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桜美林の教育

創立者 清水安三

私たち日本人は「学ぶ」ことを「勉強する」という。

1973年


創立者 清水安三

中国語で「勉強(みえんちあん)」という言葉には強制する意味があって、あまり楽しくないニュアンスを持っている。中国人は「勉強する」とはいわず、「用功(ゆんくん)」という。彼らは「学びて時にこれを習う。また楽しからずや」といった孔子を先哲とする民族であるからだ。米国の学生は、学期末の試験で答案の最後に「先生の講義を心からエンジョイしました。ありがとうございました。—I have enjoyed your course very much,Thanks.」と書くのが常である。
学ぶこと、研究すること以上に楽しいことはないのであって学生生活は何よりもまず楽しいものでなくではならない。
真に人間的であり、それ故にデモクラティツクな教育のあり方について、深い関心を持ったアメリカの教育哲学者ジョン・デューイは「学生生活というものは、決して単なる準備の時代ではない。人生の最も貴重な一時代としてそれ自身価値ある時代である」といった。彼はまた「学校は一種の社会である」といっている。ややもすれば、学校は一般社会と同様、上下の関係、師弟の縦の関係に重きをおくのが普通である。が私としては、同じ目標に向かって進む友人同士、師弟同士の関係に重点をおくべきであると強く信じている。学友のみならず師弟の仲間意識こそ教育のカナメであり、本学の設立の基礎もここにあると確信している。

教育は結局は愛。

1979年

学園のキャンパスで師弟が相逢う時にも一寸会釈するだけである。立ち止まって腰を曲げたりなどはせぬのである。只にこっと笑み、眼に友愛を輝かすのみでよいのである。教育は結局、愛であって他の何物でもないのである。この愛がすれ違って行き過ぎる刹那にも互に取りかわされるべきだと思うがどうか。

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