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古賀 暁彦 教授

Akihiko Koga

古賀暁彦先生がインタビューに応じている様子
  • 「教え方」そのものを科学する「教育工学」
  • 企業の人材育成から大学教育へキャリアチェンジ
  • 人生100年時代に異なる世代が集う学びの場をつくる
古賀暁彦先生がインタビューに応じている様子

「教え方」そのものを科学する「教育工学」

「教え方」には独立した法則がある

「教育工学」という学問分野がある。これは「人はどう教えれば効果的に学べるか」を体系的・科学的に設計し、検証・改善する学問領域だ。「算数の教え方」と「国語の教え方」では、手法が異なるのではないかと一般的には考えられがちだ。しかし、教え方には教科や内容から独立した一定の法則がある——そう考えるのが教育工学の基本姿勢だ。教育探究科学群の古賀暁彦教授は、この教育工学を専門としている。

「例えば、昔のワープロは、本体もプリンターも一体になった専用機でした。それが今は、パソコンというOSの上にソフトが載る形に変わっています。教育も同じで、『教え方』というOSの部分を内容から切り離し、そこをどうすればより効果的・効率的にできるかを考える。それが教育工学なのです」

教育工学は、学習にどうコンピューターを役立てるかという問いから発展した経緯を持つ。しかし、コンピューターを中心に据えて、教育を考えてもなかなかうまくいかない。対面の学びとコンピューターの学びをどう組み合わせるか——いわゆる「ブレンデッドラーニング」のような視点も必要になるという。コロナ禍以降、さまざまなオンライン学習ツールも増えている。こうしたインターネットやデジタルデバイスを用いた学習法も古賀教授の研究対象だ。

「反転学習」を授業に導入し、データで検証する

古賀教授が取り組んできた教育工学の研究のひとつが「反転学習」の検証だ。反転学習とは、従来「授業で理論を教え、宿題で応用する」という順番を反転させ、事前に動画や文献で理論を学んでおき、授業の時間は討論や演習に充てる手法を指す。古賀教授は、産業能率大学で教員をしていた時代に、この手法を授業で導入し、学生が予習の動画をどのくらい視聴しているか、視聴した学生としていない学生で学習成果にどんな差が出るかといったデータも取得して検証したという。

「準備があって、実地があって、振り返りがある。私はこれが学びの原則だと思っています。前提知識のないまま、いきなり現場に放り込んでもうまく知識を吸収できない学生もいる。やはり学習のゴールをつくり、学びの意識づけをしてから、現場に出るという流れが重要になります」

反転学習を授業に導入し、データで検証する研究について語る古賀暁彦先生

企業の人材育成から大学教育へキャリアチェンジ

インターネット黎明期から学習システムの開発に挑む

古賀教授は、ずっと教育工学の研究者の道を歩んできたわけではない。立教大学社会学部を卒業後、まず一般企業に就職する。しかし、働く環境に馴染めず、転職先を探して大学時代の友人に連絡を取ることに。そのとき、産業能率大学に勤めていた友人から誘われた場所が、研究者人生の出発点となる。

入職したのは、産業能率大学総合研究所。そこは研究機関というより、企業研修を手がけるコンサルティング会社のような組織だった。ここで古賀教授は、キャリア前半の約20年間を企業内教育の現場で過ごした。仕事内容は、研修の企画設計、教育体系の構築、教材の開発——。新人の頃から大手企業に出入りし、「何にお困りですか?」と相手の課題を聞き出すところから研修を組み立てた。同研究所在籍中の1990年代後半には、インターネットを活用した学習システムの開発に乗り出す。

「90年代当時、この分野の主役は、NECや富士通といった大手IT企業で、私たちのような企業研修を提供する教育系の会社はどちらかというと様子見をしていました。本気でここに参入すれば、講師派遣や教材開発といった既存の事業が確実に削られます。その分の収益を取り戻せるかは経営として難しい判断でした」

アメリカで火がつき始めた流れを見て、「日本にもこの時代が来る」と先読みした古賀教授だったが、その理想に通信インフラが追いつかなかった。当時はまだ「ADSL」と呼ばれる電話回線を使った通信環境の時代。現在の光回線と違い、映画のような動画をネットワーク上に置いて視聴できるような通信速度ではなかった。さらに、コンピューターのスペックも低く、動画を自在に再生できる環境もない。つまり、現在当たり前のようになっている講義動画の配信は技術的にかなり難度が高かった。

実際に「eラーニング」が一気に普及したのは、コロナ禍になってから。それまではコスト面の負担も大きく、インターネットを活用した学習システムはなかなか普及しなかった。「できることはわかっていたが、実際の教育現場ではほとんど使われない」という状況を古賀教授は20年以上ずっと業界の内側で見てきた。そんな学習システム開発の経験を今後は大学教育で活かしたいと考えている。

「今後の大学教育の中で求められるのは、場と時間に束縛される現在の大学教育のあり方を変えていくことと考えています。例えば、キャンパスから遠く離れた地域や組織でのフィールドワークに参加している学生が、教室で行われている授業にオンラインで参加する『ハイフレックス授業』などが挙げられます。実際に今期から取り組んでいます」

働きながら学び、「実務家教員」へ

研究者としての転機となったのは、自ら「学び直し」を決意したことだった。2005年に古賀教授は、産業能率大学総合研究所で、社会人学生として桜美林大学大学院の通信教育課程に入学する。専攻したのは「大学アドミニストレーション」。これが現在の仕事につながるスタートラインとなる。

「きっかけは、当時、大学アドミニストレーション専攻に在籍していた潮木守一教授(当時)の『世界の大学の危機』という本を読んだことでした。大学職員として20年間仕事をしてきたのに“大学”をあまりにも知らない自分に気づき、進学を決めました」

その後、2008年に産業能率大学情報マネジメント学部に「実務家教員」として転職する。長年企業内教育に携わっていて課題に思っていたのが、大学教育だった。当時「社会人基礎力の養成」という言葉が大学教育改革のキーワードの一つとして使われるようになっており、それならば、企業内教育で実践してきたノウハウが大学教育にも活用できるのではないかと考えた。大学職員から教員になるのは珍しい道だが、大学院で修士号を得ていたことも決め手となった。

同学部では、学生教育の担当として、地域活性化、観光、マーケティング、キャリア教育、初年次教育などを受け持った。このとき古賀教授がとりわけ目を向けたのが、いわゆる「中間層」と呼ばれる学生たちだ。

「キラキラと目立つ学生は、教員から自然と目をかけられます。逆に手厚いサポートが必要な学生も手をかけられる。しかし、中間層にあたる学生は、『放っておいても何とかなる』と小中高とずっと目をかけられてこなかったケースが多いのです。彼らは、研究用語としては、ボリュームゾーン大学の学生、ノンエリート学生などと呼ばれます。本当はここにこそ、大学教育の役割がある。『君のことを見ているよ』と伝えて、やる気のスイッチを押してあげることが何より大切だと考えています」

キャンパス内で佇む古賀暁彦先生

人生100年時代に異なる世代が集う学びの場をつくる

新設学群で「教えることを教える人」を育てる

2026年4月より、古賀教授は修士号を得た桜美林大学に教員として戻ってきた。役職は、新設の「教育探究科学群」の教授で、現在は学群長補佐も務める。きっかけは、大学院時代の恩師からの打診だった。前職で定年を迎え、家族と音楽フェスに出かけるような悠々自適な生活にシフトしようとした矢先、最初は誘いを固辞しようとしていた。しかし、古賀教授の背中を押したのは、意外にも新聞の星占いだったという。

「新聞の日曜版の星占いに、『今後の8年間で、積み重ねてきたものをすべて反映できる』ということが書いてあって……。これは天の声だと思いました。それともう一つ、企業教育と学生教育の両方を経験してきた集大成として、『教えることを教える人』を育ててから引退するのもいいなと考えたのです」

着任した教育探究科学群は、相模原キャンパスにある1学年150人ほどの小さな組織。教員と学生の距離が近く、学力も目的も多様な学生が集う。教育を冠する学群でありながら、教職課程を持たない点もその特色だ。そのため、卒業後の進路もメーカーから不動産、IT系まで幅広い。だからこそ、学生に伝えているのは、「教育は学校の先生の専売特許ではない」ということ。世の中のあらゆる場面に教育という要素があり、その専門性はますます幅広い分野で求められているという。

「教え方を教える」という入れ子構造の挑戦

現在の担当科目のひとつ「教育方法学」では、教育工学の中核である「インストラクショナルデザイン(教え方の設計の基本原則)」を教えている。

「『教え方』を教えているので、私自身の『教え方』が、教えている内容の証明になってしまいます。『教え方』を教える人間の『教え方』が下手だったら、説得力がないですよね。しかもこの分野には、『学習者が学ばないのは、学ぶ側ではなく教え方が悪い』という前提がある。学生がレポートを出さないのも私の責任ということになります。つまり、『教え方』の評価が文字どおり、ブーメランのように跳ね返ってくるのです」

授業では、「学習者『に』教える」という発想から「学習者『が』学ぶ」という発想への転換を心がけている。ほめ方を一定にせず、時折大きく評価する「変動強化」といった具体的な手法も扱う。ずっと「いいね、いいね」とほめ続けると効果は薄れるが、期待していないときに、ボーナスのように評価が来ると効く。そうした評価やフィードバックの設計こそが、「インストラクショナルデザイン」なのだという。

異なる世代が交わる「生涯学習のプラットフォーム」を構築する

古賀教授が今後のビジョンに掲げるのが、「人生100年時代の学び」だ。いま政府が進めるリスキリングは、IT人材が足りないといった社会的なニーズを背景に進められている。それももちろん重要だが、古賀教授はむしろ人を中心に置いた視点が重要だと考えている。鍵を握るのは、社会人と学生が同じ場で学ぶ環境だ。社会人と学生の学びは、今は完全に分断している。これを同じ地平でつなげられれば、社会人にとっても若い世代の自由な発想は大きな刺激になるのは間違いない。

「私自身、定年後に『死ぬまでにやりたいこと』を100個書こうとしたら、30個ほどしか埋まりませんでした。残りを何で埋めるかと考えたとき、やはり『学ぶこと』なら続けられると思ったのです。学びは、60を過ぎた人間にとって、何より大きな生きがいになるジャンルだと考えています。自分自身のためにもライフワークとして、異なる世代が交わる『生涯学習のプラットフォーム』を構築したいと考えています」

異なる世代がともに学び、刺激し合う場をつくる——。企業と大学、実務と研究を往復してきた古賀教授だからこそ描ける未来の学びの風景が必ずある。

教員紹介

Profile

キャンパス内で佇む古賀暁彦先生

古賀 暁彦教授

Akihiko Koga

1963年、神奈川県生まれ。1986年 立教大学社会学部社会学科卒業。一般企業勤務を経て、1988年 産業能率大学総合研究所に入職。企業研修の企画設計や教材開発、eラーニングシステムの開発などに携わる。2005年 桜美林大学大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻(通信教育課程)に入学し、2007年 同課程を修了。修士(大学アドミニストレーション)。2008年 産業能率大学情報マネジメント学部現代マネジメント学科准教授。2026年4月より桜美林大学教育探究科学群教授に就任し、教育探究科学群長補佐も兼任。専門は教育工学、高等教育学。趣味はライブ鑑賞で、還暦を機にフジロックフェスティバルに通い始めた。

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