宇宙産業と知的財産権
誰のものでもない宇宙で、知的財産はいかに守られるのか
私たちは日々、宇宙産業の発展によってもたらされる多くの恩恵を享受している。たとえば、GPS(全地球測位システム)はカーナビやスマートフォンの地図アプリなど、現代の移動や物流を支える不可欠な技術だ。気象衛星は天気予報の精度を飛躍的に高め、災害への備えや日々の生活に役立つ情報を提供している。また、通信衛星はインターネットやモバイル通信を支え、世界中の人と人とのつながりを可能にしている。こうした技術の背後には、各国が競い合う宇宙開発の努力がある。
従来の宇宙開発は国家主導の有人ミッションが中心だったが、近年は低軌道や中軌道での民間企業による活動が急速に広がっている。民間主導による宇宙ステーションの建設や宇宙飛行士の派遣、宇宙商業の実現が現実味を帯びてきた。通信、測位、地球観測などの宇宙利用ビジネスも拡大を続け、ロケット打ち上げや衛星開発のコスト低下が新興企業の参入を後押ししている。日本でもいわゆる「ニュースペース(NewSpace)」と呼ばれるスタートアップが登場し、宇宙産業に新たな活力をもたらしている。
こうした宇宙産業の進展に伴い、商標や著作権といった知的財産法の適用をめぐる新たな課題も浮上している。宇宙空間という「誰のものでもない」領域において、知的財産はどのように保護されるべきなのか——。そう遠くない将来に宇宙ホテルなども登場するかもしれないと語るのは、ビジネスマネジメント学群の田中良恵准教授だ。田中准教授は、急成長する宇宙産業と知的財産権の関係に注目し、その法的課題について研究を進めている。
「たとえば、民間宇宙ステーションで飲食などの消費活動が行われた場合、そこで用いられる商品に付されたロゴマークなどの商標権は、どのように保護されるべきでしょうか。宇宙空間での産業化が進む一方で、知的財産権に関する国際的な法制度は未整備です。今後、明確なルールの整備が求められる場面も増えていくと考えられます」
商標の主な機能は「出所表示機能」「品質保証機能」「宣伝広告機能」の3つだ。また、商標法における「商標の使用」とは、商品のパッケージ等に商標を表示する行為などが典型例(第2条3項1号)であり、一方、名刺や自社の広告物にロゴを掲載するような宣伝目的の表示は、法律上の「商標の使用」には該当しないと整理される。
宇宙空間での商標使用もこの枠組みに基づいて分類可能だと田中准教授は話す。たとえば、宇宙旅行に持参された食料の包装に企業ロゴが印刷されていれば、それは地上で製造・販売された商品であり、商標法における「使用」に該当する。また、民間宇宙ステーションの外装に企業ロゴが表示されている場合は、広告目的の使用とみなされるだろう。
「現時点では、宇宙での商業活動に関しても、商品が地上で製造・販売されている限り、当該国の商標法に基づいて保護することが可能だと思っています。宇宙ステーション内で製造装置が稼働した場合でも、国際宇宙ステーション(ISS)のように国家間協定を結ぶことで、各国の知的財産法の適用が可能と考えられます。仮に一国が単独で宇宙施設を打ち上げた場合でも、『宇宙物体登録条約』に基づき、打ち上げ国の法制度における保護が可能となるでしょう」
商標権侵害への対応においても、現時点では問題の多くが地上で発生するため、差止請求や損害賠償請求といった権利行使は現行法で対応可能だ。ただし、今後ビジネスが月や火星へと広がっていくなかで、国際的な法制度の整備は不可欠。宇宙における知的財産のルールづくりは、地球上の法の限界を見直す契機にもなりうる。
宇宙にも秩序が必要──国際的な枠組みの構築へ
「現在、各国がそれぞれの戦略や思惑のもとで宇宙政策を展開しています。部分的には国際的な合意形成も見られますが、国際情勢が変化するなかで、共通ルールの構築は一段と難しくなっています。今後は、どのような国際的枠組みを設け、それをどう実効的に機能させるかが大きな課題です」
たとえば、見た目がよく似た安価な模倣品を消費者が手に取ることがある。しかし田中准教授は、知的財産は単に企業の利益を守るためだけのものではないと強調する。それは製品の安全性や信頼性を保証する「お墨付き」として機能し、結果として消費者にも利益をもたらすものであり、広く国際秩序の維持にも資するという。
「宇宙という無国籍空間であっても、共通の秩序は必要です。その制度が誰のためにあり、何を守るのかを常に問いながら、慎重に制度設計を進めていく必要があります。宇宙にも、共通のルールと持続可能な秩序が欠かせないのです」
産官学を渡り歩いて実感した
「知的財産」の重要性
大学卒業後に出合った「知的財産法」
田中准教授が知的財産法に興味を持つようになったのは、大学卒業後、一般企業で働くなかでの出合いがきっかけだった。大学の法学部では商法を専攻し、当初は経済やビジネス分野に関心があり、知的財産法にはほとんど関心がなかったという。卒業後は金融機関に10年ほど勤務し、その後、転職したマーケティング会社で転機が訪れた。そこでの業務では、メーカーの研究職の人々と接する機会も多く、特許や技術開発の話に触れるなかで、知的財産の世界に関心が芽生えた。
「その会社ではブランディングも行っており、アパレルメーカーとも仕事をしていました。たとえば、同じような素材を使った商品でも、ブランド名がつくだけで驚くほど価格が違う。素材や工程がそれほど変わらなくても、ブランドの持つコンセプトやストーリーが付加価値として機能するのです。商標などの知的財産が『権利』として保護される一方で、ブランドの背景にある歴史や理念などは『知的資産』として、目に見えない価値を形成している。こうした視点がビジネスのなかで非常に重要だと感じました」
安価に大量生産するビジネスモデルだけでは限界があるなかで、ストーリー性や独自性を打ち出すブランディングの重要性に気づいた田中准教授は、知的財産的な考え方の必要性を強く意識するようになる。その後、高等専門学校に勤務し、さらに知見を広げていった。技術者としての専門性を持つ教員や、多様な分野の企業経営者との交流を通じて、技術分野における知的財産の意義を深く理解するようになった。
「高等専門学校では、生徒が大学3〜4年生レベルの高度な技術を学んでいました。また、近年は『情報』や『デザイン思考』の導入が進んでおり、技術を社会にどう活かすかという視点が求められています。技術とアイデアを結びつける際にも、知的財産に基づく考え方が不可欠だと感じました」
知的財産法を体系的に学び直したいと考えた田中准教授は、大学院への進学を決意。その後、初めて実務の世界に飛び込んだのは、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)だった。
田中准教授がJAXAに勤めることになったのは、知人の紹介がきっかけだった。面接を経て採用が決まったが、宇宙も研究機関も、さらには知的財産を仕事として扱うことも、すべてが初めての経験だった。
「知財戦略にはさまざまな形があります。たとえば、“秘匿”することで競争力を維持する手法もあれば、積極的に商標や特許を取得してライセンスとして展開する方法もあります。企業によって重点の置き方は異なりますが、いずれも知的財産と経営戦略が密接に関わっているのです」
ブランド力に注力している企業であれば、独自のブランディング部門を持ち、商標の取得と保護を軸に戦略を練ることもある。知財部門は、その企業の事業戦略と連携しながら、商標の出願、権利の活用、契約書のチェックなど多岐にわたる業務を担っている。
公的研究機関や大学では、企業とは異なり、自ら事業を展開して収益を得ることが目的ではない。そのため、自らが保有する特許や商標などの知的財産を、外部の企業に活用してもらうことが重要となる。自分たちの技術を社会に役立ててもらうことが最優先されるのだ。
「特許は、独占的に使用することができる権利です。しかし、自分たちが使わなければ、宝の持ち腐れになってしまう。むしろ、他の企業に使ってもらうことで、新しい製品やサービスが生まれ、結果的に国の利益になるという発想があります。公的研究機関や大学では、知的財産を社会に還元していくことが求められているのです。ライセンス交渉や共同研究に関わり、知的財産を通じた橋渡し役を担っていました」
「知的財産」に基づく考え方で
自分の未来を切り拓いてほしい
中小企業と知的財産——日本酒から考えるブランド戦略
田中准教授は、これまでの業務においてさまざまな中小企業と連携するなかで、その支援について考える機会も多かったという。田中准教授の論文に、「若手社長の酒造にみる日本酒のブランド向上と輸出に関する考察」がある。日本酒が好きで書いたというこの論文には、知的財産と地域文化、そして中小企業支援への深い視点が込められている。
「日本酒は、日本各地の風土や文化と密接につながっている、まさに知的資産のかたまりだと思っています。単なる商品ではなく、その背景にはストーリーや地域のノウハウがある。こうした目に見えない価値をどう活かしていくかが、ブランディングや知的財産の本質だと考えています」
日本酒をはじめとする酒類には、税制度が密接に関わってくる。また、輸出となれば相手国の法制度や関税なども含めて、より複雑なルールに直面する。法律や税制とどう向き合い、どのように利益を確保していくかという視点は、ブランド戦略においても欠かせない。
「ルールを知らなければ、自分たちがやりたいことを実現するのは難しい。だからこそ、法律や税金も含めた“戦略的な発想”が重要になります。商品に込められたストーリー、それ自体が知的資産です。そこに説得力のあるブランドが生まれます」
しかし、酒造業のような中小企業が、自社だけでこうした複雑な戦略を描くのは容易ではない。そこで必要となるのが、外部の知見や支援との連携だ。
「都道府県レベルでも、産業育成や中小企業支援の窓口が設けられています。そこには中小企業診断士などの専門家がいて、企業の課題に応じて助言をしてくれます。ただし最終的に会社を動かすのは内部の人間だと思っています。外部の支援はあくまできっかけに過ぎず、本質的な課題解決には、内部の自覚と行動が不可欠です」
そのような考えから田中准教授が注目しているのが、「経営デザインシート」というフレームワークだ。これは、2018年5月に内閣府・知的財産戦略推進事務局が公表したもので、企業や組織が自らの価値創造の仕組みを可視化し、持続的な成長戦略を描くことを目的としている。
「経営デザインシートは、自分たちの強みや課題を見える化し、未来をデザインするためのツールです。バックキャストという考え方をもとに、組織の内側から意識が変わっていく。将来、学生たちが企業に入って、内部から改革を起こす人材になってくれたらと願っています」
大学という環境で実現したいこと
田中准教授がキャリアのなかで大学というフィールドを選んだ背景には、「中小企業支援」「研究」「教育」という3つの軸を並行して実践できるという魅力があった。そのなかでも、「教育」の可能性に強く惹かれているという。
「高等専門学校に勤務していた頃には、国際連携や高大連携など、既存の枠組みにとらわれない教育の形に取り組んでいました。たとえば、シンガポールのポリテクニックとの協働や、高専生と大学生が共通テーマのもとでディスカッションする授業を設計するなど、新しい試みを重ねました」
こうした取り組みを通じて田中准教授が実感したのは、「背伸びする経験」が若者の学びを大きく伸ばすということ。高校生にとって少し難しい内容であっても、大学生と関わることで思考が深まり、未知の世界に触れることが新たな興味や挑戦の芽を育てるきっかけになる。
現在、田中准教授が個人的に関心を寄せているテーマの一つが地域連携や地方活性化だ。
「地方の関係人口を増やすことで、その地方が元気になっていく。そのきっかけ作りを学生と一緒に進めていきたいと思っています」
「自分ブランド」を大切にしてほしい
「知的財産」の世界は、まるで宝探しのような面白さが満ちていると田中准教授は語る。思いもよらないところに宝が眠っていたり、視点を変えると、何気ないものが知的資産に見えてきたりする。
「たとえば立方体でも、正面から見るとただの四角。しかし、角度を変えると、奥行きのある立体に見えるように、知的財産も見方次第で価値が変わります。正解がひとつでない世界なのです」
身近な例として、いまや当たり前となった「自撮り棒」が挙げられるという。当初はまだスマートフォンが普及していなかったため、用途が限定的で注目されず、権利が失効してから市場に広がった。
「知的財産は、出すタイミングも重要です。早すぎると権利の有効期間が過ぎてしまう。特許は原則として出願から20年が保護期間ですが、時代のニーズとずれると、本当に活かされるのはその後になってしまうこともあるのです。回転寿司業界も、レーンの特許が切れた後に参入企業が増えました」
こうした「知的財産」と並んで、ブランド力や人的ネットワーク、組織の知見など、形のない「知的資産」も重要だと田中准教授は強調する。それは企業にとってだけでなく、一人ひとりの人生においても大切な財産になる。
「私自身、人とのつながりが知的資産になりうると気づいたときは、目から鱗でした。学生時代に築く関係性も、将来きっと大きな力になります。だからこそ、学生には“自分ブランド”を意識してほしい。自分は何にワクワクするのか、どう考え、どう伝えるのか。角度を変えて考える力、そして言葉にして伝える力を持ち、自分らしく未来に挑戦してほしい。まだ見ぬ何かに向けて飛び立っていくような、ワクワクする人生を、学生たちには歩んでもらいたいですね」
教員紹介
Profile
田中 良恵准教授
Yoshie Tanaka
1965年、東京都生まれ。日本大学大学院 知的財産研究科 知的財産専攻 修士課程修了 知的財産修士(専門職)。大学卒業後、金融機関、マーケティング会社、大学、研究機関とさまざまな業種と職種を経験。その後、大学院を経て、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の知的財産課で実務に携わる。2024年より、桜美林大学に着任。宇宙産業と知的財産権の研究に取り組むとともに、中小企業支援や教育にも貢献する。
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