企業は誰のためのものなのか
その在り方を会計制度から問い直す
会計制度から読み解く
日本企業の課題とは
「企業は誰のものなのだろうか」──この単純なようでいて答えに窮する問いが、今ほど切実に響く時代はないのかもしれない。株価至上主義が幅を利かせ、短期的利益の追求が企業経営の最優先事項とされる現代。その陰で、労働者の雇用不安、地域経済の衰退、持続可能性の危機といった問題が深刻化している。こうした現状に、会計制度の観点から鋭いメスを入れているのが、ビジネスマネジメント学群の西森亮太准教授だ。法学部出身、15年に及ぶ税務会計実務および経営コンサルティング業務という独自の経験を有する彼は、「現代資本主義における会計制度の変容についての批判的考察」をテーマに、戦後から今日に至る日本の会計制度が持つ構造的問題に挑んでいる。
「日本の株式会社会計制度は、明治期に商法に基づく分配会計として形成されましたが、戦後、証券取引法に基づく情報会計との交錯を通して大きな変容を遂げたといえます。つまり、日本的経営を支える銀行をはじめとした債権者保護からアメリカ型の新自由主義、株主資本主義の影響による株主・投資家保護へと変化したのです」
株主偏重へと舵を切った
日本の会計制度
現代の日本の会計制度には、戦後から段階的に導入が進められたアメリカ主導の経済システムの影響が色濃く反映されている。加えて2006年の商法改正により会社法が成立したことで、株主や投資家を重んじる傾向がより顕著になったと西森准教授は指摘する。その結果として、現行の会計指標は、投機重視、株主価値を最大化することが評価につながる仕組みとなっている。それが人件費の削減や“自社株買い”といった経営戦略を誘発しているのだという。
「利益を増やすためには売上を伸ばせばいいわけですが、成熟社会では必ずしも上手くいかない。そこで、人件費を抑えるために正社員を非正規雇用に変えるといった動きが進みます。また、発行した株式を自社で買い取る“自社株買い”によって、株式の価値を高める戦略が取られたりもする。要するに、株主のために株価を維持する会計システムが形成されているのです。しかし、それが企業の在り方として正しいのかという疑問が残ります」
短期的な株価だけを重視する株主が増えれば
企業の長期的な発展は望めない
日本の大企業においても、外資系のファンドが介入する例が多く見られる。ここでは、株式を長期的に有することで事業を支援するという目的が形骸化し、短期間のうちにいかに高値で売り抜けるかというマネーゲームの様相を呈し始める。その先に企業に待ち受けているのは、使い捨てにされるか買収される未来だろう。そうなると困るのは、企業の経営陣だけではない。むしろ雇用されている労働者や、その企業の商品やサービスを享受する消費者たちに深刻な影響を及ぼす。
「もちろん、自由競争のなかで利益を追求すること自体を全面的に否定するわけではありません。資本主義社会である以上、会計制度が株主に向けたものになるのも当然です。しかし、短期的な利益にとらわれて長期的な目線を失った株主が増えれば、企業の発展は期待できないでしょう。私は株主や投資家のための会計情報提供に偏重した現代の会計制度を批判的に捉えています」
すべてのステークホルダーを考慮した
会計制度の仕組みづくりが必要
国際会計基準の導入が進むなかで
会計制度の“複線化”が鍵を握る
そんななか、グローバル化に伴って国際基準の会計制度を導入しようという動きが、日本の大企業でも加速している。EU(欧州連合)においては、国際会計基準(IFRS)の適用が上場企業に義務として課されている。海外に支店や工場を持つ上場企業や大企業は、国際的なルールに従わざるをえない。一方、各国の会計制度は、自国の企業のシステムを反映して決められている。99%以上を中小企業が占める日本の市場において、国際的な基準を広く導入する意味を問わなくてはならない。こうした議論に示唆を与えてくれるのが、国際基準と独自の指標を“複線化”している国々だ。
「グローバルなマーケットに完全に参入すれば、荒波に飲み込まれる恐れがあります。そこでブレーキの役割を果たすのが、会計基準に国家が介入する“複線化”です。例えばフランスやドイツは、『連単分離』という制度を導入しています。連結会計(関連会社や子会社を含む企業グループに関する財務諸表の作成)にはIFRSを適用していますが、単体会計(関連会社や子会社を含まない単体会社の財務諸表の作成)については自国基準を基本としつつ、限定的な適用に留めています。このように、画一的にグローバル化を推し進めるのではなく、自国の事情を顧みたうえでバランスよく適応していく姿勢が重要だと考えています」
これからの日本に求められているのは、労働者や地域社会を含め、すべてのステークホルダー(利害関係者集団)を考慮した会計制度の仕組みづくりである。その点において西森准教授が興味を持っているのは、イギリスの会計制度だという。
「20世紀以降、イギリスでは会社法の改正が進められてきました。その過程で株主を偏重するのではなく、労働者や地域社会への貢献が会計上の名目として織り込まれるようになっています。これはアメリカ型の日本の会計制度には存在しない名目なので、将来のロールモデルになるのではないかと注目しています」
2006年に改正されたイギリス会社法の主な特徴は、もともと判例法として形成されていた取締役の一般義務が、制定法として規定されたことにある。172条「会社の成功を促進すべき義務(Duty to promote the success of the company)」の1項では、「会社の取締役は、当該会社の社員全体の利益のために当該会社の成功を促進する可能性が最も大きいであろうと誠実に考えるところに従って行為」しなければならないと明記。「当該会社の従業員の利益供給業者、顧客その他の者と当該会社との事実上の関係の発展を促す必要性」「当該会社の事業のもたらす地域社会および環境への影響」などを考慮するよう規定された。
「それ以前から、労働者を含むステークホルダーの利益を考慮する義務はあったものの、最優先されていたのは株主であり、この義務についても株主価値を向上することが大きな目的でした。これに対し、2006年の改正以降、株主の利益とそれ以外のステークホルダーの利益を同等に扱わなければならないとする考え方が強まっています。また、イギリスでは2018年にコーポレートガバナンス・コードの改訂が行われ、ステークホルダーである労働者の意見が経営に反映される仕組みが導入されることになりました。ここに、ステークホルダーを重視した会社法会計のあるべき姿を見て取ることができます」
会計制度は企業の在り方を
税制は国家の在り方を映し出す
西森准教授の専門分野は税務会計。特にインボイス制度や消費税の減税問題などに関心を持っている。企業の在り方を示す会計制度と同じように、税制もまた国家の在り方を如実に反映していると西森准教授は話す。
「税制は基本的に所得の再分配だと考えています。多く稼いだ人や企業には負担を増やし、その分を福祉や教育に回していく。これを応能負担原則と言います。一方で、経済活動を活性化させたいと考える国は、法人税の税率を下げる政策を進めることもあります。そうなると、応能負担原則に基づく税制の解釈が問題になる。このように、税務や会計を通じて国家や企業の在り方を理解できる点に研究の魅力を感じています」
税理士法人に勤務するかたわら
大学院での研究を重ねた
法律の原理や成り立ちを学ぶ
法哲学に興味を抱いた大学時代
西森准教授が高校を卒業したのは、バブル崩壊の影響を引きずる就職氷河期だった。文系でも就職に困らない道を求め、公務員になることも視野に入れながら法学部に進学。そこで出会った法哲学に強い関心を持ったという。ところが、法律の原理や成り立ちを学ぶ法哲学は、法学のなかでも就職活動でアピールしにくい分野。法哲学と密接に関わる税制にも惹かれていた西森准教授は、大学卒業後は税理士の資格を取得するべく勉強を重ね、大学院の修士課程にも進んだのだという。
「大学院を修了した後は、15年にわたって中小企業や社会福祉法人の税理士業務や経営コンサルティング業務に従事することになりました。実務を続けるなかで興味を抱いたのは、大企業の内部留保の問題です。日本では大企業の内部留保が社会に還元されておらず、日々の税務会計実務において課題意識を感じるようになりました。もともと研究が好きな性格のため、どうせなら税務だけでなく、会計制度全体を学び直したいと考えた。そこで、会計学の大学院に入って学びを深めることにしました」
実務と大学院での研究の狭間で
ジレンマを感じていた
その後も西森准教授の研究に対する意欲が尽きることはなかった。続いて別の大学院の博士課程に進学。その過程で研究者になりたいという意識が一層強くなった。しかし、そのまま税理士業界で活躍するという未来もあったはず。どのような衝動が彼を研究者の道へと突き動かしたのだろうか。
「これは当然のことですが、税理士や公認会計士といった会計プロフェッションは国の定めたルール、法律に従って仕事をしなくてはなりません。個人として税制に関する政策に違和感を覚えていたとしても、実務では粛々と対応せざるを得ないのです。現行の税制や会計制度に対する批判的な目線を持つ自分と、仕事ではその制度に則って企業にアドバイスなどをする自分。その間にジレンマを抱くようになったことが、税理士だけではなく研究者になろうと考えたきっかけです。社会のしがらみにとらわれず、自由に発言したくなったのかもしれないですね(笑)」
経営や会計に関するデータには
人々の生活が反映されている
とはいえ、税務・会計の実務経験は、会計制度の研究を進めるうえで大きな糧になっている。実際に中小企業の経営者と数多く交流し、現場の課題や意見を耳にするなかで抱いたのは、経営や会計は単なる数字の羅列ではなく、人々の生活を反映したデータであるという実感。そうして形成された価値観が、研究者となった現在でも活かされているという。
「研究者に求められるのは、客観的に実情を分析する力です。ひとつの実例に寄り添いすぎても、データだけを見て“机上の空論”を積み重ねるだけでも、研究は成立しません。その点、実務経験に基づくアプローチは、自分にとってのプライオリティなのではないかと感じています」
税務と会計の研究者として
事業承継の問題を解決したい
上場ではなく継続を目的とする
新しい企業経営のかたち
自身の今後について、事業承継の問題を取り組むべき研究テーマとして挙げた西森准教授。黒字の企業であっても、後継者不足や株式譲渡の問題で解散に追い込まれるケースが多く見られるのだという。そこで期待が寄せられているのが、新しい企業のかたちだ。上場ありきではなく、長期継続を最優先の目的とする。同じ企業に勤める労働者たちで起業し、もともと所属していた会社を実質的に引き継いで事業を行い、地域経済の発展に寄与する。このように、生活に根ざした企業の在り方にフォーカスし、税務と会計の研究者としての視点から円滑な事業承継を支援したいと語る。
「新しい時代の事業承継を実現するためには、労働者主体の考え方が必要になると考えています。近年成立が認められた労働者協同組合も含め、民主・協働の理念に基づいた新しい企業形態の可能性を模索していきたいと思います」
専門領域のみならず
学際的な研究が求められる理由
法学と会計学という2つの分野を融合し、企業や政府に対して新たな視点を提示することが、西森准教授の目標だ。高等教育において学際的な学びの重要性が声高に叫ばれている近年。その意義について、西森准教授は次のように話した。
「商法改正により会社法が制定された際、会計学者と商法学者の間で大きく意見が分かれたという話もあります。この背景には、“餅は餅屋”の縦割り体制が慣例となってきた日本学術界の問題点が隠されているのではないでしょうか。そもそも、法学と会計学は同じ社会科学系分野であり、親和性が非常に高い。自らの専門領域から疑問が沸き上がった場合に、別の分野の視点を持っておくことは、研究者としても実務家としても大きな強みになると考えています」
教員紹介
Profile
⻄森 亮太准教授
Ryota Nishimori
1978年愛媛県松山市生まれ。2001年に中央大学法学部法律学科卒業。2006年に一橋大学大学院法学研究科公共関係法専攻修士課程修了。修了後は大手税理士法人に勤務するかたわら、2018年に駒澤大学大学院商学研究科商学専攻修士課程を修了。2023年には立教大学大学院経済学研究科経済学専攻博士課程後期課程を修了し、複数の大学の非常勤講師として勤める。新潟青陵大学短期大学部人間総合学科准教授、立教大学経済研究所客員研究員などを経て、2025年4月より現職。博士(会計学)。
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