グローバル企業から国際教育の現場へ
多様化が進む世界におけるグローバル教育を研究
「私は、今日のグローバリゼーションにおける正(Positive)と負(Negative)の側面に関心があります。そして、国際的に多様化が進むこの世界で、学生たちが積極的な市民として活躍できるようにサポートするための教育を研究しています」
そう語るのは、ビジネスマネジメント学群のマクドナルド ピーター特任講師。現在は、「ビジネスコミュニケーション英語」のほか、テスト対策の「英語パスポート」などの授業を担当している。国際的な教育現場での豊富な経験があり、これまでもグローバルな文脈における教育について研究を続けてきた。また、学生が海外留学をし、グローバルな社会や経済の中で生活・仕事をしていく上での課題に対応できるように準備させるノウハウについても幅広い知見を有している。
専門は、機能言語学(Systemic Functional Linguistics/SFL)と呼ばれる理論とマルチモーダリティを用いた言語教育(後述)。いずれも応用言語学の研究分野で、英語教員としてのキャリアを積むなかで、自然と関心を持つようになったという。
「利益」だけを追求する企業の仕事に疑問を抱きインドへ
スコットランド・グラスゴーで生まれたマクドナルド特任講師は、スコットランドのスターリング大学で経済学と歴史学を学んだ後、イギリス系のグローバル企業に就職する。ここでマネージャーとして精力的に仕事をこなしていたが、次第に「利益」だけを追求する企業文化に疑問を抱くようになる。そして、もっと人間的な仕事がしたい、世界を体験したいという気持ちが高まり、1990年代初めにインドの小さな村で1年間、ボランティアの英語教師として働く経験をする。
「その村での生活と仕事は、異なる生き方について学ぶことの大切さ、そして異文化を理解することが人間としての経験をどれだけ豊かにしてくれるかを教えてくれました。それ以来、私は国際理解と協力の価値を共有するために、国際教育の分野で働きたいと思うようになりました」
専門は「機能言語学」と「マルチモーダリティ」
日本で働きながら通信制大学院で
TESOLと応用言語学の修士号を取得
インドでの生活で仕事に対する価値観が大きく変わったマクドナルド特任講師は、その後、ギリシャや日本でも英語教師を経験する。2000年代に入り、日本で働き始めると本格的に教職の道を志すように。そして、2005年から桜美林大学英語プログラム専任講師となり、日本の大学生に本格的な英語を教える道を歩み始める。
「ギリシャでの英語教師生活を経て、次はアジアで働きたいと考えていたときに、ロンドンの美術館で出会った日本美術の展示に心を奪われました。美しく繊細なその文化に魅せられ、『一度この国で暮らしてみたい』と思ったのです。当初は3年間だけの滞在予定でしたが、桜美林大学での仕事や日本で築いた家庭のおかげで、いつの間にか20年近くが経っていました。ジョン・レノンの『Life is what happens when you're busy making other plans.(人生とは、あなたが別の計画を立てている間に起こるもの)』という言葉が、まさに私の経験を表しています」
文法を機能として捉える「機能言語学」
桜美林大学で英語プログラムの教職を得たのと同時期に、マクドナルド特任講師は、バーミンガム大学大学院英語科学研究科の通信制プログラムを利用して、TESOL(英語教授法)と応用言語学を本格的に学び始める。やはり大学教員として、英語を教えるには、専門知識が不可欠だったのだ。そして、2009年にTESOLと応用言語学の修士号を取得。その研究過程で最も興味を惹かれたのが、機能言語学という理論だった。
これは、文法を単なる形式としてではなく、コミュニケーションの機能として捉える研究分野で、言語を「文字的機能(Textual Function)」「経験的機能(Experiential Function)」「対人的機能(Interpersonal Function)」という3つの視点から分析している。単語や文の使い方が、相手との関係性や状況にどう作用しているのかを読み解くこの方法は、従来の文法教育とは異なる深さを持っているという。
「機能言語学の理論は特にオーストラリアで教育現場に根付いており、教科書やカリキュラムの中にも多く取り入れられています。私自身の研究も機能言語学を用いた文章分析、特にエッセイの構造的な読み解きに焦点を当ててきました」
動画教材は言語学習者の理解を促進しない!?
機能言語学と同様にマクドナルド特任講師の研究キーワードといえるのが、「マルチモーダリティ(multimodality)」だ。これは、言語だけでなく、視覚、音声、音楽、ジェスチャーなど複数のモードを通じた意味構築を指す。ここで、特に英語教育の現場における動画、画像などを用いたデジタルテキストの作成と活用方法に焦点を当てて研究をしている。
2000年代初めに教育現場で動画教材が使われ始めた頃からマクドナルド特任講師は、この分野に関心を持ったという。その当時、「動画は英語の理解を助ける」という見方が一般的で、さまざまな英語の動画教材が開発された。しかし、実際に調べてみると学習者にとっては混乱のもとになる可能性があることがわかった。
「動画教材では、映像と音声が異なるメッセージを発していることも多く、学生たちは2つ、場合によっては3つのメッセージを同時に理解する必要があります。表面的には、『動画=簡単』と思われがちですが、実際にはとても複雑で、理解が難しい教材なのです。私は先ほどの機能言語学の理論などを用いて、動画教材は言語学習者の理解を促進しない可能性があることを示しました」
生成AIと人間が作成した英語エッセイを比較
マクドナルド特任講師はここ数年、AI(人工知能)によって生成された英語エッセイの分析にも取り組んでいる。機能言語学の理論を用いてAIが書いた文章を読み解くと、文法や構成は完璧でも、「人間らしさ」が欠けていることが多いことがわかるという。
マクドナルド特任講師は、2025年の論文「Evaluating Textual Variations: An SFL Analysis of ChatGPT-Generated ESL Text Compared to Human-Authored ESL Text」の中で、ChatGPTが生成したESL(英語学習)用エッセイと、人間が執筆した同様のエッセイを比較し、機能言語学の枠組みを用いてその違いを分析した。具体的には、前出のTextual、Experiential、Interpersonalという3つの言語機能の観点から、自動生成テキストがどれだけ「アカデミックライティング」に適しているかを比較している。
その結果、人間作成のエッセイは、序論で提示された主張と各段落のテーマが一貫性を持ち、接続語句や構造も明確であることがわかった。一方で、ChatGPTが生成したエッセイは、構造上はまとまりがあるものの、論理的なつながりが弱く、段落内の主張が発展しづらい傾向があったという。結論としては、「アカデミックライティング」の教材として、生成AIを用いるには一定の工夫が必要だが、機能言語学の枠組みを用いることで、英語教育における生成AIの役割を明確化できる可能性も見えてきたとマクドナルド特任講師は語る。
「私はAIが今後の教育、とくに言語教育において重要な役割を果たすと考えています。実際、私自身も日本語学習の一環としてAIを使っており、その効果の高さには驚いています。ただし、便利な反面、学生がエッセイを生成AIに書かせてしまうといった不正利用の危険性もあります。だからこそ、AIをどう使うかを教えることが、これからの教育者の大切な責務になると感じています」
AI時代の英語教育の未来とは?
AIとの融合によって英語教育はさらに多様化する
マクドナルド特任講師は、今後の英語教育はAIとの融合によってさらに多様化していくと考えている。例えば、AIが個々の学生の弱点を分析し、それに合わせた学習プログラムを提供する——そんな未来はすでに現実になりつつある。
一方で、人間同士の交流の重要性も人一倍強く感じている。現在は、ビジネスマネジメント学群の「グローバル・ラウンジ」のメンバーとして、桜美林大学のキャンパス内での国際的・文化的な交流の促進にも取り組んでいる。また、同学群のカリキュラム・コーディネーターとして英語教育プログラムの開発にも尽力しており、教員向けのワークショップやオリエンテーションイベントの企画・実施、教材の選定、評価基準の設計などにも携わっている。
「今後、ビジネスの現場では、英語が単なる『道具』ではなく、異文化理解や協働のための『橋渡し』として使われる場面がますます増えていくでしょう。そのためにも、英語力だけでなく、コミュニケーション力や文化的感受性を育む教育が必要だと私は考えています。どんなに時代が変わっても人間同士のインタラクティブ(相互作用)の大切さは変わりません。むしろ、これからは、人間らしさ(humanity)にもっと目を向ける必要があるでしょう。AIでは代わりが効かない部分に私たちはもっと価値を置いていくべきだと考えています」
教員紹介
Profile
マクドナルド ピーター准教授
McDonald Peter
1966年、スコットランド・グラスゴー生まれ。スコットランドのスターリング大学で経済学と歴史学の学士号を取得後、イギリス系のグローバル企業に就職。マネージャー職を経て、1994年にボランティアの英語教師として1年間インドへ。その後、ギリシャ、日本でも英語教師を続け、2005年から桜美林大学英語プログラム専任講師、2021年より現職。2009年には、日本で働きながらバーミンガム大学大学院言語科学研究科の通信制課程で、TESOL(英語教授法)と応用言語学の修士号を取得している。専門は「機能言語学(Systemic Functional Linguistics)」と「マルチモーダリティを用いた言語教育」ほか。
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