「ニコニコ動画」の運営会社
ニワンゴの代表取締役社長を務めた
ニコニコ動画の誕生——予想外にユーザーのコミュニケーションが活性化
2006年にサービスを開始したニコニコ動画は、動画上にユーザーのコメントが流れる独自の仕組みを特徴とする動画共有サービスだ。ユーザー同士が感情や反応を共有できる体験は、それまでの動画視聴のあり方を大きく変え、日本のインターネット文化に大きな影響を与えた。
その立ち上げに中心的な役割を果たしたのが、ビジネスマネジメント学群の杉本誠司特任教授だ。2005年、株式会社ドワンゴとは別事業としてサービスを展開するために株式会社ニワンゴが設立され、杉本特任教授は代表取締役社長に就任した。
「肩書きは社長でしたが、自分の役割としては経営者というより、新しい事業やサービスを立ち上げるプロデューサーに近かったと思います」
ニコニコ動画の象徴ともいえる、動画上にユーザーのコメントが流れる仕組み。これは、もともとユーザー同士の交流を目的として考案されたものではなかったという。
当時のYouTubeをはじめとする動画共有サイトには海外の動画が多く、日本語字幕を付けるには大きな手間とコストがかかっていた。そこで、ユーザーが動画にコメントを書き込み、翻訳や補足説明を行える仕組みとして考えられたのが、画面上を流れるコメント機能だった。
「最初はユーザーに翻訳や解説をしてもらうことを想定していました。しかし実際には、それ以上にユーザー同士のコミュニケーションを活性化させる仕組みとして広がっていったのです」
同じ場面で笑い、驚き、感動する。その反応がコメントとして共有されることで、視聴体験そのものがコミュニケーションへと変化していった。さらに、「自分たちで作品をつくって発信する」という文化も生まれていく。その流れを後押ししたのが、2007年に発売された音声合成ソフトウェア『初音ミク』だった。ユーザーたちは楽曲や映像を制作し、投稿し、コメントを通じて交流する。そこから新たなクリエイターやコミュニティが生まれ、また新しい作品も生み出されていった。
杉本特任教授は、この経験を通じて、サービスづくりにおいて重要なのは「ユーザーの潜在的な欲求」を見つけることだと実感したという。
「コメント機能の事例もそうですが、ユーザーが何を求めているのかを見つけるのは難しい側面があります。そのため、表面的なニーズを追いかけるだけではなく、その奥にある潜在的な欲求に働きかけることが大切だと考えるようになりました。トレンドや文化が生まれていく過程を間近で見ることができたのは、本当に面白い経験でしたね」
エンターテインメントを超え、社会とつながるプラットフォームへ
ニコニコ動画が成長を続ける中で、杉本特任教授が強く意識していたのは、エンターテインメントの枠を超えた可能性だった。動画やコメントを通じて人々がつながる仕組みは、娯楽だけでなく、社会的な情報共有の場としても機能するのではないか。そんな思いを抱いていたという。その可能性を強く実感したのが、2011年の東日本大震災だった。
震災発生後、インターネット上ではSNSや動画共有サービスが重要な情報伝達手段として活用された。ニコニコ動画上でも被災地の映像や関連情報が共有され、動画に寄せられたコメントを通じて、多くの人が不安や思いを分かち合った。杉本特任教授は、そこで改めて「人と人がつながる場」としてのインターネットの力を感じたという。
「当初から、エンターテインメントだけではなく、社会的な情報も含めて、さまざまな情報をニコニコ動画から届けていきたいと考えていました。情報に触れるだけではなく、インタラクションが生まれることで理解が深まったり、価値観が変わったりすることがあります。また、身近には同じ考えを持つ人がいなくても、離れた場所にいる人たちとつながることができる。場所や距離を超えて人がつながるところに面白さを感じていました」
2010年代半ばになると、インターネットを活用した政治活動や情報発信への関心が高まり始めていた。一方で、多くの政党や政治家は、現在のように自ら動画配信やSNS運用を積極的に行う体制をまだ十分には整えていなかった。当時、ニコニコ動画の登録会員数は5,000万人を超え、有料会員も250万人に達していた。国内有数のインターネットサービスへと成長したことで、政治の世界からも注目を集めるようになる。
「永田町の政治関係者にも、インターネット上にいる人たちの存在をもっと意識する必要があるのではないかと話をしていました。これまで政治に関心を持たなかった人たちも含めて、多くの人がネットに集まっていたからです」
こうした取り組みを通じて、各政党と連携した番組制作やイベントも増えていった。党首討論や総裁選関連の特別番組を企画・配信し、政治家と視聴者がリアルタイムで接点を持つ機会を創出。ニコニコ動画は、政治情報を届けるプラットフォームとしても一定の役割を果たしていった。
オンラインで生まれた才能を、リアルな場へ
ニコニコ動画はオンライン上のサービスとして発展してきたが、そのコミュニティはやがてリアルな場へも広がっていった。現在では「ニコニコ超会議」として知られる大規模イベントも、その原点は2008年頃に開催された「ニコニコ大会議」にある。当初は約3000人規模の比較的小さなイベントだったという。
「もともとは、Appleが開催している開発者向けイベント『WWDC』のようなものをイメージしていました。ユーザーに向けて、『今後こんなサービスを始めます』『こんな機能を追加します』と発表する場としてスタートしたのです」
しかし、イベントは次第に運営主導の発表会から、ユーザー自身が主役となる場へと変化していく。そして2012年、その流れを受けて誕生したのがニコニコ超会議だった。オンライン上で活動していたクリエイターやユーザーたちが実際に会場へ集まり、作品を発表し、交流する。杉本特任教授にとって、その光景は大きな意味を持つものだった。
「喜びというよりも、一つの成果だと感じていました。オンライン上にいた人たちが、実際に会場へ出てきて、自分の作品や活動を発信している。その姿を見ることができたのは大きかったですね。人前に立って歌うことには抵抗があっても、自分をキャラクターに置き換えたり、音声合成ソフトを使って楽曲を制作したりすることで才能を発揮できる人はたくさんいました」
ウェザーニューズからドワンゴまで
デジタルコンテンツの時代がやってきた
情報に価値を発生させること
1989年、杉本特任教授は気象情報会社のウェザーニューズに新卒で入社。当時はまだ創業間もない時期で、社員数も100人に満たなかったという。
「今でこそスタートアップやベンチャーという言葉は一般的ですが、当時はまだそうした言葉もほとんど使われていませんでした。ただ、自分としては、これから成長していく会社や、普通とは少し違う環境に身を置きたいという思いがありました」
1980年代後半は、まだインターネットが一般に普及する前の時代。通信回線を活用した情報サービスが少しずつ広がり始めていた頃だった。杉本特任教授が関心を抱いたのは、そうしたネットワークを通じて情報を届け、新たな価値を生み出すビジネスだった。就職活動中に読んだベンチャービジネスに関する書籍も、その思いを後押しした。
「その本の中で、気象情報ビジネスが将来的に大きな産業になると紹介されていたのです。気象データを活用して船舶の運航を支援する事例などが書かれていて、とても面白いと思いました」
ただ、本に登場する取り組みから実際の会社を探し出すことはできなかった。そんなある日、FMヨコハマの天気予報番組を聴いていると、そこにウェザーニューズの社員が出演していた。
「すぐにFMヨコハマへ電話をかけて、『ウェザーニューズという会社の連絡先を教えてください』と聞いたんです。そこから選考を受け、入社することになりました」
当時のウェザーニューズは、全国の気象観測データをもとに、航空会社や自治体、農業関連企業などに向けて最適な形で情報を提供していた。杉本特任教授は、その仕組みに強く惹かれたという。
「一般の人にとって、天気予報は無料で見るものという感覚があります。当時はなおさらそうでした。しかし企業は、その情報にお金を払うわけです。一見すると価値が見えにくい情報でも、届け方や使い方によって価値を生み出せる。その考え方が、自分のビジネス観の原点になりました」
一方で、ウェザーニューズでの経験を重ねる中で、別の思いも芽生えていった。情報を届ける仕組みには大きな魅力を感じていたものの、事業領域はあくまでも気象情報が中心。より幅広い情報やコンテンツを扱いたいという気持ちが次第に強くなっていった。
「私はもともとエンターテインメントにも関心がありました。情報を届ける仕組みは面白い。しかし、もっと多様なコンテンツを扱ってみたいという思いがあったのです。ウェザーニューズにいた頃、ちょうどJ-PHONE(ジェイフォン)などの携帯電話向けに気象情報を提供するサービスも立ち上がり始めていました。そうした仕事に関わる中で、これからはもっとデジタルの世界が広がっていくと感じたのです」
オンラインゲームの衝撃
ウェザーニューズを退職した後、杉本特任教授はしばらく個人事業主として活動していた。釣り業界の仕事に携わったり、チェーン店の情報誌を制作したり、CM制作や紙媒体の編集に関わったりと、さまざまなメディア関連の仕事を経験した。どれも興味深い仕事だったが、一方でどこか物足りなさも感じていたという。そんな時期に転機が訪れる。
「オンラインゲームのホームページ制作をやらないかと知人に誘われたのです。結果的にその仕事は引き受けませんでしたが、検討する過程で当時のオンラインRPGを実際にプレイしてみました。それが衝撃でした」
画面の中には自分のキャラクターがいる。そして、その周囲には数多くのキャラクターが存在する。従来のゲームであれば、それらはコンピューターが操作するNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だった。しかしオンラインゲームでは違う。画面の向こう側には、それぞれ実在するプレイヤーがいた。
「同じ世界の中で、人と人が出会い、会話し、交流している。これは単なるゲームではなく、もう一つの現実だと思いました。デジタル空間の中にコミュニティが生まれ、人々が関係性を築いていたわけです。また、同じ時期に公開された『マトリックス』(1999)も衝撃的でした。私たちが現実だと思っている世界とは別に、デジタル空間としての現実が存在するという発想に強く惹かれました。やはり本格的にデジタルの世界に向き合ったほうがいいだろうと思ったのです」
その後、台湾のネットワーク企業が日本法人を設立するというので参画した。同社が日本市場へ展開しようとしていたのが、後にオンラインゲームの代表作となる『リネージュ』。韓国で大きな人気を獲得し、台湾でも成功を収めた同タイトルを、日本へ広げるプロジェクトだった。
「当時のオンラインゲームでは、現在では当たり前となったバーチャルマネーの仕組みが発展し始めていた時期でもありました。バーチャルマネーを利用できる販路を開拓したり、銀行引き落としやコンビニ決済などの仕組みを整備したり、さまざまな企業との提携を進めました」
そして約2年後、新たな挑戦の場として選んだのがドワンゴだった。当時のドワンゴは、携帯電話向けの着信メロディ配信サービスで急成長を遂げていた。しかし杉本特任教授が興味を持ったのは、別の事業だった。
「私が注目していたのはゲームです。ドワンゴは『みんなのGOLFオンライン』など、オンラインゲームのミドルウェアを開発していました。家庭用ゲーム機がネットワークにつながることで、ゲームの世界は大きく変わる。その変化を最前線で見てみたい。そんな思いから、ドワンゴへの入社を決意しました。また、もちろん着メロ事業がなぜあれほど成功しているのかにも興味はありました」
コミュニケーションの起点になることが、着メロの魅力だった
オンラインゲームの世界に惹かれてドワンゴへ入社。しかし、実際に担当することになったのはゲームではなく、急成長を続ける携帯電話向けコンテンツ事業だった。「これからは携帯電話の時代が来る」とも感じていたので、結果的には非常に良いタイミングだったと杉本特任教授は語る。
当時は、1999年にNTTドコモが開始したiモードをきっかけに、携帯電話向けコンテンツ市場が急速に拡大。その中でドワンゴも着信メロディ配信サービスを主力としていた。しかし、ドワンゴは市場の先行企業ではなかったという。
「上位を占めていたのは、豊富な楽曲資産を持つカラオケ関連企業などでした。後発企業だったドワンゴは、独自の方法で差別化を図っていたのです。たとえば、音楽大学の学生たちにヒット曲を耳で聴き取ってもらい、独自にアレンジを加えながら着メロ化していました。予算も潤沢ではなかったので、浜崎あゆみさんをはじめとする人気アーティストの楽曲に絞って展開。人気曲のアレンジ版を次々と提供することで利用者を獲得し、着メロ市場の中で存在感を高めていました」
杉本特任教授は、モバイル向け総合エンターテインメントサイト「いろメロミックス」の拡充に携わった。着メロや待受画像だけではなく、天気予報や乗り換え案内、辞書といった生活情報サービスを追加し、利用者の日常により深く入り込む仕組みづくりを進めた。約2年にわたり携帯電話向けサービスに携わる中で、杉本特任教授はあることを考えていた。着メロは、自分で聴くための音楽ではないということだ。
「CDや音楽プレーヤーで聴く音楽は、自分が楽しむためのもの。しかし着メロは違います。電話がかかってきた瞬間、その場にいる周囲の人たちも耳にします。たとえば、友人から電話がかかってきて、『その曲知ってる』『そのアーティスト好きなんだ』という会話が生まれる。つまり、着メロは音楽コンテンツである以前に、コミュニケーションのきっかけになる存在だったのです」
コンテンツそのものにももちろん価値はあるが、コンテンツを介して人と人がつながることにさらなる価値があると杉本特任教授は考えていた。
「自分の中では、着メロはコミュニケーションを活性化させるためのツールでした。だからこそ、お客さんがお客さんを呼ぶような広がり方をどうつくるかを意識していました」
その後も、既存会員向けのオプションサービスを立ち上げるなど成果を重ねていった。そうした実績が評価される中で、社内では新たなサービスを立ち上げる構想が動き始める。
「新しいサービスをやるなら杉本にやらせてみよう、という話になったようです。私もぜひ挑戦したいと思い、手を挙げました。その新規事業こそが、後にニワンゴ、そしてニコニコ動画へとつながっていくプロジェクトになったわけです」
自分で考え、自分なりの選択肢をつくっていくことが大切
私たちはすでに“バーチャル空間”を生きている
近年、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の分野にも大きな可能性を感じているという杉本特任教授。その関心の原点には、かつて衝撃を受けたオンラインゲームの体験がある。
オンラインゲームの世界では、現実社会の制約から離れ、現実の自分とは異なる人格や立場で他者と交流できる。そうした体験から、いずれは人々が深く没入しながらコミュニケーションを行う仮想空間が本格的に普及するのではないかと期待していたという。しかし、VRが社会の中心的なコミュニケーション基盤になる時代は、まだ訪れていない。
「必ずしもすべてをVR空間の中で可視化する必要はないのかもしれないと思っています。というのも、私たちはすでに日常的にデジタル空間の中で生活しているからです。家の中でも、電車の中でも、常にネットワークにつながりながら暮らしています。SNSでやり取りしている相手の中には、実際に会ったことがない人も少なくありません。それでも親しい関係を築けている。そう考えると、私たちはすでにある意味で“バーチャルな世界”を生きているとも言えます。そのため、VRのように視覚的な世界を完全につくり込むのは過剰なのかもしれません」
AI時代、コミュニケーションはどう変わるか
AIの急速な普及によって、人と人とのコミュニケーションのあり方も大きな転換期を迎えている。インターネットが人々をつなぎ、SNSが日常的な交流の場となった今、その先にある未来を杉本特任教授はどのように見ているのだろうか。
「デジタル空間でコミュニケーションを取ることが当たり前になった今、AIの登場によって、その形はさらに変わっていくと思います。そこは個人的にも非常に興味を持っている部分です。究極的には、一人ひとりが自分専用のAIエージェントを持ち、それらが互いに会話することが当たり前になるかもしれません」
そうした社会では、「コミュニケーションとは何か」という定義そのものが変わる可能性があるという。
「自分の考え方や経験、価値観といった情報をAIに蓄積していけば、自分に近い存在を再現することは技術的に可能になっていくでしょう。そのとき、それが単なる機械によるコピーなのか、それとも自分自身の延長なのかという境界は、今よりずっと曖昧になるかもしれません。記憶や知識を受け継いでいるのであれば、それはある意味で『自分』とも言えるわけです」
もちろん、そこには倫理的な議論も伴う。しかし、杉本特任教授は、技術の進化そのものを止めることは難しいと考えている。
「それが良いか悪いかという議論は当然あります。ただ、経済合理性という観点で見れば、その流れは加速していくでしょう。仮に日本が慎重な姿勢を取ったとしても、アメリカや中国をはじめ、世界のどこかでは必ず挑戦する人たちが現れます。そうした意味では、この流れ自体を止めることは難しいのではないでしょうか。個人的には、AIを脅威として見るのではなく、自分の仕事や活動の中にどう組み込めるかを考えていきたいと思っています」
視野を広げて働くことの重要性
杉本特任教授の授業では、さまざまな分野の実務家をゲスト講師として招いているという。そこには、学生たちに「サービスを利用する側」だけでなく、「生み出す側」の視点を知ってほしいという思いがある。
「ほとんどの学生は、消費者としてサービスを利用する立場しか経験していません。だからこそ、提供者がどのような視点で世の中を見ているのかを知ることは重要です。ゲーム業界の方に来てもらうこともあれば、音楽業界の方に話をしてもらうこともありますし、資金調達や起業について語っていただくこともあります」
杉本特任教授が感じているのは、多くの若者が「既に用意された枠組み」の中で進路やキャリアを考えがちだということだ。もちろん、明確な目的や理想があってその道を選ぶのであれば問題はない。しかし、「安心だから」「失敗したくないから」といった理由だけで選択しているケースも少なくないのではないか。
「デジタルゲームを例に考えてみましょう。その多くは、あらかじめ用意された選択肢の中から行動を選びますよね。その中で達成感や爽快感を得ることができます。しかし、それは提示された選択肢を選んでいるに過ぎません。人生に置き換えたとき、本当に自分の意思で選択しているのだろうか。あるいは、誰かが用意したレールの上を進んでいるだけではないか。そう考えることも大切だと思うのです」
AIが急速に普及する時代だからこそ、自ら考え、新しい選択肢を生み出す力がますます重要になると杉本特任教授は考えている。
「AIが答えを出してくれる時代だからこそ、自分自身で問いを立てたり、新しい選択肢をつくったりする力が重要になります。与えられたものを選ぶだけではなく、自ら可能性を創り出していく。その意識を持ってほしいと思っています」
さらに、仕事やキャリアを考える際には、自分自身の利益だけに視点を閉じないことも重要だと語る。「この仕事をしたら評価されるだろうか」「この会社に入れば自分にとって得だろうか」。もちろん、自分の生活や将来を考えることは大切だが、それだけでは視野が狭くなってしまうという。
「利他的になれという話ではありません。大切なのは、自分の行動が社会にどのような影響を与えるのかまで考えることです。これはビジネスに限らず、あらゆる仕事に共通することだと思います。たとえば、『この仕事を続けたら給料は上がりますか?』と聞かれることがあります。しかし、本質的には、自分が社会にどのような価値を生み出しているのかが先にある。社会に貢献し、会社が成長し、その成果が生まれた結果として、評価や報酬につながっていくのです。その視点を持つことで、仕事の意味も、人生の選択肢も大きく広がっていくと思います」
振り返れば、2000年代以降の社会は劇的な変化の連続だった。インターネットの普及によって社会の仕組みが大きく変わり、現在はAIによって再び大きな転換点を迎えている。
「変化の真っただ中にいると、その大きさにはなかなか気づけないものです。しかし、今は本当に面白い時代だと思います。新しい技術が次々に生まれ、これまでになかった挑戦の機会が広がっている。既存の枠組みに乗るだけではなく、自分で考え、自分なりの選択肢をつくっていく。その面白さを感じながら、ぜひチャレンジしてほしいですね」
教員紹介
Profile
杉本 誠司特任教授
Seiji Sugimoto
1967年生まれ、東京都出身。インターネット動画サービス「ニコニコ動画」の運営会社であるニワンゴ代表取締役社長を2005年より2015年の10年間にわたり従事。2015年、親会社であるドワンゴへの合併時には登録会員5,000万人、有料課金会員250万人を数え、国内でも有数のWEBサービスへと成長させた。インターネットを通じたコミュニティ(ソーシャル・コミュニティ)や、ネットにおける著作権問題には造詣が深く、行政、民間の開催する委員会、勉強会などに数多く招聘実績あり。現在は、デジタルとネットによる社会イノベーションを探求すべく、次世代の主力インフラならびにコンテンツ事業として期待されるxR(VR、AR)やライブストリーミング等に注力。
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