じています。オベリンナーを育てること、ともに歩んでいくことを通じて、共創型ファシリテーターを育てていく。これまで培ってきた知見や経験を、この場所で活かしていきたいです」
教員紹介
Profile
福原 充特任講師
Mitsuru Fukuhara
東京都出身。立教大学文学部教育学科卒業、同大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程前期課程修了。大学院では、自身の母校でもある自由学園を対象に、大正新教育運動(大正自由教育運動)について研究を重ねた。大学院修了後は、目黒区の児童館指導員として、現場を経験。その後、立教大学 RSLセンターの教育研究コーディネーターとして、大学での学びと地域・社会の現場での実践を往還する教育に携わる。和洋女子大学では初年次教育や女性のキャリア形成に関する研究・教育にも取り組み、2025年には共編著『女性のためのキャリアデザインー学びあい、ともにつくる社会の構築に向けてー』を刊行。教育史研究を基盤に、サービスラーニング、シティズンシップ教育、初年次教育、キャリア教育へと研究領域を広げている。2026年4月から現職。
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