桜美林大学 国際協力専攻ホームページ



2005年度 秋学期

三木真冴(2年)

<団体概要>

 SVAは1980年カンボジア難民支援を契機に設立された。SVAは、「共に生き、共に学ぶ」ことを誓願として、この地球を健全な形で次世代の子どもたちに手渡せるよう教育支援をもって世界の子どもたちに出来る限りの支援をすることを活動目的とする。SVAは、東京の他に、タイ、ラオス、カンボジア、アフガニスタンに事務所がある。プノンペン事務所では、子どもたちに絵本を届ける図書館事業、農村の部に学校を建設する学校建設事業、文化の復興を支援する文化事業やスラムの支援とアジア子ども家事業などを行っている。

<研修期間>

 2006年2月1日〜3月1日

<研修内容>

·       活動地の見学

·       ワークショップの手伝い

·       翻訳

·       書類の作成

·       NGO訪問

·       インタビュー

 叙述の研修項目について、一ヶ月間で以下のように行った。まず、ワークショップの手伝いでは、毎年教員用に開かれるもので教材の使い方の講習や折り紙の折り方の講習のために、私は会場を整備し荷物運びをした。また、折り紙の講習の際には私も教える側に立ち先生たちに折り紙の折り方を教えた。そして、翻訳、書類の作成のような事務的な仕事も任された。翻訳は、図書館事業で使う日本の絵本を英語に訳す仕事を他のインターンの学生と協力しながら行い、書類の作成は、SVAの機関紙に掲載する特集の記事を書く手伝いをした。更に、こうしたSVAの事業の手伝いや事務的な仕事と平行して、実習テーマを決め自分の興味に沿った調査研究を行った。実習テーマは、事前に日本でSVAとの面接で話し合い決定し、参考図書を読むことで知識を深め準備した。

 私のテーマはプノンペン事務所の文化事業課が取り組んでいる「仏教と開発」である。SVAが支援している仏教寺院の訪問し、僧侶に事業地を見せてもらい村人にも話を聞いた。そこでは寺が取り組んでいる活動の反応を村人に聞いて回った。また、仏教徒によって結成されたローカルNGOに訪問し、訪問する前に準備した質問表(通訳の方にクメール語に訳してもらう)に基づいてインタビューを行った。

<調査結果・感想>

 実習テーマに関しては、とてもいい調査研究が出来たと思う。私はカンボジアの農村の発展に重要なものは仏教であると考える。国によって文化、伝統が異なるように支援の方法も異なった方法が必要であり、その国の持っている重要なキーポイントを理解し、土着にあるものを利用していくことがその国の伝統を壊さずよりよい結果を生むのではないかと考える。カンボジアの場合、それが仏教であろう。

カンボジアの農村では、伝統的に仏教寺院がコミュニティーの中心であり、寺が井戸やため池を作り、また、教育の役割を担っていた。このように伝統的に存在するコミュニティーの中での寺院のリーダーシップの役割によって住民参加型のシステムを活かしていくことが重要であると思う。また、HIVなど新しい問題にどのように取り組んでいるのかを調べたかった。

今回の調査では、以前にSVAが支援していた寺と協力しての所得向上のプロジェクトの利用者に聞き取り調査をした。私が注目したのはプロジェクトの利用者の所得が増えたことではなく、利用者の人自身が寺による所得向上プログラムの運営における長所を理解していたということだ。「寺だと利用しやすい」、「人々が協力しやすい」など人々がそれを理解し成功に繋がっていた。このような点は、NGOや政府機関にはない長所であると思う。

他方、仏教が果たす発展の役割の限界も分かった。それは、女性のエンパワーメントや性に関する問題であり、仏教寺院がこれらの問題に取り組みにくいことであった。そこでもう一つ注目したのは仏教NGOである。私が訪問した2つのNGOでは、扱う分野が幅広く農業や教育だけではなく、仏教が触れにくいジェンダーや性の問題も扱っている。あるNGOでは避妊具の使い方などHIVの予防の教育を僧侶が行う。僧侶のモラルを交えた予防教育に熱心に耳を傾ける若者も多いという。しかし、僧侶は女性の性の話ができないため女性へのHIVの教育はNGOの女性スタッフが行う。このような仏教の利点を活かし、対応できない点をNGOが補うという仕組みは一つのモデルになるのではないかと思う。

 また、もう一つこのような農村の発展以外に重要な寺院の役割に気づいた。それは「平和」である。カンボジアでは内戦という過去を抱え、内戦とは彼らにとって悪夢のような日々であり、思い出したくない決して繰り返すべきでないものである。今回のインタビューは世帯主に依頼したものが多いのでほとんどの人が内戦を経験している。人々は今も平和に敏感である。カンボジアにおいて仏教は平和の重要な象徴であった。カンボジアの農村において仏教の重要な役割は発展のための役割よりも平和の象徴の役割のほうが重要に思えた。